悲しみ、切なさ、後悔、儚さ──。
決して前向きとはいえない感情を、まっすぐに見つめて肯定するリリックの力。感情の起伏を繊細な震えで表現する、心を揺さぶるボーカルの力。アンビエントな質感からラウドロックの激しさまで、豊かに再現するプレイヤーの力。
三位一体のパワーを持つバンド、あたらよの1stフルアルバム『極夜において月は語らず』が良い。YouTubeでの超ヒットチューン「10月無口な君を忘れる」をはじめ、一度聴いたら忘れないインパクト大のエモーショナルな楽曲がずらり並ぶ。あたらよは何者で、どこへ行くのか?
INTERVIEW & TEXT BY 宮本英夫
PHOTO BY 橋本憲和
■聴いてすぐ電話するほどの衝撃を受けた「10月無口な君を忘れる」
──『THE FIRST TIMES』初登場ということで、基本の質問からしますね。あたらよはどんなふうに生まれたバンドなのか。
ひとみ:結成のきっかけは、私が前に組んでいたバンドを辞めて、シンガーソングライターとして活動しようと思っていた時に、初めてひとりで歌うために作った「10月無口な君を忘れる」という楽曲です。
それをSNSに乗せてみたら、まーしーとたなぱいがいきなり電話をかけてきて、「いついつにスタジオに入るからよろしく!」と言われ、ほぼ拒否権もないままスタジオに入ったんです(笑)。
本当はひとりでやろうと思っていたんですけど、スタジオでそれぞれが考えてきてくれたアレンジを聴いた時に「この人たちとだったら、自分の曲を自分と同じように大事にしてくれるな」と思い、3人でバンドを組みました。
で、その後に「ベースどうする?」となった時に、ふたりが「たけおちゃんが良い!」とおすすめしてくれて、たけおちゃんを誘って。元々は4人とも同じ東京の音楽専門学校の同級生なので、お互いのスタイルはだいたい知ったうえでのお誘いでした。
──声をかけた側の証言としては、SNSで見た瞬間にピンときたと。
まーしー:そうです。たなぱいとふたりで飲み屋にいた時に曲を知ったんですけど、「これヤバいね」ってなって、すぐにお会計して(笑)。お店を出た瞬間、電話をかけました。
──何にピンと来たんだろう? 声、歌詞、曲…。
まーしー:何て言えばいいんだろう? 電流が走るみたいな感じで、この人の隣でギターを弾くのが見えて、頭の中で全部できちゃった。言葉にはできない感情が溢れてきましたね。
たなぱい:自分はどちらかというと、歌詞ですね。悲しさの熱量がすごい曲だなと思って。それをアコギ一本で表現していたので「バンドでやったらもっと強く歌えるんじゃないか」と思いました。
──時間はちょっと後になるけど、たけおくんが入る時のバンドの第一印象は?
たけお:誘われた時に、弾き語りの「10月無口な君を忘れる」を聴いたんですけど、「うわ、すげぇ」という感じ。すごく素敵だと思いました。まーしーと同じように、電流が走る感じでした。
■CDに収録されるため、一度のチャンスにかけたオーディション
──そうやって4人が揃ったのが…。
ひとみ:2019年の夏なので、もうちょっとで3年になります。私たちの通っていた専門学校では学内オーディションがあって、そこで賞を取ると、学内で最後に作るCDに曲を入れてもらえるんです。
せっかくだから賞を取りたいけど、バンドを組んだのが最後の学年の夏だったので、チャンスが一回しかなくて。そのオーディションに向けて、「10月無口な君を忘れる」をいかに仕上げるか? ということだけを考えてました。
──結果は?
ひとみ:賞を取ることができました。“あたらよ”ではなく、“ひとみバンド”という名前で載ってます(笑)。
まーしー:ただ、賞を取った後、バンドは一旦止まっちゃった。
ひとみ:みんな卒業して。私は就職したんですけど、職場が神奈川の小田原で仕事が忙しいのもあって東京に帰るのもたまにだったし、スタジオに入るのも2カ月に一回ぐらい。卒業して約一年間ぐらいは、やってるんだかやってないんだかわからない、虫の息のバンドでした。
■グループLINEに届いた「MV撮りたい」であたらよが動き出す
──それがどんなきっかけで再始動したんだろう。
まーしー:ひとみから突然「MV撮りたい」ってグループLINEに届いたところから始まりました。
ひとみ:メンバーのみんなが私の歌を聴いてビビッときてくれたのと同じ感覚なんですけど、夜中にひとりでSNSを見ていたら、私が好きなビデオグラファーさんが映像を上げていたんですよ。それを観た時に「この人に『10月無口な君を忘れる』のMVを撮ってもらったらめっちゃ良くなりそう!」ってピンときて。
それまではバンドよりも仕事に気持ちが向いていたんですけど、その瞬間に「今作っておかないと絶対後悔する」と思って、何の前触れもなくグループLINEで「MV作りたい」って言いました。
たなぱい:突然だったからびっくりしたけど、俺らもやりたいと思ったから。
ひとみ:それで、サカグチヤマトさんという方なんですけど、いきなり連絡して。私たちは無名だし、撮ってもらえるかな? という不安はありましたが、楽曲を聴いて「自分の作りたい作品とリンクする楽曲だからやってみたい」というお返事をいただけて。そこから話が進んでいきましたね。
──それが現時点でYouTubeでの再生数が3200万を突破している「10月無口な君を忘れる」のMV。今、15分間話を聞いただけで、いくつもの運命の分かれ道を超えて、今があるなぁと思いますね。「もしもSNSを見ていなかったら」「もしも賞を取っていなかったら」「もしもMVを撮っていなかったら」とか。
まーしー:たしかに! 奇跡が起こりすぎてますね(笑)。
■聴いて「うわっ」と思ってくれればいい。さらけ出す本心
──奇跡のバンドと呼びましょう。その運命の一曲、「10月無口な君を忘れる」は、どんなふうにできた曲?
ひとみ:私は衝動的に曲を作るタイプなんですけど、この時もそうで。「なんか出てきた!」ってなって、ギターを持って、いつも曲を作っている部屋のソファーに座って無心で弾きながら作りました。
私、詞とメロディが同時に出てくるんですよ。コードを鳴らして、フリースタイルのラップみたいな感じ?
たなぱい:ソファーに座ってフリースタイル(笑)。想像するとちょっと面白いね。
ひとみ:(笑)。それをスマホのボイスレコーダーで録って、後で編集するんですけど。「10月無口な君を忘れる」に関しては気持ちが溢れすぎて、30分ぐらいで出来ましたね。冒頭のセリフは本当はもっと長かったんですよ。
──恋愛の、別れの切なさと痛さを躊躇なくぶちまける歌詞。何がひとみさんに、このエモーショナルな名曲を生み出させのか。
ひとみ:それまで、スリーピースのピアノのバンドを組んでいたんですけど、歌詞は本当に当たりさわりのないもので、自分の心情を表に出すような曲を書いてこなかったんですけど、ちょうど個人的に悲しいことがあって…曲にしてやれ! と。
何なら、私はこういう気持ちなんだぞ! というのを、相手に届けるためだけに自己満足な感じで作ったんですね。
誰かに聴かせたいわけじゃなく、そいつが聴いて「うわっ」と思えばいいやみたいな。初めて自分の中の本心を出した曲。ここから曲の作り方が大きく変わりました。
■自分の思想が作品として残る喜び、生きる意味
──本心をさらけ出したからこそ、たくさんの人に届いたんだろうなと思います。その「10月無口な君を忘れる」も入った1stフルアルバム『極夜において月は語らず』。完成した手応えは?
ひとみ:例えば、ストリングスの曲があったり、ピアノのアレンジがあったり、「こういう曲もあたらよは作れるんだ」と。あたらよの固定概念を覆すアルバムだと思います。
まーしー:自分たちのやりたいもの、得意なもの、とにかく盛りだくさんで楽しめるアルバムになりました。
たけお:すごく良い仕上がりになったと思います。
たなぱい:曲はポップなのに、よく聴くとめちゃくちゃ悲しんでいるとか、それがあたらよらしさになっている。
めちゃくちゃロックな感じも出しつつ、めちゃくちゃ切なさも感じるので、あたらよの振り幅が広がったことをみんなに知ってもらえるんじゃないかなと思います。全部、悲しいんですよ。すごいですよね。
ひとみ:ふふふ。
たなぱい:これだけいろんなことをやってるのに、全部悲しい。心に刺さるものが全部にある。
──そこ、すごく大事な要素だと思っていて。人には喜怒哀楽がある中で、あえて悲しみ、切なさを曲のテーマに選ぶ理由は?
ひとみ:そうなってしまう、に近いと思います。幸せ、ハッピー! みたいな曲を書けなくて、頑張って書いても、頑張って書いたんだろうなという感じになってしまう(笑)。無理して苦手なことをやるより、得意なジャンルで勝負するのは悪いことじゃないし、その結果、悲しみが集まっちゃったという感じです。
──それは書き手として、曲にして吐き出すことですっきりして次に向かう“浄化作用”のようなものがあるから?
