山本 秀哉
YOASOBI 担当A&R
ソニー・ミュージックエンタテインメント
サブスク8億回超えの
ヤバイ曲「夜に駆ける」はなぜ生まれたのか。
音楽としての“面白さ”を
追求し続けるYOASOBIチームの想いとは。
ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する『monogatary.com』という小説・イラストの投稿サイトがキッカケとなって誕生したユニット、YOASOBI。
今回お話を伺った山本秀哉さんは、屋代陽平さんと一緒に“小説を音楽にするユニット・YOASOBI”の立役者としてプロデュースを担っています。
今回はインターネット発の社会現象を巻き起こしたYOASOBIの仕掛け人である山本秀哉さんに、ストリーミング累計再生回数が史上初の8億回を突破したヤバイ曲「夜に駆ける」についてインタビュー。
制作において大切にしてきたことや曲げられないこだわりなど、楽曲誕生までの裏側についてお話を伺いました。
とにかく、“おもろい”ことを
やりたい
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THE FIRST TIMES編集部員 (以下、TIMES編集部員)
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- 2020年にヒットしたYOASOBIの「夜に駆ける」ですが、現時点(2022年11月)では日本で一番サブスクで聴かれてる曲になっていますよね。
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山本さん
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- サブスク8億回って数字は、すごすぎてもう僕らもよく分からないです(笑)。
でもちゃんと1回1回聴いてくれた人がいるんだなと思うと、本当にありがたいです。
- 狙って仕掛けた部分が「うまくリスナーに刺さった」と感じている部分はあるんですか?
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山本さん
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- 売れるためのことをやるというより、面白くて新しいことをやってみようっていうのが芯にあって、それがこんなに届いたんだなというのには驚いています。
- 曲の制作中、山本さんとAyaseさんの間で綿密なやり取りがあったそうですね。
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山本さん
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- Ayaseから曲が共有されて、僕が意見を言って、それに対してAyaseがまた修正するというのを繰り返したりはしました。
- たとえばもっとテンポ上げよう下げようみたいなことも含めて、本人の癖みたいなものもあるので、そこを指摘したり。
- 癖が強すぎると、あまり良くないんですか?
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山本さん
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- その癖が良いときもあれば、逆にわかりづらくなることもあるので、塩梅には気を配ります。でも仮にその曲がボツになったとしても、それ全部が良くないというわけではないんですよね。
- だから実は「夜に駆ける』って、そんなことをやりとりする中で色んなかけらがつぎはぎになってできた曲なんですよ。
- 全部で何曲くらい作ったんですか?
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山本さん
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- バリエーションの違いも含めると20〜30曲くらいあると思いますけど、Ayaseも当時はまだ時間に余裕があったので、とことん楽曲に向き合いましたね。
既成概念を捨てた曲づくり
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TIMES編集部員
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- 話を聞く限り、1曲出来上がるまでに相当な時間がかかったと思うんですが、その中で山本さんが「これで行こう」って思えた瞬間って、どんな決め手があったんですか。
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山本さん
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- おもろいことはやれたっていうのが結論ですね。今までにないようなことはやれているから、それがどういう反応になるのかは分からないけど、それも含めてチャレンジだなっていう感じで出しています。
- だから「めちゃくちゃ良くてスーパーヒットしそうだからこれを一発目に出したい」っていうんじゃないんです。
- 山本さんが思う「おもろいこと」について具体的に教えてもらって良いですか?
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山本さん
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- 細かい話になりますが、最後の転調の仕方とかはそうですね。ラストパートのキーを上げて盛り上げるというのはJ-POPによく見られる手法ではあるんですけど、「夜に駆ける」では、半音下げてから1音半上げているんですよ。
- これは原作となった小説の盛り上がりに基づいて、このような転調を取り入れているんですけど。
- 一度下げてから上げるというのは、たしかに変わっていますね。
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山本さん
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- あとは曲の展開として繰り返しを捨てました。ただ展開が“ずっと違う”ことに特化したんですよ。
- Ayaseがメロディを作るのが好きだったから、そういうのも含めて新しいことをやってみたという感じです。
- それがウケると確信していましたか?
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山本さん
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- いや、どうなるかはわかりませんでしたよ。繰り返しがないぶん、あんまり印象に残らないかもしれないっていうリスクはあったんですけど、それでも人がやってないことをやるという選択肢を選びました。
- ボーカルに関しては何かありますか?
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山本さん
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- ikuraの声って、島唄っぽくてゆったりとした質感で。くるっと裏返ったりする特徴的な声の人が、「夜に駆ける」のような速い曲を歌うとどうなるかというのもチャレンジでした。
たった4人からスタートした
チームYOASOBI
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TIMES編集部員
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- ikuraさんとAyaseさん、山本さんとikuraさんの出会いってどんな感じだったんですか。
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山本さん
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- まずYOASOBIを一緒にプロデュースした屋代から、『monogatary.com』というユーザーが小説を投稿するサイトのコンテストで、賞を獲った小説を楽曲と合わせてMV化させようと誘われたのが事の発端です。
- それでコンポーザーを探す中でAyaseを見つけました。詞の世界観もしっかりしていたし、幅がある曲を作れていたので声をかけました。
- どうやって見つけたんですか?
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山本さん
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- 屋代がニコニコ動画でボカロのけっこうマニアックなランキングとか見るのが好きで。それで自分でボカロPのリストとかも作っていて、その中にAyaseがいたんです。
- Ayaseは当時バンド活動をしていたんですが、体調を崩して山口の実家に帰っていて。もしバンド活動が波に乗っていたら、僕の誘いは届かなかったかもしれません。だからタイミングもぴったりでした。
- その後は屋代とAyaseと僕の3人で今度はボーカルを探し始めて、いろいろ候補を探して、ikuraに辿り着いた感じです。
- Ayaseさんとのラリーで思い出に残ってることはありますか?
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山本さん
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- Ayaseが、何度も繰り返すラリーの中で、誰かの期待や言われていることに対して、それをさらにすごいクオリティで超えていくことへの面白さにも気づいたというか、意外とこういう曲作りも悪くないぞ、嫌いじゃないぞと思えているのは強いと思いましたね。
- プロデューサーとしての才能が開花したんですね。
- 「群青」とか、今は「祝福」とかいろいろ曲を出していますが、今改めて振り返って「夜に駆ける」がヤバかったなって思う点はあるんですか?
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山本さん
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- やっぱり、時間をかけて自由にやれたってことですかね。「夜に駆ける」は、最初はたった4人から始まった小さなプロジェクトだったんで。
- それは、山本さんと屋代さんとAyaseさんとikuraさん?
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山本さん
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- そう、その4人です。今はチームも増えて5人、そしてそのほかにもたくさんの人が関わるチームになりましたけど。
- 最初は誰も何の実績も持ってないし、これが売れたとて売れなかったとて、今まで通りというか、何も変わらないというか。そういう自由な状況も、あそこまで熱い曲に仕上げられた理由だと思います。
「これ、YOASOBIっぽいね」はやったもん勝ち
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TIMES編集部員
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- あえてサビ頭に無音時間を作ったと伺いました。
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山本さん
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- 飽きさせないことも大事だなと思ったんです。ハッとし続けたら聴くじゃないですか。
- 今回の場合は、余分な余韻などはあんまりいらないなと思って、サビの頭は歌だけにして「えっ」って思われるような要素を入れました。それが踊ってくれる人には良い形で「止め」の無音パートになったのかなと思います。
- 最近はSNSが普及して、踊りを表現できる環境というのも大きいですよね。
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山本さん
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- 僕の考えですけど、音楽の根源は体を動かすことだなと思っていて。
- でも僕らが高校生のときはダンスとか披露するにも文化祭しかないから、せいぜい100人200人くらいしか見ないじゃないですか。それと比較すると、いつでもSNSに自分のパフォーマンスを上げて世界に発信できる若い世代は、全然昔とモチベーションが違うだろうなって。
- それで引き算の曲作りとして音を取った、と。
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山本さん
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- まあ、それは最終的にそうなったんですけどね。
- ただ、「夜に駆ける」は、けっこうそこを意識してやり取りして。これはやり過ぎなくらい、最後の作業で無駄な余韻や音は削っていると思います。とはいえ、やりすぎることもひとつの個性になるというか。
- 曲の最後の盛り上がりでキーをあげるみたいなことは比較的多いんですけど、それを全曲やってる人ってなかなかいないですよね。でもYOASOBIはほぼ全曲でそれをやってるんです。
- え、そうなんですか!?
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山本さん
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- 「ツバメ」という曲は子どもたちに歌ってほしい曲として作っているので、この曲に関してはキーを上げて歌いにくくなるのは避けたいなと思って上げてないんですけど、それ以外は今まで全部上げてます(笑)。
- それは、やり取りの中で「やっぱり上げたいよね」みたいな感じになるんですか?
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山本さん
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- というよりも、この曲がもっとよくなるにはどうしたら良いかを考えたときに、音を上げたほうが魅力的になるなと思ってやっています。
- でも、これくらいやり切ると周りの人もやりづらくなりますよね。要はそれがYOASOBIの個性になる。コンセプトをバーンって掲げるのは、先にやったもん勝ちなところもあるので。
「このボーカル、癖が強い!」は勿体無い
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TIMES編集部員
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- ボーカルの作り込みについてはどうですか。
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山本さん
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- うーん、声質にこだわってるって話はできるかもしれないです。
- 声の質感の良し悪しって聴く側の慣れも大きいなと思っていて。初めて聞く声で、あまりに癖を出しすぎると、耳障りが良くないとなってしまうので、声の良さは残しつつ「個性強いな」と思われにくいレベルまで声を丸くしたりはしています。
- 癖のある声をあえて丸くするっていうのが新しい気がします。
- 歌がうますぎる人って個性が足りなく感じがちだったりしますけど、そういうときってミックスで特徴つけたりするじゃないですか。それの逆転の発想ですもんね。
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山本さん
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- 人は誰でも、初対面では自分を出しすぎず、気を使って優しく振る舞いますよね。そして仲良くなってしまえば初対面の人にされて嫌なことも、嫌じゃなくなる。その感覚に近いかもしれないですね。
- 例えばリバーブとかを強めると柔らかくなったりとかするんですけど、最初はその感じにしておいて、ある程度みんなに知られてきた今は、前とは声の質の作り方変えるとか。そこはこだわってます。
- 売れてくると、基本褒められることしかないと思うんです。でも山本さんはいつでも褒めるわけじゃない。俯瞰で見ている山本さんの感覚がすごく大事なんだろうなって。
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山本さん
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- それはもう、癖かもですね(笑)。
幅広いリスナーに刺さるよう、フックをたくさん作った
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TIMES編集部員
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- 一曲作るために20〜30曲用意してつなぎ合わせたことから始まり、曲の展開、ボーカルディレクション、小説を音楽にするというコンセプト、少数精鋭でのやり取りなど、「夜に駆ける」を形作るディテールがここまで考えられていたものだったなんて、正直、予想をはるかに超えていました。
- 山本さん的には、振り返ってみて、どこがどうすごかったのかとかあるんですか。
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山本さん
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- 分かんないんですよね。分かんないからすごい。
- それってすごく複合的だったっていうことですよね。曲の良さはもちろん。
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山本さん
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- 複合的すぎて再現性が低いですね(笑)。
- 色々な要素が合わさることによって、良さが爆発したってことなんでしょうね。
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山本さん
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- この曲が音楽的にすごく優れているってことじゃないと思うんですよ。
- 曲の良さだけではなくて、その時の雰囲気とか時代感もあって伝わっていったんだと思います。たまたまサビ頭の歌以外の音を抜いたことで、テレビで曲がかかったときに印象に残りやすかったり、PVの色味を強めで作ったのも印象に残っただろうし、小説がめちゃくちゃ短くてパッと読めるとか、いろんな要素が混ざった。
- これまでとは違うJ-POPというか、似ている曲って言われてもパッと出てこないですよね。
- コメントなどでは、なんて言われるのが一番多かったんでしょうか?
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山本さん
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- 小説が良いからっていう人もいるし、曲の感じが好きだって聴いてくれる人もいるし、あんまりこれっていうのはないかもしれません。いろんな接点があるから、そのいろんな接点で広がっていったのかなとは思います。
- たしかに、YOASOBIって語りがいありますよね。実は小説から生まれてるとか、知ってることを喋りたくなる。
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山本さん
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- 話題が広がっていく上で、みんなの中でどういう会話が成されるのかっていうのはいつもすごく考える点で。少し世の中で話題になったタイミングって、みんなの会話の中に出て来やすい状態になっていて。
- オススメされた時に、自分には関係ない音楽だ、で終わるのか、それとも、一度聞いてみようとなるのか。それはさらにひと押しをするための武器を、ファンになってくれた人にしっかり用意出来てたかとかも重要かなとは思っています。
- スタートが特殊というか、ほかにない始まり方をしたYOASOBIだからこその今後のプランはありますか?
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山本さん
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- 初心を忘れずにやろうと思っています。クリエイティブ的なことに関しては、いろんなことが変わってきていますけど、できるだけ変わらないように作りたい。新しいこと面白いことをやってみるとかもそうですけど。
- 「売れなきゃいけない」という縛りを持ちたくはないですね。チャレンジ精神を大事にすると、それがうまくいくこともありますから、あまり守りすぎないように行動したいですね。
- 「夜に駆ける」のインタビュー、いかがでしたでしょうか?これ以上ないほどに“おもろいこと”を詰め込んだ曲であること。才能と時代を捉える目、そして音楽へのこだわり。そんなたくさんの要素が、奇跡のように混ざり合って生まれた曲であること。
山本さんのお話を聞いて、改めて「夜に駆ける」ってヤバイ曲だな……と実感することができました。 - まだまだ気づいていない「夜に駆ける」の魅力に出会うために、もう一度編集員もこの曲を聴いてみようと思います。
- 次回もお楽しみに!
山本 秀哉
2012年ソニーミュージックグループ入社。CDやゲームのパッケージ制作業務を経て、現在はさまざまなアーティストの宣伝・制作業務に携わる。2019年よりYOASOBIプロジェクトの立ち上げに参画。