今年6月でアーティストデビュー5周年を迎えた斉藤壮馬が、ニューEP『陰/陽』をリリースした。タイトルが示す通り、本作には楽曲のテーマやテイストによって“陰”と“陽”に分類された全6曲が収録されている。とは言え、陽の楽曲にも陰の要素が見え隠れしているし、その逆も然り。「陰と陽はそれぞれが補い合っているもの。両方がある状態が理想的なんだと思う」と語る彼が紡ぎ出した楽曲には、美醜相まった人間の本質が潜んでいるようにも思う。比類なき独自のクリエイティビティが溢れ出す本作はどのように生み出されたのか?インタビューで紐解いていく。
■自分の好きなもの、自分の表現したいものを形にしてきている
──斉藤さんは今年6月でアーティストデビューから5周年を迎えました。
はい。気づけば5年も音楽をやらせていただくことができていて。もともと、趣味で曲を書いたりはしていたんですけど、個人名義で音楽活動を行うようになるとはまったく想像だにしていなかったですからね。多くの縁が重なって、多くの方のお力をいただいているからこそできることなので、本当にありがたいなと思っております。
──デビュー以来、一貫してご自身の嗜好を存分に詰め込んだ楽曲を作り続けていますよね。そこがすごく痛快だなと。
メジャーレーベルに所属している以上、セールスなくして次の作品を作れないというのは当然なんですけど、個人的感覚としてはあまりそこに囚われていないとは思います。3rdシングルの「デート」(18年6月リリース)では、割とシーンの流れを分析したうえで、もともと自分が好きだったシティポップ的な楽曲に仕上げたことはありました。でも、基本的にはシーンがどうとか、どう受け取ってもらえるかとか、そういったことを考えるのではなく、より素直に自分の好きなもの、自分の表現したいものを形にしてきているなとは思いますね。
──音楽に対する欲求は変わらず溢れ続けている感じですか。
そうですね。もともと、聴くのも作るのも好きだったので、そこはまったく変わらずです。そのうえでまた次の作品を作れる機会をいただけるなら、ちょっと今までとは違うやり方をしてみたいなとは思っていまして。
■今はむしろ、その自分の想定を凌駕されたい
──へぇ。それはどんなやり方なんでしょう?
今は世界的に見てもコライトで曲を作ることが増えてきているので、そこにチャレンジしてみたいんですよね。“チーム斉藤壮馬”として信頼できる方々と制作をしている今の状況も実質的なコライトではあるけれども、今後は自分の想像していない出会いをもっと求めてみたいなと。5年前にはそんなこと微塵も思っていなかったんですけどね(笑)。これまでは自分の脳内にあるものを完璧に表現したいという思いが強かったんですけど、今はむしろ、その自分の想定を凌駕されたいというか。そこに楽しさを見出せるようになった気がします。
──その気持ちの変化には何かきっかけはあったんですか?
自然とそうなっていったんだと思います。音楽のみならず、芝居や普段の生活に関してもそうですけど、いろんな形で人と関わっていくことをより立体的に考えられるようになったというか。それによって多角的に自分を少しずつ変えることができたような気がするんです。あ、でも音楽面で言えば、2年前に行ったライブツアーの影響が大きかったかもしれない。もともと、ライブをやりたい気持ちがまったくなく、最初はあまり能動的になりきれていなかったんですけど(笑)、そのツアーでは生の音楽の面白さをより強く感じることができて。それは自分にとってかなり革命的なことでしたね。結果、保守的な人間だった僕が新しいことにチャレンジしてみようと思えるようになったという。
■まだまだやったことのない曲調は無数にある
──今の斉藤さんはいろんな意味で開けてきているのかもしれないですね。
だと思います。当たり前ですけど、そっちのほうが人生楽しいですしね。今後はもしかするとめちゃくちゃイケイケな曲とか、急にカリフォルニアの爽やかな風を吹かせるような曲を作るかもしれない(笑)。まだまだやったことのない曲調は無数にあるので、自分の中で最初から制限をかけずにいたいなとは思います。
──そんな斉藤さんから6曲入りのEP『陰/陽』が届きました。タイトル通り、“陰”と“陽”をコンセプトにした一枚になっていますね。
たまたま複数の本やコンテンツで陰陽道とか太極図に触れる機会があったんです。そのときに自分の中でスッと腑に落ちたというか。太極図は陰と陽でひとつの円になっていますけど、それぞれがそれぞれを補い合っている相互関係なので、決して二項対立ではないんですよね。陰もあるし陽もある。その状態がある意味、理想的だっていう。それってわりとすべての物事がそうなんじゃないかなと思ったりもしたので、今回は『陰/陽』というタイトルのEPにすることを決めました。
──そのコンセプトに合わせて楽曲を作っていった流れですか?
