連日、最高気温を更新している最中の東京。有楽町のヒューリックホール東京には、ポップでドレッシーな若者から、スーツを着込んだ勤務帰りの社会人までが一堂に会していた。
まるで映画館のような落ち着いた照明、『With ensemble』でのこれまでのパフォーマンス楽曲がBGMに流れる中、うちわや場内で購入したペットボトルドリンクを片手に、来場者たちは開演を待っている。やっとライブイベントを楽しめるようになってきた今、観客の横顔はみな期待に満ちているように見えた。やがてアナウンスが開演を告げ、照明が落ちる。私たちの視界には、スモークとスポットライトで浮き立つステージが映るばかりだ。
■いつもと違う音に包まれて──安田レイ
ステージに、弦楽四重奏のメンバー(バイオリン: 須原杏、石井智大 ヴィオラ: 大嶋世菜 チェロ: 島津由美)が入場する。しばしの沈黙の後、アシンメトリーなワンピースの装いで安田レイが登場。会場が拍手に湧くなか安田が歌い始めたのは「Brand New Day」。2014年にリリースされた一曲で、新しい未来への期待が込められている。美しい発音と芯の通った発声が、弦楽器のゆたかな響きに包まれて届けられる。
一曲目から観客をひきつけ、幕開けを告げてくれた安田。「Thank you」と小さくつぶやくと、今日のオープニングアクトについて「本当に嬉しい。いい音を聴くと体が勝手に反応するんです。そんないつもと違う音に包まれる体験、みなさんもどうか楽しんで」と語る。
続く楽曲には、ピアノ: 梅井美咲、ベース(コントラバス): 米光椋も加わる。安田が歌い出したのは、最新アルバムのリード曲「Circle」だ。安田のデビュー10周年の期待と不安が込められたこの曲は、ピアノのイントロ、そしてストリングスのトレモロ(弦を細かく動かし、聞き取れないほど素早い音を刻む奏法)からはじまった。時折、手でくるくると円を描く安田がノってきているのが感じられる。ピアノソロはコードから外れながら見事なアドリブを披露、そのままラストのサビへ突入し、安田のギアが一段と上がる。
ピアノと安田の歌のみで始まる「Not the End」。『With ensemble』でもすでにアレンジver.が動画公開されていた楽曲だが、ライブではより神秘的な印象を受けた。月明かりのようなスポットの中、よりハスキーに、安田の声に感情がこもる。“怖くても守りたいよ 君との優しい明日を”という切ない願いが、祈るように歌われる。最後はピアノソロとストリングスが静かに締めくくる。
曲が終わったとき、一瞬、天を仰いでいた安田。自らを包んでくれる音をじっくり味わうかのようだった。「最後までお楽しみください」と観客に告げ、会場に手を振りながら退場した。
■時にはバトルするように。ハイスピードな展開で、歌もアンサンブルも駆け抜ける──TOOBOE
安田の退場後は、『With ensemble』のテーマソング「飛翔」がインストのみのパフォーマンスで差し込まれた。夏の夜にふさわしい爽やかで躍動的な音楽。弦楽四重奏が組み込まれたアレンジといえば、気になるのが低弦楽器の扱いだ。音響が入ったライブステージではどうしてもバイオリンの高音域が耳に止まりやすいが、『With ensemble』ではチェロやダブルベースが印象的に鳴っていた。奏者、そしてアレンジの妙が成せる音の厚みではないだろうか。
そして登場したTOOBOEは、全編を通して常に彼のキャラクターが垣間見えるパフォーマンスだった。安田のパフォーマンス中は落ち着いた色合いをメインにしていた照明が、一転して真っ赤に染め上げられる。強烈な色彩に観客の目が馴染むか馴染まないかという合間に、TOOBOEがラフな格好で現れ、「往生際の意味を知れ!」がスタート。ハイテンポな楽曲展開、複雑なコード進行…冒頭からTOOBOEの個性が炸裂し、間奏中のユーモアあふれる手拍子、軽快な歌唱で会場を引き込む。
間髪なく突入した2曲目「心臓」は、疾走感のあるアレンジ。チェロとベースの掛け合いがたまらないし、TOOBOEがここぞという裏声で「愛が欲しくてさ」と訴えるのもたまらない。
合間のMCではTOOBOEのユーモアが弾けた。「今日は、僕のことなんてご存知でない人が多いと思うので…」と自虐的なコメントを披露しつつも、「オーケストラver.でのライブは初めてでとても緊張してます」「せっかくなので、(オーケストラの)みなさんの名前を紹介させてください」と、奏者を一人一人紹介。場内の空気をほぐした。
さて、事前のビデオ公開で期待が高まっていたであろう一曲が「錠剤」だ。アニメ『チェンソーマン』とのタイアップでも話題を呼んだ本作は、『With ensemble』ではサックスとのアレンジだったが、ライブではピアノとストリングスによる編成。不協和なトレモロが差し込まれる中、ステージを歩き回るTOOBOE。ラストは弦楽器がブザーのように何度もノイズをかき鳴らして終わりを告げる。
続く「チリソース」も、すでにYouTubeでパフォーマンスが公開されている。ピアノとストリングスのキメ、素早い音符の群れの応酬で音楽が引き締まっていく。間奏の変拍子がまるで観客をおちょくるようで、ラストのサビにうつむいたまま突入するTOOBOEの歌唱力も見事だ。後奏は2ndバイオリン石井のクールなアドリブが入り、全員でトレモロを奏してフィニッシュ。
MCで「速い曲ばっかりで大変かと思いますが…」とTOOBOEが漏らした通り、常にハイテンポで進み、With ensembleオーケストラたちも気が抜けないであろう楽曲ばかりだ。あっという間に4曲が終わり、いよいよ次でラストとなった。
TOOBOE最後の一曲をしめるのは「浪漫」。ストリングスが抜け、ピアノとTOOBOEの一対一となったこの「浪漫」で、えげつないほどの転調、大音量のプレイを突き通すピアノの梅井。“遥か遠くの未来に 幸せ望んでもいいですか…”激しいピアノと呼応しつつ、最後まで観客につきつけ、駆け抜けたTOOBOEだった。
「浪漫」の激しいプレイとは一転して、ピアノソロが穏やかなBGMを演奏する。「本日はありがとうございました。引き続き加藤ミリヤさんをお楽しみに!」と去っていくTOOBOE。こうしたアーティスト同士のリスペクトが垣間見える瞬間も、『LIVE With ensemble』の魅力のひとつだろう。オーケストラの演奏を続ける中、そのまま入れ替わるように加藤ミリヤが入場し、ゲストアーテイストたちを音で繋げるように、次の曲の1音目に繋がる旋律が鳴り響いて…。
■コーラス、アンサンブルとの圧倒的なパフォーマンス──加藤ミリヤ
加藤は、第一声から圧倒的な発声だった。「Goodbye Darling」は恋人から離れひとりで歩き出そうとする女性の心を歌っている。最低限の音数で刻まれるリズム、しかし、不意にピアノが加藤によりそってハモる瞬間。黒レースのワンピース、ファー、ブーツで歌い上げる加藤はまるでオペラ歌手のプリマドンナのようだ。
間髪入れず、コーラスがステージにIN。加藤の代表作の一つとも言える、「SAYONARAベイベー」の幕開けだ。“愛してる” “お願い”という加藤の呼びかけをコーラスがやわらかくもエッジの効いた発音で繰り返す。バックで鳴り響く1stバイオリン須原のソロも印象的で、声、そして全身で表情ゆたかに歌い続ける加藤と絡み合う。
歌い終えるとささやくように感謝を告げる加藤。「With ensembleは個人的に大好きな場所で、今日この日この瞬間のためのステージ。いつもの自分のライブとは緊張感が違って、みんなも『息をしていいのか』って緊張してるんじゃないかな。この空気がたまらなく好き」と、『With ensemble』への思いを語ってくれた。
そして「自分のこと尊敬して、大事にして」と会場に呼びかけた加藤。そう、3曲目は「Respect Me」だ。1stバイオリンの強烈な低弦がゴリゴリに鳴らされる冒頭!この音を低弦ではなくあえてバイオリンに演奏させるところがスリリングだ。一段とギアの上がった加藤は、動画より何段階も鬼気迫るパフォーマンスを見せる。「RESPECT ME!」と客席に向かって何度も何度も繰り返す加藤を、ピアノの刻みが一緒にせき立てる。
一転して、ピアノと歌のみのやわらかなイントロが訪れる。「DEVIL KISS」は、タイトル通り男女の悪魔的な恋愛感情を描いた楽曲だ。ダブルベース、そして2ndバイオリンが抜け、コンパクトな編成に。弦を指で弾き、やわらかな音を添えるチェロが、加藤の表現力をさらに引き立てる。同じアコースティックアレンジでも、楽器の扱いひとつでがらっと印象が変わる。
「DEVIL KISS」の流れを汲むようにラブソングが続いていく、「KILL MY LOVE」は加藤の低音ボイスと、コーラスの高音のハモリが美しい。そこにやはりダブルベース・チェロの低弦が刺さる。
次々と多彩な歌唱を見せる加藤だが、MCでは「緊張してます(笑)楽しんでいただけてますか?」と不安げに問いかける。もちろん拍手で答える会場。「昨日は祈って寝てました。だって、もうあつくって、クーラーつけっぱなしで寝てたから…ここ、笑うとこだよ?」やはり、会場の我々もいつもと違う空気に緊張しているのかもしれない。笑いに包まれた観客席に、加藤は『With ensemble』プロデューサー・常田俊太郎を紹介する。
常田との出会いは、King Gnu「Teenager Forever」をカバーした時。せっかくならばKing Gnu 常田大希の兄にアレンジをお願いできないだろうか、と打診したところ、快諾だったという。
