ELAIZAの1stアルバム『失楽園』は聴き手の想像力と五感を様々な角度からを刺激する、素晴らしい作品だ。
どの曲もクリエイティブで音楽性豊か。初のアルバムとは思えないほど、完成度が高い。
女優、モデル、映画監督、写真家など、幅広い活動みせる池田エライザが“ELAIZA”として始めた音楽活動は、本作『失楽園』においても彼女の才能のきらめきを見事に結晶化している。
INTERVIEW & TEXT BY 長谷川 誠
PHOTO BY キセキミチコ
■ステージに立つ母を見て育った、ELAIZAの幼少期
──音楽の存在を意識したのはいつ頃ですか?
ELAIZA 母はシンガーなのですが、私を出産する直前にもライブを行っていました。なので、母の胎内にいる時からずっと音楽は聴いていたんだと思います。
──お母さんはジャズシンガーだったのですか?
ELAIZA 母が歌っていたのはジャズが中心でしたが、フランス語の歌でもロシア語の歌でも、オーダーをされたらどんな音楽でも歌っていましたね。
──音楽が身近なところにある環境で育ったのですね。
ELAIZA 兄ふたりと弟ひとりの男兄弟の中で育ったので、家にいるとほぼケンカが勃発するから、私だけいつも母の仕事について行ってました。ライブのリハーサルを見学したり、メンバーの楽器に触らせてもらったりして過ごしていました。
──ELAIZAさんのInstagramでは、幼少期のELAIZAさんがステージで歌っている投稿がありますが、あれは?
この投稿をInstagramで見る
ELAIZA 母と一緒にあるライブハウスのクリスマスナイトのステージに出演し、クリスマスソングを歌った時のものです。10歳ですね。もっと小さい頃から、突然ステージに立たされて、歌わされるということがたびたびありました。
■その一瞬に放出することも嫌いじゃなくなりました
──そうすると、ステージのキャリアはかなりになるんですね。具体的に音楽活動をやろうと考え始めたのは、いつからですか?
ELAIZA 思春期に考えないこともなかったですが、その時期にはすでに雑誌のモデルをやったり、映画に出ていたので、時間もなかったですし、自分の性格的に音楽に関わるとしても裏方にいくだろうなと思っていました。
──性格のどういうところから判断したのですか?
ELAIZA 人前に立つのが好きではないんですよ。自分の言葉で自分の意思を伝えるよりも、別の形に昇華して、サポートするのが好きなんです。母がライブに行くまでのケアをしたり、母のレコーディングの時にあーだこーだと娘なりにディレクションしたり、ライブの受け付けをしたり(笑)。小・中学校の放課後に、母のライブによくついて行ってましたが、将来、自分が同じようにステージに立つというビジョンは浮かびませんでしたね。
──音楽番組『The Covers』のMCをされたり、カバー曲を歌ったりすることで、少しずつ表へと近づいていった…という感じなのですか?
ELAIZA 表に出ての音楽活動も悪くないのかなと思ったのは、番組のスタッフやリリー・フランキーさんから「エラ子、歌が好きなら『The Covers』で歌えるんじゃない?」って言ってくれたことがきっかけですね。
実は、リリーさん母のライブに行ったこともあるそうで。「エラ子のママのライブに行ってきたよ」って(笑)。そして、こうしてカバー曲を歌うことによって、音楽は母のように人前で歌うことがすべてじゃないと気づきました。いろんな聴かせ方、魅せ方があるんだなって。元々、曲を作ったり、コードを考えたりという、制作に関わることは好きでしたし、歌うのは一瞬のことなので、その一瞬に放出することも嫌いじゃなくなりました。
──音楽活動全般で考えると、裏も表もないですもんね。
ELAIZA そうですね。やっていることはそんなに変わらないなと思いました。目の前に人がいるかいないかの違いだなと。ただし、やはり人前で歌うのはメチャクチャ緊張するので、歌う前はだいたい体調を崩します(笑)。
──歌ったり、楽器を弾いたりすることは?
ELAIZA 高校の頃から人の曲を弾き語りはしていました。ギターを習ったことはないので、そんなにうまくはありませんが、授業の一環でギターがあったんですよ。忙しくてほとんど学校には行けてなかったんですが、授業で遅れをとるのは嫌なので、家で練習していたら、みんなより上達してました(笑)。
■音楽がコミュニケーションの形になってくれるのはありがたい
──今回、名義を“ELAIZA”としてデビューするうえで決断はあったのですか?
ELAIZA 「よーし、やってやるぜ!」って熱くなるタイプではないんですよ。同じ図鑑を何回も繰り返し読む子どもっているじゃないですか? 私はそういうタイプなんです。ある種、社会に不適合なところがあると思います。
「曲を作っていいよ」って言われたら、ブースにこもって、ひたすら曲を作って、トラックを作って、歌詞を書いて…ということを続けてしまうタイプ。その延長線上にデビューがあった、という感じです。なので、ライブをやるとなったら…パニックになると思います。ライブのことはあまり考えないように。「MCをやれ!」と言われたら、緊張で私は泣きます(笑)。
──(笑)。音楽を作って届けることは、人とコミュニケーションを取るとことでもあるのではないかと思いますが。
ELAIZA 音楽がコミュニケーションの形になってくれるのはありがたいです。
──『失楽園』を聴いていて、あらたな世界に踏み出す意思が存在する作品だと感じました。「AYAYAY」も一歩踏み出すことを誘う曲という解釈もできますが…。
ELAIZA 「AYAYAY」は、自分がこれから先こうなりたいということではなくて、気候変動や政治のことを念頭に置いて作りました。教習所の空き時間にテレビを観ていたら、画面の中で政治家が答弁していて、何ヵ月も前から同じことばかり言ってるな、(音的に)“AYAYAY”と言ってるように聞こえてくるなと思ったことがきっかけで作った曲です。
──そんなきっかけがあったのですね。
ELAIZA ただし、“共感してください”という感覚とは違うんですよ。現状から脱出したとしても、その先でどうやって生きたらいいのか、困惑するかもしれないじゃないですか。なので、“現状からの脱出ができたらいいのにね”ということは曲で提示していますが、それ以上のことは何も提示していません。
■己のことかもしれないと一瞬の緊張感を感じてもらえたらうれしい
──シンガーソングライターが自己表現するのとはスタンスが違うのかもしれませんね。
ELAIZA 自分のことを伝えようとしても、伝えるのは難しいですし、音楽にとっては曲解も喜びだと思うんですね。私が「この曲はこう感じてください」と伝えること自体が無粋なので、私の音楽を聴くことで、何かを考える時間にしてもらえたら、超ラッキーだなと思っています。アルバムの最後の曲「惑星」まで聴き終わった時に、聴いた方それぞれが自分自身のことをうっかり考えてしまう作品になっていたとしたら、ありがたいです。
ずっとスマホばかりいじっていたら、自分のことも考えないようになってしまうじゃないですか。そうやって一日が終わるのはむなしいことですし、散歩した時に、ふと地球ってこんなにきれいだったんだって感じられるような…そんな感覚にアルバムを聴いてなってほしいと言いますか。
──「惑星」はまさにそういう曲ですね。広い世界と狭い世界のアングルの切り替え、対比が鮮やかだなと感じました。
ELAIZA 「惑星」はそうした仕かけをいくつか入れています。広いことを歌っているんですが、音が突然なくなったり。昔の映画には静寂や沈黙などの“間”にいろいろな物語があったと思うんですよ。今はその“間”がどんどん短くなって、カット数を増やして説明的になってきてしまっているんじゃないか? と感じています。音楽の途中で一瞬、音が消えることで、壮大なことを歌っていながら、己のことかもしれないと一瞬の緊張感を感じてもらえたらうれしいですね。単なるお伽噺では終わらせたくないとは思っています。
──ファンタジーとは本来、現実と対抗していくためのものでもあると思いますし、『失楽園』もまさにそんな作品なのではないかと感じました。「夢街」なども独特の味わいがあります。
ELAIZA 松本 隆さんに「自分のことを書けないんです」って相談した時に、「書けばいいじゃない」って言っていただいて、自分なりに自分のことを書いたら、「夢街」になりました。「夢街」はアルバムの中でいちばんトリッキーな曲ではあるんですが、事実だけを書いた曲になりました。
■「私に任せてちょ」って思える曲を選びたい
──歌詞は先に書くのですか、それとも曲が先にあって?
ELAIZA 曲先です。本質的なことを言う時は絶対にシャレが効いているほうが良いと思っていて。先に歌詞を書いてしまうと、つい真面目に書いてしまいがちなんですよ。音に当てはめるほうがシャレっ気を出しやすいというか。メロディに対して、英語にも聞こえかねない響きでありながら、曲の本質をついた言葉を探すのが、オタク的にとても楽しい作業なんです(笑)。
──先行で「Close to you」「AYAYAY」を発表していますが、デビュー間もなくアルバムという形態で作品を発表するのには何か理由があるのですか?
ELAIZA 曲がたくさん出来たので、アルバムにした…という、シンプルな理由です(笑)。私とレコード会社の3~4名という少数のスタッフで制作を進めていたので、お互いを知り合うためにディスカッションを兼ねて作っていたら、どんどん曲が生まれたんですよ。なので、“アルバムで華々しくデビュー!”というつもりはまったくありませんでした。
ただ、今はサブスクでプレイリストを作って聴くこともできるので、たくさん曲があると、自由に選んでもらえるので、それも良いかなと思います。もちろん、作り手としては、アルバムとして通して聴いてほしい気持ちもありますが、それぞれの聴き方で楽しんでいただければ。
──曲調はバラエティに富んでいて、様々なジャンルの音楽の要素が入っていますが、これはELAIZAさんご自身の音楽の好みを反映しているということでしょうか?
ELAIZA ジャンルのことは聴きすぎて、わからなくなっていますね(笑)。ジャズにしても、私の中で観たことのあるジャズって、その場のセッションなので、ジャンルではないんですよ。例えば、ニーナ・シモンがソウルかジャズかと言われたら、ジャズでもあるけれど、体にガンッ! てくる感じはソウルでもあるわけで。
ジャンルはあくまでも人と音楽を共有するために生まれた言葉だと思うので、作る時にもジャンルは一切意識しませんでした。映像を音にするという意識で、必要な音を一個一個増やしていく感覚で作っていました。
──数千曲の中から制作する曲を選んだとのことですが、どんな基準で選んだのですか?
