2022年5月に“双極、対局”をコンセプトに掲げたアルバム『BIPOLAR』をリリース。哲学的なテーマをポップに昇華した歌詞、ハイブリッドなセンスに貫かれたサウンドメイク、表現力を増したボーカルによって、アーティストとしてのさらなる進化を示したキタニタツヤから、新作EP「スカー」が届けられた。
表題曲「スカー」は、TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇』オープニングテーマ。さらに『BLEACH』をイメージして制作された「永遠」、原画展『BLEACH EX.』イメージソング「タナトフォビア」「Rapport」も収録されている。『BLEACH』に対する強い思い、そして、ギターロックへの回帰をテーマにした本作「スカー」について語ってもらった。
■自分たちの活動において、ライブがどういう意味を持つのかがきっちり定まった
──まずは今年の5月から7月にかけて行われたアルバム『BIPOLAR』の全国ツアーのことから聞かせてください。キャリア史上、最大規模のツアーだったわけですが、手ごたえはどうでしたか?
しっかりライブの組み立てを考えたり、(観客に対して)ちゃんと喋ったり、「人前で演奏するとはどういうことか?」「何を伝えるべきなのか?」をマジメに考えながらやってましたね。当たり前のことなんですけど、自分たちの活動において、ライブがどういう意味を持つのかがきっちり定まったし、さらに自覚が芽生えたツアーでしたね。10月の東名阪ツアー(「10月に東名阪ツアー『UNKNOT / REKNOT』を開催」)でも、“成長してるかもしれない”と実感できたし、『BIPOLAR』のツアーは得るものが多かったと思います。
──ライブで楽曲を届ける意義が明確になった、と。
そうですね。自分の曲を聴いてくれている人たちを実際に目にできる場所だし、“この曲ではこういう表情をするのか”ということも確認できて。自分にとっては、それがかなり大きな意味合いを持つんですよね。そういう経験を重ねることで、地に足を付けて次の曲が作れるというか。まあ、それも当たり前のことなんですけどね(笑)。
──では、新作EP「スカー」について。表題曲「スカー」は、TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇』オープニングテーマ。『BLEACH』のアニメシリーズ最終章を飾る楽曲ですよね。
そうなんですよ。本当にクライマックスだし、これまで『BLEACH』が描いてきたことが回収されて、ついにエンディングに向かっていく。なので「スカー」に関しても、“千年血戦篇”のストーリーにスポットを当てつつ、久保帯人先生は何を伝えようとしていたのか、(主人公の)黒崎一護の物語にはどんな意味があったのかを自分なりに考えながら作っていました。展示会のために作った曲(「タナトフォビア」「Rapport」)もそうですけど、『BLEACH』という作品を俯瞰しながら制作していた感じもあって。すべて僕の解釈なんですけどね。
■“支え合って、先に進む”。「スカー」でもそこは大事なポイント
──なるほど。具体的には『BLEACH』のどんな要素にフォーカスしていたんですか?
一護は弱いところもあって、精神的に折れるシーンがたびたび描かれているんです。そのたびに、それまで自分が守ってきた存在に支えられて、もう1回立ち上がって歩き出す。一護以外のキャラクターもそれぞれ弱さを抱えていて、“支え合って、先に進む”という類いのコミュニケーションがあって。自分自身もそういうエピソードに対するシンパシーがあるというか、“いいな、こうなりてえな”と思うし、「スカー」でもそこは大事なポイントでしたね。あと、怯えるシーンも多いんですよ。強大な敵に対したとき、死の危機に直面したときの怖さもしっかり描写されていて。一護もそうなんですけど、『BLEACH』のキャラクターは恐怖を乗り越えるというより、それを自分の中に取り込んで、一緒に進んでいこうとする。そういう哲学にも共感できるんですよね。
──怖さを避けたり、克服するのではなく、“自分は怖がっている”ことを自覚して先に進む。確かにそれはグッときますね。
そうなんですよね。やっぱり“俺もこうありてえな”と思ってしまう(笑)。
■音楽人生、大変ですね(笑)
──キタニさんも音楽活動のなかで、心が折れるような出来事もあったと思いますが…。
めちゃくちゃありますね。ただ、音楽に関して“だけ”なんですよ。音楽以外では意外と挫折知らずというか(笑)、順風満帆だったんですよ。音楽を初めてからは、“こんなにうまくいかないものか”と思うことが多くて。音楽人生、大変ですね(笑)。
──得意なことをやっているはずなのに。
たぶん得意じゃないんでしょうね。ただ好きだからやっているだけで、能力が秀でているわけではないというか。“好きなことで負けたくない!”という少年マンガの主人公みたいな気持ちでやってます(笑)。
■特にサビは血が沸騰するような勢いを意識
──「スカー」のサウンドも、キタニさんがもともと好きだったテイストが強く反映されていて。
少年マンガを原作にしたアニメ作品のオープニング曲なので、鮮烈さだったり、“なんだかわかんないけどカッコいい! テンション上がる!”と感じてもらえるサウンドにしたくて。特にサビは血が沸騰するような勢いを意識していました。そもそも僕の音楽体験のはじまりは、『NARUTO』のアニメを観ていて、“なんだこのカッコいい曲は!”って衝撃を受けたことなんです。アジカン(ASIAN KUNG-FU GENARATION)の「遥か彼方」なんですけど、「スカー」もそういうものであってほしいな、と。
──『NARUTO』がキタニさんが日本のオルタナバンドを好きになったきっかけだったですね。
はい。「スカー」を作っていたときも、子どもの頃を思い出してました。好きなバンドの曲を聴いて、めっちゃ盛り上がりながらチャリンコに乗ってたのが、音楽体験のスタートなので。そのときの感覚は曲の中にすごく入っていると思いますね。
──「スカー」の基調はオーセンティックなギターロック。特にギターソロの音がめちゃくちゃカッコよくて。ちなみにどんなエフェクターを使ってるんですか?
ファズ、オクターバー、コーラス、ショートディレイなどですね。このギターの音、明確なリファレンスがあるんですよ。10年くらい前に解散しているんですけど、ハヌマーンというバンドが大好きで。めちゃくちゃカッコよくて、知る人ぞ知るバンドだったんですよ。学生のときにギターの音色とかをよくマネしていて、「スカー」のギターソロやアウトロのギターは、その頃を思い出しながら作ってました。気づいてる人は気づいていて、僕ら世代のギターロックファンの人がSNSで指摘してくれることもあって。
■どんなジャンルであっても、自分らしいギターを改めて思う
──このギターの音はハヌマーンじゃないか!みたいな?
そうそう(笑)。アレンジもシンプルですからね。ふだんはいろんな音を入れるのが好きなんですけど、「スカー」に関しては4人編成のロックバンドの構成になっていて。制作中「音数が少なすぎねえか?」って不安になったりもしたけど、考えてみたら昔はこういう構成の曲ばっかり作ってたんですよね。そこも原点回帰というか、ギターという楽器がとにかく好きだし、どんなジャンルであっても、自分らしいギターを改めて思いましたね。
──当然、学生の頃よりも制作やギターのスキルは上がっているわけで、“自分らしさ”の幅も広がってますよね。
ただスキルがないほうが良い場合もあるなと思っていて。ギターロックバンドの初期衝動って、やっぱりいいじゃないですか。「スカー」を作っているときも、ついテクニカルなことをやろうとしちゃうんだけど、「いや、この曲はそうじゃない」って頑張って抑えました。愚直でいいと思ったし、精神的には10代後半くらいの感覚に戻ってましたね。
──マネスキンの登場もそうですけど、ここ1〜2年はロックの復権が話題に上ることもあって。そういう流れも意識してたんですか?
いや、自分がやりたかっただけですよ。“ライブでギターを弾きながら歌いたい”というのもあったし。10月の東名阪のツアーで初披露したんですけど、思ったよりギターが難しくて、ちょっと忙しかったです(笑)。
──2曲目の「永遠」もロックサウンドを押し出した楽曲です。
「永遠」も「スカー」と同じ時期に書いた曲で、実は『BLEACH』に提出したんです。いちばん自信があったのが「永遠」で、“今のキタニタツヤはこれだ!”という感じだったんですよ。でっかい曲というか、広い会場で演奏することを意識していたり、低音のアレンジを含めて、今やりたいことを反映しているので。ただ、選ばれたのは「スカー」だったんですよね。久保先生ご自身が選んでくれたみたいで、アニメのオープニング映像を観たときに“なるほど、たしかにオープニングにふさわしいのは「スカー」だな”と。「永遠」もすごく好きな曲だし、『BLEACH』を念頭にして制作したので、ストックとして取っておくのも難しい。だったら、このEPに入れるのがいちばんいいだろうなと。『BLEACH』でキタニを知ってくれた人にもぜひ聴いてほしいですよね。
■言い方を変えながら、何度も何度も伝えるしかない
──“今日が最期だって構わない”“だから、永遠なんていらない”など、“今”にかける思いが伝わる歌詞も印象的でした。
歌詞の質感は違うけど、言ってることやメッセージ性は「スカー」とかなり近いんですよ。そもそもメッセージがたくさんあるわけではないし、言い方を変えながら、何度も何度も伝えるしかないなと最近は思ってます。ギターロックの話もそうだけど、「結局、俺はこれが好きなんだな。しょうがねえ、これを続けるか」という感じです(笑)。
──さらに昨年、配信リリースされた原画展『BLEACH EX.』イメージソング「タナトフォビア」「Rapport」も収録。すべて『BLEACH』の世界観をイメージして制作された楽曲なので、EPとしてのトータリティもしっかりありますね。
「タナトフォビア」「Rapport」もぜひ一緒に聴いてほしくて。そのためにEPという形にしたわけだし、どちらもいい曲だと思うので。曲を書いたのは1年ぐらい前なんですけど、なぜかだいぶ前に感じますね。
──それくらいキタニさんの意識や作風が変化し続けているんでしょうね。「Rapport」の導入として「Insel」という短いインストが入ってますね。
もともとライブのSEとして作った曲で、「Rapport」とピッタリ繋がるようになってます。これもずっとやりたかったことなんですよ。BUMP OF CHICKENの『orbital period』(2007年)というアルバムで、インスト曲(「星野の鳥 reprise」)から「カルマ」につながるのがすごくカッコよくて。小学生のときに“シングルで聴くのと何か違う。そうか、前に別の曲が付いてるんだ!”って盛り上がってたんです。ずっと“いつかやりたい!”と思ってたんですけど、ついに実現しました。これも原点回帰ですね。
■自分以外の人とやるのは、やっぱり面白い
──キタニ少年の夢と憧れが詰まったSEなのかも(笑)。「タナトフォビア」は“Additional Arrangement”としてSUNNY BOYさん(三浦大知、SKY-HIなどの楽曲を手がけるプロデューサー)がクレジットされてます。
自分でアレンジしたんだけど、もうちょっと何か欲しいなと思って、SUNNY BOYさんにお願いしました。ドラムのフィルを加えてもらったり、僕の宅録したギタートラックを切り刻んで編集してもらったり。自分以外の人とやるのは、やっぱり面白いんですよね。今年の6月に“はるまきごはん”というボカロPとコライトした「月光」を出したんですよ。もともと友達なんだけど、「ドラムを付けたよ」「じゃあギター入れる」「1サビ後の展開を付けた」みたいにデータのやり取りをしながら作った曲で。そういう制作は今後も続けたいですね。せっかくひとりで活動しているし、いろんな人とタッグを組めるのも強みだと思うので。
──制作自体も続いてるんですか?
やってますね。具体的なリリースは決まってないんですけど、去年から今年にかけて、ありがたいことにタイアップのお話をいただくことが多かったから、何もないところから曲を作ってみたくて。一時期、TikTokに短いデモ曲をアップしてたんですよ。脈略ないというか、自分の想像の範囲外のトラックが突発的にできるのが面白くて。
──“何もないところから曲を作る”のはたしかに大事ですよね。意識して時間を作らないと、どんどんスケジュールが埋まるような気が…。
そうなんですよね(笑)。学生時代は、「曲つくりてえ!」ってだけだったんで。子どもがラクガキ帖に好きなように絵を描くように、自由に作ることをやっていかないとヤバイなと。
■“暇だからマンガ読もう、ゲームやろう”というのがいちばん心の栄養になる
──インプットも必要では?
もちろんそうなんだけど、“インプットしなきゃ”と思ってる時点で大人じゃないですか(笑)。何かを取り入れる目的というより、“暇だからマンガ読もう、ゲームやろう”というのがいちばん心の栄養になるので。まあ、そんなこと言っててもしょうがないので(笑)、頑張ります。
INTERVIEW & TEXT BY 森朋之
PHOTO BY 大橋祐希
楽曲リンク
リリース情報
2022.11.23 ON SALE
EP『スカー』
ライブ情報
LIVE IN CLUB UNREALITY Vol.2
12/2(金) LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
COUNTDOWN JAPAN 22/23
12/28(水)〜31(土) 幕張メッセ国際展示場1~8ホール・イベントホールJ
*キタニタツヤ出演は12/29(木)
映秀。対バンツアー「一味同心 2023」
[2023年]
2/11(土) 東京 Zepp DiverCity (TOKYO)
*映秀。/キタニタツヤ
プロフィール
キタニタツヤ
2014年頃からネット上に楽曲を公開し始め、ボカロP“こんにちは谷田さん”として活動をスタート。2017年より、高い楽曲センスが買われ作家として楽曲提供をしながらソロ活動も行う。ヨルシカのサポートメンバーとしての活動やAdo、まふまふ、TK from 凛として時雨の音源制作への参加、ジャニーズWEST、私立恵比寿中学など多くのアーティストへの楽曲提供など、ジャンルを越境し活躍を続ける。キタニタツヤ名義としても、BLEACH20周年テーマソングにて2曲書き下ろしや黒木華主演のフジテレビ系ドラマへ異例の主題歌2曲提供。2022年5月にオリジナルアルバム『BIPOLAR』を発表。
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