■アーティスト・クリエイターやそのスタッフが、心身ともに健康な状態で創作活動に集中できるようサポートするプロジェクト「B-side(ビーサイド)」
心の健康「メンタルヘルス」の重要性は今、あらゆる場面でクローズアップされている。ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)は、2021年9月に同社とマネジメント契約のあるアーティスト・クリエイターやそのスタッフが、心身ともに健康な状態で創作活動に集中できるようサポートするプロジェクト「B-side(ビーサイド)」をスタート。「オンライン医療相談」「定期開催体験カウンセリング」「専門家によるカウンセリング」「スタッフに向けたワークショップ」を社内で無償提供する地道な草の根活動行ってきた。今年の世界精神保健連盟が定める「世界メンタルヘルスデー」では、複数のイベント・企画を展開。プロジェクトが新たなステージに入ったことを実感させてくれた。
■山口一郎(サカナクション)と小森隼(GENERATIONS)によるスペシャル対談が公開
10月10日「世界メンタルヘルスデー」の正午、山口一郎(サカナクション)と小森隼(GENERATIONS)によるスペシャル対談が、YouTube/Podcast番組『B-side Talk ~心の健康ケアしてる?』にて公開された。「B-side」が運営する同番組は、メンタルヘルスに関する社会的な理解の広がりを目的として2022年10月に配信開始。毎回テーマに詳しいゲストを迎え、心と身体の健康に関する知識や情報を得ていく内容となっており、今回の特別編で56回目を数える。
2022年にうつ病を発症した山口は、2023年10月に行ったソロ・ツアーの最終日のステージで、自身がうつ病であったことを公表した。療養中から精力的にYouTubeチャンネルで生配信を行うなど、病と生きる自身の姿を発信し続けている。そんな山口と小森はラジオ番組を通じて親交を深めていった。小森は山口がうつ病を発症してからも、プライベートで熱心にコミュニケーションを取り、間近で支えてきた友人の1人でもある。今回の対談では、山口がうつ病とどのように向かい合ってきたのか。不調に気づきメンタルクリニックを受診するまで、そして病名が診断された後の行動や周囲の反応、一進一退を繰り返す体調と向き合う日々の葛藤などが率直に語られた。
あれこれ逡巡しながらも連絡をとり続けてきた小森に、山口は語りかける。「(この病は)どうしても孤立してしまいがちになる。自分のタイミングで連絡でき信頼できる人の存在は支えになった」。周囲のサポートがいかに大切かを痛感させられる言葉だ。
ソロ・ツアーの中で気づいた「歌うこと」の意味。待っていてくれたファンへの感謝、そして、エンタテインメント業界で始まったメンタルケアへの取組み(B-side)への思いや、それを利用しやすい環境づくりへの私見が述べられるなど話題は広がり、1時間余りの対談は濃密で気づきやヒントに満ちていた。「(うつ病に)なっちゃったらダメなんですよ。なる前に食い止めることが実はすごく大事」という切実な山口のメッセージは「B-side」設立の主旨に深く呼応する。プロジェクトの重要性を再確認させられる瞬間でもあった。
■西川貴教ほかをゲストにイベント『B-side Special Talk Event』を開催
18時半からは都内某所で、イベント『B-side Special Talk Event ~世界メンタルヘルスデー 2024 #だれかとはなそう~』が開催された。イベントは昨年に続いて2回目となる。会場には、YouTube/Podcast番組『B-side Talk』で募った観客約100名が集まった。ゲストに、アーティストや俳優等、幅広く活躍する西川貴教、『B-side Talk』のMCを務めるロシア人コラムニスト、コメンテーターの小原ブラス、奥津マリリ(フィロソフィーのダンス)、“心と体の健康”のスペシャリストとして、精神科医で、睡眠医学や精神医学、身体運動とメンタルヘルスなどを専門とする早稲田大学スポーツ科学学術院の西多昌規教授を迎え、フリーアナウンサーでマインドフルネストレーナーとしても活躍する内田恭子の司会進行のもと、メンタルケアにおいて大事な休養や睡眠、セルフケアなどがざっくばらんに話し合われた。
「メンタルヘルスについてあまり考えたことがない。元来、場当たり主義的なところがある」(西川)、『サウナ・スパ 健康アドバイザー』の資格を持ち「サウナはデジタルデトックスができる自分と見つめ合える大切な空間」(奥津)、「『B-side Talk』のMCを担当し、朝に瞑想するようになった」(小原)という3人は、“メンタルヘルス、メンタルケア”のイメージを聞かれ、次のように回答した。
「体調が悪くなるときの原因の1つにメンタルの不調がある。アーティスト活動では、例えば耳が聴こえにくい、声が出にくいとなったとき、身体の疲れをとるように、心の疲れも定期的にケアする必要があるのではないかと感じている」(奥津)、「昭和生まれの人間なので、“精神が弱っているのは、自分の気持ちの問題”と言われて育ってきた。自分で解決してきたというよりも、誰に相談すればいいのかわからなかったというのが正直なところ」(西川)、「以前、YouTubeで動画アップをしていたことがあり、再生数が伸びなかったり、アンチコメントがあったりすると、嫌だなと思うことがあった。その頃“メントレ”に興味を持ち、メンタルケアとは心を鍛えて、生きることを楽にすることなのかなと思っていたが、いろいろ学ぶうちに、メンタルヘルスと身体のヘルスは、分けて考えるのではなく同じことなのだと気づいた」(小原)
その小原の言葉を受けて西多教授は、「心は『脳』という臓器で、身体と心の健康は切り離せない。睡眠は物理的な現象で、小原さんは現代的ないいとらえ方をしている」とし、スライドを使って専門である休養・睡眠について説明。「近年は肉体労働のほか、デスクでの労働も増え、感情を抑制しながら業務を行う『感情労働』も追加され、動いていないのに疲れることも増えてきた。身体的疲労と精神的疲労は決して別物ではなく、これらが慢性疲労やメンタル疲労につながる。それを癒すのが休息や睡眠」「休息にとって一番重要な生活習慣は睡眠。よく寝るためには運動が大事」であることを説いた。
その後、テーマは“自分のトリセツ”(セルフケア)に移った。第二次ベビーブーム世代の西川は、先生が生徒一人ひとりのメンタルにまで気にかけられなかった学生時代をふり返り「今は自分が周りを引っ張っていかなければいけない立場だが、“俺はこういう人間なんだ”と決めつけないようにしようと意識している」、奥津は「1時間早く起きて自分の理想の朝ご飯を作る。豊かな生活を取り戻すことによって自分の機嫌をとるようにしている」、1人暮らしだが孤独をまったく感じないという小原は、「毎朝、部屋の観葉植物に話しかけている。名前を付けたり、ヤモリのお世話をしたりしている。孤独って突き詰めると“暇”なんだと思う。孤独を感じる暇がないように、とにかく暇を埋めることが大事なんだろうと思っている」と、それぞれが実践しているセルフケアが披露されていった。
■自身のセルフケアをSNSに投稿する「#自分のトリセツ」キャンペーンも実施
「B-side」は今回、この“自分のトリセツ”(セルフケア)をキーワードとして、自身のセルフケアをSNSに投稿する「#自分のトリセツ」キャンペーンも実施した。なんとなく不調を感じたときに、人々はどのように自分自身を落ち着かせたり、癒したりしているのか。ストレスの軽減につながるそういった行為はセルフケアの1つであり、さらにはそれを共有し合うことで、誰かのセルフケアにつながるのではないか。この企画には、そんな思いが込められている。そういった趣旨に賛同したアーティストやクリエイターをはじめ、多くの人が自分ならではのユニークなトリセツをポスト。セルフケアには様々な方法があるという新たな気づきを与えてくれる企画となった。
欧米と違って、日本では自身のメンタルへルスについて話すことは、まだまだハードルが高い。もっとカジュアルに話せる社会になるためには、このテーマの理解を深めるとともに、「自分ごと」として捉えることが必要となってくる。イベントや「#自分のトリセツ」キャンペーンは、そんなきっかけづくりとなったに違いない。
またこの日、グーグルのオフィスでは「アーティスト・クリエイターの心を守るには〜YouTube Japan 世界メンタルヘルスデー トークイベント」も開催された。エンタテインメント業界において、メンタルヘルス対策が喫緊の課題の1つであることは、会場に集まった多くの音楽関係者がイベントに熱心に耳を傾けていた様子からもうかがえた。
3部構成となったイベントの第1部に登壇したのは、メンタルヘルス対策に本格的に乗り出した日本音楽制作者連盟(音制連)理事長・ヒップランドミュージック社長・野村達矢氏と、「B-side」プロジェクトを立ち上げたソニー・ミュージックレーベルズの徳留愛理氏。双方がタッグを組み、「B-side」を活動母体とした支援体制の構築に奮闘している。イベントではプロジェクトの仕組みやこれまでの経緯や背景、音制連での取組みが語られた。第2部では、精神科医でYouTuberとして精神科診療について解説するYouTubeチャンネルを運営する益田裕介氏が、メンタルヘルスを学ぶショートレクチャーを行い、第3部では全員が壇上に登場してパネルディスカッションや質疑応答が行われた。
■設立から3年。「B-side」のさらなる発展に期待
今年9月で設立から丸3年が経過した「B-side」。SME社員が主務を行いながら業務にあたるという運営体制ながらも、熱意あふれる取組みによってプロジェクトの認知は徐々に広がり、利用者も増加。その活動は幅広い方面へ広がりを見せている。世界メンタルヘルスデーにおけるこれらイベント・企画は、プロジェクトのさらなる発展を期待させられる、充実した内容となっていた。
TEXT BY 葛城博子
B-side HP https://info.b-sideproject.jp/
#自分のトリセツ 特設HP https://info.b-sideproject.jp/wmhd2024
「B-side Talk~心の健康ケアしてる?」リンク http://lnk.to/Mlweb7