斉藤壮馬がニューEP『my beautiful valentine』をリリースした。そこに収録されているのは、自身の嗜好を存分に反映し、文学的な世界を紡ぎ出した楽曲たち。昨年開催された初ツアーを共にまわったバンドメンバーをレコーディングに迎えたことで、これまで以上に多彩なグルーブが各楽曲には注ぎ込まれてもいる。斉藤自身は本作を「今まででいちばんダークな仕上がりになった」と語るが、聴き手はそこからどんな景色、どんな感情を受け取るだろうか?斉藤壮馬がストーリーテラーとして届ける、短編映画のような全6編。心行くまで堪能して欲しい。
INTERVIEW & TEXT BY もりひでゆき
PHOTO BY 大橋祐希
HAIR & MAKE UP:紀本静香
STYLING:本田雄己
■希望を未来に繋げることができたツアー
──昨年開催された『Live Tour 2021“We are in bloom!”』は斉藤さんにとって初のライブツアーになりました。少し前の話にはなってしまいますが、あらためて感想を聞かせていただけますか?
世界的に非常に困難な状況の中、なんとか開催できたことがまず何よりうれしかったですね。斉藤壮馬名義のツアーではありましたが、バンドメンバーやスタッフさん、そして聴いてくださる皆さまとひとつのチームになれたからこそ走り切ることができたんだと思います。状況的に唯一、中止になってしまった大坂には、いつか必ず行きたい気持ちも強くなっていて。そういう意味では、希望を未来に繋げることができたツアーになったような気もしますね。
──ライブに対しての向き合い方に何か変化はありましたか?
僕はもともと、趣味でバンドをやっていた10代の頃からライブに対してはあまり興味がなかったんですよ。声優としてキャラクターソングを歌わせていただき、その流れでライブに出演させていただく際にはもちろん全力を尽くしてパフォーマンスしていたのですが、いざ個人名義となると、そこまでライブというものに積極的にはなり切れていなかったというか。ただ、初めてのツアーを通してバンドメンバーと濃密な時間を共にできたことで、先ほどもお話したようにチームの良さをすごく感じることができたんですよね。それは学生時代に仲間とスタジオに入ってワイワイする楽しさをまた味わえた感覚。それによりチームで音楽を作る楽しさや、そこに存在する初期衝動みたいなものを改めて思い出すこともできた。それは自分にとって大きな変化だったと思いますね。
──今回リリースされたニューEP『my beautiful valentine』のレコーディングには、ツアーを共にまわったバンドメンバーが参加されています。それもツアーでの手ごたえが関係しているのでしょうか?
まさにそうですね。今回のEPは音楽的に今まででいちばん暗めなものにはなったのですが、そこにバンドのとしてのグルーブ感をしっかり盛り込みたいと思っていたんですよ。なのでツアーでお世話になったメンバーの方々に参加していただくことにしたんです。そういった意味では、ライブにより近づいた作品、昨年のツアーを経たからこそ作り上げることができたEPになっていると思います。
■今回はとことん自分の内に深く潜っていくようなダークな作品
──2ndアルバム『in bloom』から約1年2ヵ月ぶりとなる本作を作るにあたっては、どんなビジョンを持っていましたか?
前作の「in bloom」は世の中の状況的なこともあってか、思っていたよりもポップでポジティブなアルバムになったなと自分では感じていて。それはきっと自分にとっても必要なことだったんだと思うんですよ。内に深く深く沈んでいくだけの音楽だけだと、心が苦しくなってしまうようなタイミングだったから。で、そういった前作を踏まえたうえで、今回はとことん自分の内に深く潜っていくようなダークな作品を作りたいと思ったんですよね。今回の6曲はできた時期はバラバラではあるけど、わりとイメージを明確に持った上で意図的に作っていったところがありました。
──前作からの反動みたいな部分もあったんですかね?
