遡ること2008年、神奈川県藤沢市から鎌倉市を結ぶ江ノ島電鉄、通称“江ノ電”をコンセプトに、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの原点と呼ぶべきパワーポップをとことん詰め込んだ傑作アルバム『サーフ ブンガク カマクラ』が、15年の歳月を経て今、その再録に今の視点で綴った続編的新曲5曲を加えたその名も『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』として新たにリリースされる。“三つ子の魂百まで”ということわざがあるけれど、今作はまさにそれ。作品に息づく瑞々しさはまったく衰えることのないまま、そのサウンドはバンドとして積み重ねた時間と経験のぶんだけ、いや、それ以上の進化を遂げてひときわ朗々とたくましく鳴り渡る。また、完全版に先駆けて新曲だけをまとめたEP『サーフ ブンガク カマクラ (半カートン)』も配信にてリリース。こちらにのみ収録のインスト曲「湘南エレクトロ」も必聴だ。今作はもちろん、改めて向き合った『サーフ ブンガク カマクラ』という作品について、彼らの“三つ子の魂”=パワーポップについて、4人の想いをたっぷりと聞いた。
■いちばん楽しいので、パワーポップをやってるときが
──完全版を作ることはずいぶん前から構想されていたんですか。
後藤正文(以下、後藤):結構前だと思います。具体的にいつだったかはもう定かじゃないですけど。
喜多建介(以下、喜多):ツイートを遡ればだいぶ前じゃないですかね、ゴッチが言い出したのは。
──昨年、「出町柳パラレルユニバース」(2022年リリース、29thシングル)のインタビューをさせていただいたときに、実は「荒野を歩け」(2017年リリース、24thシングル)は『サーフ ブンガク カマクラ』の続編をイメージして作ったとおっしゃっていましたよね。
後藤:そうなんですよ。なので『サーフ〜』の続編というかパワーポップのアルバムが作りたいってマネージャーとかに言ったりもしていたんですけど、なんだかんだで結局『ホームタウン』(2018年リリース、9thアルバム)になって。『ホームタウン』でもわりとパワーポップはやらせてもらったので、なんとなくガス抜きにはなっていたんですけど、やっぱりもっとしっかり作りたい想いが強くなってきたっていう。いちばん楽しいので、パワーポップをやってるときが。
──では、現実的に制作に入ったのは『プラネットフォークス』(2022年リリース、10thアルバム)後?
後藤:いや、順番的に言うと『プラネットフォークス』の前に今回『サーフ〜(完全版)』に収録した新曲5曲の作曲は終わっていましたね。みんなには「今ちょっと、そのモードになっちゃったので待ってて」って伝えて、その間に「雨音」とか「You To You」(両曲とも『プラネットフォークス』収録)の原曲を山ちゃんに作ってもらったりしてたんです。そういう作業をメンバーみんなにお願いしておいて、「『サーフ〜』の新曲が全部できたら合流します」って。
──後藤さんとしては、とにかく『サーフ〜(完全版)』の作業を仕上げてしまいたかったんですね。
後藤:はい。なんならそっちを先に出してもいいと思っていたくらい。
喜多:実際、そういう話をレコード会社に持ち掛けたこともあったんです。ただ、最終的にはやっぱり『プラネットフォークス』を先に出そうよっていう話に落ち着いたんですけど。
後藤:ソニーはちゃんと「ノー」が言える人がたくさんいますからね。
喜多:かいつまんで言うと「ノー」って言われたんです、やんわりとですけど(笑)。
一同:(爆笑)
■15曲並べるんだったら、やっぱり再録しないとサウンド的に絶対おかしくなるよね、とか
──ということはメンバーみなさんも『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』を出すことに対してかなり前向きだった、と。
