アーティストとクラシカルな楽器によるアンサンブルが出会い、オリジナルのアレンジでパフォーマンスを届けるYouTubeコンテンツ『With ensemble』。
多彩なアーティストをゲストに迎え、あらたな動画を公開するたび話題を呼んできたこのプロジェクトをライブで体感できる有観客イベント第2弾『LIVE With ensemble Vol.2 Soushi Sakiyama × yama』が開催された。
今回のゲストアーティストは崎山蒼志とyama。11月9日、ブルーノート東京での第2部となる2ndセットをレポートする。
■yama:透き通った声とアンサンブルの美しい溶け合い
20時30分スタートの2ndセットはライブ前に食事を楽しむ人も多く、平日の夜にもかかわらず煌びやかな雰囲気。自然と沸き起こった拍手のなか、まずは兼松 衆(ピアノ)、須原 杏(1st バイオリン)、吉田篤貴(2nd バイオリン)、亀井友莉(ヴィオラ)、村岡苑子(チェロ)、清水昭好(コントラバス)というアンサンブルのメンバーが登場。ピアノ+弦楽四重奏+コントラバスというバランスのとれた楽器編成である。
アンサンブルが奏でるのは、当プロジェクトでもおなじみの作曲家、和仁将平が書き下ろしたWith ensembleオリジナルソング「飛翔」。今夜がその初演となる。特別な時間の幕開けを告げるにふさわしい高揚感に満ちた音楽は、まるでオペラの序曲のよう。やがて神秘的なアンビエンスをたたえたサウンドのなか、yamaがステージへ。
ほんの少しうつむいたあと、yamaが歌いはじめたのは「色彩」。人気アニメ『SPY×FAMILY』第2クールのエンディング主題歌で、ちょうどこの日がCDのリリース日だった。一聴してはっとさせられたのは、声の透明度。どこまでも抜けるように透き通った声、そのなかに含まれる繊細な空気の揺らぎは、ライブでしか感じられないものかもしれない。真っ青な髪、真っ白なパーカーに身を包み、小柄ながら大きな存在感を放つyama。アンサンブルが生み出すグルーヴに身を委ね、高速なパッセージを乗りこなすその姿に、ただただ惹きつけられた。
最初のMCでは、歌声と話し声のギャップにも驚いた。伸びやかで張りのある高音の歌声とはまったく違う、落ち着いたトーンの話し声。マスクで目元は覆われているが、言葉を大切にしながら丁寧に語る様子から、誠実な彼女の姿が伝わってくる。
2曲目もアップテンポな「春を告げる」。ジャジーなピアノの上で、ストリングスがご機嫌にスウィングする。クラシック音楽で使われる楽器にはビート感がなく、ゆったりと優美な印象があるかもしれないが、幅広いジャンルで活躍する『With ensemble』の腕達者たちのプレイはエッジィかつアグレッシブ。吉田篤貴がバイオリンソロ、清水昭好がウォーキングベースを見事に披露した間奏のあとは客席から手拍子が起こり、祝祭感に包まれて会場の温度がぐんと上がった。
続いて「ライカ」。青いライトのなか、すっと歌声が立ち上がる。1stバイオリンを務める須原杏によるアレンジは、バイオリンの長く伸びる高音や、チェロと歌の掛け合いなど、ストリングスが印象的。“いつでも僕らは孤独さ。”という歌詞が、エレクトリックなサウンドの原曲より切々と、エモーショナルにたたみかけられる。
崎山蒼志との2マンでのライブを、yamaはずっと楽しみにしていたとのこと。「今日は1stセットで歌って、2度目のステージなので、この緊張にも慣れると思ったら、全然慣れないですね」と素直な心境を語り、「普段とは違った編成で、新鮮な音をお届けできたら」とMCを結ぶ。
“ひとりぼっちにはさせないでよ“と歌う言葉とともに「Oz.」がはじまる。今夜のピアノ演奏を担当する兼松衆によるアレンジは、重い荷物を背負って一歩、また一歩と進む足どりのように、ピアノの低音がリズムを刻む。アニメ『王様ランキング』のエンディングテーマとして起用された「Oz.」の歌詞は“ボク”という一人称で語られる。“あなたが弱いのなら ボクの弱さも見せるから”と歌うyamaの声は、少年のように無垢でまっすぐ。それだけに、切なさが胸を打つ。そして最後は“ひとりぼっちにはさせないよ”という約束が、ストリングスの淡い響きのなかに溶けていく。
ボーカルとピアノから入る「Lost」では、yamaが声だけで心象風景を聴き手の眼前に広げることができる歌い手であることを改めて感じさせられた。痛みと喪失感を抱えて“どうしようもない夜を彷徨っている”、誰にでもある、そんな夜の思い出と風景が聴き手の心にもよみがえってくる。ストリングスは“どうしたら僕は前を向けるんだろう”と自問自答する焦燥感をリアルに表現したかと思えば、ふと見上げた夜空にまたたく星の光の美しさも描き出す。
あっという間に時間が過ぎ、「残り2曲、今日しかないこの空間、この時間を噛み締めながら楽しみたい」というMCに続いて「光の夜」。その言葉どおり、yamaが歌いながら全身でアンサンブルの音をひとつひとつ感じているのが身振りからも伝わってくる。ボーカルとアンサンブルの一体感はいっそう強まり、yamaの透明な声がアンサンブルの一部となって、“美しくて 時が止まる”ほどの光の夜が現出する。クライマックスでボーカルが歌い終わったあと、静かになってからもストリングスが歌い続ける。『With ensemble』ではアーティストとアンサンブルはあくまで対等、伴奏ではない。
ラストは「世界は美しいはずなんだ」。原曲は明るいサウンドだが、『With ensemble』バージョンは夜の闇のなか、赤いライトが点滅しているような仄暗さをたたえている。歌詞には“窓”という言葉が登場するが、yamaにとっての窓はPCのモニターなのかもしれないと思った。YouTubeやSNSから人気に火がついたyamaは、インターネットという空間から飛び出し、今こうして私たちの目の前でリアルに歌っている。窓の外に広がる世界は、暗闇に覆われているのか、それとも愛に満ちた桃源郷なのか。暗いニュースばかりが入ってくるけれど、“世界は美しいはずなんだ”。そう信じたい、信じていたいという気持ちがアンサンブルの演奏とともに高まっていく。
そしてラスト、音楽は続いたまま、yamaが崎山蒼志をステージに呼び込んだ。崎山は「yamaさんに大きな拍手を」と声をかけ、yamaは拍手のなかステージを去っていく。前回の『LIVE With ensemble Vol.1』でも、前半から後半のアーティストへのバトンタッチが印象的だったが、こういった有機的な繋がりが生まれるのも『With ensemble』ならではだろう。
■崎山蒼志:ギター&ボーカルがストリングスと出会い魅せたあらたな音
アンサンブルのメンバーはステージに残ったまま、アーティストだけが交代する。崎山がギターを肩からかけ、「幽けき」を歌い出すと、アンサンブルの音色が変化していく。それは一瞬でパッと変わる変化ではなく、霧雨がしっとりと街路を濡らしていくように自然に、気づけばまったく違うものになっているという変化。ストリングスもピッツィカートでこれまでとは違う表情を見せる。間奏以降は崎山がかき鳴らすギターと、豊かに歌うストリングスの音色が絶妙にマッチして、これまで聴いたことのないサウンドを聴かせていた。
続いて、ギター弾き語りではじまった「Undulation」。追ってピアノとストリングスが入ってくるが、疾走感溢れるこの楽曲の主導はあくまでギターのストローク。音大でクラシックの作曲を学び、在学中からジャズピアニストとして活動していた兼松 衆のピアノが、崎山のギターとぴたりとシンクロしたかと思えば、きらめくようなソロを奏でる。
その兼松がアレンジを手がけた「嘘じゃない」は、しっとりしたピアノのイントロからはじまる。崎山の発した“優しさ”という言葉がスタッカートで宙にぽかりと浮かぶ。ギターが入ることで感情が動き出し、村岡苑子が奏でるチェロが雄弁に歌う。バイオリンとヴィオラの入らない重心の低いサウンドのなか、チェロは高音部まで駆使してボーカルと同じぐらいの存在感を放つ。
「今日の夜、MVが公開される予定なので、家に帰ってライブを思い出しながら観てほしい」というMCのあと、この日に配信リリースされたばかりの「覚えていたのに」が、さっそく『With ensemble』バージョンで演奏された。“覚えていたのに不安で”という言葉が繰り返され、不思議なグルーヴを形成していくユニークな楽曲はミニマルミュージックのようでもあり、ストリングスは短い刻みと伸びる持続音のメリハリを活かしながら、不思議な音の空間を創出していた。クラシカルな楽器のアンサンブルは、コンテンポラリーアートとも相性がいいのだ。