もしかしたらあったかもしれないです(笑)。そもそも僕は底抜けに明るいよりは、どこか影のある楽曲が好きなんですよ。とはいえ、自分がやっているのはポップミュージックであり、エンターテインメントだと思っているので、例えばずっと雨が降っているような曲でも、一応ラスサビでは晴れたほうがいいかな、みたいなことを考えることもあるわけで。でも、今回に関しては1曲通してずっと雨のままでいいかなと思っていたんですよね。音楽を始めた当初はそういった曲を書くことが多かったので、今回の曲たちはある意味、素直な作り方をして生まれた曲たちだと言えるかもしれないです。
──言い方は悪いかもしれないけど、好き勝手に作った作品でもあると。
あははは、そうですね。シングルやアルバムというのは、斉藤壮馬としての音楽性を提示するという意味合いがあると思うんですよ。特にアルバムだと、「様々な曲を各種取り揃えておりますので、ぜひお楽しみください」みたいな。でも、EPの場合は、より自分の趣味に走った感じでもいいのかなって思うんですよね。おっしゃる通り、ほんとに自分の好き勝手にやれる場所というか。今回でEPは2枚目ですけど、そういった棲み分けが生まれてきているような気がします。
──19年12月にリリースされた1st EPは『my blue vacation』で、今回は『my beautiful valentine』。どちらも頭文字が“mbv”になるというギミックも隠されていて。
そういった意味でもEPはひとつのシリーズっぽい位置づけかもしれないです。今回のタイトルはわかりやすく“My Bloody Valentine”へのオマージュなんですけどね。ただ、2枚目にしてもうこの“mbv”縛りはキツくなってきていて。「もうないぞ?」っていう(笑)。
──あははは。2枚目でやっと縛りが見えたところなのに。
そこに気づいてもらった瞬間に打ち切りっていう(笑)。今後どうなるかはちょっとまだわからないですけどね。
──先ほど斉藤さんは「今まででいちばん暗めなものになった」とおっしゃっていましたし、本作の資料には「よりダークな世界観を研ぎ澄ませながら」という惹句が書かれています。確かに歌詞を深く読み解いていくとダークな側面が見えてくるんですけど、全体的な聴き心地としてはそこまでどっぷり暗い印象はなかったんですよ。どの曲もポップミュージックとしてのキャッチーさを伴っていると思うし。
なるほど。ちょっと言い方は難しいんですけど…音像でダークさを表現するのってけっこう簡単だったりするじゃないですか。だから僕はあまりそういう表現はしたくないというか。例えば2曲目に入っている「ないしょばなし」であれば、歌詞的にはちょっと情けない雰囲気があるけど、でも曲は16ビートでグルーブがあるとか。そういったアンマッチな感じを味わってもらえたらうれしいなっていうのがあるんですよね。
──ダークといっても様々な表現があっていいわけですもんね。
僕が感じる本作に漂うダークさって、ひと言で言うとアイロニーみたいなことなのかなと思うんですよね。タイトルになっている“beautiful”という単語だけ取ってみても、人それぞれで感じ方が違うように、ダークさというのは様々なとらえ方があってもいいかなと。さらに言えば、ダークさというのは明るい場所の中にこそあるような気もするし。なので好き勝手に作ったとは言え、歌モノをやっている身としては、ある程度のポップさを出すのも重要だなとは思っていました。
■ルールとして、メッセージソングやラブソングを書かない
──歌詞に関しては一貫して物語を紡ぐスタイルで書かれているそうですね。
はい。自分が音楽をやるにあたってのルールとして、メッセージソングやラブソングを書かないというものがあって。聴き手としてはメッセージソングに心を震わせることはもちろんあるんですけど、斉藤壮馬として作る曲に関してはそこを排除するようにしているんです。まあ、自分で作っているものなのでどうしたって主観は入ってしまうものだとは思うんですけど、できる限り小説や映画のような楽曲を作れたらいいなとは思っていますね。それは本作でも同様です…が、なんとなく5曲目の「埋み火」には、自分の気持ちがちょっとだけ出たような気はしてますね。
──へぇ!それはどうしてだったんでしょうね?
