TEXT BY 矢島由佳子
■彼らの音楽に、何かを気づかせてもらえる
11月14日、東京・渋谷 WWW Xにて、Omoinotakeとmol-74の2マンライブ『mol-74×Omoinotake 2Man Live』が開催された。2組を繋ぐものといえば、現在MBS/TBS系とNetflixにて放送・配信中の人気アニメ『ブルーピリオド』。周りからの評価を得るために空気を読んで何事も要領よくこなしてきた主人公・矢口八虎が、絵を通して自分の本心に目覚めたことがきっかけで美大を目指すストーリー。絵・芸術とは何か、好きなことと向き合う苦しさや楽しさとは何か、才能とは何か、といった絵画に限らずあらゆる表現をしている人にぶっ刺さる内容となっており、私も毎回キャラクターたちの名台詞に心を揺さぶられている。そんなアニメのオープニングを飾るのがOmoinotakeであり、エンディングを担うのがmol-74だ。
『ブルーピリオド』ファンも多く集まるなか、2組の演奏の前にオープニングアクトとして登場したのはCandid moment。2018年に結成し、都内を中心に活動中の4ピースバンドだ。彼らが2曲目に演奏した最新曲「六畳のアトリエ」は、『ブルーピリオド』で描かれているような、作品をひとりで作り上げていくことの孤独感や、自分の凡庸さや世間からの評価に対する葛藤、夢に向かうことの苦しさが歌われており、この日の企画のために書き下ろされたのかとすら思うほどだった。しかし、こういった悩みは表現者にとって普遍的なものであるということを裏付けているとも言える。この日Candid momentを初めて観たオーディエンスも多かったと思うが、Kyte「Sunlight」をSEにして登場し、ポストロックやエモの影響を受けたうえでドラマチックな展開の歌モノロックを鳴らすこのバンドは、特にmol-74のファンの興味を掴んでいたように思う。
■試行錯誤と努力の先で手にした音楽表現力を持って
Candid momentが会場を温めたあと、まず登場したのはOmoinotake。1曲目「彼方」の第一声目、“Oh”と歌い上げた一瞬で、一気に会場全体を惹きつける。そのまま、まっすぐな視線をオーディエンスに向けて、ピアノを弾きながら歌い続ける藤井怜央(レオ/Vo&Key)。Omoinotakeといえば、ストリートライブで鍛えていたときから“どうすれば人を振り向かせられる音楽を作れるのか”という探究をとことん突き詰めてきたバンドだ。人は忙しなく歩いているなかで簡単に足を止めないからこそ、自分たちの前を通り過ぎる一瞬のチャンスを逃さないように、ひとつひとつの音やフレーズに“自分たちの曲を聴いてくれ”という強い欲望と工夫を込めている。ステージの冒頭から、そんなOmoinotakeが磨き上げてきた、一瞬で人を引き込む力の強さが発揮されていた。
2曲目「プリクエル」のあと、「ありがとう!」という言葉だけを挟んで演奏した「One Day」は、レオの歌とピアノだけで始まったかと思えば、Aメロ後半は冨田洋之進(ドラゲ/Dr)の手練なドラムの中で光るハイハットの刻みが面白く、Bメロはオーディエンスのクラップでリズムを刻んで高揚感を上げて、サビで最高に気持ちいいブレイクを入れてくる。そうやって曲のすべてのパートにいっさいの隙がなく、しかもすべてのパートに異なる旨味を入れてくるのも、Omoinotakeがストリート時代から培ってきた“曲のどの一瞬を聴かれてもその人を振り向かせたい”という意志から築き上げられたものである。
「僕たちメジャーデビューを目前にしている状況で、改めて音楽を作ることって何だろうと考えるような日々が続いていて、そういうときに『ブルーピリオド』を観るとグッとくるし考えさせられるところがあります。本当に素敵なアニメですよね」とレオが『ブルーピリオド』への愛を語ったあと、mol-74の武市和希(Vo,Gu,Key)が好きな曲だということで、「Blanco」をこの日久しぶりに披露。
