ジャズのテイストを取り入れたダークファンタジー的なサウンド、(“みにくいアヒルの子”をモチーフにした)寓話と現実が混ざり合う歌詞、そして、切実な心象風景を柔らかく包み込むようなボーカル。Myukのニューシングル「フェイクファーワルツ」は、彼女自身のリアルな思いをポップに昇華した楽曲に仕上がっている。
「今年は特に濃い一年でした」というMyukに、2022年の活動、「フェイクファーワルツ」の制作、そして来年以降のビジョンなどについて聞いた。
■一緒の空間で音楽を楽しんでいると感じられた
──2022年は「アイセタ」「Pancake」などを配信リリース。6月には初のツアーを行うなど、充実した1年だったのでは?
毎年、濃い一年を過ごさせてもらっているんですが、今年は特に濃かったですね。「アイセタ」を今年リリースしたのが信じられないくらい(笑)、すごく充実した一年でした。印象に残ってるのは、やっぱりツアーですね。“Myuk”としては初めてのツアーだったんですが、福岡、大阪、東京を回らせてもらって。しかもチェロ、バイオリン、ピアノのアコースティック編成だったんですよ。ツアーの楽しさや面白さ、大変さを経験して、成長できたと思います。
──ツアーの面白さというと?
会場によって響きが全然違うんですよ。東京の会場は自由学園明日館だったんです。すごく素敵な建物で、声の響き、ストリングスの響きがすごく良くて。気持ち良く歌えましたね。お客さんも温かくて。毎回そうなんですが、あのライブはずっと記憶に残る、忘れたくないライブのひとつになってます。以前は人前に立つのが少し苦手で、ステージに立つと“見られてる”という感覚があったんです。“見られてる”“試されてる”という感覚が、楽しさを上回ってしまうところがあって。ライブの後、“こうすればもっと楽しんでもらえたかも”と思うことも多かったんですよね。今もそれはあるんですが、今年のツアーではそれまでよりもお客さんと目が合ったり、笑顔を返してくれることが増えた気がして。“見られてる”ではなくて、一緒の空間で音楽を楽しんでいると感じられたのは、私にとってすごく大きかったです。
──ライブ自体も楽しくなってきた、と。
そうですね。先日の新代田FEVERのワンマンライブは、お客さんとの距離も近くて。「私のライブに初めて来た方は?」「2度目の方は?」みたいにコミュニケーションを取ったり、さらに楽しめた感覚がありました。来年以降もライブはどんどんやっていきたいですね。
■この1〜2年で考えたり、悩んだりしたことを赤裸々に描いている
──楽しみです!では、新曲「ファイクファーワルツ」について聞かせてください。作曲は木下龍平さん、作詞はMyukさん自身が手がけています。
自分の気持ちを整理するために歌詞を書いているところがあって。以前も嫉妬心をテーマにした曲を書いたことがあるんですが、そこに“みにくいアヒルの子”のイメージを合わせたのが、「フェイクファーワルツ」の歌詞なんです。木下さんに作っていただいた曲を聴いたときに、ジャズテイストのカッコいい曲だなと思って。少しダークな面もあるので、こういう歌詞が合うのかな、と。これまでは抽象的な表現を好んでいたんですが、この曲はかなり生々しく書いていて。この1〜2年で考えたり、悩んだりしたことを赤裸々に描いているし、自分にとっても意味がある歌詞になったと思います。きっと聴いてくれる方にもダイレクトに届くんじゃないかなって。
■アンビバレンツな思いのなかで、それを前向き
──SNSが顕著ですが、“比べたがり世界”で他人と自分を比較して、嫉妬心に苛まれる。誰にでも経験があることですよね。
そうだと思います。私自身、人と自分をくらべて、無力感、劣等感を覚えることがあったので。ただ、比較することによって、いろんなものが成り立ってるんだなとも思うんですよ。そのなかで新しい自分を見つけられることもあるだろうし、成長のきっかけになるんじゃないかなと。アンビバレンツな思いのなかで、それを前向きに捉えられたらいいなという気持ちもありました。
──その思いは、“嫌って 離れた「みんな」の外で”“僕だけの名前を”というフレーズに結実していますね。
自分の中で結論付けたかったんですよね。以前の曲は“人と比べざるを得ない世界のなかで、劣等感を覚えている”というところで終わっていた気がして。「フェイクファーワルツ」では、そこからどうやって前向きになっていくのか?を書きたかったんです。“僕だけの名前”という歌詞を書いたことで、ひとつ答えが出たというか。新代田FEVERのライブのMCでも言ったんですが、自分の中の嫌いな部分も、作品にすることで幸せに変えられるんだなって。この曲が出来たことは、自分にとってもすごく良かったと思います。今も人と比べてしまうことはありますけど、歌に関しては“自分は自分”と思えるようになってきたので。
■“闇を持った女の子”をイメージしながら、尖った部分も出して
──なるほど。レコーディングはいかがでした?それだけ強い思いを込めた楽曲だと、いつも以上に感情が溢れたのでは?
