■「考えるよりも走り出しちゃった方が早い」(中西アルノ)、「どうにでもなる、それがセッションだから」(黒沢薫)
CS放送「TBSチャンネル1 最新ドラマ・音楽・映画」で毎月放送中の音楽番組『Spicy Sessions』(スパイシーセッションズ)。
今月行われた11月、12月放送回の収録を、ゴスペラーズをデビュー当時からよく知り、数々のアーティストのオフィシャルライターを務める音楽ライター・伊藤亜希が取材。収録後のMCインタビューと合わせて番組の魅力を伝える第5弾を届ける。
■収録レポート
刺激的な音楽番組『Spicy Sessions』は、音楽が生み出される瞬間を魅せるドキュメンタリー番組だ。MCを黒沢薫(ゴスペラーズ)と、中西アルノ(乃木坂46)が務め、CS放送TBSチャンネル1で放送されている。11月の収録でちょうど12回、来月には放送開始から1年を迎える。
毎回ゲストとともに、多彩なジャンルのセッションを繰り広げてきた『Spicy Sessions』。観覧を終えた観客が帰路に就く際には、こんな会話が飛び交っている。 これまでの収録のなかで拾った言葉のなかから一部を紹介しよう。
「中西アルノがあんなにすぐハモれるのには驚いた」「黒沢薫の仕切りがないと成立しない番組」「がっつりルーツを掘り下げたトークが面白かった」「ゲストやバンドと一緒に並んでカレー食べてるって(笑)」「カバー曲のセレクト、他の歌番組じゃあり得ない」「バンドも楽しそうだった」…など、挙げ始めたらきりがない。
そんななかでも、目立って多かったのは「セッションってああいう感じなんだ」「本物のセッションすごかった」という感想だ。セッションを体感できる、そこが『Spicy Sessions』の最大の魅力だ。第11回(11月放送分)、第12回(12月放送分)の収録現場の密着レポートとともに、収録後のMCふたりのインタビューをお届けする。
11月放送のゲストは、Little Glee Monsterのかれんとmiyou。最初に自身の楽曲「Come Alive」をふたりだけのスペシャルバージョンで披露。「二声(ふたり)とは思えないような倍音がありましたね」という黒沢の言葉に観客から同意の拍手が起こる。
Little Glee Monsterとは、彼女たちのデビュー前から親交があるゴスペラーズ。黒沢は「ボーカルグループがほとんどいないメジャーシーン。 そういう意味では、Little Glee Monsterが唯一の後輩なんですよ」と、音楽シーンを俯瞰で捉えた言葉で改めてリトグリを紹介した。
この黒沢の俯瞰の視点は『Spicy Sessions』という音楽番組にとって、非常に重要なファクターだ。その視点はセッション曲のセレクトにも現れていると思う。セッションという“マニアックなスタイル”を誰もが楽しめるエンターテインメントに昇華させているのは、黒沢薫の俯瞰の視点と、中西アルノというキャッチ―さと実力を備えたアイコンの存在があってこそだ。
かれんと中西のセッション曲は三浦大知の「ふれあうだけで ~Always with you~」。かれんが、キーを原曲より“+3”にしたいとリクエスト。バンドが音を鳴らしてキーを確認していく。黒沢は、かれんと中西と相談し、歌割りを決めながら「リトグリに乃木坂がハモるなんて(他の番組じゃ)ないでしょ?」と観客へ言葉を投げると、観客から大きな拍手が。
黒沢が中西に細かくリクエストする様子にかれんが「名物(=無茶ぶり)だ」とつぶやくと、場内は笑いに包まれた。 歌唱が始まると、お互いの声を確かめ合うように、そしてお互いがお互いを引っ張り合うように高まっていく歌声に、観客は聴き入っていた。
続いては、黒沢が「この番組以外では歌えないと思う」と言ったダニエル・シーザー&H.E.R.の「Best Part」をmiyouと黒沢でセッション。ふたりの歌唱をステージ上で観ていた中西は「黒沢さんはハイトーンのイメージがあったんですけど、ローの歌声も素敵で。ずっと聴いていたいと思いました」と、楽曲の良さまで受け取ったコメントを述べる。
続いて、かれん、miyou、黒沢でLittle Glee Monsterの「ECHO」。スタジアムロックを想起させるダイナミックな曲調とスケール感、そして“Oh Oh…”を繰り返す力強いメロディが特徴のミドルチューンだ。
黒沢は「スタジアム級の曲をこの空間でやってみたかった」と選んだ理由を述べたのち、「お客さんも歌いません?」と観客に目を向けた。この投げかけにレスポンスし、冒頭の“Oh Oh…”から右手を頭上に掲げ大合唱する観客。その光景は本当にライブそのものだった。
