2020年8月に1st EP「ハミダシモノ」でメジャーデビュー。今年4月にリリースした2nd EP『Forced Shutdown』がオリコンデイリーランキングで1位を記録するなど、シンガーソングライターとして着実に存在感を増している楠木ともりから、3rd EP『narrow』が届けられた。前作に続き、全ての収録曲の作詞・作曲を自ら手がけた本作のテーマは“冬”。ジャンルに捉われない色彩豊かな音楽性、生々しい表現力に貫かれたボーカルを含め、彼女の音楽世界がさらに広がっていることを実感できる作品だ。
INTERVIEW & TEXT BY 森朋之
PHOTO BY 大橋祐希
■“冬”というテーマを決めてから制作
──3rd EP『narrow』は前作『Forced Shutdown』に引き続き、4曲すべて楠木さんの作詞・作曲。今回も幅広いテイストの楽曲が揃いましたね。
そうですね!前回以上に幅は広がった気がします。
──EP全体のテーマはあったんですか?
はい。これまではインディーズ時代に書いた曲もリアレンジして収録していたので、EPのテーマは決めてなくて。今回はすべて書き下ろしの曲なので、“冬”というテーマを決めてから制作したんです。冬を感じられたり、寒い季節のなかで温かさを感じてもらえる曲がいいなって。あと、1st EP、2nd EPの収録曲の登場人物をより掘り下げたり、出会わせてみようと思ったんです。
──楽曲に登場するキャラクターたちが物語を作るというか。そういう構想は以前からあったんですか?
2nd EPを出した後ですね。“3rd EPどうしよう?”という段階になったときに、自分の気持ちを歌詞にするのは限界があるなと思ったんです。自分自身に変化がないと、歌も変化しないというか。そのタイミングでレーベルの方から(既存曲の登場人物を活かす)ご提案をいただいて。これまで書いた曲の登場人物はキャラクターがはっきりしているし、掘り下げることで楽曲に広がりが出そうだなって。その一環として、歌詞の朗読と歌を交互に聴いていただく『LOOM-ROOM #725 -ignore-』というライブをやったり、登場人物のことをよりわかってもらえるサイトを立ち上げたりして。
──いろいろなメディアを活かしながらストーリーを紡いでいるんですね。ファンのみなさんの楽しみ方も広がりそう。
そうだといいなって思っています。楽曲は自己投影しながら聴くと楽しめるものだと思っているんですけど、それもありつつ、小説を読むように物語も楽しんでもらえたらなと。
──では、収録曲について聞かせてください。まずはタイトル曲の「narrow」。まさに冬の雰囲気をまとった楽曲ですね。
「narrow」は表題曲にすると決めて作った曲で、EPの中でもいちばん冬を感じてもらえると思います。歌詞に関しては、1st EPに入っていた「ロマンロン」の主人公が路上ライブをしていて、「僕の見る世界、君の見る世界」の主人公が、たまたまそのライブを観るというストーリーなんです。「ロマンロン」の主人公は“歌う人になりたい”という夢だけを漠然と抱えていたんですけど、ライブを始めて、人に聴いてもらえる喜びだったり、“聴いてもらいたい”という気持ちが芽生えて。そういう気持ちの移り変わりを描いた歌詞です。
──「narrow」で描いた“歌への気持ち”は、楠木さん自身の思いとも重なっている?
そうですね。インディーズの頃からライブを続けてきて、“誰かに聴いてほしい”と自覚するタイミングが何度もあって。そこはこの歌詞とも重なっているんだと思います。聴いてくれた方から感想をもらえるのも、すごくうれしいんです。
──ちなみに路上ライブの経験ってあるんですか?