「めちゃめちゃ素敵なアレンジと、アンサンブル。ブルーノート東京という場所にもはじめて来ましたが、今日のことはずっと忘れないと思います」と崎山。ジャズミュージシャンとは違い、ステージでも客席と積極的にコミュニケーションをとるわけではない。けれど、目の前で聴いている人たちの熱量を、アンサンブルが発するバイブレーションを、誰よりも感じているのだということが、短い言葉からも伝わってくる。
「Helix」では、ピアノの低音とギターのストロークがうねりを生み出し、切れ味鋭いストリングスが交錯する。崎山のギター&ボーカルとアンサンブルが完全にひとつとなり、“何処までも行けるよ”という言葉そのままに骨太のサウンドを轟かせる。ギターとコントラバスの上で、ピアノがジャジーなソロを展開し、たたみかけるようなボーカルが続く。ここまでくれば、もう怖いものはない。
出力MAXの勢いのまま、「Samidare」へ突入。高速で繰り出されるアグレッシヴなフレーズは、感情の暴走ともいうべきもの。清水昭好のコントラバスが高音部のピッツィカートで超絶技巧を披露したかと思えば、疾走感あふれる吉田篤貴のバイオリンソロに拍手が起きる。ストリングスのメンバー一人ひとりの弓さばきからも、発火寸前のような熱が放射されている。
と、ここでブレイク。ギターを肩から下ろし、スツールに座った崎山は、「この曲をハンドマイクで歌うのは初めて」と少し恥ずかしそうにMCをする。
ラスト2曲となった最初は「通り雨、うつつのナラカ」 。ボーカルとコントラバスが1対1で掛け合いながら、言葉から不思議なリズムが作り出されていく。続いてバイオリンとボーカルの掛け合い。ピアノとギターがいないだけで、サウンドはかなり異なった様相を呈す。
そして、弦楽四重奏とピアノのアンサンブルによる「風来」。言葉のひとつひとつを丁寧に紡いでいく崎山のボーカルに、チェロが唐草模様のように旋律を絡ませ、相槌を入れる。朴訥とした歌声と、優美なストリングスの音色は、本来的には異質なものなのかもしれない。だが、その両者が出会い、会話し、溶け合ったとき、世界でただひとつのアンサンブルが生まれる。「風来」の、外の世界に向かって開かれていくようなフレーズに、そんなことを感じたラストだった。
アウトロを奏でるストリングスの前で深々とお辞儀をし、ステージを去る崎山。会場からは束の間の夢の時間を惜しむように、いつまでも拍手が続いていた。
TEXT BY 原 典子
PHOTO BY 中村英二
■セットリスト
2022.11.09@東京・ブルーノート東京
『LIVE With ensemble Vol.2 Soushi Sakiyama × yama』SET LIST
yama
01.色彩(Arrange:和久井沙良)
02.春を告げる(Arrange:和仁将平)
03.ライカ(Arrange:須原 杏)
04.Oz.(Arrange:兼松 衆)
05.Lost(Arrange:森田悠介)
06.光の夜(Arrange:直江香世子)
07.世界は美しいはずなんだ(Arrange:須原 杏)
崎山蒼志
01.幽けき(Arrange:千葉広樹)
02.Undulation(Arrange:和仁将平)
03.嘘じゃない(Arrange:兼松 衆)
04.覚えていたのに(Arrange:須原 杏)
05.Helix(Arrange:森田悠介)
06.Samidare(Arrange:兼松 衆)
07.通り雨、うつつのナラカ(Arrange:石井智大)
08.風来(Arrange:佐藤帆乃佳)
■公式サイト
崎山蒼志 OFFICIAL SITE
https://sakiyamasoushi.com/
yama OFFICIAL SITE
https://yamaofficial.jp/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble