新世代クリエイター・くじらの実像、そしてオリジナル曲「悪者」の世界に迫る連載企画。最終回となる第4弾では、映像作家・YPとの対談が実現した。短編Webドラマ『純猥談』シリーズの企画・監督も務め、数々のミュージックビデオも手がける気鋭の映像作家のYPは、「悪者」のストーリーをどう描いたのか。2つのMVを重ねることで見えてくる物語の仕掛けについて、撮影の裏話について、語り合ってもらった。
【特集第1回】
注目の新世代クリエイター、くじらに迫る。「悪者」発表の今に至る、彼の音楽原体験について
【特集第2回】
くじらと歌い手・相沢による「悪者」スペシャル対談。ふたりの関係性が見えてくる、制作裏話
【特集第3回】
くじら×小説家・カツセマサヒコが音楽世界を何層にも広げる。「悪者」を語るスペシャル対談
INTERVIEW & TEXT BY 柴那典
■それぞれの分野での自分の輝かせ方
──まずは、くじらさんが「悪者」のMV監督をYPさんにお願いした経緯は?
くじら:僕は『純猥談』という作品でYPさんを存じ上げ上げていて、作風も知っていたのでスタッフとも相談しつつ、今回お願いさせていただきました。YouTubeという手軽に観られるプラットフォームでこれだけのクオリティのものを作っていらっしゃるし、それに付随していろんなコンテンツがある。今求められているものをクオリティと純度を高めて作品にされている方だと勝手に思っておりました。
YP:ありがとうございます。光栄です。
──YPさんはくじらさんの存在をご存知でしたか?
YP:はい。日々様々なプラットフォームをサーフィンしているので、存じ上げていました。そんななかでお話をいただいて、“もう、絶対にやろう”と。何より、何回聴いても、曲がすごく良くて。ミュージックビデオの撮影のときも機材車の中でみんなで聴きながら現場に行ってました。スタッフは全員歌えますね。他の現場に行くときも「悪者」をかけたり、打ち上げとかでも歌ったり大合唱していました。
くじら:すごい! ありがたいかぎりです。
YP:みんな大好きですよ。
くじら:うれしいです。良かったぁ。
──YPさんはくじらさんのどういうところに魅力を感じていました?
YP:今の時代、この世代を代表するセンスだなと思いました。音の感覚にしても、いろいろな努力や勉強や経験を経たうえで出てくるクリエイティブだとは思うんですけど、それが完全に、今の若い世代を代表する感覚だと思います。それはファンの人たちや媒体の反応を見ていても感じます。
──YPさんはいろんな作品を手がけられていますが、『純猥談』はどんな狙いで作ったものなんでしょうか。
YP:『純猥談』の1作目を作る前からずっと、コンテンツのポジションやカテゴライズについて細分化して考えていたんです。その過程で、YouTube上という誰でも手軽に観られるプラットフォームに自主制作フィルムでクオリティの高いものがないということがわかった。“そこの玉座が空だな”と思っていました。ちょうどそのときに『純猥談』のテキスト版の「触れた、だけだった。」が公開されていて。それを読んで“この作品がこの世に存在する形として、絶対映像のほうが正しいな”と思ったので、もともと仲が良かった運営会社に連絡をして「持ち出しでもいいから絶対に映像にしよう」と作ったのが1作目でした。そこから短編映画シリーズ化していったんですけれど、あれはナレーションと音楽と映像と写真でドライブしていく作品なので、映画でもないし、短編映画でもないし、MVでもない。新しい形のフォーマットを作ることができて良かったです。
──そういったコンテンツのポジションの空いているところを取りに行くという発想は、YouTubeなどのプラットフォームが定着したからというのもありますよね。
YP:そもそも世の中にあるコンテンツというものはインターネットによってすべて繋がってしまっているので、常にコンテンツ大戦争というか、常に“関ヶ原”みたいな感じだと思っているんです。僕は、その関ヶ原の中心で戦っている人たちを遠くの山のほうでキャンプしながらじっくり観察して、満を辞して戦に向かうタイプだと思います。普段から業界の真ん中に行こうとは思っていないので。
──こういう考え方について、くじらさんはどう思いますか?
くじら:ポジショニング的なことを考えるというのは、なんとなくわかります。僕も音楽で食べていこうと思っているなかで、いわゆるど真ん中では泳ぎたくないと思っていて。競合が少ないからすぐに1位にはなれるんだけど、その1位にすごく価値のあるゾーンってどこなんだろうと考えて、それを探していくうちに今のスタイルが出来上がっていったので。例えば、こういうコード進行で、こういう音使いで、こういうリズムで、と考えると、僕は好きだしみんなも好きだけれど、それをやっている人がいない。だったら自分がやればいいんだと思って作り続けている感じなので。
YP:めっちゃわかります。
■「悪者」というコンテンツの面白さ
──「悪者」は、くじらさんのアイデアをもとに小説や映像の形でクリエイティブを広げていったわけですが、YPさんにお願いするときにはどういうことを考えていましたか?
くじら:今までの自分の曲と違って、いわゆるJ-POP寄りというか、いろんな人に馴染みやすい曲が出来たので、どうやったら自分がワクワクできるんだろうなということを考えました。曲がメインコンテンツというよりは、メインコンテンツをお話にして、そこから派生したもので、その質がすごく高かったり、ギミックが入って繋がったりしていったら、純粋に楽しんでもらえるし、ちょっと斜に構えているような人でも“おっ!?”と思ってもらえるものにできるんじゃないかと思っていました。
──YPさんがお話を聞いての印象は?
YP:コンテンツの出し方として、物語があって、音楽があって、小説があって、映像もあって、いろんな形の体験ができるから、作品に触れる時間が増えるじゃないですか。体験価値が記憶としてちゃんと残っていく設計になっているのは素敵だなと思いました。ミュージックビデオを構成するにあたっては、小説全部を映像にしようとすると40分以上の作品になってしまう。過去ではなく現代だけのストーリーを映像にして、そこで人と人との話が交わっていきつつ、その答え合わせを小説でできるようにしようというのは考えていました。2つの曲と、小説と、それぞれに繋がりがあって、MVがそういうもののハブ的な存在になるようにとも思っていて。もちろんMVだけでも観終わったあとに“くーっ!”となるような、“誰が悪者なんだ!?”という余韻を作ろうと思っていて。そこはうまく着地できたんじゃないかなと思っています。
──映像に着手した段階ではカツセマサヒコさんが書かれた小説も出来上がっていた状態でしたか?
YP:最初にプロットをいただいて、少しずつ第1稿、第2稿と送られてきて、それをどんどん落とし込んでいくという感じでしたね。
──くじらさんはカツセさんやYPさんにどれくらい奥行きや描き方について伝えたりしたんでしょうか?
くじら:今回は、クリエイティブの方向だったり、感じてほしい部分が全然違う、小説・映像・音楽という3つの分野がリンクしているので。カツセさんにもYPさんにも僕自身から細かく発注はしていなかったです。こういうお話で、こういうことがしたいというところまではお話ししましたけど、そこから先はおふたりの強力なエンジンで、「悪者」を乗せて行けるところまで行ってくださいという想いでお願いしていたので。映像も何回も打ち合わせをしながら進めていったんですけど、僕自身が一番ワクワクしていろんな制作を待っていました。特に「悪者 feat. 相沢」の最後は、花火のシーン終わりのスタッフロールでドローンでの映像が流れるんですけど、“ここの労力やばい!”と思って(笑)。
YP:スタッフと無理して頑張りました(笑)。
くじら:もちろん出てくださったキャストの皆さんの演技にも感動しました。僕はスケジュールの関係で撮影現場には伺えなかったんですけど、現場も見たかったですね。普通に制作過程を楽しんでいました。
■「悪者」MV、撮影裏話
──制作過程での印象的なエピソードはありますか?
YP:最初は絵コンテに落とし込んで、それをビデオコンテにして打ち合わせで見てもらうんですけど。僕自身、ビデオコンテの段階で“今日映像うまいかも”と思った出来になりました(笑)。
くじら:あはは。
YP:かなりハマったと思いました。くじらさんにも見ていただいていたのですが、ほぼビデオコンテどおりでしたよね?