サポートメンバー・柳橋玲奈(Sax)がメロウなサックスでアダルトなムードを彩った「モラトリアム」後のMCでは、11月17日にメジャーデビューするOmoinotakeにとってこの日がインディーズ期として最後のライブになることに触れて、「僕らこれからも変わらず踊れて泣ける音楽をたくさんの人に深く刺していきたいと思います。ここまでやってきた日々を自分の一部と誇れるように、これからも邁進していきたいと思います!」と表明し「トニカ」へと繋げる。そしてOmoinotakeの音や曲展開の面白さが際立っている「Bye My Side」のあと、ついに最後、『ブルーピリオド』の主題歌である「EVERBLUE」を、残っているエネルギーをすべて出し切るかのような迫力で演奏した。
「EVERBLUE」のリリースに際して、Omoinotakeはこんなコメントを発表している──「僕らは「才能」なんてひとつも持ち合わせていない3人でした」。しかもサビの歌詞には“My life 成れやしないジーニアス”といった一行がある。ここで思い出すのは、『ブルーピリオド』八虎の名台詞だ──「俺はやっぱりただの人だ。特別じゃない。天才にはなれない。やった分しかうまくならない。だったら天才と見分けがつかなくなるまでやればいい」。Omoinotakeは結成から9年、鍛錬と努力をコツコツと積み重ねてきて、バンドとしての独自性と卓越したスキルを手にした境地に辿り着いた。実は私が彼らのライブを生で観るのはコロナ禍に入る直前の2020年2月ぶりだったのだが、この約1年半の間に生まれた彼らの表現力の伸びには大変驚かされて、この1年半もとことん真剣に自己と音楽に向き合い続けてきたことがわかった。3ピースバンドでありギターレスであるという一見ものたりなさを考えてしまうような状態も自分たちの個性として磨いていった先で、言葉が気持ちよく耳に入ってくる美しい歌やメロディと、ベースとシンセベースを巧みに操る福島智朗(エモアキ/Ba)と、いろんなリズムパターンを駆使するドラゲが生み出す、歌を映えさせながらも聴き手を気持ちよく踊らせるグルーヴという、Omoinotakeならではの三位一体なバンド感とそこからしか作り得ない曲が生まれていることに感動を覚えたのだ。Omoinotakeは、試行錯誤と努力の先で誰にも真似できない音楽表現力を手にしている。そう断言せずにはいられないステージだった。
■夜明けから朝へと向かう。まるで1本の映画を観ているよう
Omoinotakeとはまったく異なる手法で会場を魅了したのが、mol-74。まるで1本の映画を観ているような流れだった。途中のMCでボーカルの武市は「僕らは楽曲で季節感や温度感、風景を描きたい。そういう音楽を奏でています」と自らを紹介していたが、風景を描きながらストーリー性も想像させられるようなセットリストだった。
まずはセンターでキーボードを弾きながら歌う武市が2本のスポットライトを浴びるなか、アニメ『BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS』のエンディングテーマになっている「Answers」で幕を開ける。この曲は武市いわく、コロナ禍で気持ちがネガティブだったときに「もしバンドメンバーが脱退することになったら……」ということを妄想して作った部分があるという。星が降るなかで、相手の幸せを願いながらも別れを受け入れて手を振る場面が目に浮かぶような曲だ。そこから、ぶわっと広がっていくような音に乗せてドラムを叩き始めて突入したのは「エイプリル」。“奇跡のように出会って/必然のように別れて/映画みたいには行かない結末に僕は/何を想う”と、別れたあとにひとり残されて佇んでいる。そして、インディーズ時代に作った冬のアルバム『越冬のマーチ』に収録されている「アルカレミア」へ。冷たい空気が流れる暗い道を、自分でも行く先がわからない状態で孤独に歩き、“もう遅いことならば全て分かっているけれど/まだ間に合うのならもう一度”と後悔を歌う。武市が、左手で重たい音を、右手で同じ高い音を単音で弾き続けるアウトロは、どんどん暗い底へと引き摺り込むようだ。続けて演奏した「瞼」でも、失ったものへ想いを馳せて後ろを向いている。
