TEXT BY 原 典子
PHOTO BY 中村英二
“アーティストとアンサンブルが出会って、いま、ここだけの音が生まれる。 あの曲の、もうひとつの姿が現れる。”というコンセプトのもと、声とクラシック楽器で楽曲と向き合うYouTubeコンテンツ『With ensemble』。“渾身のアコースティックバージョン”として、様々な楽曲にあらたな息吹を吹き込んできた『With ensemble』をリアルに感じることができるライブ『LIVE With ensemble Vol.1 MONONKVL × Omoinotake』が開催された。ここでは第2部となる2ndセットをレポートする。
19時過ぎ、満席のブルーノート東京はまもなくはじまる2ndセット(第2部)を前に、お酒や食事を楽しみながらコロナ禍以前の賑わいを取り戻したように色めき立っていた(※この日、出演するモノンクルとOmoinotakeをイメージした特別なカクテルも準備されていた)。
■圧倒的な歌唱力と溶け込むアンサンブルの美しい調和
まずはアンサンブルのメンバーがステージに登場。この日は、和仁将平(ピアノ)、須原 杏(1stバイオリン)、石井智大(2ndバイオリン)、亀井友莉(ヴィオラ)、村岡苑子(チェロ)による弦楽四重奏だ。これまでの『With ensemble』でもアレンジを担当したり、演奏に参加していたおなじみの面々である。さらにモノンクルのステージでは、稲泉りんと佐々木詩織によるコーラスが加わる。
ピアノとストリングスが奏でる音色、そして拍手に迎えられて、モノンクルのふたりが登場。角田隆太がベース(コントラバス)を構え、弓を使った奏法でアンサンブルにフェードインしていく。
吉田沙良が歌い始めたのは「GOODBYE」。ストリングスを主体とした淡い色彩のアンサンブルのなかで、歌がひときわ強い存在感を放つ。別れの瞬間の切なさ、後ろを振り返らず一歩を踏み出したその先に広がる空…そんな光景を映画音楽のように描くラストの儚い美しさに息を呑む。
続く曲は「Every One Minute」。コーラスとかけ合って歌いながら、歩みを進めるようなビートに合わせて手拍子を促す、吉田。それに応えて会場の温度もぐっと上がる。サビでは大きく手を振り、“ふたりはきっとうまくやれるから、まだ未来に向かって歩き出そう”と歌う声はポジティブなエネルギーに満ちている。コーラスが歌うメロディに、即興でフェイクを入れていく吉田の歌唱力に圧倒された。バイオリンのピッツィカート(弦を指ではじく奏法)で締めくくるのも、この曲にふさわしい。
「普段はバンドでイェー! ってやってるけど、こんな豪華な空間でアンサンブルと一緒に演奏できて、もう最高ですね」と吉田。ステージと客席が近いブルーノート東京で、フランクにコミュニケーションをとりながらライブを進めていく姿に、モノンクルがジャズシーンから出てきたアーティストであることを実感する。
和やかな雰囲気から一転、「salvation」ではピアノとストリングスが生々しく、ソリッドに切り込み、サビはコーラスで音の厚みを出しつつ、角田のベースが裏拍と表拍を自在にスイッチングしながら全体をリードしていく。原曲のエッジィなグルーブ感を失うことなく、クラシック楽器のアンサンブルに昇華させたアレンジの手腕には『With ensemble』の動画でも驚かされたが、ライブで聴くとやはり迫力が違う。白熱するステージに客席のボルテージも最高潮に達する。
そんな客席をクールダウンさせるように、吉田が座って歌い出したのは「GAME」だ。まだ音源化もされていない新曲である。ピアノが入らないシンプルなアレンジのもと、艶かしさと哀愁を漂わせながら、“ありのまま突き進む人生のGAME”と歌われる曲には、どことなくレトロな雰囲気も。改めてモノンクルの幅広い音楽性を感じる新境地だった。
MCで吉田は「ここで演奏する曲は、本当に今日のライブのためだけに特別にアレンジしてもらったもの。それを念押しして伝えたい。モノンクルにとってメモリアルなライブです」と語り、アレンジを担当した和仁将平、須原 杏、石井智大をはじめとしたアンサンブルのメンバーを紹介。
次に演奏する「魔法がとけたなら」は5年前にリリースされた曲だが、オリジナルアレンジでライブをするのは今回が初だという。「5年間温めてきたアレンジ、そのうち2年間はコロナ禍でライブができない時期でした。“魔法がとけたなら 会いに来てよ“というこの歌のように、会いたい時に会いに来てもらえるよう、これからたくさんライブをやっていきたいと思います。皆さんも、会いたい人を思い浮かべながら聴いてください」という言葉とともに歌う。ピアノと歌、控えめなベース、ときどき入るストリングス。すべてのプレイヤーの響きが溶け合い、一体になる瞬間。ミラーボールが映し出す夜空の星々をバックに、ロマンティックなスローワルツに酔いしれた。
「Higher」でクライマックスに向けてふたたび盛り上がりをみせ、ピアノとストリングスに続いて、アフリカの風を感じさせるようなコーラスが入り、吉田の歌とともに光が射し込むイントロは、プリミティブなパワーがみなぎる。ピアノが力強く硬質な音で刻んでいたかと思えば、間奏ではやわらかな響きに変わるメリハリのきいたアレンジ。コーラスと手拍子で一体感に満ちた世界を描いたあと、すっとストリングスだけになって奏でられる現代的なパッセージも印象的だった。
MCでモノンクルとOmoinotakeが揃って、しかも同日同一ステージで『SUMMER SONIC 2022』に出演決定といううれしいニュースが伝えらると、会場の手拍子に乗せて、ハッピーなムードでラスト曲「ここにしかないって言って」へ。ピアノ、歌、コーラスが生み出す心地よいグルーブに身を委ねる。メンバー紹介では、それぞれがソロを披露。和仁将平によるジャジィなピアノソロも!
歌が終わったあともリズムと手拍子は続き、吉田がOmoinotakeのメンバーをステージに呼び込む。そして、登場したボーカルの藤井怜央と吉田が「ここにしかないって言って」のサビをフェイクのようにかけ合う。ノってきた吉田がスーパーロングトーンなフェイクを披露すると「(長くて)そんなに覚えていらんない」と歌う藤井。「自由だー!」と応える吉田。即興によるコラボレーションは、まさに世界のここにしかない。多幸感溢れる空気のなか、モノンクルのふたりがOmoinotakeに見送られてステージを後にした。
■“バンドらしさ“と“アコースティック“の出会い
ピアノとストリングスはそのままステージに残り、音楽が止まることのないまま、Omoinotakeのステージへと入っていく。2組のアーティストのステージが、こうした形でシームレスに連続していくものだとは予想していなかったので、コラボレーションも含めてうれしいサプライズだった。
そうしてスタートしたOmoinotakeの1曲目は「彼方」。ソウルフルなボーカルが響きわたると、ガラリと景色が変わる。
Omoinotakeは藤井怜央(Vo、Piano)、福島智朗(Ba)、冨田洋之進(Dr)からなる3ピースバンドで、普段は藤井がピアノやキーボードを弾きながら歌っているが、今回はハンドマイクを手にボーカルに専念するという意味でも貴重なライブになりそうだ。和仁将平のピアノが、モノンクルのステージとは違うタッチで、細かくリズムを刻みながら疾走していく。
『With ensemble』の動画ではドラムセットのかわりにカホン(箱のような形の打楽器)などのパーカッションが使われていたが、今回は通常のドラムセットとエレキベースが入り、全体のボリュームがぐっと上がって、より“バンドらしい“サウンドになっている。こうしてクラシックの楽器とバンドの楽器が自然に同居できるのは、ブルーノートというステージならではだろう。
2曲目は「心音」。原曲はシンプルなサウンドで歌を聴かせる曲だが、アンサンブルバージョンは一筋縄ではいかないユニークなアレンジに耳が惹きつけられる。
というのも、ボーカル、ピアノ、ストリングスが、それぞれ違う旋律を奏でながら同時進行していくのだ。こうしたアレンジは、対位法を駆使しながら五線譜の上で音楽を構築していくクラシックの編曲家が得意とするところかもしれない。バラバラで産まれた僕らが同じリズムを刻むという歌詞とシンクロするように、バラバラの動きをしていた楽器たちが、ドラムのリズムに合わせてひとつになっていく流れが気持ちいい。
「ブルーノートに来るのも今日が初めて。ハンドマイクを片手に座って歌うのも初めて」だと語る藤井。初めてづくしのライブに緊張しながらも、2ndセットになると、少しはこの場を楽しむ余裕が出てきたようだ。
3曲目は「惑星」。ストリングスとピアノによる水彩画のようなサウンドが、夜空に浮かぶ惑星といったドリーミーな情景を描き出す。別れた人との思い出を辿りながら、ふたりの間の引力は二度と戻らないと歌う。その美しいファルセットが、張り裂けそうな心の叫びを代弁していると思うと、よけいに切なくなる。
続く「モラトリアム」では、唯一、藤井がピアノを弾き語りしながら歌った。それを聴くと、ボーカリストが歌いながら弾くピアノと、ピアニストが弾くピアノとではここまで違うのかと驚く。藤井が弾き語ることで、歌そのものがリズムの一部となり、ベース&ドラムと一体となってOmoinotakeのグルーブが生まれるからだ。
普段のライブとは違った環境でのパフォーマンスに「やっぱりまだ全然慣れていないですね」と言い、MCではにかむ藤井。その姿からは、素朴でまっすぐな人柄が伝わってくる。
「EVERBLUE」では再びピアノが和仁将平に戻ったが、『With ensemble』の動画よりもドラムがパワフルなぶん、バンドとしてのダイナミズムが増している。ジャズのライブハウスでも活動しているバイオリニスト、石井智大のソロがとびきりカッコ良い。
渋谷の街頭でゼロからスタートし、夢に向かってひたむきに走り続けてきたOmoinotake。彼らをずっと見守ってきたファンにとっても、この日のライブは特別なものになっただろう。
最後は「トニカ」。ベース&ドラムのリズムに乗って、手拍子が起こる。夕暮れの街を歩いていく、明日を信じながら――。
どこまでも伸びていく藤井の声は、アルバムで聴くよりも様々な色を帯びていて、人間の声ってすごいなと素直に思う。聴く者の心に触れ、なぐさめ、共感し、力を与える声。アコースティックを主体としたアンサンブルによって、そうした声の力を生で間近に感じられたことも大きな収穫だった。
「トニカ」の間奏では、またうれしいサプライズも。モノンクルの吉田が入ってきて、藤井と一緒に歌ったのだ。ステージ上にいる全員がおおいに弾き、歌う大団円。客席も手拍子で応え、会場があたたかな光で満たされる。コロナ禍で長らく忘れていた感覚。画面越しでは決して味わえないバイブレーション。吉田が角田をステージに呼び込み、終演。鳴りやまない拍手のなか、メンバーたちが大きく手を振りながら客席の間を通って退場した。
『LIVE With ensemble Vol.1』に登場したアーティストは、どちらもメンバー自身が楽器を演奏することで、アンサンブルに自然に溶け込んでいた。日頃の演奏とは音色も音量バランスも大きく異なる環境にもかかわらず、すぐに順応し、一体となってグルーブを生み出していく様子に、ライブハウスで培われたバンドとしての底力を感じた。アンサンブルとともに演奏することで、アーティストが持つさまざまなポテンシャルが見えてくる。今後『LIVE With ensemble』に登場するアーティストは、どんな顔を見せてくれるだろう。ライブというあらたなステージへの期待で胸を膨らませながら、夜風の心地いい南青山の通りを歩いて帰途についた。
2022.05.28@東京・ブルーノート東京
『LIVE With ensemble Vol.1 MONONKVL × Omoinotake』SET LIST
■モノンクル
01.GOODBYE (Arrange:須原 杏)
02.Every One Minute(Arrange:石井智大)
03.salvation(Arrange:和仁将平)
04.GAME(Arrange:須原 杏)
05.魔法がとけたなら(Arrange:モノンクル 角田隆太)
06.Higher(Arrange:兼松 衆)
07.ここにしかないって言って(Arrange:和仁将平)
■Omoinotake
01.彼方(Arrange:須原 杏)
02.心音(Arrange:和仁将平)
03.惑星(Arrange:和仁将平)
04.モラトリアム(Arrange:赤塚健一)
05.EVERBLUE(Arrange:和仁将平)
06. トニカ(Arrange:直江香世子)
モノンクル OFFICIAL SITE
https://mononkvl.tumblr.com/
Omoinotake OFFICIAL SITE
https://omoinotake.com/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble