メジャーデビューから5周年を迎えた昨年、初のベスト盤となる『2016-2020』をリリースし、アーティストとしてのあらたな段階に登ったiri。
ニューアルバム『neon』は、“今、そのままのiri”をドキュメントした作品だろう。ダンサブルな「渦(neon)」や「摩天楼」、メロウなラブソング「darling」といった、iriのシグネチャーとも言える作風を湛えた楽曲はもちろん、重層的なサウンドとドラマチックな展開が印象的な「baton」、複雑なビートパターンとポップセンスを組み合わせ昇華させた「目覚め」など、彼女が現在向いている方向性の豊かさを、どの楽曲からも感じられる。
初回限定盤に同梱される、裏ベストとも言える自選集「iri’s other select “2016-2020”」も含めて、現在のiriの到達地点が通底する一作だ。
INTERVIEW & TEXT BY 高木“JET”晋一郎
PHOTO BY キセキミチコ
HAIR & MAKE UP BY フジワラミホコ(LUCL HAIR)
STYLING BY 服部昌孝
■もっと自分のシンプルな部分を知ってもらいたい
──まずは、ベストアルバム『2016-2020』をリリースしての手ごたえを教えてください。
iri:性別や年齢を問わず、たくさんのリスナーの方が私の音楽を聴いて、ライブに足を運んでくれて、そしてスタッフのみんなに支えてもらって、メジャーデビューから5周年というひとつの節目を迎えることができたと思います。
それを踏まえてベストアルバムの選曲や、アニバーサリーライブ『iri 5th Anniversary Live “2016-2021”』の構成を考えたんですが、こういった“アニバーサリー”は初めての体験だったので、すごく特別な思いが生まれましたね。
──この5年でリスナーの幅がすごく広がった印象があります。
iri:そうですね。それは自分でも感じています。
──そのなかで創作に関しての変化はありましたか?
iri:デビューしてから2~3年目ぐらいは、リスナーの反応やレスポンスをいちばん意識していたと思いますね。
だけど、今は自分の作品や音楽を理解してくれる人、ついて来てくれる人がちゃんといるってことがわかるようになったので、自分の音楽でみんなに喜んでもらいたいという気持ちはもちろんありつつ、同時にもっと自分のシンプルな部分を知ってもらいたい、自分の今まで出してない側面を感じてほしいって気持ちが強くなって。
だから、自分の持っているカラーを前に出した、より自分らしい作品やまだ外に見せていない自分の中にあるものを表現したいと思うようになってます。
■ひとつのイメージだけで終わらない、生身のiriを感じる一作を
──それは『neon』を聴いて感じました。原点回帰とは違うんだけど、iriというアーティストの持ち味をすごくシンプルに形にした作品だと感じたし、外連味や過剰なサービス精神よりも、自分と向き合って、自分が今現在見ている景色や打ち出したい音色をスマートに表現していると思いました。
iri:今回は“好きなように”というか、自分の気分やモード、感覚をそのまま出したいと思ったんですよね。これは決して悪い意味で捉えてほしくはないんですけど、あまりリスナーだったり、受け取り側を過剰に意識して作った作品ではないと思います。
──“パブリックイメージとしてのiriの作品”におもねることはしなかったというか。
iri:そうですね。自分の作品だと「会いたいわ」や「Wonderland」のようなラブソングだったり、サウンド感としてチルい、エモーショナルな音楽って印象を強く持たれているかと思うんですね。そのイメージが悪いわけではないんですけど、だけどその一面だけじゃない、そういう印象とはまた違う部分も見せたいなって。
■『neon』は一枚を通して聴いた時のバランスをすごく意識した
──本作では、サウンドプロデューサーにYaffleさんやmabanua.さん、ESME MORIさんなど、これまでもタッグを組んできたアーティストが顔を揃えていますね。その意味では、自分の目指す方向をゼロから説明しなくても理解してくれる人、着地点の共有がスムーズな人が中心になっているかと思いますが、その部分はいかがでしょうか?
iri:今回は楽曲が完成する前から、自分の中でも楽曲に対するビジョンだったり決着点が見えていたので、この人と一緒に作ればその着地点にスムーズに到達できるなっていう人と一緒に作った感じはありますね。そのうえで、『neon』は一枚を通して聴いた時のバランスをすごく意識しました。
今までのアルバムはいろんな思いや方向性を一気に込めた、情報量の多い作品でしたが、今回はもっと削ぎ落として、サラッと何度でも聴き返せる作品にしたくて。それもあって、サウンド的にもシンプルにしたり、歌詞の部分でも、iriは今こういうことを思ってるんだな、こう感じてるんだな、こういう思いを共有したいんだな…ってことを感じ取ってもらえる内容にしました。ボーカルもあまりきれいに仕上げてないんですよね。
■ニュアンスや“ブレ”を味として成立させる
──ボーカルの音質に作用するような、凸凹のない、ツルッとさせるようなエフェクトはかけていませんね。
iri:今までよりももっと生々しいボーカルになってると思います。裸のまま、そのままどうぞっていう感じのことをしたかったので。
──そう意識した理由は?
iri:今までの音源を改めて聴いた時に、私の声ってこんなに艷やかだったっけ? キラキラしてたっけ? って感じたんですよね。
本来の私の声はもっとドライだし、もっとガサガサしてる。それをきれいに整えるんじゃなくて、そのまま使ったほうが…単純に面白いかなとも思ったんですよね(笑)。
それに“楽曲の後先”を考えるというか、曲はこの先に残っていくものだからこそ、レコーディング時に生まれたニュアンスや“ブレ”を整頓しないで、それもそれで味として成立させたかったんです。
──“その時のiriさんの状態”がパックされてるという意味でも、ドキュメントのような作品だと思いました。
iri:意図はせずともそうなったのかなって。
■自由に“そのまま”を出したから、受け取り方も自由でいい
──歌詞もあまりわかりやすく整理整頓はされていない部分はあるし、それも作品が持つ生々しさにも通じているのかなって。
iri:基本的に感情の波があるアルバムだと思いますね。自分でもあっちこっちに意識が向いてるなって思うし…説明しづらい作品ですね(笑)。
──リスナーとしても本当に状況やマインドセット、極端に言えば天気によっても聴き方や好きな曲が変わるような作品だと思いました。
iri:それでいいと思うし、そういう感想はうれしいです。
──だから、インタビュアーとしては「これはこうですよね」「ここはこうですか?」って明確な質問がしにくいとも思って(笑)。
iri:間違いないと思います。私自身、聴く時間帯やタイミングで印象が全然違うので。「はずでした」は明るい時間に聴くもんじゃないな、とか(笑)。
■ストーリー性のある曲順=メンタルが作品に影響しやすい結果
──その表現もどうなんでしょう(笑)。そのアルバムのオープニングとなる「はずでした」は、リリックだけではなく、音の断ち切り方や、ボイスエフェクトも含めて、すごく不安に駆られるような音像と内容ですね。
iri:表現が難しいんですけど…コロナ禍で自分と向き合ってたら、なんかマインドが迷走してしまって。
ある種の放心状態だったと思うんですけど、そこに取り込まれずにそこからちゃんと帰ってきて、自分の意識ははっきりしてきた…けど、なかなかそこから立ち上がれないっていうイメージがあの曲ですね。流れとしては、続く「渦(neon)」で宇宙に行って、「泡」は現実に戻ってくるんだけど、なんだかフワフワしてて、心許ないけど、それでもなんとか立ち上がろうとしてる状態を表しています。
そして、「摩天楼」でそれまでのことが現実なのか妄想なのか…っていう。5曲目の「目覚め」からスパッと現実に戻るような流れにしているんですけど、1~4曲目はそういったイメージがありました。
──心の移り変わり、バイオリズムの変化が楽曲の連綿として現れているという。
iri:そうですね。自分はわりとメンタルが作品に影響しやすいと思いますね。
──その1~4曲目は、サウンドに関してはYaffleさんとの共作になりますね。
iri:すでにリリースした「はじまりの日」「言えない」、それから「渦(neon)」が入ることが決まっていたので、その中で「渦(neon)」を軸にしたパートは、「渦(neon)」の前後のストーリーや、この曲を書く前と書いた後の心境、自分の状態を4曲で繋ごうと思ったんですね。そのイメージやテンション、気持ちの在り方はYaffleくんにも伝えて共有していたし、スタジオでセッションする中で、イメージと歌詞、メロディとサウンドを擦り合わせました。
■「雨の歌ってないよね」から作ってみる
──そういったひとつのストーリーで貫かれたパートが、ドリーミーな「泡」から、ディスコハウス的な「摩天楼」に展開して閉じられるのは面白いですね。
