クリープハイプのメジャーデビュー10周年に合わせ、尾崎世界観(Vo、Gu)が初の歌詞集『私語と』(読み:しごと)を刊行した。
インディーズ時代の楽曲から最新アルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』までの収録曲より尾崎自身が厳選した75曲の歌詞を収録。さらに「帯」「はじめに」「おわりに」と題された、あらたな“歌詞”が書き下ろされ、尾崎世界観の“言葉”をじっくりと味わい、体感できる作品に仕上がっている。
また歌詞集と同時に、メジャーデビュー前から歌われてきた名曲「ex ダーリン」のバンドバージョンを配信。メジャーデビュー10周年のタイミングで尾崎世界観は、自らの表現をさらに深めているようだ。
INTERVIEW & TEXT BY 森 朋之
PHOTO BY 伊藤 圭
HAIR & MAKE UP BY 谷本 慧
STYLING BY 入山浩章
■選曲基準は言葉だけで勝負できるかどうか
──メジャーデビュー日である4月18日に初の歌詞集『私語と』が上梓されました。歌詞集を出版することになったのは、どういう経緯だったのですか?
尾崎世界観:昨年リリースしたアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』の特装盤(完全受注生産限定盤)に歌詞集(『ことばのおべんきょう』/これまでにリリースされた120曲分の歌詞を収録)を付けたんです。
それまでは漠然と“1ページに1曲”というイメージだったんですけど、レイアウトを組んでみたら、ページ数がすごいことになってしまって。それを踏まえて、ある程度数を絞った形で歌詞集を正式に出版しようという話になったんです。メジャーデビュー10周年のタイミングでもあるし、ちょうどいいと思って決めました。
──まずは収録する歌詞を選定する作業からですか?
尾崎:そうですね。自分たちのHPでディスコグラフィを見ながら選んでいきました(笑)。それを紙に印刷して、縦書きで組むとまったく印象が変わるので、さらに足したり引いたりしながら、最終的に今の形になりました。もちろん、どの曲にも思い入れがあるんですけど、歌詞だけ読んでも成立しているというか、言葉だけで勝負できるものを選びましたね。
詞先ではなく曲から作っているので、どうしても“メロディやリズムありき”なんです、自分の曲は。そこからメロディとリズムを外しても、成り立っているものを選びました。
ライブの定番曲やファンの方に馴染みのある曲でも、しっかりと言葉だけで勝負するということを考えた時にちょっと違うと思うものは外したし、逆にみんながあまり知らない曲でも、言葉で勝負できているものは選んでいます。今回は、音楽というものをなるべく排除して考えました。
──尾崎さんにとって“言葉だけで成立している”という歌詞は、どんなものなのでしょう?
尾崎:メロディを頼らないでも成り立っている、ということです。そうじゃないと、自分が歌詞を書く意味はないと思っています。それが自分の役割だと思うし、曲作りと歌詞を書くことを明確に分けているんです。(歌詞集を作ることは)“ちゃんと言葉だけで勝負できているのか”という確認でもあったので、何とか形になって良かったです。
■小説を書くことで生まれた感覚
──なるほど。インディーズ時代の楽曲から最新アルバムの曲まで、幅広い時期の歌詞が収められていますが、一貫した作風も感じられました。例えば、“君と僕”の関係性だったり、気持ちがズレるもどかしさ、現状に対する憤りや葛藤などもそうですが、尾崎さん自身はどう感じていますか?
尾崎:その時々で変わっていると思いますが、基本的なクセみたいなものはあります。でも、小説を書くようになってからは、明確に歌詞の書き方が変わったんです。それまでは言葉を曲に当てはめた時点で完成だと思っていたんですが、最近は文字になった状態を目で見て、読んだ時にもリズムが感じられるようにしたいと思っていて。
例えば、「この漢字があることでリズムが切れるな」と思ったら平仮名にしたり。それは間違いなく、小説を書くことで生まれた感覚です。
──さらに言葉のリズムを重視するようになった、と。
尾崎:はい。小説もそうで、推敲している段階で「リズムが良くない」と思ったら何度も書き直します。まずはスマホで書いて、画面が狭いので、紙に印刷すると前後の文章との関りも客観的に見える。音楽的なクセが抜けないんですよ、やっぱり。あと、体現止めを使わないようにしています。
──体現止めを使わない理由は?
尾崎:体現止めを使うと、ちょっとわざとらしくなる気がするんです。音楽でいうとブレイクに近いのかもしれません。クリープハイプはよく使うんですけどね、サビ前とかで(笑)。文章を整えることとアレンジもちょっと似ているし、やっぱり通じているんでしょうね。
■“触れられた”という瞬間はあるけど、触ったそばから離れていく
──描かれている前後のストーリーや周辺の状況を想像できるのも、尾崎さんの歌詞の特徴だと思います。俯瞰しているというか、歌の中に尾崎さん自身が存在していない印象もあって。
尾崎:そうかもしれないですね。実際、自分の主観で書くことは少ないんですよ。あえて「主観で書いてみよう」と思うことはたまにあるけれど、その時も一旦書いたものを俯瞰で見るようにしているので、完全に入り込んでるわけではないんです。基本的にすごく冷めた視点があって、それも昔からのクセというか、子どもの頃からそういうところがあるんです(笑)。
──主観で書くことが少ないというのは、ロックバンドの作詞家としはかなり稀なケースだと思います。
尾崎:主観で書いてしまえば早いし、勢いも出ると思うんですけど、(歌詞に対して)一回しか向き合っていない気がして。歌詞と自分を何度も行き来しながら書くことによって、その途中で他のところが見えてくるんです。それを見て見ぬふりしたまま仕上げるわけにはいかないので、俯瞰で見ることが必要になってきます。
──なるほど。「しょうもな」には、言葉に対して“ほんとはしょうもないただの音で”というフレーズもあります。こういう感覚、本当にあるんですか?
尾崎:ありますね。言葉を意識すればするほど、「ただの音の羅列だ」と思うし、そこに気持ちを乗せたり、感情が上下すること自体がバカらしくなることもあります。今は、それくらいの距離感がちょうどいいと思っているんですよ。表現にはすごくこだわっているけれど、いっぽうで信頼しすぎないことも大事で。
いつも「この言葉じゃないな」という感じがあるんですよね、どんな歌詞にも。(表現したいことに)“触れられた”という瞬間はあるけれど、触ったそばから離れていく。ずっと捕まえられないからこそ、書き続けられるんだろうなとも思います。一瞬ちょっとだけ手が届いて、またすぐに離れていく。
言葉はそういうものだと思うし、そこに救われていますね。言葉のソーシャルディスタンスというか(笑)、「サイズが合わない」くらいがちょうどいいです。
■「降ってくんな!」と思いますね(笑)。俺が書くんだよって
──厄介ですね、言葉って(笑)。
尾崎:失言して炎上、ということも多いですからね。そういう状況を見ても、言葉との距離は大事だなと思います。心ない言葉に傷ついたり、ずっと消えないトラウマになることもある。
──SNSにおける言葉の暴力、本当に深刻ですよね。
尾崎:そうですね。言葉で人を傷つける人間に対して「やめろ」と声を上げることも必要だけれど、ひどい言葉が自分に降りかかってきた時に「だけど、ただの言葉だしな」と捉えて言葉を分解することができれば、ダメージを減らせるんじゃないかと思います。そういう自分を作っていくことにも意味があると信じたいです。
──ちなみに尾崎さん、日常生活で「これは歌詞になりそうだな」とメモすることはありますか?
尾崎:ないですね。小説のためにメモをすることはあるけれど、歌詞はすべて、メロディやアレンジがある程度決まってから書いています。締め切り前に「やばい、間に合わない」という焦りを利用しているところもありますね。日常で起きたことは、プロモーションやMC、ラジオには使えても、作品にはならないんですよ。もし実際に起きたことを歌詞にするとしても、だいぶ時間が経って、自分の中で噛み砕かないと表現できない。
特定の誰かに向けて書いたこともほとんどないし、とにかく時間がかかりますね。よく「歌詞が降ってきた」と言うじゃないですか。そんなフワッとした言葉は使わないし、「降ってくんな!」と思いますね(笑)。俺が書くんだよって。
──すごい。あくまでも書き手は自分であって、何となく浮かんだ言葉には頼らないと。
尾崎:はい。メロディには降ってきてほしいですけど(笑)。
■クリープハイプを好きな人にやってもらいたかった
──歌詞集『私語と』と同じ日に、「ex ダーリン」のリアレンジ、新録バージョンが配信リリースされました。
尾崎:元々、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』のボーナストラックだったんですよ。初めてバンドで録って、自分としても思い入れがある曲なので、このタイミングでリリースできて良かったです。
──思い入れというと?
尾崎:この曲を書いた頃は今とメンバーも違っていて、バンドに対する不信感があって。自分が曲を作って、真ん中に立っているのにどこか疎外感があった。そういう時期に「バンドとは別に、ひとりでもやれる曲を作ってみよう」と思い、まとめて何曲か作ったうちのひとつなんです。
──元々のバージョンも、尾崎さんの弾き語りですからね。
尾崎:そうですね。メジャーデビューをしてからもライブではやっていたんですけど、なかなかバンドでアレンジをすることができなくて。今回、改めてこの曲をレコーディングすることになって、ヨルシカのn-bunaくんにお願いをしました。アレンジだけでなく、レコーディングやミックスにも立ち会ってもらえていろいろと勉強になりました。
■仕事なんだけど、自分の言葉、私語でもある
──メジャーデビュー10周年に対しては、どんな思いがありますか?
尾崎:うれしいですね。バンドを組んで、メジャーデビューするまでに10年かかってるんですよ。今のメンバーになって3年後くらいにデビューしたんですけど、個人的には、メジャーデビューまでに費やしたのと同じ期間メジャーでやれたのはひとつの節目だと思っています。
──歌詞集のタイトル“私語と”は、“私語”と“仕事”の意味が合わさっていますが、歌詞を書くことは仕事でもありますか?
尾崎:もちろん仕事だけれど、自分の言葉、私語でもある。恵まれていますよね、それは。書くことはすごく自由だし、これからもそうでありたいですね。
──コンプライアンスなどは気にしてない?
尾崎:「愛す」(読み:ぶす)に対してはいろんなことを言われたりしましたけど。ただ、100%自分の言葉ではないという矛盾もあるんですよ。結局は組み合わせなんです。
メロディもそうで、決まっている音を組み合わせたり、動かしたりしながら作っている。だからこそ、言葉やメロディを信用しすぎないようにしています。この1年くらいで、そういう疑いを持てるようになったんです。言葉はそんなにたいそうなものではないし、弱いものでもない。だからこそ本気で取り組めるんでしょうね。
衣装協力:Lemontea / Pigsty渋谷神宮前店 / CANNONBALL
リリース情報
2022.04.18 ON SALE
DIGITAL SINGLE「ex ダーリン」
2022.04.18 ON SALE
DIGITAL SINGLE「ex ダーリン 弾き語り」
2022.04.18 ON SALE
歌詞集『私語と』
ライブ情報
全国ホールツアー2022「今夜は月が綺麗だよ」
04/20(水)京都・ロームシアター京都
04/24(日)静岡・富士市文化センター ロゼシアター
04/28(木)東京・東京ガーデンシアター
04/30(土)福岡・北九州ソレイユホール
05/01(日)岡山・岡山市民会館
05/08(日)栃木・栃木県総合文化センター
05/13(金)愛知・名古屋日本特殊陶業市民会館フォレストホール
05/17(火)東京・中野サンプラザホール
05/18(水)東京・中野サンプラザホール
05/20(金)宮城・東京エレクトロンホール宮城
05/22(日)北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)
05/25(水)大阪・フェスティバルホール
05/26(木)大阪・フェスティバルホール
プロフィール
■尾崎世界観
オザキセカイカン/1984年11月9日、東京都生まれ。2001年結成のロックバンド・クリープハイプのボーカル、ギター。2012年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。2021年12月には約3年3ヵ月ぶりとなるニューアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』をリリース。音楽活動の他にも、2016年に初小説『祐介』(文藝春秋)を書き下ろしで刊行。2021年1月に単行本が発売された小説『母影』が第164回芥川賞の候補作に選出。今年4月、初歌詞集『私語と』を発売した。
クリープハイプ OFFICIAL SITE
https://www.creephyp.com/