この曲のデモを詰めているとき、友人との会話でハッとすることがあったんですよ。「書きたいことはあるんだけど、それを違った形に置き変えたくて試行錯誤してるんだよね」って僕が言ったら、「書きたいことがあるんだったら、そのまま書けばいいんじゃないの?」って言われて。そこでパラダイムシフトが起きたというか(笑)、「あ、そうか!」っていう気づきがあったんです。
──斉藤さんの歌詞には比喩や暗喩が使われることが多い印象があります。だからこそ文学的な印象が強いんだと思うんですけど。
これまで書いてきた曲はわりと比喩を使ってイメージのすり替えをすることが多かったですからね。それによって明確な正解が見えないように、いろんな受け取り方をしていただけるようにしていたというか。でも「埋み火」に関しては、友人からの助言によって、わりとストレートに書いてる部分があるんです。そこが自分の思いやメッセージかっていうと、そういうことでは全然ないんですけど、自分としては新しい書き方ができた実感はあります。
──作詞における新たな武器を手に入れたのかもしれないですね。
そうですね。とはいえ、あいかわらず書きたいことを2回くらい捻じ曲げて書いている部分も多いですからね。1曲の中に比喩を駆使したところと、わりとシンプルに書いている部分が混在している場合もあったりするし。
■ひとつだけ言っておくとするならば、「僕は元気ですよ」
──1曲の中で違った書き方が混在しているとなると、聴き手はより煙に巻かれる感じがありますよね(笑)。それが斉藤さんの曲の面白さではあるんですけど。
あー、うれしいですね。受け手としてエンタメに触れるとき、僕は煙に巻かれたいタイプなんですよ。映画なり小説なり音楽なりを受け取って、自分の中に生まれてくる感情っていうのは自分にしか感じ得ないものとして自由であっていいわけじゃないですか。その感覚が大好きなので、僕の音楽からもそういった部分を感じてもらえたらいいなって思います。もしよければ思う存分、煙に巻かれてくださいっていう(笑)。ちなみに僕の楽曲を聴いてくださる方はいろんな考察をしてくださるのでうれしいんですけど、ひとつだけ言っておくとするならば、「僕は元気ですよ」ってことですね。
──あははは。ダークな世界に振り切ったけど、そこにご自身のメンタルが影響しているわけではないと。
はい。全体的に歌詞が暗かったり変だったりするけど、全然元気です。それだけはお伝えしておきたいですね(笑)。
──すべての曲のアレンジはSakuさんが手がけられています。それぞれの曲の方向性は斉藤さんが作ったデモの段階でしっかり定められているんですか?
曲によりけりですね。今回のEPで言うと、デモの段階でアレンジまでしっかり詰めていたのは「(Liminal Space)Daydream」と「埋み火」かな。あとはSakuさんとのやり取りの中で方向性が決まっていった感じです。ジャジーな雰囲気になっている「ラプソディ・インフェルノ」はもともと、僕の中ではパンキッシュなイメージだったんですよ。でも、Sakuさんとの間にいい意味でのイメージのズレが生まれて、それが結果的に面白い仕上がりに繋がっていったんですよね。あと「ざくろ」に関しては、僕が出したデモはちょっとシティポップみたいな感じだったんですけど、それはあくまでも僕のDTMスキルのせいでそうなってしまっただけで(笑)。「実はプーマ・ブルーみたいにしたいんです」っていうリファレンスをお伝えしたうえでSakuさんに仕上げていただきました。「ないしょばなし」もけっこうデモからガラッと変わったアレンジになりましたね。
■楽器レックに参加できたのもうれしかったです
──で、今回はそんなバラエティに富んだアレンジをバンドメンバーが再現していったわけですよね。レコーディングはいかがでしたか?