喜多:ゴッチが新曲のデモを送ってくれたりしていたので、なんとなく僕もそっちのモードに入っちゃって。とにかくデモがすごく良かったんです。これだったらゴッチに乗っかっていいかもなって思えるくらい、いいデモで。
──「いいかもな」って、それまではちょっと疑心暗鬼だったニュアンスを感じますね(笑)。
喜多:ははははは!いや、やっぱりよっぽどいい曲じゃないと、この10曲の間に入れるのは難しいかなと思ってたんです。以前からゴッチが『サーフ〜(完全版)』を作りたがっているのはもちろん知ってましたけど、あの10曲に足すとなるとなかなかだぞって。
後藤:曲を作らないヤツに限ってこういうことを言うんですよね(笑)。
喜多:たしかに作らないけど、俺だって好きな作品だからさ。なんならゴッチより客観的に見られると思うよ?だからこそデモにギターを入れてゴッチに返す作業もすごく気持ちがノったし。
後藤:まぁね、ありがたいはありがたいんだけど(笑)。
山田貴洋(以下、山田):でも『プラネットフォークス』の前の頃ってまだ完全版っていうより続編で出そうか、みたいな話じゃなかったっけ。たしか完全版にして前の10曲も録り直すっていう話はもう少しあとに決まったんです。新曲5曲を続編的な作品にして旧作とセットみたいなのも作ろうかとか、でも15曲をちゃんと並べたほうが見栄えとしてはいいんじゃないかとか、そういう話をしていて。15曲並べるんだったら、やっぱり再録しないとサウンド的に絶対おかしくなるよね、とか。
後藤:続編っていう形で5曲だけ先に出して時間を稼いだら、アルバムをもう少しあとに出せるかも、みたいな思惑もあったり。でも結果的に『プラネットフォークス』を先にリリースしたことで他の10曲を再録する時間が作れたっていうところもあるし、結果オーライってことで。
喜多:だいぶ『サーフ〜』のモードだったから、そこから『プラネットフォークス』に切り替えるのに最初はちょっと苦労したんですけどね(苦笑)。
──なるほど、そういう経緯があったんですね。でも先ほど喜多さんもおっしゃいましたけど、続編はまだしも完全版って一度、作品として完成したものに新しく曲を加えるわけで、かなり大変だと思うんですよ。しかも江ノ電の駅名順だから入る場所も決まっていますし。そのへん、いかがでした?
後藤:そこに関してはあんまり難しいと思わなかったですね。才能かな?…とか言ったりして(笑)。
伊地知潔(以下、伊地知):何?今日はそういうキャラなの?(笑)。
後藤:ウソウソ(笑)。理由はよくわからないけど、できちゃいましたね。楽しんでやっていたので大丈夫だろうとは思っていましたし。
──いや、本当に見事な仕上がりで。もともと素晴らしいアルバムでしたけど、過去の10曲を再録されたことで今のアジカンを思いっきり感じられるのもうれしかったです。
後藤:ありがとうございます。
──ちなみに2008年版の時点で15駅分をすべて曲にしようという発想はなかったのでしょうか。
後藤:どうだろう?たぶん最初から10曲入りぐらいをイメージしていた気がします。あまりサイズがデカくなることは望んでなかったというか、当時15曲入りのアルバムなんて出していたら、自分たちもですけどみんなが「曲多いよ!」ってなってたと思うんですよね。そこは時代もあるかもしれない。今は配信サービスとかプレイリスト文化が定着したおかげかもしれないですけど。わりとたくさん入っててもいいっていう感覚になってきてるなって。
──それに絡めて、なぜ2008年版ではこの10駅を選んだのかなっていうこともちょっと気になっていまして。
喜多:単純に駅名の問題もあったんじゃないですかね。今回は旧駅名で例えば“湘南海岸公園駅”とか“鎌倉高校前”とか…『サーフ〜(完全版)』では旧駅名になってますけど。
後藤:それもあるけど、石上とか柳小路で曲を作るのムズいなって(笑)。行ってみたらわかるじゃん、どうする?ってなるよ。
山田:ははははは!
