松下洸平(まつしたこうへい)が俳優業とともに力を注いでいるのが音楽活動である。7月19日発売の3rdシングル「ノンフィクション」では、ピースフルで前向きになれる楽曲にしたいという思いから小倉しんこうと初タッグを組むことに。NHK“みんなのうた”に起用された「さよならの向こうに」含め、新曲について語ってもらった。
■飾らない毎日を噛み締める「ノンフィクション」
──3rdシングル「ノンフィクション」は、JUJU、DISH//、西野カナ、Hey! Say! JUMPなどを手がける小倉しんこうさんと初めてタッグを組んだ楽曲ですね。
松下洸平:今作は松下洸平名義での音楽活動が3年目に突入して最初のシングルだったので、ピースフルで前向きになれる楽曲にしたいと考えていました。そんななかで小倉さんのデモと出会い、一発で「これじゃん!」と思いました。今の自分が伝えたいメッセージと、小倉さんの作ってくださった曲がイメージにぴったり合ったので、そこからはトントン拍子で進みましたね。
──曲が決まってからは、作詞もスムーズだったと。
松下:ただ、最初のテーマを決めるまでは苦戦しました。いろんな方向から歌詞を書いてみたんですけど…どれもメッセージ性が強すぎたり、言いたいことが散漫になってしまい、何を書くべきか結構悩みました。今まで自分が書いてきた曲にはなかった要素が欲しかったのと、応援歌のように誰かの背中を押すような楽曲とも違うものにしたくて。結果、“飾らない毎日を噛み締める”ということをテーマに、書き進めていきました。
──“飾らない毎日を噛み締める”ですか?
松下:誰しも、理想の自分や世界を持っているけど、それと今の自分がリンクしなかったり、届かなかったりすることはあると思うんです。僕自身も「こうなったら良いな」「こうしたいな」と思うことはたくさんありますけど、すべてが思い通りになることは難しいですよね。それこそ頑張って理想に近づこうとしても手が届かないこともあって、時には落ち込んでしまうこともあるんですけど。いっぽうで、目の前にあるものにもちゃんと意識を向けて小さな幸せを見落としたくないという気持ちもあって、そんな歌を作ろうと思い、「ノンフィクション」を書きました。同じような毎日の繰り返しかもしれないけど、その中で時々訪れる幸せ。例えば、たまに友達と飲みに行って、何の生産性もない会話をしてみたり。
──「楽しかったけど、あの飲み会は何だったんだろう?」みたいな。
松下:そうそう(笑)。「結局何の話をしたのか、まったく覚えてないな」とか。実はそういう時間がいちばん大事だったり、明日を頑張るパワーになったりする。あとはきれいな景色を見るとか、東京で暮らしながらも、澄んだ空気を吸い込んだ時とか。そういう些細なことで、今の自分も悪くないと思える瞬間はあるんですよね。今回の楽曲は、誰かの背中を押すような言葉はないけど、回り回ってそれぞれ聴いてくれる人の人生と重ね合わせて、「こんな人生も悪くないな」と頷いて、明日を頑張る糧になったらと思いながら作りました。
▼松下洸平「ノンフィクション」
■松下洸平の歌う意義。聴き手に寄り添いたい
──以前、「住んでいた街、一緒にいた仲間の顔や場面場面の匂いまでも思い出される曲を書きたい」とお話されていましたが、「ノンフィクション」を聴いた時に自分の中で繋がった気がしたんです。街や友達との幸せなシーンを、一歩引いた目線で歌っているのかなって。
松下:そうですね。ただ、今回は曲を書き進めていくうえで“神目線”にはならないように気をつけていました。客観的になりすぎて、何もかもを悟ったような言い方、すべてをわかったような言い方はしたくなくて。どこか迷いがあったり、つまずいてしまう人間らしさのリアリティを残しておきたいと思って。俯瞰しすぎた人が登場すると、遠い人の教えに聴こえてしまうんじゃないかと。
──聴き手との距離が生じてしまう、と?
松下:聴き手に寄り添いたい気持ちが強いので、「ノンフィクション」もそこを意識したのと、おっしゃっていただいた街の匂いや空の色とか、誰しも一度は見たことのある景色を想起してほしくて。人それぞれに思い出せるような曲にしたかったのはありました。
──もうひとつ感じたのは、「ノンフィクション」は松下さん自身のことを歌っている印象もありました。
松下:今回はあくまで自分のことを歌っていますが、“君”と“僕”という構図にはしたくなかったので、そういった表現はなるべく排除しました。ただ、1カ所だけ“僕はここにいるってシャウト”というフレーズがありまして。“僕”と入れるのをやめようかなとも考えましたが、僕自身のパーソナルなメッセージでありながら、誰でもそんなふうに誰かに気づいてもらいたい思いを持っているんじゃないかと思って、一行だけ残しました。「ノンフィクション」という楽曲にしては、メッセージが強いんですけど、それもひっくるめて、今の自分が本当に思っていることなんですよね。
──自分の存在に気づいてほしいと。
松下:20代の仕事があまりなかった頃、テレビを観ながら「僕はここだよ、誰か気づいて」と画面に向かって思っていた時代があったんです。同じように「自分がここにいるんだ」と気づいてほしい人ってたくさんいると思うんですよ。自分が伝えたいメッセージと、単純に今僕が感じていることを音楽に残すことが、僕が歌う意義だなと、この曲を作って改めて思いましたね。
■「ノンフィクション」と同じバイブスを感じた、平成のヒット曲
──メッセージの強さに気をつけたとのことですが、“見えない明日に書き殴るオリジナルストーリー”の“書き殴る”というのも、強いワードに感じました。
松下:先ほど言った“飾りのない日常”だけを抜き取ると、ちょっとネガティブが入ってしまいそうですけど、そことの対比で強さを出すために“書き殴る”というワードを入れました。自分が影響を受けた曲のひとつに、H Jungle with tの「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント」があるんですけど、「ノンフィクション」もそんなバイブスにしたくて。“時には起こせよ ムーヴメント”ってめちゃくちゃパワーワードじゃないですか。あの曲も鬱屈した日々にどこかフラストレーションが溜まっている人が、それでも毎日を受け入れて突き進んでいく歌だから、歌詞に出てくる言葉が強いんですよね。「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント」のようなパンチを、この曲のどこかに入れられないかなと思った結果、“書き殴る”というワードに繋がりました。
──サウンドについて触れると、冒頭で管楽器や木管楽器が入りますが、歌が始まるところでは音がタイトになる。それによって、歌詞が入ってきますよね。
松下:小倉さんが作ってくれたデモで好きだったのが、フルートの音と気持ちの良い跳ねたリズム感。デモの良さを残しながら、編曲のA.G.Oさんが今っぽいビートを加えて、心地良いトラックにしてくれました。あまり聴き手を派手に煽るようなものではなく、フラットな無理のなさも歌詞のテーマに通じるし、「ノンフィクション」という楽曲全体が纏っているオーラをA.G.Oさんのトラックが見事に引き上げてくれました。
■松下洸平の作詞曲「さよならの向こうに」
──2曲目「さよならの向こうに」は、「ノンフィクション」とは対照的で、しっとりと聴かせるウェットな楽曲です。こちらは作詞だけでなく、作曲も松下さんが書かれていますが、曲作りはどのように行ったのでしょうか?
松下:鍵盤を触りながらメロディを探すこともあるし、鼻歌で良いメロディが出来たら、それにコードを付けることもあって、大きく分けると、この2パターンで曲を作っています。今回の「さよならの向こうに」は、ピアノを弾きながらメロディを探していきましたね。
──個人的に「さよならの向こうに」の泣かせるメロディがすごく好きで。
松下:うれしいです。それはやりたいなと思っていたことなんです。あとAメロは古き良きソウルのコード進行とか、メロディラインを意識して書きましたね。
──ちなみに、松下さんにとって色褪せないソウルのバラードと言えば何を思い浮かべますか?
松下:スティーヴィー・ワンダーには強い影響を受けていて、なかでも「Lately」が好きで、自分のルーツになっていると思います。初めて聴いたのが中学生ぐらいの時で、それまで英語もわからないし、音楽的な知識もなかったですけど、「なんて良い曲なんだろう!」と感動したことを覚えています。「自分はこういう音楽が好きなんだ!」と気づかせてくれたのが「Lately」でした。
▼スティーヴィー・ワンダー「Lately」
──「さよならの向こうに」の歌詞には、どんな思いを込められたのでしょうか?
松下:NHK“みんなのうた”に書き下ろさせていただいたんですけど、番組側から「こういう曲を作ってほしい」というオーダーはなく、自由に作らせてもらいましたね。幅広い年代の方が触れる番組なので、皆さんに共感してもらえる曲にしたいと考えた結果、浮かんだテーマが“別れ”でした。別れの最中にいる時には気づかないかもしれないけど、時が経った時、たくさんの思い出が未来の自分を支えてくれるはずだし、さよならがあったから強くなれることもある…“別れは決して無駄じゃない”ということを伝えたかった。僕は少年同士の別れを描きましたけど、例えば大人になって地元を離れ、家族とも離れて一人暮らしをする人など、“さよなら”は、いつかはくるものだから。すごく普遍的だし、永遠に続くテーマだと思うんですよね。
▼松下洸平「さよならの向こうに」
■必要な言葉だと思うのに、なぜか言えない「ごめんね」
──“君も僕も悪くなかったのに あの日「ごめんね」が言えなくてごめんね”というフレーズが出てきたきっかけはあったのですか?
松下:このフレーズは、子供時代の経験がもとになっています。ある日、ボールの壁当てを友達3人でやっていて。一人ずつボールを蹴って跳ね返ってきたのを別の友達が蹴って、跳ね返ってきたボールをまた別の友達が蹴って…と、ラリーする遊びを小学生の頃にしていて。僕のターンで失敗したんですけど、それで友達ふたりにすごく馬鹿にされたんですよ。今思えば、単なる子供の茶化しだし、僕も「ごめんね」と言えば済む話だったのに、失敗したのがショックで何も言わずにその場から立ち去ってしまって。家に帰ってから、「なんでそのまま帰ってきちゃったんだろう…」と、後悔しました。学校で謝りましたけど、子供の頃って強がってしまい「ごめんね」を言えない時があるなって。誰も悪くない瞬間ってあるじゃないですか。そういう時の「ごめんなさい」は、決してその場しのぎの言葉ではなくて、必要な言葉だと思うのに、なぜかそれが言えない。これは大人になってもあることなので、いろんな方に共感していただけるかなと思って書きましたね。
──松下さんの書く曲は誰も攻撃しない印象があるんですよ。「お前は何も悪くない。あいつが悪いんだ」というのがない。時に音楽は個人だけを肯定するアプローチもありますけど、松下さんの音楽はそれがないなって。
松下:僕も理不尽なことに怒ったり、うまくできない自分自身に腹を立てることはありますよ(笑)。結局、音楽は残す作業だと思っているので、いつもハッピーな曲ばかりじゃないですけど、あまり言葉を武器にしたくなくて。思ってることや感じてることを形にして、成仏させたい気持ちは強いですが、せっかく音楽という形に残すなら、自分の好きな色や好みのものにしたい。僕の場合はソウルとR&Bが好きなので、そこをベースに作っていく。カッコ良い曲が出来たら、みんなに聴いてほしいし、あわよくば共感してもらって一緒に踊りたいです。
■あらたなトライとなった「KISS(Sam Ock Remix)」
──今作のボーナストラックには「KISS(Sam Ock Remix)」が収録されています。松下さんの言葉をお借りすると、一度好きな色や好みにものにした楽曲に、改めて色を塗り足す作業だったと思うのですが。
松下:「KISS」を書いたのは、僕が20代の頃だったんですけど、今回リミックスをしてもらって、こんなにすごい景色を見せてくれる楽曲になるとは思ってもみなかったです。
──リミックスを収録しようと思ったのは?
松下:最初はスタッフからの提案でした。ヒップホップとかR&Bの文化では、リミックスってたくさんありますけど、そういえばトライをしていなかったなと思って。その中で僕の楽曲の中でもデモからライブ、音源と変遷のある「KISS」をリミックスするのが面白いんじゃないかと。どなたにお願いするかとなったときに、韓国とか中国とか台湾とか、近しい国でグローバルに活躍されている人にお願いしてみたいね、という話になりました。そこで名前が挙がったのがSam Ock。個人的にも大好きでしたけど「有名な方だし難しいよなー」と思っていたら、まさか引き受けてくださることになって。Sam Ockが感じたインスピレーションのままリミックスしてほしいとお願いしました。
──音源が届いた時のお気持ちはいかがでしたか?
松下:女性目線で書いた歌だったので、その繊細さと美しさを活かしつつ、Sam Ockらしいビートが乗っていたので「もう言うことないです!」という感じでしたね。カッコ良すぎました。Sam Ockはアメリカに住んでいるので、直接会ってやり取りすることはなかったんですけど、これを機にいつかSam Ockとオリジナルの楽曲ができたら! という新しい夢も持てましたし、すごく貴重な経験をさせてもらいました。
──これまでの松下洸平作品において、本作「ノンフィクション」は、どんな位置づけの一枚になりましたか?
松下:作るからにはちゃんと納得できるものが作りたいという思いで、この2年間音楽をやらせてもらってきました。こだわって作ることによって生まれる満足感と、世にお出しする時に胸を張って提供できることが大切なんだと身に染みてわかって…特に今回は「めちゃくちゃ良いの出来ました!」と誇れる楽曲にしたかったので、それが良い形でまとまって、僕にとっても大切な一枚になったし、「これが僕のやっていきたい音楽なんです」って、皆さんに知ってもらう、僕の大好きが詰まった一枚です。ミュージシャンとしての自分を知ってもらうにあたって、「ノンフィクション」はちゃんと自分の名刺代わりになるような作品になったと思います。
INTERVIEW & TEXT BY 真貝 聡
PHOTO BY 笹原清明(えるマネージメント)
HAIR & MAKE UP BY 赤木悠記
STYLING BY 後藤泰治
■楽曲リンク
2023.07.19 ON SALE
SINGLE「ノンフィクション」
ライブ情報
『KOUHEI MATSUSHITA LIVE TOUR 2024(仮)』
1/20(土)神奈川・相模女子大学グリーンホール
1/25(木)宮城・仙台サンプラザホール
1/27(土)新潟・新潟県民会館
2/03(土)愛媛・愛媛県県民文化会館
2/04(日)岡山・岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場
2/11(日)愛知・名古屋国際会議場 センチュリーホール
2/12(月・祝)静岡・静岡市民文化会館大ホール
2/17(土)福岡・福岡市民会館
2/24(土)大阪・オリックス劇場
2/25(日)大阪・オリックス劇場
3/02(土)北海道・帯広市民文化ホール(大ホール)
3/03(日)北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)
3/13(水)東京・東京ガーデンシアター
3/14(木)東京・東京ガーデンシアター
詳細はこちら
https://www.kouheiweb.com/live/
プロフィール
まつしたこうへい/1987年3月6日。2008年に「STAND UP!」(洸平名義)でCDデビュー。2009年にミュージカルで初舞台を踏んで以降、俳優として舞台や映像で活躍。2021年8月25日、松下洸平名義で1stシングル「つよがり」をリリース。2022年11月23日に1stフルアルバム『POINT TO POINT』を発表している。
松下洸平 OFFICIAL SITE
https://www.kouheiweb.com/