このメンバーで演奏をするとどんな音が生まれるのかがツアーを通して読めるようになっていたので、すごくスムーズにレコーディングは進みましたね。やっていること自体はアレンジ通りなんですけど、やっぱりこのメンバーならではの全然違ったノリが生まれていくのが気持ちよかったです。「ラプソディ・インフェルノ」ではハンドクラップやカズーをみんな一緒に録ったんですけど、そこで出た一体感は今まで作ってきた作品と比べても段違いだなって思います。みなさんと細かく対話をしながら、いい雰囲気で進めることができたので、いつにもまして楽しい時間になりました。
──斉藤さんがギターで参加されている曲もありますしね。
そうですね。「(Liminal Space)Daydream」では全編でエレキギターを弾いてますし、「埋み火」でも少し弾いてますね。今までの作品の中ではいちばん、楽器レックに参加できたのもうれしかったです。
──唯一、「ざくろ」だけが打ち込みになっているのも、EPとしてのいいアクセントになっていますよね。
デモでは少ない生楽器で表現していたんですけど、そのノリを打ち込みでやってみたかったんですよ。それを伝えたらSakuさんも「僕もそう思ってたよ」っておっしゃってくださって。Sakuさんとはわりと長いつき合いになってきましたからね。僕の好みを言わずともちゃんと感じ取ってくださって、着地点のビジョンをしっかり共有できている感じです。
■ステージの上でめちゃくちゃ大きい音を鳴らしてみたい
──サウンド的にもっともダークな雰囲気を感じたのが「埋み火」でした。
そうですね。僕はシューゲイザーが好きなので、今までもそういったテイストの曲をいくつかやってきてはいますけど、この曲のような轟音系は初めてかもしれないです。普段はあまり思うことはないんですけど、この曲はライブでやってみたいなと思いながら曲を書いていたような気がします。ステージの上でめちゃくちゃ大きい音を鳴らしてみたいなって。
──何声も重ねたボーカルがヘビィでダークな世界観を増幅させています。
昔からボーカルを重ねるのがすごく好きなんですよ。「ざくろ」もかなり重ねてますからね。あれは僕の好きなエリオット・スミスの多重コーラスをイメージした感じです。そこはもうライブで再現不可能なことをいかに突き詰めてやるかっていう面白さ(笑)。「埋み火」と「ざくろ」の2曲は、感情やニュアンスを込めている他の曲とは違って、声を素材として使っている曲かもしれません。
──斉藤さんの楽曲はそれぞれの曲の世界観によってボーカルの雰囲気がガラリと変化しますよね。それは声優での経験が生かされたものなのかなと思うのですが、そのあたりはご自身でどう感じていますか?
たしかに声優をやっていてよかったなと感じる瞬間は多々ありますね。同じ人が歌っているとは思えない──僕は曲ごとにそんな感覚を味わってもらいたいんですけど、それは芝居をするときの頭の使い方にちょっと似てるところもありますね。そういった部分はこれからも大事にしたいところではあります。そのうえで、もっと訓練して歌がうまくなりたいという気持ちもあったりはするんですけど。
──声優として培った豊かな表現力に、ボーカリストとしてのさらなるテクニックが加われば、ご自身から生まれる楽曲の幅はもっと広がりそうですよね。
うん、僕もそう思います。例えばソウルフルでパワフルな楽曲を作りたいときに、自分の歌の技術が追いつかないことで諦めてしまうことがあったりするんですよ。だから歌のスキルがもっと上がって、自分のカバーできる範囲が増えれば増えるほど、自分から生まれる楽曲に幅が生まれるのは間違いないと思います。それが30代に入った今の課題のひとつかなとは思っています。
■ここから先、まだ見ぬ場所に辿り着けるのではないか
──ソロアーティストとしてデビューされてから今年で丸5年を迎えます。何かたくらみはありますか?
さっきも「5周年どうしましょう?」みたいな話をスタッフさんとしていたところなんですけど(笑)。何かしらの形で、5年間活動できたことへの感謝をお伝えしたいなとは思っていますね。5年間続けることができたからには、ここから先、まだ見ぬ場所に辿り着けるのではないかという感覚も自分の中にはあるんですよ。皆さんのおかげで続けて来られた旅に、まだまだ終わりはないはずですから。なので、また新たなものを生み出しながら、ここからも謙虚に頑張っていくつもりです。
衣装協力:パールネックレス/Scat
リリース情報
2022.02.09 ON SALE
EP『my beautiful valentine』
プロフィール
斉藤壮馬
サイトウソウマ/17歳の時に、所属事務所(81プロデュース)のオーディオションにて優秀賞を受賞。都内大学在学中に本格的な声優デビューを果たす。洞察力に富んだ解釈と多様なアプローチで、様々なキャラクターを演じ分ける表現力の高さが魅力。アニメ・ゲーム作品等のキャラクターソングにおいて、キャラクターの声を維持したままの歌唱力の高さにも定評があり、2017年6月にSACRA MUSICよりアーティストデビュー。
斉藤壮馬 OFFICIAL WEBSITE
https://www.saitosoma.com