くじら:はい。ほぼビデオコンテどおりですね。
YP:ドローンの演出も最初から「スタッフロールではドローンを飛ばしますので、みんなで頑張りましょう」みたいなことを書き込んでいたりもしていたので。打ち合わせで「ぜひ、これで」とGOをもらって、そこで信頼していただけているんだなと思ったのが最初に印象的なことでしたね。撮影段階のお話をすると、今回のキャストもかなり吟味してキャスティングさせていただいていて。それぞれのキャラクターについても“カコはこんな人だろうな”とか“ユウはこんなことしなさそうだな”というイメージが僕の中にあったし、みんなでちゃんと現場で話しながら作っていったんですね。その中でも“ワカマツは絶対にこういう人”というのがみんなの中にあって。演じてくれた麻倉瑞季さんも“我ながらワカマツ”みたいな感じだったので(笑)、どう動けばいいのかがすぐにわかるという感じでした。
くじら:あはは。
YP:キャストの人たちと演技を作っていく過程も楽しかったですし、製作陣も物語やコンテをちゃんと理解して、画作りに対して“こういうほうがいいんじゃないか”ということを提案してくれたりしていたので、ずっと熱量の高い現場でしたね。あ、裏話をしますと、一個事件が起きました。実は撮影データを紛失しまして……。
くじら:えー!?
YP:ユウとワカマツが家で夜に寝ていて、ユウがスマホで“明日花火だよね”的な会話をカコとしているシーンなんですが、あれ、再撮影なんですよ。
くじら:そうなんですか!?
YP:実はそうなんです。昼間に遮光をして夜のシーンを撮っていたんですけど、その映像データが消えてしまって。しかも、それに気づいたのが夜遅くの撮影終わりの時点で。たまたまユウとワカマツが現場終わりまでいたので、そのときにいた部屋を見渡して、「ここにライトを置いたらいけるかな?」「うん、いけるね」「いきましょう」と。月明かりとかも頑張って作ってもらったりとかして。そんなこんなも全員で乗り越えようという、熱量高い現場でした。
くじら:すごい!
YP:あとは、水中撮影ですね。ダイビング専用のプールにダイバーさんとかに協力をいただいて沈んでもらうんですが、服を着ながら沈むというのが難しいみたいで、何回やってもいいカットが撮れなくて。しばらく目をつぶって2メートルくらい深いところまで沈んだところで、ダイバーさんに手を離して漂ってもらうので、どっちが上で下でがわからないような感覚があって怖いんですよ。その恐怖と戦ってもらいながらカコとユウには頑張ってもらいました。撮影も全体的に過酷で大変でしたね。いろんな場所に移動もしなきゃいけなかったし。MVにしてはかなりシチュエーションの多い作品です。
くじら:多いですね、香盤表見て驚きました。
YP:チームの頑張りのおかげでかなりリッチな作品になったと思います。
くじら:最後には花火も上がるし。
YP:演出的なところでいうと、手持ち花火からの打ち上げ花火で思い出がリンクするみたいな設計をカツセさんと話して作ったり、タツノオトシゴをデコピンするのと。
くじら:あそこはちょっと……ダメでしょ、あんなことしたら(笑)。
YP:カコがタツノオトシゴをデコピンするのと、カコが湊の頭を小突くところとで、音のタイミングがまったく一緒になっているんです。そういう2つの映像のリンクがあったり、映像演出でもこだわった部分はかなりありましたね。
■「悪者」を通して、そこに込めた想い
──くじらさんは仕上がりを観ていかがでしたか?
くじら:何度か細かいところで修正のご相談をしたんですが、オフラインをいただくたびに、家で「わー!」って言ってました(笑)。僕は作品を出す側なので、1本目、2本目を連続して初めから観られるんですけど、これをバラバラに公開するので“みんなごめん!”って。あと、このMVのチェックをしているときほど、パソコンのモニターが大きくて良かったと思ったことはないですね。
YP:たしかに、でかい画面で観るのいいですよね。
くじら:しかも、自分が昔よく行っていた場所とか、普段行く場所とかもあって。見覚えのある場所が結構あったので、言葉に表せない感情なんですけど、ビリビリとしながら観ていました。2曲目がネタバラシの映像になるので、そちらのほうは、後ろに向けてのゾクゾクがあって。最後にユウが車で待っているところにカコが来て、デコピンのシーンでもずっと叫んでました(笑)。そういえば、たまたまデータをチェックしているときに、友達が家にいたので一緒に観たんですよ。そしたら、1本目を観終わって「2本目があるんだよ」と言ったときに、「あ、そういう話ね」みたいになったんですよ。それで、タツノオトシゴのマスコットの仕掛けには気づいたんだけど、サングラスには反応がなかったから、「サングラス」って言ったら「うわー!」ってなって(笑)。やっぱみんなそうなるよねって、自分だけ楽しんでるわけじゃないよねって。
YP:なりますよねえ。