歌うときの感情は曲によって違うので、いつもと同じように挑みました。“闇を持った女の子”をイメージしながら、尖った部分も出していいのかなと。ライブで歌ったときも、すごく楽しかったですね。皆さんがちょっと体を揺らしてくれたり、楽しんでくれてるのが伝わってきて。
──2023年の活動のビジョンについても聞かせていただけますか?
もっと自分をありのままに出していきたいと思っています。“Myuk”には、“やわらかい”“優しい”という意味があるんですけど、その逆の要素も大事にしたくて。普段は人に見せたくないところ、隠しておきたい感情なども、歌詞だったら表現できるんじゃないかなって。そういうダークな部分を出していくことで、やわらかさ、優しさもさらに際立つと思うんですよ。
──陰と陽、光と影のコントラストですよね。
その両方を表現したくて。楽曲もライブも、これまでのイメージに捉われずに活動していけたらいいなと思ってます。“熊川みゆ”のときからバラードをたくさん歌ってきたんですが、それを大事にしながら、アコースティックなものだったり、ロックテイストの楽曲なども歌っていきたいので
■「私はこうです」という答えを出せた楽曲
──音楽的な幅も広がりそうですね。「フェイクファーワルツ」も大きなきっかけになっているのでは?
はい。内面を吐き出すというか、「私はこうです」という答えを出せた楽曲でもあるので。この先も、そのときどきの感情を大事にしながら、楽曲として表現しきたいですね。「フェイクファーワルツ」もそうですけど、新しいことに挑むときは“どう聴いてもらえるんだろう?”ってドキドキするんですよ(笑)。変わらない部分をしっかり持ちながら、少しずつスパイスを加えていけたらいいなって思ってます。
■「フェイクファーワルツ」をきっかけにして、ジャズに興味が
──ちなみに普段はどんな音楽を聴いてるんですか?
「フェイクファーワルツ」をきっかけにして、ジャズに興味が出てきて。今まであんまり知らなかったんですけど、最近いろいろ聴いてみています。たとえばシティポップにもジャズの影響があったり、じつは身近にある音楽なんだなって。あとはどうだろう…私、散歩しているときに音楽を聴いてるんですよ。周りの風景やそのときの気分に合わせて曲を選ぶので、“このジャンルが好き”という感じとは違ってて。
──音楽が感情や心の動きと繋がっているんでしょうね。その他にやりたいことは?
絵を描いたり、デザインをやりたいですね。もともと好きでやってたんですけど、活動にも活かせたらいいなって。頑張ります!
「フェイクファーワルツ」のMVは、AI画像生成ツール“Midjourney”を使ったリリックビデオ。監修として国内初のAIイラスト集を発表したグラフィッカー、852話(ハコニワ)氏が参加したことも話題を集めた。キャラクターデザインは、大人気イラストレーターpotg(ぴおてぐ)氏が担当。ファンタジックな世界観とリアルなメッセージ性を共存させた「フェイクファーワルツ」を見事に映像化している。
今回はMyuk、852話、potgの鼎談をセッティング。「フェイクファーワルツ」のMV制作をフックに、“絵と音楽”について語り合ってもらった。
■質感がやわらかくて優しいのに、グッと心臓をつかまれて
──852話さん、potgさんが「フェイクファーワルツ」を聴いたときの印象から教えていただけますか?
852話:質感がやわらかくて優しいのに、グッと心臓をつかまれて、深い部分に刺さる楽曲だなと感じました。とにかく歌声が素晴らしいですよね。ずっと聴いていられる感じがすごくあって。音楽って“自分の波長に合う、合わない”があると思うんですけど、それを飛び越えて、ずっと心地よく聴いていられると言いますか。
Myuk:素敵な言葉をありがとうございます。聴き心地はいつも意識しているので、そう言ってもらえるとうれしいです。
potg:木下さんの作曲も素晴らしいですし、Myukさんのやわらかく、かつ、芯のある歌声も印象に残りました。歌詞には結構攻めた表現もあって。ともすれば拒否感が出てしまいそうですが、Myukさんの歌によってずっと聴いていられる曲になっているんだなと。
Myuk:ダイレクトな歌詞を伝えるために、尖った歌い方も必要だなと思っていたんです。リアルで直接的な感じもあるんですが、852話さん、potgさんが作ってくださった映像によって、やわらげてもらった印象があったんですよね。
■歌詞の重みを捉えつつ、ただ暗いだけにならないように
──「フェイクファーワルツ」のMVは、AI画像生成ツール“Midjourney”を使ったリリックビデオ。852話さんはMidjouneyによるイラストレーションで知られていますが、今回のMV制作に対しては、どんなことを意識していましたか?