憧れはあるんですけど、実際にやったことはないです。“楠木ともり”という看板を背負わずに路上ライブをやって、どれくらい通用するのか確かめたい気もするんだけど、怖いですよね…。興味はあるので、実際に路上ライブしてる方を見るとすごいなって思います。
■都会の冬のサントラみたいなイメージ
──「narrow」のアレンジは、今や楠木さんの音楽活動に欠かせない存在となった重永亮介さん。
「ロマンロン」「僕の見る世界、君が見る世界」のアレンジも重永さんだし、両方の要素を「narrow」に繋げたかったので、最初から“重永さんしかない!”と心に決めていたんです。こちらからは「クリスマスソングではなくて、そのちょっと前の冬の曲にしたいです」とお伝えして。鐘の音が鳴ってるんじゃなくて、都会の冬のサントラみたいなイメージだったんですよね。
──楠木さんの中に明確なビジョンがあったんですね。
そうですね。私、クリスマスのちょっと前の雰囲気が好きなんです。まだそこまでキラキラしてないんだけど、クリスマスシーズンのグッズやドリンクが並び始めて、“もう年末だね”“まだクリスマスがあるよ”みたいな中途半端な時期なんですけど(笑)。重永さんが最初にあげてくださったアレンジはゴージャズな印象だったので、もうちょっと削ぎ落していただいて。シンプルに歌に寄り添ってくれるようなサウンドに落ち着きました。
■情景描写をまったく入れてないんです
──2曲目の「よりみち」はどんな曲想から始まったんですか?
テーマは“イヤなことがあった日の帰り道”ですね。まっすぐ家に帰りたくなくて、自分にプチご褒美をあげるときの気持ちを描きたかったんです。たとえば自分のためにオシャレをするとか、好きなケーキやコスメを買っちゃうとか。そうやって自分を持ち上げる時間は私もすごく好きなので。この曲は「narrow」と真逆で、情景描写をまったく入れてないんですよ。主人公の内面にアプローチしたかったし、“どういう場所を歩いているか”ではなく“何を考えて歩いているか”が中心なので、抽象的なワードもかなりあります。
──なるほど。この曲、男性ボーカルの声も入ってますね。
アレンジをお願いした武内駿輔さんの声です。武内さんは私と同じく声優をされている方なのですが、もともと私は男性コーラスとのユニゾンがすごく好きで、ぜひこの曲にも入れたくてリクエストしました。コーラスやハモリ、「ただいま電話に出られません…」というアナウンスの声が入っているのは、すべて武内さんにご提案いただきました。
──そこは任せようと?
はい。「よりみち」のアレンジも最初は細かくやり取りさせてもらってたんですけど、“これはお任せしたほうがいいな”と感じた瞬間があって。武内さんはふだん、ヒップホップ系の楽曲を作ることが多いんですけど、私にはその引き出しがないので。
──ヒップホップはあまり聴いてこなかった?
いろんなジャンルの曲を聴いてきたんですけど、ヒップホップはほとんど触れずに育ってきたんです。ですので「よりみち」を作るときに、自分なりに勉強したんですよ。チルっぽいヒップホップをいろいろ聴いて、構成だったり、韻の踏み方だったりを参考にして。楽しかったですね。
■サウンドもそうだし、衝動的な歌詞が好き
──続く「熾火」は、鋭利にしてポップなロックチューン。こういうテイストの楽曲、やっぱり似合いますね。
ありがとうございます。これまでのEPの表題曲もこういうテイストの楽曲だったし、リスナーのみなさんが想像する“楠木ともりらしさ”に近いのかなと。サウンドもそうだし、衝動的な歌詞が好きなんですよね。ハルカトミユキ、さユりさんの楽曲もそうですけど、飾り過ぎていなくて、感情が痛いくらいに伝わる歌詞に惹かれるし、私もそういう歌を作っていきたいので。
──「熾火」にも、“憂さ晴らし従順に 溜息混じる自由席”“愛情ない 愛情ない くだらない”などの強い言葉がちりばめられていて。やはり衝動のまま書いた歌詞なんでしょうか?
「熾火」は「タルヒ」と同じ時期に制作したんですが、その頃、ぜんぜん曲が書けなかったんです。“人生でいちばん”くらいに気持ちが負けていて、ボロボロだったというか。レーベルの方から「(作詞・作曲の)進捗どうですか?」と連絡が着て、“ああ、どうしよう”という気持ちになってしまって…。本当にダメだったんですけど、ふと“そう言えば私、どこにもぶつけられない感情を曲にしてたな”と思い出したんです。メジャーデビューしてからは、EPの制作に向けて曲を書くことが多かったけど、インディーズの頃は“書きたい!”という思いでやっていたなって。
──その瞬間の感情をぶつけたのが「熾火」だったと。
はい。ただ、あまりにも自分本位だけでは聴いていてつらいだろうなと思って。私の気持ちから発信されているけど、登場人物を立てて、その人を動かすような形で書いていきました。
──楽曲として表現することで、モヤモヤした気持ちは昇華された?
スッキリしますね(笑)、そのときのマイナスな気持ちを自分で肯定してあげられるというか。“あの経験があったから、こういう曲が書けたんだ”と思うと、つらい時期もあって良かったなって。
──「熾火」はサウンドも鮮烈。特にピアノとギターが素晴らしいですね。
かっこいいですよね!荒幡亮平さんにアレンジをお願いするにあたって、楽曲の登場人物についてもお伝えしたんです。今の10代、20代の、インターネットでクリエイティブをやっている人がモデルなんです。成熟しきれていないけど大人で自立した部分もあって、守られているんだけど、社会に片足を突っ込んでいて。どこにも属さない、大人でも子どもでもないマージナルマン的な存在というのかな。ですのでアレンジも、瑞々しいバンドサウンドでありつつ、衝動的なんだけど、洗練されたジャズもほしくて。「どちらにも振り過ぎず、真ん中を攻めてください」とお願いしました。
──面白い発想ですね。たしかにこの曲、尖ったところもあり、オシャレな要素もあって、せめぎ合ってますよね。
そうなんです。楽器録りにも参加したんですが、荒幡さんが方向性をすごくわかってくださって、“こっちもカッコいいんじゃない?”とアイデアを示してくれて。
──レコーディングに立ち会うことで、得られることも多いのでは?
計り知れないです、それは。まずはプレッシャー。たくさんの方が関わってくれているのを目の当たりにして、“いいものにしないといけない”という気持ちがさらに強くなるんですよ。その場に編曲の方がいれば、“どっちがいい?”みたいに意見も聞いてもらえて。最近はミキシングやマスタリングにもできる限り行くようにしています。
──マスタリングでも意見を言うんですか?
いろいろリクエストさせていただいてます。「ここのベースはもっと上げてほしいです」とか「ここはボーカルがちゃんと聴こえてほしい」とか。自分の耳が成長しているのを感じます。以前は周りの方の会話が理解できなかったんですけど(笑)、少しずつ音の話に加われるようになっているので。
──素晴らしいです。ちなみに「熾火」のモデルになっている“10代〜20代のネットで活躍しているクリエイター”から刺激を受けることもありますか?
すごくあります。“この曲、いいな。誰が作ってるんだろう?”と調べてみて、年齢を知ってビックリすることも多くて。ボカロPのみなさんがメジャーシーンにどんどん進出しているのもすごいですよね。ボカロPが作った曲は、人が歌っても“ボカロっぽいな”って思うじゃないですか。それはジャンルが確立されているということだし、ずっとボカロ曲に親しんで、好きだった自分を誇れます(笑)。
■“満ち足りた日”とのダブルミーニングもあって
──4曲目の「タルヒ」も濃密な感情が伝わるナンバー。ドリームポップ的なサウンドも素敵ですね。
ありがとうございます。EPの中で最初に取りかかった曲で。最初にも言いましたけど、冬の時期に、温かく肯定できるような曲にしたかったんです。「タルヒ」は“つらら”の別名なんですよ。つららって、“冷やされて、温められて”を繰り返して大きくなるんですけど、それが心の成長や変化と重なる部分があるなと思って。「タルヒ」っていう言葉の響きもいいし、タイトルを先に決めたんです。あと、“満ち足りた日”とのダブルミーニングもあって。
──「寒さを知らなければ/誰かをあたためられないでしょう」というフレーズも印象的でした。聴いてくれる人に寄り添い、肯定したいというテーマは、楠木さんがずっと持っているものですよね。
そうですね。負の感情を描いている曲が好きなんですけど、それは“こういう気持ちなのは自分一人じゃない”って思えるし、認めてもらえた気がするからなんです。マイナスな感情を肯定してもらえるというのかな。「タルヒ」も、そうやって誰かの人生のサントラみたいに聴いていただけたらうれしいです。
■“聴いてくれた方が、こんな気持ちになってくれたら”
──メジャーデビューから1年以上経ちましたが、シンガーソングライターとして、何か意識の変化はありましたか?
まず、自分の気持ちだけじゃなくて、登場人物を立てて歌詞を書くようになったのは最近なんですよ。自分が伝えたいことを歌って、“わかって!”だけではなくて、“聴いてくれた方が、こんな気持ちになってくれたらいいな”という意思も芽生えて。それもメジャーデビューしてからです。あと、研究のためにいろんな曲を聴くようになったかも。“寄り添いたい、肯定したい”という原点は変わってないと思います。
──締め切りの大変さとか、生みの苦しみも感じつつ?
そうですね(笑)。頑張って曲を作ることで、自分の成長を感じるし、新たな発見もあって。そういう経験を積み重ねることで、また違った曲ができそうな気もするんです。声優もしっかりやって、作詞・作曲や作品作りにもこだわらせてもらって。ずっとやりたいことだったので、今の状況はすごく幸せです。
──12月22日に東京・豊洲PIT、24日には大阪Zepp Nambaで、メジャーデビュー後、はじめての有観客ライブが開催されます。
フェスや(アニメの)コンテンツライブには出演させてもらってたんですが、ワンマンは初めてで。インディーズの頃はワンマンをやっていたので、“帰ってこれた”という感じですね。“また、あの時間が戻ってくるんだな”って…。2年ぶりかな?ずっと寂しかったので、本当にうれしいです。
──ずばり、どんなライブにしたいですか?
純粋に音楽を楽しみたいです。配信ライブでは飛び道具的な演出も取り入れていましたけど、今回は“ライブ”を楽しみたいなと。その後は次のEPを考えたいですね。
──やっぱり4曲入りEPという形が好きなんですか?
そうですね(笑)。曲の傾向がいろいろなので、聴き比べてほしくて。ジャンルに捉われていないことを伝えるためにも、EPは自分に合ってるのかなって思います。
プロフィール
楠木ともり
クスノキトモリ/1999年12月生まれ。声優、シンガーソングライターとして活動中。代表作として、TVアニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』の主役・レン役、『遊☆戯☆王 SEVENS』霧島ロミン役、『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』優木せつ菜役など。10月からTVアニメ『マブラヴ オルタネイティヴ』ヒロイン・鑑純夏役やTVアニメ『先輩がうざい後輩の話』ヒロイン・五十嵐双葉役として出演中。2020年8月TVアニメ『魔王学院の不適合者』EDテーマ「ハミダシモノ」にてソロメジャーデビュー。2021年4月リリース2nd EP『Forced Shutdown』はオリコンデイリーチャート最高1位を獲得。
リリース情報
2021.11.10 ON SALE
EP『narrow』
ライブ情報
Kusunoki Tomori Birthday Live 2021『Reunion of Sparks』
12/22(水)豊洲PIT
12/24(金)Zepp Namba
楠木ともり OFFICIAL SITE
https://www.kusunokitomori.com