星野源から2022年最初の楽曲「喜劇」が届けられた。
TVアニメ『SPY×FAMILY』(読み:スパイファミリー)エンディング主題歌としても話題を集めている同曲は、“家族”をテーマにしたミディアムチューン。
“いつの日も/君となら喜劇よ”“笑い転げた先に/ふざけた生活はつづくさ”など、心を豊かに、温かくしてくれるフレーズが響く、美しさと力強さを兼ね備えた名曲だ。
現行のブラックミュージックを独創的にアップデートさせたサウンドメイク、ファルセットを活かしたボーカルなど、音楽的な興味も尽きない「喜劇」の制作プロセスについて、星野自身に語ってもらった。
INTERVIEW & TEXT BY 森 朋之
■悲劇性を孕んだ喜劇というのが好き
──新曲「喜劇」はTVアニメ『SPY×FAMILY』エンディング主題歌ですが、楽曲の制作はオファーを受けてからですか?
星野源:そうですね。お話を結構前にいただいたんですが、原作は好きで読んでいたので、さらに読み込みつつ作曲を始めました。
まず、原作がすごく面白いですよね。扱っている題材や時代背景はシリアスなのに、コメディ。ギャグの隙間にシリアスな背景が垣間見えたり、登場人物たちがこれまで生きてきた中で“いかに絶望を味わったか”みたいなセリフがカラッと出てくることがあって。
ただただ明るい話ではなくて、悲劇性を孕んだ喜劇というのが好きですね。
──“悲劇性を孕んだ喜劇”は、楽曲「喜劇」にも繋がっていますね。楽曲配信時、星野さんは「“家族”という言葉の意味を想いながら制作しました」とコメントしています。
星野:はい。家族をテーマにした曲として「Family Song」(2017年8月16日発売の10thシングル)があるので、それと同じような歌にしちゃいけないと考えていたのですが、『SPY×FAMILY』で描かれている家族の在り方がこれまでの日本の家族像とは違うので、僕はそこがすごく好きなんです。
それは自分の考えにとても近くて。「Family Song」にもその要素は入っているんですが、よりはっきり歌にできるなと思いました。自分が思う“家族”ってなんだろう? という思いで制作していました。
■今一度、“家族”という概念を捉え直す
──家族は素晴らしいものでもあると同時に怖いものでもありますし、時代によって捉え方も変化し続けています。星野さんにとっても“家族”というのは、創作のテーマになりうるものなんですね。
星野:そうですね。家族をテーマにした映画作品も多いですよね。僕は『デッドプール2 』の家族像がすごく好きで。“Fワード”の仕掛けには笑うと同時に感動しました。家族の在り方って時代とともに変わっていくので、作品の題材にもなりやすいんだと思います。
──そして、「喜劇」のメロディ、サウンドメイクもしっかりと練られていますが、かなり時間がかかっているのでは?
星野:結果的に3~4ヵ月くらいかかってますね。アニメのエンディングで流れるのは1番部分なんですが、エンディング映像の制作もあるので早めにアニメ側に提出するんです。
そこは先に出来ていて、その後はドラマの撮影などもあったので時間をかけながらサウンドとメロディの微調整をずっとやってました。
2番以降の歌詞は(サウンドメイク、アレンジなどが)全部出来てから書いたんですけど、2日くらいで作りました。
──コード進行、音像も面白いですよね。どんなイメージで制作したのですか?
星野:完成した曲のまんまがずっとイメージにありました。キックとスネアが強く効いていて、ローズピアノ、エレピ、ベースがビートのうしろにあって。ローズにモジュレーション強めにかかっているイメージもありましたね。
■「良い曲っすね」と楽しんでくれることがすごく大事
──今作も星野さんが作詞作曲、編曲もやられていて、mabanuaさんが共同編曲として参加しています。mabanuaさんは「創造」「Cube」などにも参加し、今や星野さんの音楽制作に欠かせないミュージシャンのひとりですが、彼と一緒に作ることの面白さはどんなところにありますか?
星野:そうですね…さっき「コード進行が面白い」っておっしゃってくれたのがすごくうれしくて。ただ、作ってる最中はコード名や音楽理論はまったく意識してなくて、響きを重ねながら耳だけで判断してるんですよ。
なので、「転調しててすごいね」と言われてもどうでもいいんです。「喜劇」でいうと、最後のサビの転調は意図的にやってますけど、その他の部分は意図していない。それを後からコード譜に起こすんですけど、とんでもないことになってるんですよ(笑)。
──かなり複雑になっていそうですね(笑)。
星野:テンションコードや分数コードも多いですからね。mabanuaくんはそれを見ても「難しいですね」とは言わず、「良い曲っすね」と楽しんでくれる。それがすごく大事なんですよね、僕にとっては。
──なるほど。「喜劇」のボーカルはファルセットが多めに感じましたが、これは何か理由があるんですか?
星野:曲を作っていったらこうなった…というのが答えです。大サビっていわれる“仕事明けに/歩む共に”のパートはずっとファルセットなんですよ。
Aメロ、Bメロあたりや“手を繋ぎ帰ろうか”という歌詞もそうですけど、夕暮れっぽいイメージがあって。
大サビの部分は深夜から朝焼けの情景が浮かんでいたので、それに合うような表現になったのかなと。
──楽曲の情景を表現するためにファルセットがいちばん合っていたと。
星野:そうですね。僕は地声の音域が狭いので、地声とファルセットの二層にすることが多いんです。
その方法は『YELLOW DANCER』(2015年2月2日発売の4thアルバム)の頃からやってるので、もう7年くらいになりますね。
ファルセットを出すのがどんどん楽しくなっていますし、最近は上の音域が広がってきました。地声の音域は変わらずで、ファルセットの音域だけ広がっているのも不思議な話ではありますが(笑)。
■頑張ってダメなら、自分で(所属できる場所を)作るか
──(笑)。ただ、そのぶんボーカルの表現も広がってますよね。“私の居場所は作るものだった”というフレーズも印象的でした。これは星野さん自身の歩みとも重なっているのかなと。
星野:その歌詞の部分はまず、『SPY×FAMILY』のフォージャー家(主軸となる家族)のみんなのことを思って書いていて。
お互いの目的のために集まった“偽装家族”ではあるんだけど、そのなかに自分の居場所だったり、安心できる場所を見つけて、それを大事にしたいと思う。
居場所がなかった人たち、ひとりで生きるしかなかった人たちが、自分の好きな場所を維持していこうとする物語でもありますよね。
──そうですね。
星野:それと同時に、この社会には“どこかに所属しなきゃいけない”ということがすごく多いと思うんですね。
学校やクラスもそうだし、働く場所もそうですけど、何かのコミュニティやグループに入っていかなきゃいけない。でも、そこからあぶれてしまう人もいて、僕はそのタイプでした。
「どこに行っても入れてもらえないぞ。これはどうしたらいいんだ?」と思っていたし、どこかに所属できない人は落ちこぼれだって言われてるような感覚もあり、そのことに自分自身だんだん疲れていったんです。
でも、ある時「頑張ってダメなら、自分で(所属できる場所を)作るか」と発想を変えてから、一気に上手くいくようになった。バンドを作ったこともそうだし、自分で企画を考えて、それを進めていくことで自分の居場所ができた。
オファーを待つだけではなくて、自分でオファーを作る。“自分で何かをやる場所を作る”ということを繰り返すのが僕の仕事のやり方なんです。
──そのスタンスが『SPY×FAMILY』と繋がったと?
星野:フォージャー家の描かれ方や登場人物たちの思いが、僕自身の想いと重なる部分が色濃かったので。もちろん性質は違うんだけど、同じ言葉で歌にすることができる。
「創造」(「スーパーマリオブラザーズ35周年」テーマソング)からそうなんですけど、タイアップ先を表現する言葉を使いながら、同時に、自分の体験を詞にするわけじゃないのに、“どうしようもなく自分の歌である”という作り方ができているのかな、と思いますね。
リリース情報
2022.04.08 ON SALE
SINGLE「喜劇」
プロフィール
ホシノゲン/1981年、埼玉県生まれ。音楽家・俳優・文筆家。2010年に1stアルバム『ばかのうた』にてソロデビュー。
星野源 OFFICIAL SITE
https://www.hoshinogen.com/