後藤:でも、また「荒野を歩け」の話になりますけど、あの歌詞の“あの娘がスケートボード蹴って 表通り飛ばす”とかは俺、最初、柳小路とかのイメージで作り始めたんですよ、実は。あのへんからサーフボードを持って海に繰り出していくっていう…だから作り始めはスケートボードじゃなくてサーフボードだったんですけど。そこにアニメーション映画『夜は短し歩けよ乙女』主題歌のタイアップをいただいたので風景を京都に変えてみたらバッチリハマったっていう。考えてみたら「柳小路パラレルユニバース」もそうなんですよね。
──原型としてあったところにアニメ『四畳半タイムマシンブルース』主題歌というお話がきて。
喜多:それが「出町柳パラレルユニバース」になった、と。
後藤:どっちも森見(登美彦)作品だし、なんだか『サーフ〜』絡みの縁ってある気がします。ありがたいことに。
■デモと本番みたいな関係性になるかもしれないですけどね、2008年版と完全版とでは(笑)
──ところで再録といえば2016年には2ndアルバム『ソルファ』(2004年リリース、2ndアルバム)を全曲再録した『ソルファ(2016)』をリリースされていますが、そうやって積極的に過去のご自身と対峙する作業をされているのも興味深いなと思っていまして。
後藤:理由がある作品でやっているだけなんですけどね。『Wonder Future』(2015年リリース、8thアルバム)を再録するかって言ったらやらないですし、あれはフー・ファイターズのプライベートスタジオで録ることに意味があった作品なので。『ソルファ』に関してはめちゃくちゃ忙しいなかで録ったこともあって僕の中に若干悔いが残っていたから録り直したいと思ったのと、『サーフ〜』に関しては当時、一発録りで作ったので今度はしっかりとしたスタジオワーク、ちゃんとポストプロダクションまで過程を踏んで、それでいい作品に仕上げられたら昔とはまた違った手触りになるんじゃないかと思ったからなんです。『サーフ〜』に関してはデモと本番みたいな関係性になるかもしれないですけどね、2008年版と完全版とでは(笑)。それもいいなと思ったし、あと、15年も経ったらサウンドも、例えばコンピューターの中でもできること/できないことが変わってくるので、そういうのも面白いんじゃないかなって。
──どうでしたか、伊地知さん。今回のレコーディングは。
伊地知:僕もかなりノってましたね。ただ、デモに対してもそうですけど、フレッシュな気持ちで臨みたいなと思って。なので、なるべく事前に作り込まず、レコーディングの日も音作りのことだけを中心に考えるようにしていました。“こんな音で録ったら完成はこんなふうになるんじゃないかな”とか、そういうことだけ予想して。
■音作りという意味では真逆ですね。そもそも今回も一発録りにしてしまったら、結局、同じものができあがってしまうので
──当時の一発録りのニュアンスとか、そのへんは意識されましたか。
伊地知:音作りという意味では真逆ですね。そもそも今回も一発録りにしてしまったら、結局、同じものができあがってしまうので、そうじゃなく単音単音をちゃんと聴かせられる録り方をしたんです。一発録りって音の被りがすごくて、ドラムのマイクにギターの音いっぱい入っちゃったりするんですよね。今回はそうではなくドラムはドラムでしっかり音を作り込んでから録りました。
喜多:音作りにすごく時間はかけたけど、ドラムのテイクはすぐだったよね。
伊地知:うん、テイクは2〜3回、曲によっては1〜2回とか。
喜多:早く終わらせることに命懸けてるんじゃないかってくらい。
伊地知:違うよ!音ができたらフレッシュなうちにって。
喜多:フレッシュばっかり言ってる(笑)。レコーディングでも一発目がいちばんフレッシュだったとか言って。
後藤:持続しないんだよな、潔は。ノってる時間に限りがあるから、それを逃すともうダメ。波みたいなヤツなんで。
伊地知:うまいこと言うね!いや、でも自分でもかなり満足してます。
──15年の月日とか感じたりはされました?