「With ensembleのいいところは、アレンジがぶっとんでるところ」──その”ぶっとんでるアレンジ”をプロデュースする常田が、見事なバイオリン・ソロを披露した。この曲は、今日この日のために常田自身が書き下ろしたオリジナル曲だ。重音奏法(同時に複数の弦を鳴らす奏法)を駆使し、クラシックの無伴奏曲のようなテクニックとモダンなメロディライン、コードを合わせた一曲は、会場に新鮮な風を吹かせてくれた。
常田のソロの余韻が冷めぬ中、さりげなく現れた加藤。なんと、新たなシンガーを引き連れての登場。会場から黄色い歓声が上がる。清水翔太の登場だ。
加藤と清水といえば──という期待通り始まった「Love Forever」。常田もストリングスに立奏で参加するという、豪華なアンサンブルだ。ピアノのみが伴奏する清水のソロは伸びやかで、加藤と清水の掛け合いが会場のボルテージをMAXにする。圧倒的な歌唱力のデュエット。ラストには常田のソロも入って鮮やかにしめくくる。
常田、清水の2人がステージを去り、いよいよ、今夜のライブも残り3曲に迫ってきた。
加藤も会場も名残惜しい中スタートしたのは、「Aitai」。“どうして私じゃないの?”嘘でもいいからあの子より私を好きだと言って”と、振り向いてくれない相手への苦しい思いを歌う加藤。石井のおだやかなバイオリン・ソロがさらに切なさを掻き立てる。『With ensemble』のアレンジver.は、歌の奥にある思いをつかんで、ぎゅっと出してくれるのだという。
「ほんとの僕を知って」では、ヴィオラ・バイオリン・コントラバスの4名が抜け、チェロとピアノの編成に。一見、王道に見えるピアノのコード進行にも少し濁りが滲む。安定感のあるチェロ・島津由美のソロがフレーズを作り、コーラスのわずかなハミングが加藤に呼応する。ラスト、“不細工でも不恰好でも”というフレーズに力が入る加藤。
いよいよラストの一曲。「最後、このライブをどんな気持ちで終えるのかと思って選びました」と加藤が語ったのは「JOYRIDE」。ピアノとストリングス、フル編成で届けられるラスト。加藤もWith ensembleオーケストラも全員がより感情が入り込み、特に目を引くのは加藤のパワフルさだ。「緊張してます」と漏らしていたはずだが、最後までまったくブレることがないどころか、その迫力と表現の幅は増していった。
3人のアーティストと『With ensemble』が成し遂げた、今日この日限りのステージは、梅雨明け前にもかかわらずうだるような暑さだった1日を払い退けてくれた。「また明日から、自分の人生たのしんでね」という最後の加藤のメッセージが、アーティストたちのパフォーマンスと共に深く胸に刺さった。
TEXT BY 加藤綾子
PHOTO BY 中村英二
■セットリスト
2023.7.17@東京・ ヒューリックホール東京
『LIVE With ensemble Vol.3』SET LIST
安田レイ(Opening Act)
01.Brand New Day(Arrange:和仁将平)
02.Circle(Arrange:森田悠介)
03.Not the End(Arrange:三枝伸太郎)
TOOBOE
01.往生際の意味を知れ!(Arrange:森田悠介)
02.心臓(Arrange:須原杏)
03.錠剤(Arrange:和仁将平)
04.チリソース(Arrange:森田悠介)
05.浪漫(Arrange:梅井美咲)
加藤ミリヤ
01.Goodbye Darling(Arrange:福留亜音)
02.SAYONARAベイベー(Arrange:佐藤浩一)
03.Respect Me(Arrange:兼松衆)
04.DEVIL KISS(Arrange:和仁将平)
05.KILL MY LOVE(Arrange:梅井美咲)
06.Love Forever【スペシャルゲスト:清水翔太】(Arrange:兼松衆)
07.Aitai(Arrange:和仁将平)
08.ほんとの僕を知って(Arrange:梅井美咲)
09.JOYRIDE(Arrange:須原杏)
■公式サイト
安田レイ OFFICIAL SITE
https://www.yasudarei.net/
TOOBOE OFFICIAL SITE
https://www.sonymusic.co.jp/artist/tooboe/
加藤ミリヤ OFFICIAL SITE
https://sp.miliyah.jp/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble