■「『街よ、見街よ、良い街よツアー』、私もずっと待ち侘びて夏を過ごしていたんですけど、始まったらもう幻だったんじゃないかなって思うぐらい一瞬で」(橋本絵莉子)
4月にリリースした2ndアルバム『街よ街よ』を携えて、橋本絵莉子が開催した東名阪ツアー『街よ、見街よ、良い街よツアー2024』が、自身の誕生日である10月17日、東京・Spotify O-EASTにてファイナルを迎えた。
今作は橋本にとって約2年4ヵ月ぶりのアルバムリリースであり、ワンマンツアーを行うのも実に2年ぶり。待望のライブとあってこの日もファンがこぞって詰めかけ、スタート前からはち切れんほどの熱気で会場を満たしていた。
開演時刻を回ると同時に場内はゆっくりと暗転。サポートの村田シゲ(Ba)、曽根巧(Gu)、北野愛子(Dr)とともに橋本が姿を現すや、フロアいっぱいの拍手と歓声は輪をかけて大きく渦巻く。メンバー全員が視線を交わし、ジャーンと一斉に音を迸らせると「今日はよろしくお願いします!」と橋本が挨拶。「ワンオブゼム」をオープナーにツアー最後の夜が堰を切って走り出す。
1stアルバムから橋本のソロに参加してきた村田、曽根はもとより、今作から加わった北野も橋本のチャットモンチー時代に乙女団として一緒に演奏していた経歴を持っており、言うまでもなく息はぴったり。のっけからバンドならではのダイナミックな音像を描き出し、オーディエンスを歓喜に沸かせる。
遡るに2022年1月、東京・LIQUIDROOMにて開催された橋本のソロ初ワンマンのオープニングを飾ったのも「ワンオブゼム」だった。
1stアルバム『日記を燃やして』をリリースし、いよいよソロ活動を本格化させるのかと大いに注目を集めたステージの一発目に鳴らされたこの曲は、当時も充分に伸びやかで、バンドだろうとソロだろうといい意味で佇まいを変えない等身大ぶりが観る者を驚かせたが、今の橋本が歌い奏でる「ワンオブゼム」はよりいっそうナチュラルに彼女自身と同化して、会場全体を包み込んだ。
『街よ街よ』ではなく前作からの選曲に少々意表は突かれたが、2年間の空白を埋めるのにこれほど最適な楽曲もなかったのではないだろうか。サビのラストに綴られた歌詞の一節、“耳にも 手にも/見えないものが溢れる”が実感となって全身を駆け巡る。橋本絵莉子の音楽に生身で対峙することができる、今この瞬間をどれだけ待ち侘びたことか。
「こんばんは。橋本絵莉子です。『街よ、見街よ、良い街よツアー』、私もずっと待ち侘びて夏を過ごしていたんですけど、始まったらもう幻だったんじゃないかなって思うぐらい一瞬で。今日は来てくれてありがとうございます。本当にうれしいです」
やんやの喝采を浴びながら、改めてそう挨拶する橋本。すぐにギターを構え直すと演奏するのが待ちきれないとばかり「じゃあ、やるわ」と告げて「踊り場」へ。抜けのいい開放的なアンサンブルがフロアに心地好い風をもたらすと、そのまま軽快でリズミカルなサウンドと歌が高揚に火をつけてO-EASTを刹那ダンスホールに変えた「宝物を探して」に突入。
歌詞の“38の夜、嫌になって”を“41の夜、最高やわ”と誕生日になぞらえた替え歌にして客席をおおいに盛り上げたかと思えば、「人一人」ではジワジワみぞおちを刺激するような太いグルーブ感でオーディエンスをじわじわと巻き込むなど『街よ街よ』の楽曲を満を持して連投する橋本とメンバーたち。けっして平坦ではなかった今作完成までの道のりを互いに支え合い、乗り越えてきたメンバーとの絆が盤石かつ豊潤なバンドアンサンブルとなって場内を揺らす。
とりわけ圧巻だったのが、まだ前半のうちに演奏された「やさしい指揮者」だ。ギターから赤の鍵盤に楽器を替え、柔らかな音色を響かせながら慈愛を含んだ深い情感を滲ませて朗々した橋本のこのうえもなく“やさしい”歌。どうしようもない悲しみもやるせなさも丸ごとただ抱きしめるようにして紡がれるこの4人ならではのサウンド、さらに全員で声を揃えた“1234”のカウントパートに涙腺が緩んで仕方がない。シンプルだけれどスケールの大きい、今作屈指の名曲だと思う。
曲に入る直前には、「『街よ街よ』を一緒にレコーディングしてくれて、ツアーも一緒に回ってくれたメンバーを紹介します」と橋本が一人ひとりの名前を呼び、最後におそらくツアーを通してこの一度だけ、「もうひとりのドラム、恒岡章!」と高らかにコール、今なお変わらず大切なその人の存在をオーディエンスに示すひと幕もあった。
透明な秋の陽射しと静かに舞う木の葉のイメージが乾いた感傷を誘った「fall of the leaf」の淡い余韻を断ち落とすかのごとく、チャットモンチーのカバー「どなる、でんわ、どしゃぶり」が投下されるや、場内がどよめいた。
約18年も前、デビュー間もない時期に世に送り出されたゴリゴリのオルタナチューンがまさかここで聴けようとは、ある意味、今日いちばんのサプライズではないか。しかも剥き出しで吐き出される感情の刃は今も鋭さをまるで失っておらず、むしろひときわ尖って感じられるのが驚異的だ。
そんな逃げ場のない切実さを一転、解き放つようにしてカタルシスをもたらすインストナンバー「離陸」は、初披露された前回のツアー時以上の雄弁さでオーディエンスを惹きつけて楽器の音だけで紡がれる音楽の豊さと可能性を知らしめる。そうしてなだれ込んだ「このよかぶれ」の神々しいまでの力強さは間違いなくこの日のハイライトだっただろう。
メンバーの演奏とオーディエンスの大合唱による「Happy birthday to you」で橋本をお祝いするなどMCパートは終始、和気あいあい。笑い声の絶えないいいムードのなかで橋本は『街よ街よ』を作って本当に満足できたこと、ゆえにしばらく曲作りはしなくてもいい、来年まで作らないぞと思っていた、と告白。
しかしながら「リリースした次の月にはもう新曲を作ってしまいました。曲作りがクセになってるというのもありますけど、頭で決めたことと実際に行動することってまた違うじゃないですか。私はその最たるもので」と明かす。しかもツアーで演奏できる形にして用意してきたそうで「ちょっとやってもいいですか?」と切り出すのだから、客席は大喜び。
すぐさま披露された新曲のタイトルは「オンリーミー(仮)」。タフな推進力を宿したアンサンブルと躍動する歌声、断片的に捉えることができたワードからは明るく清らかなまぶしさがイメージされる。橋本絵莉子のネクストフェーズ、その幕開けに俄然、期待が募る一曲だ。
橋本の故郷に実在するホテルの名前にインスパイアされ、魚の世界をモチーフにしてシビアな現実を歌った「ホテル太平洋」、“バンドは楽しい”という単純明快にして永遠なる初期衝動をこれでもかと詰め込んだ「今日がインフィニティ」と後半戦はソリッドなロックチューンをたたみ掛け、『街よ街よ』のリードトラックである「私はパイロット」で本編は締めくくられた。
再度鍵盤に向かい、パイプオルガンのような音色で橋本が奏でた浮遊感のあるイントロは神聖さを帯びつつどこか近未来的でもあって、実に軽やか。曲中、何度もメンバーとアイコンタクトを取る楽しげな姿も印象的だったが、サビを前に「歌って!」とフロアへ呼びかけて一斉に起こったシンガロングに心底うれしそうに浮かべた橋本の表情はそれ以上に忘れがたく、こちらも釣られてニコニコしてしまう。
その後のアンコールでは、アコースティックギターを抱えて橋本がひとり再登場。映画『違国日記』の劇中歌として提供した「あさのうた」のセルフカバーと、客席からのリクエストがもっとも多かったチャットモンチーの曲から「春夏秋」を弾き語りで届けると、もう一度、メンバーを呼び込んで「Oh, Cinderella」を演奏した。たっぷり2時間にも及んだツアーファイナルはそこで終幕となる予定だったのだが。
終演を告げるBGMが流れ始めても誰もフロアを離れようとせず、さらなるアンコールを求めて拍手を送り続けるオーディエンスの前に「ありがとう! もう1曲やります!」と三たび橋本が飛び出し、メンバーもそれに続いた。
ファイナル公演だけのダブルアンコール、オーラスに選ばれたのは『日記を燃やして』の人気筆頭株と名高い「脱走」だ。意気揚々とタンバリンを叩く橋本に負けじとオーディエンスもハンドクラップで応え、多幸感で渾然一体となる場内。
“やってみて嫌だったらやめたらいい”し、“やってみて飽きたらやめたらいい”。たとえ失敗したとしても、それは“一年の中のたった一日”で“人生の中のたった一瞬”なのだ。逆に言えば今日というかけがえのない一日だってそう。だから、精一杯心のままに生きてみよう。そんな共感に満ち満ちるなか、ついに訪れた大団円。すべてを出し切った清々しい笑顔で橋本はステージをあとにした。
ところで、この日のMCで橋本が語ったところによれば、今回のツアータイトルはアルバムにちなんで彼女が創作した早口言葉なのだそう。本当は回文にしたかったのだが難しくて断念したという。
「次にツアーをするときは、また頑張ってタイトルを付けるから」ともしっかり約束していた彼女。これからもマイペースを保ちながら橋本のソロ活動は続いていくのだろう。半径1メートルの身近な距離にあるものをエネルギーにして作られた『日記を燃やして』と、そこだけに留まらずより外の世界を見つめることで生まれたという『街よ街よ』、アルバムが2作に増えたことで“橋本絵莉子”というアーティストの輪郭線はグッと色濃く、その佇まいもいっそう立体的になった。
この日は披露されなかったが「オンリーミー(仮)」以外にも“短めの新曲”“長めの新曲”がすでに存在するらしい。この先どんな彼女と彼女の音楽に出会えるのか、次のツアータイトルともあわせて楽しみに待っていたい。
TEXT BY 本間夕子
PHOTO BY 古溪一道
■『街よ、見街よ、良い街よツアー 2024』
2024年10月17日(木)東京・Spotify O-EAST
<セットリスト>
01. ワンオブゼム
02. かえれない
03. 踊り場
04. 宝物を探して
05. 人一人
06. やさしい指揮者
07. fall of the leaf
08. どなる、でんわ、どしゃぶり
09. 離陸
10. このよかぶれ
11.オンリーミー(仮) ※新曲
12. ロゼメタリック時代
13. ホテル太平洋
14. 今日がインフィニティ
15. 私はパイロット
[ENCORE 1]
16. あさのうた ※弾き語り
17. 春夏秋 ※弾き語り
18. Oh, Cinderella
[ENCORE 2]
19. 脱走
橋本絵莉子 OFFIICIAL SITE
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