ELAIZA 素晴らしい曲ばかりだったんですが、「私じゃなくてもいいな」と思うものは除いて、「私に任せてちょ」って思える曲を選びました。実際にうまくできるかどうかは別としてですけど。あとは、自分も含めた世の中にとって、今いるかいらないかということです。
本当に「良い!」と感じたら、その瞬間に歌詞が出てきて、じゃあビジュアルはこんな感じでといった具合にイメージが広がるんですよ。監督をやる時も、脚本を書きながら、カット割りを作っているんですが、それと同じ感覚ですね。
■「惚れた腫れたは勘弁してくれ」といつも言っています(笑)
──歌い手としてはどんな意識で?
ELAIZA レコーディング中に感じていたのは自分の声は楽器の一部だということ。歌詞すらも音として解釈しているという感覚でした。
──“AYAYAY”というフレーズも、意味のある言葉よりも聴き手にいろいろなことを感じさせる部分がありますよね。
ELAIZA 「AYAYAY」では自分が小さなラッパだと思って歌っていました。パララララッ~って(笑)。「Fall」ならば、ひずんだベースの音。今あるトラックに対して、どの要素があると音として成立するのかを考えながら歌っていましたね。言葉よりも響き。でも、「Close To You」だけは言葉を大切にした一曲です。
──それはなぜですか?
ELAIZA 言葉の一つひとつに自分の自意識が出てしまっていないかをチェックしながら歌っていったからです。“密やかに”というフレーズだったら、“密やかに”という表現に集中することで、聴いた人が映像にしやすくなると判断したので。共感してもらうよりも、作品全体に通ずる話ではありますが、五感で楽しんでもらえたらということですね。
──共感してもらうのは嫌なんですか?
ELAIZA 私自身、人様に共感してもらえるような人生を送っていないですから。働いてばかりなので、歌詞を書くにしても「惚れた腫れたは勘弁してくれ」といつも言っています(笑)。
──楽器的に表現するにしても、歌ううえでは技術も大切だと思うのですが、技術についてはとんな意識で?
ELAIZA 日々勉強です。これまで技術を知らずに、歌い方の名称も知らず、発声練習をしたこともなく、野性動物のように歌ってきたので。
──しかし、つねにお手本となる存在が身近にいらしたわけですよね。
ELAIZA そうですね。だからなんとかサバイブはできてはいるんだと思います。でも、例えば、マイク乗りの良い声の出し方はまったくわからないので、NHKホールのステージに立って歌うたびに、いつもの歌い方では厚みが足りないなあとか、勉強になることはたくさんあります。ただし、あまり考えすぎると、歌をやめたくなってしまうので(笑)、楽しい範囲内で吸収していけたらと。
■飽きたらプロフェッショナルじゃなかったということになってしまう
──アルバムを一枚作ったことで、今感じていることは?
ELAIZA 実は、もう次の作品を作り始めているんですよ。次もやりたくなったということは、自分としても楽しかったということですね。ただし、聴いてもらってなんぼだと思うんですよ。聴いて何かを感じてもらって、初めて曲は立体的になるものですし、一生懸命作ったから、聴いてよ! という気持ちも自然に生まれてきました。
今までは“好きな人だけが好きになってくれたらいい”と思っていたんですが、自分ひとりで作ったわけではないですし、これからどんどん広がっていったらうれしいという気持ちが強くなりました。各々、自由に愛したいように愛してくれたらうれしいです。聴き方は皆さんにお任せします(笑)。
──音楽活動で目指すことはありますか?
ELAIZA やめないことですね。飽きたら、自分がプロフェッショナルじゃなかったということになってしまいます。飽きるということは自分で諦めてしまうことだし、飽きやすい性格だからこそ、飽きずに続けていけたらと思っています。聴いてくれるみんなと一緒にチームみたいになって、シェアできたうれしいです。
これまでは作ったものに対して、作った後に振り返ることはなかったのですが、音楽の場合は作ったら、ライブをやって聴いてくれる人と合流して、同じ空間を共有してから解散して…ということを繰り返すことになると思うんですね。そういった振り返りが次の制作にも繋がり、また作って、また合流してということなので、過程もすべて楽しんでいけたらと思っています。
プロフィール
ELAIZA
エライザ/2021年8月、女優・モデル・映画監督など、多岐にわたる活躍をみせる池田エライザが“ELAIZA”として音楽活動を始動。同年9月6日にデビュー曲「Close to you」、そして11月8日に1stアルバム『失楽園』を発表。
ELAIZA OFFICIAL SITE
https://ikedaelaiza.jp/
リリース情報
2021.11.08 ON SALE
ALBUM『失楽園』
ライブ情報
ELAIZA 1st ShowCase LIVE ”Paradise Lost”
12/25(土)東京・EX THEATRE ROPPONGI