くじら:そのときに、“よし!”って思いましたね。
YP:それは嬉しいですね。
くじら:本当に、打ち合わせから、チェックから、ティザー出したり、本編公開したりまでずっと楽しかったです。
YP:こちらも楽しかったですね。サングラスの演出も小説とは違う演出なので。そこは映像に落とし込んだいい演出になったなと思ってますね。
──自分が込めた仕掛けが伝わった瞬間の気持ちよさがあった。
YP:嬉しいですね。仕掛けが作動すると。YouTubeのコメント欄でも反応を見受けられて嬉しいです。
くじら:僕はいろんな要素を含ませて曲を出すので、自分の狙いどおりに人の心が動いてくれたというのはないんですけど。今回は、大まかなギミック自体は元からあったので。お話自体、女性から見た浮気と、男性から見た浮気で、視点をずらして“こういう見方もある”というのをやりたかったというのはありますね。
YP:きっと、観た人が全員共感できるんですよね。湊みたいな人もいるし、ワカマツとして生きているような人もいる。それぞれが共感値の高いキャラクターで、ひとりひとりに“あぁ、コイツって”と思う部分があるし、“全員悪者だ!”というのもあると思うし。逆に“全員悪いのか?”という部分もある。ひとつのMVを多面的に、観た人が感情を受け取れる、議論がたくさん起こる作品にできて良かったなと思います。そこは狙いどおりの着地ができて良かったです。
くじら:ほんとに。
──「悪者」の先にある問いかけまで射程が広がったということですよね。
YP:そうですね。まさにそこは狙いでした。最初の打ち合わせのときに、作品を通じて観た人同士でいろんなコミュニケーションが生まれるようなコンテンツにしたいですねと言っていたので。
くじら:おっしゃるとおりだなと思います。ギミックについても話ができるし、キャラクターについても、いろんな方面から話ができるなと思うので“よしよし”と思っています。
──最後に、YPさんがクリエイターくじらさんに期待することはありますか?
YP:常に世の中に対して仕掛けてほしいですね。僕から見たら音楽自体がレッドオーシャンなので。その土台の中で、世代を代表して音楽のクリエイティブとしていいものを作り続けて仕掛けていく、仕掛け人みたいなポジションでいてほしい。そして、またご一緒できることがあったらご一緒したいです。くじらさんのクリエイティブをみんなが待ち望むというような、音楽クリエイティブの仕掛け人としての活動を楽しみにしております。
くじら:ありがとうございます。「音楽自体がレッドオーシャン」というのは、言われて“たしかに”と思いました。でも、音楽のフィールドではもちろん頑張っていきたいですし、そもそも、まずは自分が楽しめて、好きなことで、YouTubeやSNSで発見したときに“これ知ってるの俺だけかもしれない”とか“誰かと共有したい”と思ってもらえるようなものを作れたら楽しいなと思っています。それに、今回のようにYPさんやカツセさんのような素晴らしい方と作品をご一緒させていただいて、僕の知らないところまで「悪者」の世界が広がってくれたので。こういうコラボレーションもどんどんしたいですし、楽しいと思ってもらえるものをいっぱい作っていきたいなと思います。
プロフィール
くじら
2019年4月1日に活動を開始。作詞・作曲・編曲すべてを務め、ボーカロイド作品や、yamaやAdoなどのボーカルフィーチャリング作品をはじめ、楽曲提供など精力的に創作活動を行う。2019年7月にボーカロイドアルバム『ねむるまち』、2020年10月にフィーチャリング&ボーカロイドアルバム『寝れない夜にカーテンをあけて』を発表。新世代クリエイターとして高い注目を集めているなか、今夏、「悪者」にてメジャーデビュー。
YP
Forbesが選ぶ【業界を代表する30歳未満のイノベーターにインタビューを行う「NEXT UNDER 30」】に選出。ずっと真夜中でいいのに。「猫リセット」MV / GReeeeN「lemonade」MV / 短編映画「純猥談」シリーズ企画・監督 / Gorilla Attack「Gorilla Step」MV / Buyer Client(ヤバイTシャツ屋さん)『dabscription』MV / 等のディレクションを行い、カテゴリーを幅広く横断しながら新時代の映像クリエイティブを更新している。 バーチャルミクスチャーな表現と現代のハイコンテクストな空気感を捉えて作られた作品はZ世代から多くの支持を集めている。
リリース情報
2021.10.06 ON SALE
CD +カツセマサヒコ書下ろし小説「悪者」
くじら OFFICIAL SITE
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YP OFFICIAL SITE
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