後藤:出来上がったのを聴いたらわかるけど、今のほうが断然いいですね。全方位的にいい。2008年版に劣っているところはひとつもないと思います。あるとしたら若さぐらいかな(笑)。若さというか、ヤケクソ感みたいな。
山田:ライブでやってきた曲はそんなことないんですけど、レコーディングするのに久しぶりに思い出さなきゃいけない曲とか“すげぇ展開だな”って改めて思うものもありましたね。
喜多:変な曲だな〜!って。
■ちょっと変なのが好きだったんだよな、きっと2008年のあの頃は
──例えば?
喜多・山田:(同時に)「腰越クライベイビー」(笑)。
後藤:俺も、あの曲のブリッジのところがなかなか歌えなくて。何回、歌っても合わないんだよ(笑)。
山田:拍が変わるからね。
後藤:どういう理屈で歌い出してるの、これ!?って思っちゃったりして。
喜多:ああいうちょっと変なのが好きだったんだよな、きっと2008年のあの頃は。
後藤:そうだね、『ワールド ワールド ワールド』(2008年、4thアルバム)後遺症で(笑)。
山田:ちょいちょい垣間見えるよね。「由比ヶ浜カイト」も久しぶりに聴いて、ちょっと笑っちゃったし。
後藤:初期のアジカンってそういうふざけた展開とか結構作っているんですけど、それが好きだったんですよ。演奏が下手だから構成の面白さでいこう、みたいなところがあって。「鵠沼サーフ」の途中で脱線しちゃうところとか、ゲラゲラ笑いながら変なものを入れるのが楽しいんですよね。「人には意味がよくわからない展開も俺たちにとっては意味があるんだ、逆説的に」とか言っちゃって。微笑ましいじゃないですか、そういうの。もし今の年齢の自分がその現場に入ってたら「この展開、必要?」って言っちゃってたかもしれない。
喜多:言ってるでしょう、絶対(笑)。
後藤:削ぎ落としちゃったりするよね。でも、そういう変な迂回みたいなのが大事だったりするんですよ、バンドの成長や歩みにとっては。こんなのいらなかったなってことも含めて必要だったっていう。
──それがわかっているから今回もガラッとアレンジを変えたりせずに、オリジナルに忠実な再録を目指したんですよね。
後藤:そうです。逆に言うと自分たちの最近の曲は出来すぎてるなとか思ってしまって。流れが流麗っていうか。
山田:これだって新曲と旧曲、並べて聴くとそんなに違和感ないけど、単発で聴いていくとやっぱりそこは感じるよね。
後藤:今は音の分離もいいし、棲み分けというか、ここを弾いたら被ってくるなとか、お互いを見ながらちゃんとポジションを選んでるのが演奏を聴くとよくわかる。それぞれ長年、役割を担いつつ、自分の音をどこに置いたらいいか、それなりにみんな勉強してるんですよ。こいつがこう弾くから、ここは弾かないでおこうとか、やりながら勘どころを掴んでいくっていうかね、そういうことをやってきたんだなって思います。ちゃんと周りのことも見えている気がしますね、アレンジ的にも。
──今回の『サーフ〜(完全版)』のなかで新曲・再録も含め、特に個人的に気に入っている楽曲やポイントなどあれば、ぜひ教えてください。
伊地知:「江ノ島エスカー」の再録はよくできたなと思ってます。2008年版の若いがゆえのエモさもすごく好きですけど、この再録はアレンジとか特に変えてないのに別モノ感があって大人っぽい「江ノ島エスカー」になったなって。今回、リードトラックにもなってるんですけど、なんで前はそうじゃなかったのかってくらい当時から人気曲ですし、みんなに聴いてもらいたいですね。