中西アルノのソロ歌唱曲はaikoの「カブトムシ」。中西いわく「新しい一面を出させてもらえたら」という思いで選んだ曲だそうだ。中西の歌声にひっぱられるように、バンドが丁寧にグルーヴを調整していく。ファルセットや高音のロングトーンをクリアに響かせ、原曲とはまた違った切なさを醸し出していた。
12月放送のゲストで登場したのはTani Yuuki。拍手とともにステージに迎えられたTaniは「素敵な機会をありがとうございます」と挨拶。最初にTaniのオリジナル曲「おかえり」を歌い、最後はアカペラで高音のロングトーンを響かせた。「音源よりもめちゃくちゃダイナミックだった」と黒沢。中西も「アコギがアコギじゃないくらいでした」と興奮気味。
セッション自体が初体験というTaniがセッションの候補曲として挙げたのは、DEENの「このまま君だけを奪い去りたい」。 Taniと黒沢でセッションすることに。譜面が準備され、黒沢は、Taniに確認しながら歌割りを決めていく。「サビはTaniくんに歌ってもらって。(僕が)引き立つようなハモりを」と言う黒沢の言葉に「マジですか? いいんですか?」とTaniがワクワクした表情を見せる。
一度バンドと合わせるため、サビだけ練習することに。高音のさらにうえでハモるアプローチを見せた黒沢に、Taniから「気持ちいいー!」と本音が漏れた。
本番へ。イントロが始まると、笑いながら後ろを振り返り、バンドメンバーを見回す黒沢。 その視線にバンドメンバーたちが“こうでしょ?”とアイコンタクトを返す。
バンドサウンドは『Spicy Sessions』のひとつの肝である。各メンバーが多彩なジャンルを網羅しているからこそ、曲のアレンジはもちろん、黒沢のリクエストにフレキシブルに対応できる。さらには、曲の良さを活かす緩急やグルーヴを全員が瞬時に理解し、再現できる。音楽への情熱とスキルを備えたメンバーばかりだ。
「このまま君だけを奪い去りたい」は、少し重ための引きずるような独特なグルーヴがある曲だが、そこをイントロから見事に合わせてきたバンドサウンドに、黒沢は破顔するほどうれしかったのだろう。ミュージシャンとミュージシャンが音で会話をしている、その表情が目の前で観られるのも『Spicy Sessions』が回を重ねることで得た魅力だ。
続いて、RADWINPS「愛にできることはまだあるかい」をTani、黒沢、中西でセッションすることに。 歌詞に合わせて歌割りを決めるなど、これまでになかったパターンも出てきていた。
歌う前に黒沢は、中西に「間奏のシャウト、「Actually…」(乃木坂46)みたいなシャウトで」とリクエスト。先述した歌詞に合わせた歌割りも含め、中西がオクターブ上をファルセットでハモるなど、あらたなチャレンジが詰め込まれた一曲となった。Taniが中西に向かい「間奏のかけあい、気持ち良かったです」と言った本曲の仕上がりぶりは、ぜひとも放送でチェックしていただきたい。
黒沢がTaniと一緒に歌いたいと選んだのはTaniの代表曲「W/X/Y」。黒沢が、初めて同曲を聴いたときの感想を話すと「すごくうれしいです」とTani。「W/X/Y」が始まり、驚いたのは黒沢のボーカルアプローチだ。黒沢の代名詞でもある“声を張ったハイトーン”を持ってきた。
なぜ、「W/X/Y」で初めて自分の代名詞をぶつけたのか。それは、楽曲とTaniのボーカルに、それだけエネルギーがあったからだと思う。エネルギーにエネルギーで応え、Taniへのリスペクトを歌で表現したのだ。 ゴスペラーズとして歌うときよりも、クリアで丸みのあるハイトーンが、Taniの柔らかい歌声にとてもマッチしていた。
「セッションっていいですね。ライブではやっていないアレンジもあって楽しかった」とTaniが感想を述べる。最後には「また一緒に」という言葉が出るほどセッションを楽しんでいた。中西が自身のソロ歌唱曲に選んだのは家入レオの「Silly」。「ストーリー性のある曲だから感情に身を任せて歌いました」と語った中西。感情の緩急をしっかり歌に刻んだ中西の表現力にも注目だ。
■MCインタビュ―
収録を終えた黒沢薫と中西アルノに感想を訊いた。
Q:黒沢さんが、ダニエル・シーザー&H.E.R.の「Best Part」を紹介する際、これまでのなかで「最もセッションらしい一曲」と仰っていたんですよ。12回収録を重ねて来た今、改めて“セッション”の楽しさを伺えますか?
黒沢:この番組でよく登場する“無茶ぶり”っていうのは、セッションとしては、じつはユニークなスタイルなんですよ。なんとなく決めて、それで始まるのがセッションですから。だから例えば「Best Part」みたいに、あんまりコード進行の展開がなくて、メロディーががっちり決まってない曲の方が、セッションはしやすい。
Q:メロディががっつり決まってない分、自由度が高いってことでしょうか?
黒沢:もちろん、それもありますね。これまで『Spicy Sessions』でやってきたJ-POP、今回の収録ではJ-ROCKもセッションしたけど、両方ともメロディーがしっかりある。だから、それだけで縛りが強いんです。縛りが強い上に、普通にやると、ただツラッと歌えて「良かったですね」になりがちなんですね。そうならないようにやっているのが『Spicy Sessions』って番組なので。だから本来のセッションよりも、この番組のセッションはハードルが高い。 それをバンドもゲストも含めて全員で完成させていく。そこをしっかり見せていきたいと思っているんですよね。聴いた方が“セッションするんだ、うまいじゃん”って思うだけじゃなく、そこを越えていくものを考えたいし、考えないといけない。だから僕の中ではプロデュースワークに近いところもあるかな。将来的にはアルノさんが「私ここ歌います!」って言ってくれるといいなぁ、と。
中西:えっ!(笑)。
Q:来ましたね、ハードルあげ。
中西:はい(笑)。でも収録を重ねていく中でわかったのは(黒沢さんにいろいろリクエストされて)“どうしよう……”って思っても、やらなきゃいけないわけで。だったら、考えるよりも走り出しちゃった方が早いし、“いっちゃえ!”って飛び出したものが良かったりすることが、セッションではすごく多かった。とりあえず飛び出してみるかって、そういう気持ちが持てるようになったのは、自分の中でも大きいですね。
黒沢:そう。どうにでもなる。それがセッションだから。
中西:そうですよね!
Q:リテイク(再度演奏すること)も放送するのが『Spicy Sessions』ですが、今日はいつもよりも、リテイクする曲が多かったですね。でも、テイクを重ねる度に、前のテイクとはまったく違う音像になっていって。正直、ちょっと、びびりました。
黒沢:そうなんですよ、あれがセッションなんです。テイクを重ねても同じ演奏、同じ歌ではない。少しずつフレーズが変わったり、ニュアンスが変わったりするんです。今回の収録は2本ともリテイクがあったから、すごく分かりやすかったかもしれないですね。
Q:ではアルノさんに伺います。セッションした「愛にできることはまだあるかい」、ソロで歌った「Silly」。両曲とも静と動のコントラストがある、ストーリー性のある曲だと思うのですが、アルノさんの中での表現の違いは?
中西:「Silly」の方は自分の感情が高ぶって、その波に乗っかっていった感じで。「愛にできることはまだあるかい」は、バンドに乗っかっている感覚。ピアノもギターもすごく盛り上がっているところに、自然に私が声で乗っかっていくような感覚で歌っていましたね。
黒沢:そうだよね。「Silly」は自分自身が引っ張っていた。
中西:そうですね。
黒沢:「愛にできることはまだあるかい」は、ボーカルが3人いてのセッションだから。バンドの音も含めて、3人がお互い反応し合っていくっていう感じだったよね。
中西:そうです!まさに!
Q:今のやりとりで、ふたりの感覚がばっちり合っているのがわかりましたね。
黒沢:そうだね。今、アルノさんの言葉にすごく納得できました。
Q:1周年を迎える『Spicy Sessions』。今後の抱負を教えてください。
黒沢:今回のTani Yuukiくんみたいに、僕も初めまして……ってゲストにも声をかけていきたいなと思っています。(自分と)仲がいいアーティストとのセッションも、やってる中で新しい発見がありますし、初めて会うアーティストと音楽を通して会話をして仲良くなっていく……この両方とも素晴らしいことだと思うんです。音楽を通して分かり合える瞬間を見せていくことも『Spicy Sessions』には絶対に必要だと思いますから。だから今後は(自分の)人脈と初対面、その両方でやっていけたらベストかなと思っています。
番組情報
TBSチャンネル1『Spicy Sessions with かれん&miyou(Little Glee Monster)』
11/30(土)23:30~24:30
TBSチャンネル1『Spicy Sessions with Tani Yuuki』
12/28(土)23:30~24:30
『Spicy Session』番組サイト
https://www.tbs.co.jp/tbs-ch/series/yRNA2/