852話:いくつかあるんですが、やはり歌詞の重みを捉えつつ、ただ暗いだけにならないようにしようと。ドラマティックな明暗を描くことを意識していました。Myukさんの歌い方にはリスナーを丁寧にわしづかみするイメージもあったので、それも崩さないように気を付けていましたね。“Midjounery”への夜景指示文はこのようなものです。
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■シンプルかつ特徴的なデザインにするにはどうしたらいいか
──potgさんはMVに登場するキャラクターのデザインを担当。
potg:打ち合せのときに「“萌え”寄りにならないように、Myukさんのイメージに合う感じで」というお話があったので、まずはそのことを意識していました。あとはシンプルかつ特徴的なデザインにするにはどうしたらいいかを考えて。翼があるキャラクターなので、動画になったときに見栄えするようなデザインもイメージしていました。
Myuk:potgさんが作ってくださったキャラクターのデザインを拝見した瞬間に“これだ!”と思ったんです。作詞をしていたとき、“闇を持っていて、それを見せないようにしていた女の子”をイメージしていて。無意識に想像していたキャラクターをこんなにも素敵に描いていただいて、本当にうれしかったです。
potg:Myukさんご本人にそう言ってもらえると感無量です。
──完成したMVを見たときはどう思われましたか?
852話:背景、キャラクターに動きが加わり、それをMyukさんの歌声が包み込んでいて。すごく完成度の高いMVになって、感動しました。AIのイラストは一般的に“温かみがないもの”と評されることが多いんですが、Myukさんの歌、potgさんのイラスト、動画制作の方によって、本当に素敵な味わい深い作品になりましたね。
potg:最初に拝見したときは、ホッとしましたね。じつは背景を他の方に描いていただいたのは、今回が初めてだったんです。自分のイラストと合わさったら、どうなるんだろう?とドキドキしてたんですが、素晴らしい作品になっていて、安心しました。
■自分で歌詞を書いたのは、「フェイクファーワルツ」が初めて
Myuk:私もすごく感動しました。完成したとき、1時間くらい何度も何度も繰り返し見てたんですよ。こんなに素敵な作品に関われたことが本当にうれしくて…。作曲家の方に作っていただいた楽曲に自分で歌詞を書いたのは、「フェイクファーワルツ」が初めてだったんです。歌詞とメロディがどう響くのか手探りな部分があったし、曲が出来上がったときもすごく安心して。そこで完結するのではなく、さらにこんなに素晴らしいMVを作っていただいて、感無量です。
■MVは絵と音楽が合わせることで、それ自体が経験になる
──852話さん、potgさんにとって、MVに関わることの面白さ、醍醐味とは?
852話:絵というのは瞬間的な印象、パッと見たときの印象が強いんですよ。音楽は実時間の3分、4分の中で、聴いている時間そのものが経験になる。MVは絵と音楽が合わせることで、それ自体が経験になるのはすごいことだなと思います。
potg:音楽と一緒になって絵が動くことで、絵だけでは表現できない作品になりますからね。MVに関わらせていただくたびに、「すごいな」って感動してます。自分が制作したイラストなんですが、自分の作品じゃないみたいに感じると言いますか、手を離れていく感覚もありますね。
Myuk:私からも質問させてください。いつも852話さん、potgさんの作品を拝見していて、女の子のイラストがすごく魅力的だなと思っていて。おふたりが好きなキャラクター、影響を受けたものを教えていただけますか?
852話:いくつかあるんですが、イラストでいうと、吉田ヨシツギさんの作品は好きですね。8年くらい前にアップされたMV「Divertissement」がきっかけなんですが、暗い中にもカラフルさがあるイラストが本当に素敵で、影響を受けました。
■絵柄がかわいくて、色とか描写は美しいというバランスは自分の作品でも意識
potg:好きなコンテンツやキャラクターはたくさんありますが、自分の創作とはまったく関連がないんです。好きな作家の方が使っているモチーフを参考にすることはありますけどね。ジャンル的にはアニメよりもゲームに興味があって。『スプラトゥーン』もやってますし、『原神』というゲームに登場するピンク髪の法律家のキャラクターも好きです。絵柄がかわいくて、色とか描写は美しいというバランスは自分の作品でも意識していますね。
Myuk:そうなんですね!852話さんはAIの技術をどのように捉えていらっしゃいますか?
■AIを使ったクリエイティブな仕事は徐々に増え始めると思い
852話:自分はAIはあくまでツールと捉えています。AIでも意図的に既存のアーティストの発表した既存の作品に似せることは盗作ですし、それは人間でも同じことが出来ます。ただし、AIの仕組み的に「全く同じような作品」は逆に出力されないので、盗作物と見まごうものが発表されたとしたらそこには意図的に似せようとした悪意が介在していると考えます。AIを使ったクリエイティブな仕事は徐々に増え始めると思いますが、まだまだ一般に普及する段階ではないと考えています。遠い未来、そういう日が来る可能性はあります。
Myuk:なるほど。おふたりは制作しているとき、音楽は聴きますか?
potg:私はガンガン聴きますね。描いているものには関係なく、テンションを上げて、やる気を出すために音楽を流していて。きれいな夕焼けを描きながら、中毒性のある音ゲーの曲とかを聴いてます(笑)。「フェイクファーワルツ」のキャラクターを描いていたときはもちろん、イメージを深めるために楽曲を何度も聴いてました。
852話:MVなどに関わるときは楽曲を聴いていますが、自分の作品の場合は音楽は流してないですね。のんびりしてるとき、家事をするときなどは好きな曲を聴いてます。生活の中で聴いたほうが、体に入ってくるので。
Myuk:私も家事をやるときは、やる気を出すためにノリノリの曲を聴いたりします(笑)。おふたりとも音楽がお好きなんですね。
potg:そうですね。さっきも作業しながら、ガンガン聴いていました(笑)。
852話:以前、音楽を趣味で作ったり、ボカロPをやっていたこともあるんですよ。
■MVにはおとぎ話の要素や幻想的な背景など、視覚的な美しさが加わった
Myuk:多才ですね!今回は本当にありがとうございました。「フェイクファーワルツ」のMVは私が想像していた何十倍も素敵なものになって。自分の感情と向き合いながら制作した楽曲なんですが、MVにはおとぎ話の要素や幻想的な背景など、視覚的な美しさが加わって。ぜひ、またご一緒させてください!
INTERVIEW & TEXT BY 森朋之
PHOTO BY 関信行
楽曲リンク
リリース情報
2022.10.26 ON SALE
DIGITAL SINGLE「フェイクファーワルツ」
ライブ情報
『Knockin’ On Night Door Vol.3』
[2023年]
2/5(日) 渋谷 LOFT HEAVEN
1st stage OPEN 14:30 / START 15:00
2nd stage OPEN 17:30 / START 18:00
Myukプロフィール
Myuk
ミューク/2001年2月4日生まれ。熊本県出身。シンガーソングライターとして活動していた熊川みゆの音楽プロジェクト。熊川みゆ時代にはアコースティックギターを主体の楽曲制作を行っていたが、Eveとの出会いによって音楽の表現の深さに気づき、サブスク時代のアーティストとしてソロプロジェクト Myuk(読み:ミューク) の活動をスタート。Myukは、スウェーデン語で「やさしさ」「やわからさ」の意味を持つ”Mjuk”と本名(Miyu Kumagawa)からの造語。音楽に救われた経験から、自分もそういった存在になれるようにと柔らかくも、意思の強さを秘めたその歌声で、音楽を発信していく。TVアニメ「約束のネバーランド」Season 2 EDテーマでEveによって書き下ろされた楽曲、「魔法」にて2021年メジャーデビューし、秋元康原作のテレビ東京・ドラマプレミア23「ユーチューバーに娘はやらん!」のEDテーマとして楽曲「アイセタ」が大抜擢。2022年6月には初の全国ワンマンツアーを成功させるなど、注目を集めている。
852話プロフィール
852話(ハコニワ)
ゲーム開発者。イラスト制作、画像編集、動画作成などを生業にしている。
potgプロフィール
potg(ぴおてぐ)
地方在住のイラストレーター。MVイラストやPRイラスト、CDジャケット、表紙イラスト、画集提供用のイラスト制作などを主にしている。自然の風景と女の子を描くのが得意。
Myuk OFFICIAL SITE & LIVE TICKET
https://bio.to/mB4DLa
852話 OFFICIAL SITE
@8co28
potg OFFICIAL SITE
https://potg.art/