先行配信していた「楽園」以外はそうですね。基本的に“陰/陽”というテーマを踏まえたうえで制作を進めました。とは言え、「陰の曲を作ろう」「陽の曲を作ろう」というスタートではなく、デモを作ってる中で「これは陰っぽいな」「これは陽っぽいな」と振り分けながら曲を選定していった形でしたね。
■結果的にはすごくいいバランスの6曲
──一構成としては「楽園」を含めた最初の3曲が“陽”サイド、後半の3曲が“陰”サイドになっています。
はい。諸説あるかもしれませんが、陰陽道的には“9”という数字がいいらしいんですよ。なので陰と陽で4曲ずつ、真ん中に「楽園」を配置するとキレイかなと思ったんですけど…ちょっとスケジュールが厳しくて(笑)。でも結果的にはすごくいいバランスの6曲になったなと思っています。「楽園」が入ることによって、他の5曲の座り場所が自ずと見えてきたところもあったので。
──面白いのは、陽サイドの曲であっても、陰サイドの曲であっても、そこに逆の要素も感じられるところなんですよ。それはきっと先ほどおっしゃったように陰と陽が補い合っている関係だからでしょうね。
ありがとうございます。自分も今の言葉を聞いて、“たしかにそうですよね。1曲の中に陰と陽、どっちもありますよね”と客観的に思えてうれしかったです(笑)。陰と陽は不可分なので、楽曲によってその濃淡の差はありますけど、陰100%とか陽100%みたいな楽曲は、今回はないですね。
■自分の楽曲はわりと矛盾みたいなものを内包した曲が多いかもしれない
──思えば斉藤さんの曲ってそういうタイプが多いような気もするんですよ。一見、明るく聴こえるけど、実は結構ダークなことが歌われていたりとか。
たしかにそうですね。今回の曲で言えば「SPACE TRIP」なんかはおそらく陽に分類される気がしますけど、明るいほうがちょっと怖かったりするじゃないですか。現実世界でも、“この人、妙にご機嫌だけどちょっと怖いぞ”みたいなことってあるし(笑)。自分の楽曲はわりとそういう矛盾みたいなものを内包した曲が多いかもしれないですね。
──「SPACE TRIP」はかなりポップな仕上がりですよね。
ベーシックなところにちょっとスぺーシーっぽさがあるので、全体的にもポップロックな宇宙っぽさを出せたらいいなと思って作っていきました。メロディもそんなにひねったものではないので、3分間ポップスとしてうまくまとまったなと思います。ただ、今回の曲はどれもそうだったんですけど、作詞は結構大変で。全曲、ひとつのきっかけからバーッと書き上げることはできたんですけど。
■ひとつのきっかけとしては、日本の内閣府がホームページで公開している“ムーンショット計画”
──きっかけを見つけるまでに時間かかったと。
はい。本当にレコーディング直前まで歌詞がない、みたいな曲も多かったです。「SPACE TRIP」に関して言うと、もともとはこの曲がEPのリードになる可能性もあったんです。なのでリードとしてふさわしい歌詞にしなきゃ、みたいな部分ですごく悩んでしまって。でも途中で「mirrors」をリードにすることが決まったので、そこからはシンプルに書いていくことができましたね。ひとつのきっかけとしては、日本の内閣府がホームページで公開している“ムーンショット計画”がありました。要は2050年までに映画「マトリックス」のような世界を実現させますっていう、“本当に!?”って思っちゃうような計画で。歌詞にある“いかれた妄想も/月を穿つように/楽しまなきゃつまらないだろ?”が象徴的ですけど、主体としてはすごく楽しそうでご機嫌だけど、第三者から見ると“トリップしてるのか?”みたいな。明るいんですけど、意味がわかると意外と怖い話みたいな感じの内容になりました(笑)。歌うのはすごく楽しかったですね。
■今回のEPにはちょっとリズムの強い楽曲が欲しいなと思った
──もうひとつの“陽”楽曲は「エニグマ・ゲーム」。これはどんなイメージで書かれたんですか?
自分としては、クライムコメディ映画の主題歌みたいなイメージがありました。追う側と追われる側が目まぐるしく入れ替わっていくんだけど、そのどっちもが自分だったみたいな感じですね。曲自体は結構前からあったもので、最初はもうちょっとロックな雰囲気だったんです。ただ、今回のEPにはちょっとリズムの強い楽曲が欲しいなと思ったので、以前に「レミング、愛、オベリスク」(1stアルバム「quantum stranger」収録)でお世話になった清水哲平さんに洋楽っぽいファンクなグルーブ感を持ったアレンジをしていただいて。音は洋楽っぽいけど、メロはちょっとJ-POPっぽいっていう、そのバランスがうまくハマった1曲になりましたね。
──ファルセットを多用したボーカルが印象的ですよね。
これは歌うのがかなり難しかったですね。毎回言ってますけど、“この作曲家のメロディラインはややこしいな”と思いました(笑)。ただ、清水さんが書いてくださったキレイなハモのメロディラインを歌うのはすごく楽しかったです。コーラスをかなり積みまくっているので物量的な大変さはありましたけど、レコ―ディングは案外サクサク気持ちよく進みましたね。
■部屋で歌うときも自然とファルセットを使っていた
──今回のEPにはファルセットを効果的に使った曲が多いですよね。
今回は結構使いましたね。これは余談なんですけど、僕はファルセットで高い音域がすごく出るタイプの子供だったんですよ。部屋で歌うときも自然とファルセットを使っていたし、それが自分のもともとの歌唱スタイルだったんです。ただ、10代で好きになったのは「ファルセットなど使わない」というバンドばかりだったし、中学で組んだパンクバンドではTHE STALINのコピーをやったりしていたので。
■地声で出ない音域であればファルセットで歌おうっていう発想になってきた
──当然、ファルセットは封印ですよね(笑)。
そうなんです(笑)。そこからずっと封印しちゃってたんですけど、それこそ5年前に音楽活動をさせてもらうようになったときに、“あ、裏声を自由に使ってもいいんだ”と改めて気づいて。10数年を経て、自分にとっていちばん自然な歌唱法に戻ってきた感じなんですよね。最近は、地声で出ない音域であればファルセットで歌おうっていう発想になってきたところがあって。それによってメロディーラインの幅が広がったのは間違いないですね。今後はもっと今の歌唱スタイルは突き詰めていきたい気持ちも強いです。
──一方の“陰サイド”にはまず「風花」という曲が収録されています。
今回のEPの中で、「楽園」以外で最初に出来たのがこの曲でした。泣きメロを持った歌モノロックをやりたいなと思って、最初にサビを作ったんです。もともとのアレンジはもうちょっと軽めな雰囲気だったんですけど、それだと曲に対して嘘をついている気がしたので、最終的にはドラムとベースの音を強めにしてもらって、かなりゴリゴリなサウンドになりました。歌詞的にも人間のみっともなさ、ちっぽけさみたいな部分を描いたので、音像もそういった雰囲気を意識しました。僕がリクエストして弾いてもらったアウトロの泣きのギターソロがすごく気に入ってます。
■人間のナルシズムと惨めさみたいな部分にフォーカス
──歌詞はラブソング的な書き方をされていますよね。
この曲も最初は歌詞がまったく書けなかったんですけど、曲から失恋ソングっぽい印象を受けたので、その方向で書き始めたら1時間くらいで書けました(笑)。結果的には失恋ソングというよりは、人間のナルシズムと惨めさみたいな部分にフォーカスした感じですね。主人公は見下していた相手から「さよなら」みたいなことを言われたのかもしれませんね。というか、失うまで見下していることにも気づいていなかったのかな?
──次の「蠅の王」はソリッドなロックナンバーです。
10代の頃からあたためていたツインギターのリフをイントロに使いました。EPの並び的にちょっとイレギュラーな曲が欲しいなと思って、今まであまりやってこなかった硬質なロックサウンドのアレンジにしてもらいましたね。デモの段階では2000年代によく聴いていたブロック・パーティやアークティック・モンキーズみたいな音像を参考にしていたんですけど、その後一回、80年代のポストパンクっぽいアレンジにしてみたり。最終的にはブロック・パーティやアークティック・モンキーズみたいな音像で80年代っぽいフレーズを弾いてもらうというややこしいお願いをさせてもらいました(笑)。
■曲を聴いてくださったみなさんの解釈をぜひラジオなどにお寄せいただけたらうれしいです(笑)
──歌詞はいろいろな受け取り方ができる感じですよね。タイトルから、ウィリアム・ゴールディングの小説が浮かんできたりもしますし。
この歌詞には裏テーマがありまして。実はある出来事をものすごくストレートに書いているんですよ(笑)。すべてを明かしてしまうのは野暮だろうということで、ここではあえてお話しないことにします。曲を聴いてくださったみなさんの解釈をぜひラジオなどにお寄せいただけたらうれしいです。
──こっそり答えを教えていただきましたが、相当難易度は高いと思います(笑)。答えを知っていれば、もうそのまんまな歌詞になっていますけどね。
じゃあ、読者様にひとつヒントを。“蠅の王”と言えばベルゼバブ。ベルゼバブは七つの大罪で暴食を司っている…ということです。この曲はレコーディングも楽しかったし、自分としてもすごく気に入っています。結構ユーモラスな曲だとも思うので、ぜひむさぼっていただけたらと(笑)。
──そしてラストは本作のリード曲「mirrors」ですね。
毎回そうなんですけど、制作を進めていくとスケジュールが逼迫してくるので、だんだんダウナーな気持ちになっていくんですよ(笑)。結果、後半に生み出す曲ほど暗めになっていくっていう。今回、この「mirrors」が僕の中では最後にできた曲でしたね。それがリードになったわけですけど。
■最初はものすごく明るいんだけどだんだん殺伐としていく
──EP一枚としての構成としても陽から始まって陰で終わるっていうのが斉藤さんっぽいですよね(笑)。
たしかにそうですね。陰から始まって、だんだん気持ちが上がっていくんじゃないのかっていう(笑)。今思いましたけど、僕はそういう物語が好きなんですよ。アニメとかにしても最初はものすごく明るいんだけどだんだん殺伐としていく、みたいな。もともと、退廃的な世界観が好きなので。「mirrors」で描かれていることも全体的にはほぼ絶望ですからね。ただ、もしかしたら残されているかもしれない一筋の光を欲しているっていう。あと、僕の中には自分が偽物であるみたいな感覚がずっとあるんです。それをこの歌詞では、そのままではないけど書いている部分もありますね。今回のEPでは、何かをごまかして書くとか、キレイな言葉を紡いでいくということではなく、陰にしても陽にしても、もう少し食材本来の味を楽しんでもらえたらいいなという思いで歌詞を書いたところがあった気がします。すべては自分のフィルターを通して出したものなので、わりとややこしくなっているとは思うんですけど(笑)、入口としては普段よりも少し素直に書いたところはあったと思いますね。
■(MVは)全編モノクロになっていて、そこでも陰と陽がうまく表現できている
──ダークだけどどこか美しさのある「mirrors」のサウンドはエンディングにふさわしいものだとも思います。
この曲は結構ポストロックの感じというか、静と動がはっきりしていますよね。これもまた1曲の中に陰と陽の両方がちゃんとある。「さっきまでめっちゃ静かだったのに急に怒鳴るじゃん!」みたいな人っていますもんね(笑)。この曲はMVを撮っているのですが、今回は全編モノクロで、そこでも陰と陽がうまく表現できていると思います。
──来年5月には幕張メッセで5周年ライブが開催されることも発表されています。まだ少し先の話ではありますが、楽しみですね。
単独ライブとしては2年ぶりぐらいになりますので、僕自身もどんな景色を見られるのか、そしてどんなパフォーマンスをお届けできるのかが非常に楽しみです。まだ細かい部分は未知数ではありますが、願わくば情勢が安定した状況の中、みんなとハンドクラップやコール&レスポンスで楽しみたいですよね。皆さんと一緒に歩んでこられた5周年だと思うので、ぜひ楽しいライブを体験しましょう。よろしくお願いします。
INTERVIEW & TEXT BY もりひでゆき
楽曲リンク
リリース情報
2022.12.07 ON SALE
EP『陰/陽』
ライブ情報
[2023年]
斉藤壮馬 5th Anniversary Live
5月27日(土) 幕張メッセ 国際展示場1~3ホール
プロフィール
斉藤壮馬
サイトウソウマ/17歳の時に、所属事務所(81プロデュース)のオーディションにて優秀賞を受賞。都内大学在学中に本格的な声優デビューを果たす。 洞察力に富んだ解釈と多様なアプローチで、様々なキャラクターを演じ分ける表現力の高さが魅力。アニメ・ゲーム作品等のキャラクターソングにおいて、キャラクターの声を維持したままの歌唱力の高さにも定評があり、2017年6月にSACRA MUSICより待望のアーティストデビュー!本格的に音楽活動をスタートさせる。デビューシングル『フィッシュストーリー』ではオリコン週間チャート初登場9位、これまでリリースした音楽作品はすべてオリコン週間チャートトップ10入り!数多くのアニメ・ゲーム作品に出演するかたわら、プライベートでは様々な音楽を聴き漁ってきたマ ニアックな志向も持ち合わせ、読書家でもある彼が生み出す世界観に期待のアーティスト。
斉藤壮馬 OFFICIAL SITE
https://www.saitosoma.com