早春の夜、表参道BLUE NOTE TOKYO。伝統あるライブハウスの入り口に、人だかりができていた。彼らがスマートフォンをかざすのは、扉の脇にある──秋山黄色と石崎ひゅーいの2人が映る写真だ。
ジャズミュージシャンたちの写真が壁一面を埋め尽くすエントランス。クロークに荷物を預けて入室すると、テーブルとエレガントな照明が立ち並ぶ空間に、老若男女問わずくつろいでいた。場内は満席。フードやドリンクを楽しむ、リラックスした空気で賑わう会場。2人のアーティストが“今・ここ”でしか聴けない音楽を披露する舞台だ。今回は第2部となる2ndセットをレポートする。
■同じように歌うことはない──秋山黄色
客席の合間を塗って、インストのメンバー(バイオリン: 須原杏、石井智大 ビオラ: 三品芽生 チェロ: 小林幸太郎 コントラバス:米光椋 ピアノ:兼松衆)が入場する。拍手で迎えられ、さざめきの中、短いチューニングが行われると照明が落ち、With ensembleのテーマソング「飛翔」が演奏される。シンコペーションのリズムが引き立つさわやかなサウンドで、1stバイオリンのソロが際立つ。
ライトの中、いよいよ秋山黄色が満を辞して登場。彼は終始、インスト隊と音楽的にも身体的にもコミュニケーションをとり、縦横無尽なパフォーマンスで客席を楽しませてくれた。
張りのある第一声で一瞬で場の空気を変えたのは、「SCRAP BOOOO」。指揮者のような身振りを交えながら、繊細なコントロールでボイスを操る。1曲目から早々に、インストとの楽しげなアンサンブルを見せてくれる。
続く2曲目は「見て呉れ」。ストリングスのピッツィカート(弦を指で弾く奏法)やグリッサンドが強烈なアレンジ。つぶやくような秋山の声が、弦楽器の旋律と対比をなして印象的だ。
揚々と2曲を歌い上げ、客席を引きつけた秋山だったが、しばしの沈黙ののち「歌が終わったらこんなもんですから」と自虐的な笑いをとってみせる。BLUE NOTEという場の重みを意識しながら、『With ensemble』のプロジェクトについて楽しげに語る。「同じように歌うことはない」「リハーサルとも違うかも」とインスト奏者たち、観客の期待を高めつつ「SKETCH」へ突入。
秋山のハスキーな裏声が楽曲に濃淡をつける。インストとのセッション、会場全体の客席への視線。単に歌うだけでなく、まさにこの場そのものとアンサンブルする秋山の柔軟さが光っていく。「SKETCH」サビではますます全身の表現が激しくなり、ノリにノったピアノがラストに向けて駆け抜けていく。
そしてここへきて、まさかのお披露目となったのが「ソニックムーブ」のアレンジ。ライブ前日にリリースされたばかりの新曲が、早くも新しいアレンジとなってパフォーマンスされることに、オーディエンスの盛り上がりが加速。「昨日の今日ですみません」と叫ぶ秋山。手拍子とレインボーの照明も手伝って、秋山のシャウトとオーディエンスの合唱が交歓する。チェロはその大きなボディを打楽器のようにクラップしてリズムを鳴らす。これぞまさにライブの楽しみといった雰囲気。ピアノとの一瞬のデュオからのラストへの盛り上がりが見事だ!