そんな心情を切り替えさせて、この日描いたストーリーの“起承転結”の“転”の部分になった楽曲が、『ブルーピリオド』のエンディングテーマである「Replica」だ。誰かのせいにするような心持ちは捨てて、誰かの操り人形になることもやめて、空っぽな自分にちゃんと血を巡らせる。“いつか、いつか、いつかっていつ”と自分に言い聞かせて、失望も絶望も飲み込んで自分の足を前に動かしていく。mol-74の人気曲のひとつ(リリースから5年経った今年、TikTokでユーザーたちに多く使われたりもした)であり「僕らの中で一番楽しい曲」と紹介した「%」が「Replica」に続いて演奏されると、なんだかこの2曲が二部作のようにも聴こえてきた。「Replica」で気持ちを切り替えた主人公が、「%」で自分の可能性を掴むために立ち上がる。“紙とペンでは描けないような/素晴らしい世界が待っているはず”という言葉は、キャンバスと筆を手にした八虎が、絵を描くことの奥にある、まだ自分さえも知らない自分や生きる楽しさに目覚めていくことを表現した一行のようにも思えてくる。そして最後は「Saisei」で、一度停止していた自分に再生ボタンを押して、自分自身を再生していく。「Answers」から見ていた星空を眺めるのをもうやめて夜明けから朝へと向かう。力強く叩かれるフロアタムのリズムが駆け抜けていく様を表し、ボウイング奏法(バイオリンの弓でエレキギターの弦を弾く)による美しい音は明るい光が射す、希望溢れた場面を描いているようだった。
そうしてストーリーを完結させて一度幕を閉じたあと、再びアンコールでステージに上がったmol-74。武市は『ブルーピリオド』について「すっごくいいアニメですよね。僕自身あのアニメに元気をもらうことがたくさんあって、僕の中でお薬みたいです。音楽をやってて悩むこととかうまくいかないことがあるときにあのアニメを観ると、すごく響く言葉や刺さって抜けないような言葉があります」と語る。ちなみに、11月24日にリリースされるEP『Replica』の2曲目に収録されている「ミラーソング」も『ブルーピリオド』のエンディングになっていてもおかしくないような、アニメのテーマや登場人物の心情、八虎が割れた鏡を見ながら自画像を描いたシーンと重なるような曲に仕上がっている。
この日最後に演奏したのは「『ブルーピリオド』じゃないですけど、僕らの中で一番青くさい曲を」と言って始めた「Teenager」。最後の最後に、武市のギターの弦が切れるというハプニングが。ギターを置いて、マイクスタンドを両手で握りながら、そしてハンドマイクで熱唱するというかなりレアなシーンを目撃することができた。
“創造”というものに終わりはない。受験に受かったら、メジャーデビューしたら、自分の表現が完成されるというわけではない。創造を極めるということは、ゴールのない道のりだ。今日出演した2組だって、まだまだ自分たちが手にしているものに満足することはなく、自分の作品で誰かを、そして誰よりも自分を、もっとあっと驚かせられる瞬間を目指してもがき続けている。そんな、アーティストとしての生みの苦しみを常に背負いながらも、感情の揺らぎや人間くささを描く彼らの作品に、これからも私たちは何かを教えてもらったり気づかせてもらったりするのだろう。そんなことを思う、素晴らしい2マンライブだった。
セットリスト
Omoinotake
1. 彼方
2. プリクエル
3. One Day
4. Blanco
5. モラトリアム
6. トニカ
7. By My Side
8. EVERBLUE
mol-74
1. Answers
2. エイプリル
3. アルカレミア
4. 瞼
5. Replica
6. %
7. Saisei
ENCORE. Teenager
Omoinotake OFFICIAL SITE
https://omoinotake.com
mol-74 OFFICIAL SITE
https://mol-74.jp