喜多:「和田塚ワンダーズ」のギターワークは自分でもよくできたと思います。今回、ゴッチが歌詞も全部乗った状態のデモをくれたので新曲5曲ともアプローチするのにすごくイメージしやすかったんですけど、「和田塚〜」は特に感動しながらギターアレンジしていた記憶がありますね。ギターソロとか、自分でも気に入ってます。
──「和田塚ワンダーズ」は今のアジカンだからこそできた、しみじみと沁みる曲ですよね。
喜多:たしかにこれは今っぽいかもしれない。いろいろ経てきたからこその。
後藤:そんな俺たちもおっさんになっちゃうよってことを歌ってるんです、この曲は(笑)。
山田:僕は「日坂ダウンヒル」のサウンド感に注目してほしいですね。すでに「宿縁」(2023年リリース、30thシングル)のカップリングとしてリリースされた曲ではあるんですけど、音の重心が低いこの感じは、わりと今作の基準になってるんですよ。このミキシングの感じというか。
喜多:「日坂〜」のローエンド感ね。
山田:最初にこのミックスが上がってきたとき、めちゃめちゃカッコよくて。他の曲とはちょっとテイストの違う曲だし、そういう曲調にもよるのかもしれないですけど、でもこのサウンド感は、ここのところずっと目指していたバンドの理想にひとつ着地できたような印象だったんですよね。これをリファレンスに他の曲もエンジニアとやりとりしながら全体を作っていったりもしているので「日坂〜」のサウンド感には改めて注目してもらいたいなって。
後藤:みんなが言ってくれた曲は全部いいんだけど、あえて違うものを挙げるなら新曲では「西方コーストストーリー」が好きですね。ティーンエイジ・ファンクラブみたいなイメージで作ったんですけど、どの曲から引っぱってきたんだろうって考えたら「Don’t Look Back」のアウトロなんですよ。そしたら建さん、かなり似たようなリフを弾いていて(笑)。
喜多:ホントに!?(笑)
後藤:コードチェンジのタイミングはちょっと違うけどね。向こうはジャストで譜割してるけど、建さんはちょっと遅らせてるから。
喜多:そうなんだ、あとで聴いてみよう。
──そういうインスパイアとかオマージュがたっぷり詰め込まれているのも『サーフ ブンガク カマクラ』の魅力です。
後藤:ニルヴァーナが出てきたり、ウィーザーが出てきたり、いろいろしてますから。あと、「西方〜」の歌詞でいうとサザン(オールスターズ)とか。
──なんたってタイトルが“コーストストーリー(=海岸物語)”ですからね。「チャコの海岸物語」ならぬ「西方海岸物語」っていう。
後藤:そう、チャコじゃない海岸物語なんです。これがすごくいいなと思ってるんですよ。ちゃんとみんなの夏に向けて想いがグーッと盛り上がっていくような感じも好きだし、つくづくいい曲だなって。あと、再録だと「由比ヶ浜カイト」ですね。当時、もっとも雑な演奏をしていた曲ですけど、それが今回の再録でキュッと締まって本当のポテンシャルが露わになった気がして。ちゃんといろんなところでアレンジが冴えてるし、コーラスもいい。今回いちばん化けたのは「由比ヶ浜カイト」なんじゃないかなって思いました、聴いていて。
──個人的には新曲の「石上ヒルズ」もかなり好きでした。
後藤:完全にふざけてますよね、これは(笑)。そもそも“ビバリーヒルズ”のイントネーションで“イシガミヒルズ”って言ってみたかっただけっていう、その一点に向けて作っていった曲なので。そんなダジャレみたいなところから、ここまでできるもんだな、と。
──“石の上にも三年”に掛けた歌詞とかすごく深いじですし、曲の構成にしてもブリッジのちょっと不穏になる感じなんて、もともとと持っていたアジカンらしさでもあるけど、今じゃなきゃこうはならなかったと思うんです。
後藤:そういうところが15年経って上手になったところですよね。このブリッジは上手に作ったなって僕も思います。基本的には「鵠沼〜」と同じ脱線の仕方だけど、脱線自体がスマートになったなって(笑)。
──『サーフ〜(完全版)』に先立って、新曲だけをまとめた配信限定のEP『サーフ ブンガク カマクラ (半カートン)』もリリースされますが、こちらもしっかりEPとして完成された作品になっていて、それが本当にすごいな、と。
後藤:ありがとうございます。最初に考えていた続編がまさに半カートンをイメージしていたもので、いいものになるに決まってるって思ってました。1曲はカバー曲ですけど、それも含めてすごくいい作品になりましたね。
──「湘南エレクトロ」はインスト曲ですけど、カバー曲だったとは。
後藤:そうなんです。CARAMELMANっていう友達のバンドがいるんですけど…いきさつとしては、すごいいい曲だと思って作っていたものが彼らの曲のリフとまるっと同じだったんですよ。“俺、素でパクってるじゃん!危ない!”って(笑)。で、潔がよくCARAMELMANと遊んでるから、すぐに連絡してもらって「カバーさせてもらっていい?」ってお願いして。そこからはほぼ完コピです。
喜多:ちょこっとだけアジカンらしさも足させてもらいましたけど。
──タイトルに「湘南」が入っているから“鎌倉”繋がりでカバーしたわけではないんですか。
後藤:いや、作ってたリフがたまたま「湘南エレクトロ」って曲に似てるってことが判明したんです(笑)。でも、たぶん僕は音の感じに湘南的なものを感じていたんでしょうね。彼らがどこまで湘南を意識して作っていたかはわからないですけど、そう考えると偶然にしてもすごい話だなって。
■結局は“らしく”やるのがいちばん楽しいし、いちばん強いのかなって、今回作ってみて思いましたね
──これもさっきおっしゃっていた『サーフ〜』が持っている縁かもしれないですね。さていよいよ『サーフ ブンガク カマクラ』が完全版と半カートンという形で改めて世に出されるわけですが、この作品を通じて伝えたいことなどはありますか。パワーポップがアジカンにとってどういったものなのか、そういうところも含めて伺いたいのですが。
後藤:“らしさ”なんじゃないですかね。今って毎週いろんな作品がリリースされているじゃないですか。毎週水曜日と金曜日に世界中で数千曲、数万曲がアップロードされる時代を生きてるわけで、そのなかでオリジナリティを出すのって逆に難しい気もするんですよ。どうやってそこから頭ひとつ抜けていくか、みたいな話で。でも結局は“らしく”やるのがいちばん楽しいし、いちばん強いのかなって、今回作ってみて思いましたね。ただ、“らしさ”ってそんなに簡単に獲得できるものでもないというか…自分たちの“らしさ”をどうやって見つけていくかっていうのは創作における難しさのひとつで。以前に坂本龍一さんが「シグネチャーを見つけるのが大変なんだ」「でも、それを見つけてからがむしろ勝負だよ」とおっしゃっていたのを聞いたことがあるんですけど、なるほどなって思ったんですよ。俺たちも25年ちょっとバンドを続けてきたからこそ、今、こういうことができるんだなって思いますし。とにかくいろんな試行錯誤を経てきて、フッとこう、平熱みたいな体温でこういうアルバムを作れるっていうか。だから正直、これを通じて伝えたいこともないんです、「俺ら、楽しくやったよ!」ぐらい(笑)。
──「楽しくやったよ!」がとても重要な気がします。
後藤:ギターとベースとドラムでシンプルにこんな面白いことができるっていうのは伝わったらいいですよね。仲間と集ってバンドを組んで、みたいな、そういう喜びや楽しさは詰まっていると思うし、それは僕も感じているものではあるので。
──消えない初期衝動的な?
後藤:もう初期でもないかな。むしろだいぶ末期なんじゃない?俺たち。末期衝動(笑)。
喜多:ずっと続いちゃうヤツかも、それ。いちばんタチの悪い(笑)。
後藤:ずっと閉店セールしてる店みたいなね(笑)。とにかくバンドは楽しいよってことが伝わったらうれしいかもしれないですね。いろんな感情移入の仕方があると思うから、作品の聴き方は人それぞれ、いろいろあっていいと思うんだけど、そのうえで“なんかバンドって楽しそうだな”“おじさんになってもできるんだ”みたいなことを感じてもらえるなら。50歳手前でもこんな青春みたいな曲は作れるし、それが音楽のいいところで楽しいところだよねって。
──潔さんはもともと、パワーポップに縁のないところからアジカンに入られているじゃないですか。潔さんにとってのパワーポップとは何かも気になります。
伊地知:僕にパワーポップを語れ、と?(笑)昔、“パワポプ”って略して怒られましたけど。
喜多:“ブリポプ”でしょ。
後藤:潔、ブリットポップのことを“ブリポプ”って言ってたんですよ(笑)。
伊地知:僕はメタルとかハードロックから入ったので、昔はパワーポップのシンプルな良さっていうのがわからなかったんですよ。最近になってようやくそのシンプルさとか、いい感じによれてる良さ、完成されていない期待感みたいなのがわかってきた気がしますね。あと、それこそウィーザーの1st、2ndアルバムみたいに、作品としてアルバムトータルで完成されているものが多い印象があります、曲単体ではなく。さっきゴッチがプレイリスト文化って言ってましたけど、今ってみんな曲単位で聴くじゃないですか。でも僕たちはお気に入りのアルバムを擦り切れるまで聴くようなアルバム文化でずっと育ってきたので、プレイリスト文化がちょっと寂しいなって思ったりもしてたんです。そんななかで今回、江ノ電をコンセプトにしたアルバムを改めて作ることができて。1枚の作品として15曲、続けて聴いてもらえるいい機会だと思いますし、もう一度、そういう楽しみ方をしてもらえたらいいなって思うんですよね。アルバムってそういうものなんだよって今の人たちにも伝えられたらって。あと、初回限定盤には“お散歩MAP”が付いているので、鎌倉をいろいろ巡りながら最後まで聴いてもらえたらうれしいです。友達とかと回ってもらえたら、思い出もきっとできるだろうし。
後藤:ホントたくさんの人に聴いてほしいですよね。通して聴いてもらえたらもちろんうれしいけど、べつにどれか1曲だけが好きっていうのでも全然構わないので。
──9月29日からは全国ツアー“ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2023「サーフ ブンガク カマクラ」”がスタートします。どんなツアーになるのでしょうか。
後藤:基本的にアルバムの曲は全曲、演奏するつもりです。ただ、今回のツアーは久々にサポートメンバーは入れずにメンバー4人で全箇所を回るので、ちょっと大丈夫かなって(笑)。
山田:1本のツアーでライブハウスとホールが両方あるので、それぞれで見え方が違うのかなとか、あと、この15曲に他の曲をどう持っていくかとか、まだまだ考えなきゃいけないことはありますし。
喜多:ちょっと作戦立てなきゃね。
伊地知:それも楽しみということで。ぜひ遊びにきてください!
INTERVIEW & TEXT BY 本間夕子
PHOTO BY 大橋祐希
衣装協力●Lui’s,Neucon/PAL/sneeuw/CIAOPANIC HEPFIVE店/71 MICHAEL(info@71michael.jp)
楽曲リンク
リリース情報
2023.7.5 ON SALE
ALBUM『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』
ライブ情報
ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2023
「サーフ ブンガク カマクラ」
http://www.akglive.com/tour2023/
プロフィール
ASIAN KUNG-FU GENERATION
アジアン・カンフー・ジェネレーション/1996年結成。後藤正文(Vo/Gu)、喜多建介(Gu/Vo)、山田貴洋(Ba/Vo)、伊地知 潔(Dr)による4人組ロックバンド。2003年メジャーデビュー。同年より新宿LOFTにてNANO-MUGEN FES.を立ち上げ、2004年からは海外アーティストも加わり会場も日本武道館、横浜アリーナと規模を拡大。2016年にはバンド結成20周年イヤーを迎え、自信最大のヒット作「ソルファ」の再レコーディング盤をリリースするなど話題を集めた。2021年バンド結成25周年を迎え、2022年3月には記念すべき10枚目となる アルバム『プラネットフォークス』をリリース。後藤が描くリアルな焦燥感、絶望さえ推進力に昇華する圧倒的なエモーション、勢いだけにとどまらない「日本語で鳴らすロック」でシーンを牽引し続け 世代を超えた絶大な支持を得ている。
ASIAN KUNG-FU GENERATION OFFICIAL SITE
https://www.asiankung-fu.com/