暑くなった会場内に、ピアノソロが印象的なリフを奏で始めると空気は一変、「Caffeine」が始まる。やわらかく歌う秋山をじっと見つめるピアノ。やがてリフは消え美しいバラードへ。しかし、メロウな空気の中でも、秋山の熱量が保たれていることが歌声からも動きからも伝わる。
「Caffeine」が終わり、「(おれ)歌ってる、ちゃんと?」と客席に問いかける秋山。次で最後とわかり、客席から残念そうな声が上がる。ピアノのソロから始まったのは「アイデンティティ」。4つ打ちビートの上で、オペラのようにのびやかな声で歌い上げる秋山、その歌声を時折なぞる鮮やかなストリングス。秋山の指揮の動きに釣られてボルテージがMAXになる演奏者たち。最後は秋山の身振りに合わせて何度も何度もコードを打ち鳴らし、エンド。その後もピアノに絡む、奔放でお茶目な姿を見せた。
■『With ensemble』はいつも違う世界に連れて行ってくれる──石崎ひゅーい
さて、このまま出番が終了するかのように思われた秋山だったが、ひょっこりステージへ戻ってくる。「もう一曲やるんですよ。頼れる先輩がおりまして…呼んじゃおうかな!」と呼びかけると──そう、“頼れる先輩”石崎ひゅーいの登場だ。黒っぽいシャツの秋山と対照的に、明るくさわやかな柄物のシャツの石崎。まずはMCで場の空気をあたためる2人だが、秋山と石崎のテンションのギャップが客席の笑いを誘う。
期待に高まる会場で、2人がデュエットで送るのは「花瓶の花」。リードして歌い始める秋山に、石崎がやさしいハモリをかぶせる。このステージで歌唱されたのは1番だけだったが、全曲を聴きたいと思わせるパフォーマンスだ。
「黄色くんの曲、僕もやらせてください」と、今度は石崎が先導。「燦々と降り積もる夜は」を歌い始める。向かい合う石崎と秋山のデュエットを支えるインスト。観客の手拍子をリードする秋山に石崎がちょっと吹き出す瞬間も。弦楽器の高音域による合いの手が映える。
デュエットの2曲を終え、名残惜しくありつつも「先輩に交代します!」と、今度こそ石崎と交代する秋山。後輩のバトンを受け継ぎ、石崎が軽く自己紹介すると、そのまま「さよならエレジー」へつなぐ。浮遊感の漂うピアノのパッセージに、弦楽器が空白を埋めるように差し込まれる独特なアレンジ。先行きが見えない緊張感漂うインストの上で、石崎が安定感のある芯の通った声で歌い上げていく。
ストリングスのユニゾンと、ピアノでリズミカルに始まる「ワスレガタキ」。コントラバスのピチカートが、全体の音楽を運んでいく。ダークで鋭い石崎の表現がたまらない。1stバイオリンのソロパートやピアノの和音が石崎とますます相乗効果で会場を盛り上げていく。
「楽しんでますか?」と客席に呼びかける石崎。登場時とは打って変わって、気分が上がっている様子が見て取れる。うっかり手をマイクスタンドにぶつけるハプニングがありつつも、「『With ensemble』は、自分の曲だけど毎回ちがう世界に連れて行ってくれる」と、BLUE NOTE に立てることへの緊張と喜びを語ってくれた。そして「夜空を飛んで会いに行く」という聴き慣れたフレーズを観客と予行練習し、「夜間飛行」が始まった。
ここからは石崎は秋山と交代したため、1stステージの様子をお届けする。弦楽器の繊細なピチカートが導入を支える「虹」。石崎が菅田将暉に提供した楽曲を、石崎自身が、あたたかく切なく歌い上げる。
今はいない“君”を思う切ないラブソング「ピリオド」は、弦楽器のおだやかな前奏から始まる。“笑い声も叱る声も聞こえない”“君の面影をまるごと捨てたんだけど”と切実に訴えかける石崎と弦楽器の絡みあいが胸を締め付ける。
そして最後のナンバーとなった「宇宙百景」。『With ensemble』のYouTubeチャンネルでも事前公開され、光の中儚げに歌う石崎の姿が印象的だったアレンジ。ステージでも石崎の表現力が最大限に輝いた。控えめなインストの伴奏が楽曲をより洗練され、美しいものにしていた。
『LIVE With ensemble』にかけるアーティストたちの思いはさまざまで、それはインストのメンバー、そして客席にもリアルに迫ってくる。アーティストの全身からほとばしる迫力、共演者同士の即興的な掛け合い、楽曲の新たな一面を見せてくれるアレンジ…『LIVE With ensemble』の醍醐味をここにみた。
TEXT BY 加藤綾子
PHOTO BY 中村英二・松村直
■セットリスト
2024.3.20 @東京・BLUE NOTE TOKYO
『LIVE With ensemble Vol.4』SET LIST
With ensembleテーマソング「飛翔」
秋山黄色
01. SCRAP BOOOO(Arrange:兼松衆)
02. 見て呉れ(Arrange:兼松衆)
03. SKETCH(Arrange:和仁将平)
04. ソニックムーブ(Arrange:徳澤⻘弦)
05. Caffeine(Arrange:森田悠介)
06. アイデンティティ(Arrange:佐藤浩一)
石崎ひゅーい×秋山黄色
07. 花瓶の花(Arrange:和仁将平)
08. 燦々と降り積もる夜は(Arrange:和仁将平)
石崎ひゅーい
09. さよならエレジー(Arrange:森田悠介)
10. ワスレガタキ(Arrange:兼松衆)
11. 夜間飛行(Arrange:福留亜音)
12. 虹(Arrange:三枝伸太郎)
13. ピリオド(Arrange:須原杏)
14. 宇宙百景(Arrange:兼松衆)
■公式サイト
秋山黄色 OFFICIAL SITE
https://www.akiyamakiro.com/
石崎ひゅーい OFFICIAL SITE
https://www.ishizakihuwie.com/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble