TEXT BY 金子厚武
PHOTO BY Yuki Kawashima
■羊文学はわずかな希望になったと言っていいだろう
2020年代のオルタナティブな日本のバンドシーンはもう少し違う光景が広がっているはずだった。台風による中止を受けて急遽渋谷で開催されたGEZAN主催の『全感覚祭』が大きな賑わいを見せ、そこにも出演していた北海道発のNOT WONKがメジャーからアルバムをリリースした2019年は、フィジカルな盛り上がりを重視する2010年代前半のフェスロックとも、縦ノリではなく横揺れが浸透した2010年代後半のシティポップとも異なる、新たなシーンの胎動を確かに感じさせる一年だった。しかし、2020年以降は状況が一変。コロナ禍がすべてを奪い去り、ライブハウスシーンから今まさにオーバーグラウンドへと突き抜けようとしていたバンドの多くが大きなダメージを受けることとなった。
そんな中にあって、羊文学はわずかな希望になったと言っていいだろう。シューゲイザーやポストロックといったオルタナティブな音楽性をバックボーンに持ちつつ、元来のポップス性によって高いポピュラリティも内包していた羊文学は、コロナ禍が本格的な広がりを見せた2020年の8月にメジャーレーベルへの移籍を発表。その年の10月にかねてより若手バンドをフックアップし続けてきたASIAN KUNG-FU GENERATIONが塩塚モエカを「触れたい 確かめたい」のゲストボーカルに迎えたのは、彼女たちへの期待の表れだったに違いない。メジャーから2枚目のアルバム『our hope』を4月にリリースし、5月から開催された『羊文学 TOUR 2022“OOPARTS”』では、全国でZeppクラスの会場を埋め、ファイナルはZepp DIverCityの2デイズを即完と、状況は日増しに大きくなっている。
■バンドのベーシックをひたすら磨き続けてきた
とはいえ、メジャーリリース前後で音楽性やステージングに特別大きな変化があったわけではなく、彼女たちはオルタナティブな音楽への愛情を持ち続け、3ピースによる演奏と塩塚の歌というバンドのベーシックをひたすら磨き続けてきた印象がある。アルバム同様にこの日の一曲目を飾った「hopi」では、メンバーを囲む薄い布と明滅するライトによって、4AD直系の浮遊感のある楽曲をより幻想的に彩ったりと、照明や演出こそ大掛かりになってきてはいる。ただ、塩塚は今もトレードマークになっている水色のジャガーで全曲を演奏し、ソリッドなコードストローク、クリーントーンの繊細な指弾き、そして、十八番のファズギターを曲によって使い分ける。
■彼女たちの変わらないスタンスを証明
オルタナティブな音楽性で、なおかつ「3ピースで唯一の男性」というと、ドラムはパワー系を連想しそうなものだが、フクダヒロアは重心の低いセットで上半身をほとんど揺らさず、細やかなフレージングでアンサンブルに緩急を付けながら歌に寄り添い、河西ゆりかも指弾きを主体にバンドのボトムをしっかりと支え、この3人のバランスもインディーズ時代から変わりがない。この日唯一披露されたインディーズ時代の楽曲である「雨」と、アニメ主題歌として開かれた雰囲気を持つ「光るとき」を続けて演奏しても何ら違和感がないという事実が、彼女たちの変わらないスタンスを証明していた。
この日のライブで最も印象に残ったのは、映像演出が加わった中盤のパートのラスト、「予感」から「OOPARTS」への流れ。「キャロル」で背景に新宿と思われる街並みが映し出されたように、『our hope』というアルバムは塩塚が自然の多い実家を離れ、新宿で一人暮らしをする中で感じた感情が楽曲の背景となっている。アルバムではラストに収録され、前半の弾き語りから後半でシューゲイズギターがバーストするドラマチックな展開の「予感」は、一人暮らしの心許なさと時代の閉塞感が生む歪みが同時に表現されるという意味で、アルバムの中でも象徴的な一曲と言える。
そして、羊文学が初めてシンセを用いた「OOPARTS」では、ブラウン管テレビのスノーノイズが映し出され、曲が始まるとともに16分割された画面の中で人類の歴史が描かれていく。人類が「進歩」に夢を見ていたブラウン管テレビの時代を経て、それが限界を迎えた現代を“僕らのエンパイア 終焉の道をゆく”“際限ない欲望の果ての果て”と歌い、火星への移住計画をモチーフにしながら、“ねえ、今ならばまだ間にあうのに/誰か聞いて、ただ、生きたいだけ”と歌う「OOPARTS」は、エレクトロニックなサウンドと派手なビジュアルを伴ってライブのハイライトを創出。あくまで一生活者として、迷いや葛藤を隠すことなく表現しながら、そこから一気に想像力を広げ、地球規模の問題も同時に鳴らす塩塚の表現はやはり非常に魅力的だ。
■彼女たちの表現がより外向きに変化しつつある
ライブ後半では『our hope』に「たくさんの人に聴いてほしい」というテーマがあったことを伝え、ポップなアレンジに振り切ることでその方向性のきっかけになったという「パーティーはすぐそこ」を披露し、オーディエンスにクラップを求め、コミュニケーションを図る。「あいまいでいいよ」ではフロアからたくさんの手が上がり、アンコールに「夏フェスでよくやる楽しい曲」と言って演奏された「powers」では、“両手を高く広げ”という歌詞に合わせて、オーディエンスも一斉に両手を高く広げたりと、彼女たちの表現がより外向きに変化しつつあることが確かに感じられた。ここからより開かれた表現へとアプローチしていくのか、それともこの反動でもう一度オルタナティブなアプローチを突き詰めるのか。「OOPARTS」でのシンセの導入も含め、3ピースバンドとしての羊文学にとって、大きな岐路を迎えていることも感じさせるステージだった。
『羊文学 TOUR2022″OOPARTS”』2022.06.28@Zepp DiverCity
セットリスト
01.hopi
02.mother
03.雨
04.光るとき
05.砂漠のきみへ
06.なつのせいです
07.あの街に風吹けば
08.電波の街
09.金色
10.キャロル
11.くだらない
12.予感
13.OOPARTS
14.パーティーはすぐそこ
15.マヨイガ
16.あいまいでいいよ
17.ワンダー
アンコール
EN-1.人間だった
EN-2.powers
EN-3.夜を越えて
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