iri:「泡」と「摩天楼」は、歌詞の内容としてはそんなに繋がっていないんですけど、サウンドや気持ち的な面で並びを考えた時に、ちょっとゆったりした感じのサウンドから、ソリッドな曲に繋げることで、あらたな一面を見せることができたらなって。
──以降は三浦淳悟 (PETROLZ)さんや、Kan Sanoさん、ShinSakiuraさん、%Cさんなどがプロデュースに参加されますが、TAARさんが参加した「雨の匂い」は、100人聴いたら100人とも違う感想を持つような曲だと感じました。誰もが知ってることなんだけど、誰もがそこに対する思いは違うし、歌詞の解釈も変わってくるだろうなと。
iri:TAARくんと制作の連絡を取り合っていた時に雨が降ってたんですよ。で、「雨の歌ってないよね」から作ってみたっていう単純な感じです。私がギターのフレーズを弾いて、それをTAARくんがトラックとして構築して、出来上がりました。
──ESME MORIさんを迎えた「baton」は、入口はアコースティックなんだけど、どんどんサウンドとして重層化していって、リリックもそれに合わせて豊かになっていくという、ドラマチックな構成も印象に残りました。
iri:この曲は鍵盤で作ったんですよね。ピアノは弾けませんが、でも鍵盤を弾いて歌ったものをMORIくんに送って、さらにギリギリまで音を削って構築していって。もっとミニマムにって粘って作った曲です。
──「The game」は2パターンのサウンドが入れ子になったような構成と、リリックのライミングが特徴ですね。
iri:そこまでライミングを意識はしてないんです。まず“音楽を楽しみたい”っていう感情があるので、ただ歌って、ただ伝えるだけではなくて、自分としても歌ってて楽しくなったり、みんなが聴いててワクワクするような歌詞やサウンドを考えると、自然にライミングが歌詞に入ってきて。
──そこで言葉にグルーヴが生まれますからね。
iri:それはありますね。ノリを壊さずに、刺激があるフロウや歌詞の乗せ方をしたい。それはラップの部分だけじゃなくて、全体的に自分の歌詞では意識しています。聴いてノレるかノレないかは、客観的に考えていますね。
■アコースティックにリアレンジしてカッコ良くなる、その変化
──なるほど。5月・6月にはツアー『iri S/S Tour 2022 “neon”』がスタートします。
iri:今回はアルバムとしてシンプルな音像になったので、ライブではそれとは異なったアレンジをしたいな思ってて。今までは特にリリースライブだとアルバムの再現に囚われがちだったんですけど、今回はより自由に歌えるように、バンドもお客さんも一緒に楽しめるような、そういう空気感を出せればいいですね。
──4月27日にはアコースティックライブ『iri Presents “Acoustic ONEMAN SHOW”』が行われます。
iri:弾き語りの曲だけじゃなくて、アコースティックにリアレンジしてカッコ良くなる曲もいっぱいあるんで、その変化をみんなで楽しんでもらえればうれしいですね。いつものスタンディングで、私もステージで動いてっていうライブとは違って、ゆったり聴けるようなものになるかなと思います。
──今回のアルバム初回限定盤には自選のベスト集「iri’s other select “2016-2020”」もパッケージされますね。
iri:このサウンドは今でも聴きたくなるな、カップリングだけど面白いことができたなっていう曲だったり、自分のお気に入りの曲や思い出のある曲をセレクトした“裏ベスト”です。自分の中で手ごたえがある曲を中心にしたので、その部分も楽しんでほしいですね。
リリース情報
2022.02.23 ON SALE
ALBUM『neon』
ライブ情報
iri Presents “Acoustic ONEMAN SHOW”
04/27(水)東京・LINE CUBE SHIBUYA
iri S/S Tour 2022 “neon”
05/15(日)神奈川・KT Zepp YOKOHAMA
05/21(土)愛知・Zepp NAGOYA
05/22(日)大阪・Zepp OSAKA BAYSIDE
05/24(火)福岡・Zepp FUKUOKA
05/29(日)北海道・Zepp SAPPORO
06/04(土)宮城・仙台PIT
06/05(日)東京・Zepp HANEDA
06/11(土)沖縄・桜坂セントラル
プロフィール
イリ/神奈川県出身のシンガーソングライター。地元のJAZZ BARで弾き語りのライブ活動を始め、2014年ファッション誌『NYLON JAPAN』とSony Musicが開催したオーディションでグランプリを獲得。2016年、アルバム『Groove it』でメジャーデビュー。
iri OFFICIAL SITE
https://iriofficial.com/