ひとみ:自分の思いを吐き出すということでは、すっきりする部分は少なからずあります。でも、それよりも作品が残るのがうれしくて。私の思想が反映されたものが世に残って、形になるわけじゃないですか。「あたらよのひとみさんは、こういうことを考えてるんだ」というものが、作品として残ることにテンションが上がるというか、生きてる意味があるなと。
自分がその場にいなくても残り続けるものを残したくて、音楽を作ってます。自己満足かもしれませんが…。
■楽器隊が楽しく盛り上がってる間、私は孤独に戦っている
──いや、それはただの自己満足ではないと思いますよ。ひとみさんの歌詞につねに流れている悲しみ、別れ、もっと言うと死の影みたいなものが、作り手の動機の中にちゃんと入っていることが反響を呼んでいるんだと思います。あえて聞きますけど、それぞれアルバムのお気に入り曲は?
まーしー:うわー、どれだろう。「差異」かな。ロックっぽくてカッコ良いという、ただの好みです。好きな曲が多すぎて、選べないです。
たけお:好きな曲は「悲しいラブソング」。歌詞がすごく好きで、レコーディングの時も感情がこもっているんですよ。正直、うるっとしてしまった時がありました。
たなぱい:僕は「交差点」ですね。本当に切ないんですよ。でも曲調はめちゃくちゃポップで、楽器陣は盛り上がるんですけど、歌ってる人は切なさを強く歌っている、それがいちばん表れた曲なのでお気に入りです。楽しさの内側に秘めた切なさという、ギャップに萌えます。
ひとみ:そこが良いよね。楽器隊が楽しく盛り上がってる間、私は孤独に戦っている(笑)。その感じ、嫌いじゃない。
──そこ、あたらよの萌えポイントじゃないですか。
たなぱい:ひとみのお気に入りは? 俺が個人的に聞きたい。
ひとみ:私は「52」かな。アルバムを作るにあたって、どういうアルバムにしたいのか、自分の中で葛藤があって悩んでいた時に、周りの人は「きっとできるよ」と言うんですけど、自分の感情がわかんなくなる瞬間があって。
それを一番の歌詞にそのまま出しつつ、その時読んでいた町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』という本と、自分の感情がリンクしてふたつを混ぜ合わせて書いた曲です。自分の本当の葛藤がここに詰まっているので、アルバムが完成できたのもここでちゃんと悩んだからだなって。
──“それでいいんだ”という、すべてを肯定する言葉が歌詞の最後にあるのがとても印象的で。
ひとみ:その物語も幸せな終わり方をするんですけど、それプラス、私の中で「自分の好きな曲をやればいいんだ」ということなんですよ。
周りの誰かが何を言っても、せめて自分だけでも良いと思ってあげないと、曲がかわいそうだから。「自分が自分を愛してやろうぜ」みたいな気持ちがあります。
■ひとみが現段階で描く、あたらよの未来
──アルバムを象徴する、すごくいいメッセージだと思います。最後に、ひとみさん、このバンドにどんな未来を描いていますか。
ひとみ:なぜかわからないですけど、私は東京ドームが大好きなので、いつかそこでライブができるような大きいバンドになりたいです。
──そのためには何が必要だろう。
ひとみ:そのためには…「52」の話にも通じますけど、たぶんこれから活動していく中で、こうしたら売れるとか、いろいろ言われると思うんですね。それも大切なんですけど、そこで自分を見失わないように。
私たちには「10月無口な君を忘れる」が作れたわけだから。自分たちの純粋な気持ちだけで、あれだけ世に広まることができたから、これからも自分たちをちゃんと信じて、やっていけたらいいなと思っています。
リリース情報
2022.03.23 ON SALE
ALBUM『極夜において月は語らず』
ライブ情報
あたらよ 1st Tour「極夜において月は語らず」
05/05(木・祝)東京・WWWX
05/21(土)大阪・シャングリラ
05/22(日)愛知・SPADE BOX
プロフィール
ひとみ(Vo、Gu)、まーしー(Gu)、たけお(Ba)、たなぱい(Dr)からなる、東京を中心に活動中の 4ピースバンド。“悲しみをたべて育つバンド”。 “明けるのが惜しいほど美しい夜”という意味の可惜夜(あたらよ)に由来。2020年11月、YouTubeへの楽曲投稿から始動。初のオリジナル曲「10月無口な君を忘れる」では切なくエモーショナルな歌声と、都会的な空気感、共感を呼ぶ切ない歌詞の世界観が話題となる。
あたらよ OFFICIAL SITE
https://atarayo-band.jp/