オルタナ、シューゲイズの潮流を感じさせる鋭利で繊細なバンドサウンド、まるで映画のワンシーンを切り取ったような歌の世界によって、音楽ファンの注目を集めているスリーピースバンド、羊文学。
長編アニメーション映画『岬のマヨイガ』主題歌「マヨイガ」を含む新作「you love」epは、“家”“帰る場所”をテーマに、“人は本来、愛し、愛される存在”というメッセージを込めた作品となった。音楽的なトライアルも多い本作について、メンバーの塩塚モエカ(Vo & Gu)、河西ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)に聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY 森朋之
PHOTO BY 森崎純子
■ふたりに手紙を書くような感じで書いたのが「マヨイガ」です
──新作「you love」epのリード曲「マヨイガ」は、長編アニメーション映画『岬のマヨイガ』主題歌。楽曲の制作は、アルバム『POWERS』を作り終えてからですか?
河西ゆりか(以下、河西):そうですね。アルバムが出た直後くらいだった気がします。
塩塚モエカ(以下、塩塚):うん。主題歌のお話をいただいてから、映画のために作った曲ですね。何回も台本を読んだんですが、主人公のユイちゃん、ひよりちゃんが本当に存在しているような気がしてきて。自分自身にもちょっとだけふたりと重なる部分があるし、ふたりに手紙を書くような感じで書いたのが「マヨイガ」ですね。
──すごくドラマティックな曲だし、“花束いっぱいに抱きしめて / 世界を愛してください”というすごく前向きな歌詞もあって。これまでの羊文学にはなかったタイプの楽曲だなと。
塩塚:そうですね。曲を書いたときは、“この曲をバンドでやってもいいのかな?”と思ったんです。
──羊文学には合わないかも、みたいな?
塩塚:はい。なのでメンバーのふたりに送る前に、マネージャー兼レコーディング・ディレクターの方に聴いてもらって、かなり話し合って。弾き語りみたいなデモだったんですけど、オーケストラのアレンジしか思い浮かばなかったんですよね、最初は。そこから少しずつ制作を進めて、最終的にバンドでピタッとハマるような形になったという感じです。
河西:最初のデモの段階では、アコギのイメージが強かったんですよね。疾走感というより…。
塩塚:ゆったり歌い上げるような感じだったからね。実は何パターンか作ったんですよ。疾走感のある曲と、ゆっくりしたテンポの曲があったんですけど、ふたつを合わせてるところもあって。“サビのパートは、ゆっくりしたテンポのほうにしよう”みたいな感じで、いろいろ試しながら作った曲ですね。“3人でいかに壮大にするか”ということも考えてましたね。
フクダヒロア(以下、フクダ):歌詞を自分になりに解釈して、ドラムの演奏にも反映させていて。感覚的なことなんですけど、たとえばAメロは、ユイちゃん、ひよりちゃんを思いやるように優しいタッチにしたり、サビでは“ひとりでも強く生きていける”と背中を押すような気持ちで叩いたり。
──なるほど。予告編の映像からも、映画と楽曲のマッチングの良さが伝わってきました。
塩塚:そうですよね!
河西:感動しましたね。
塩塚:映画も素晴らしかったです。妖怪がいっぱい出てくるんですけど、淡々としたキャラクターが多いなかで、カッパだけがひょうきんもので。カルボナーラを見つけたカッパが“カッパルボナーラ!”と叫んで宴会が始まるシーンが印象的でした(笑)。ユイちゃん、ひよりちゃん、おばあちゃんが縁側で焼きおにぎりを食べる場面も良かったですね。
河西:あれね!タンポポの根のお茶も出てくるんですけど、自分でも作ってみたいなと思いました(笑)。
塩塚:とにかく、おばあちゃんが作るごはんがおいしそうなんですよね。
──実家を出てきたユイ、両親を事故で失ったひよりが、不思議なおばあさんに出会って、古民家で暮らすというストーリーなので、家で食べる食事はすごく大事ですよね。
河西:そうなんですよ。
塩塚:敵とされている妖怪とバトルする場面もあるんですけど、アクションっぽい映画ではなくて。ほっこりというか、温かい気持ちになれる作品だと思います。
フクダ:優しい気持ちになれる映画ですね。大竹しのぶさん、芦田愛菜さん、など、声優陣の皆さんの演技も素晴らしかったです。
塩塚:ユイちゃんは結構乱暴な言葉も使うんですけど、その言い方も本当に自然で。“本当に芦田愛菜さん?”と思いました(笑)。
河西:そうだよね(笑)。舞台が岩手県なんですが、ファンタジー的な要素がありつつ、震災の跡が描写されてり、現実的な部分が混じっているのも印象的でした。
■テーマとしては、具体的な家というより、“安心できる場所”
──「you love」epのテーマは“家”、“帰る場所”。これも「マヨイガ」に由来しているんですか?
塩塚:もともとはEPにする予定ではなかったんですよ、実は。最初は「マヨイガ」と「マヨイガ」の別バージョンを作ってリリースすることになってたんですけど、個人的には“2曲入りCDはどうなのかな?”という気持ちがあって。スタッフの皆さんと話すなかで、「マヨイガ」を中心にして、“家”を連想できる曲を集めたEPにしようということになったんです。ただ“家”といっても、いろいろあるじゃないですか。実家、ひとり暮らしの部屋だったり、誰かと住んでいる人もいれば、家がない人もいて。EPのテーマとしては、具体的な家というより、“安心できる場所”として捉えてますね。
──ポップな側面を打ち出した楽曲、アコースティックな楽曲など、音楽的な幅も広いですよね。
塩塚:それも最初から意識してわけではなくて。かなりタイトなスケジュールだったので、“とにかく曲を集めなきゃ”みたいな感じだったんですよ(笑)。しかも最初は4曲の予定だったのに、急遽5曲入れることになって。大変でしたけど、やりたいことをすぐに形にできたのは良かったですね。
──「あの街に風吹けば」は、軽やかなポップネスを感じさせるナンバー。ファルセットを活かしたサビのメロディが気持ち良くて。
塩塚:ライブで歌えるのか心配ですけどね(笑)。「あの街に風吹けば」も映画のために書いた曲のひとつなんです。すごくいいなと思っていたので、歌詞を書き直して収録しました。
河西:楽しげな曲ですよね(笑)。手拍子が入ってたり、いつもとは違う音も取り入れて。遊び心のある楽曲だと思います。
──ドラムの音も抜けが良くて。普段よりチューニング高めですか?
フクダ:そうですね。いつもはもう少し低くて暗めの音なんですけど、この曲のサビは抜けがいいほうがいいなと。使ってるスネアも普段と違うんですよ。
■歌詞の韻を意識したり、いろいろと挑戦している曲
──曲によって音色を変えているんですね。
フクダ:はい。3曲目の「なつのせいです」は、はっぴいえんどのイメージだったり。
塩塚:私の中ではYuck(ロンドン出身のインディー・ロックバンド)のイメージなんですけどね(笑)。1stアルバム(『Yuck』)が好きなんですけど、ボーナストラックに「夏なんです」(はっぴいえんど)のカバーが入っていて。アルバム全体のサウンド──シューゲイズとアコースティックが混ざってるような──を研究して、自分たちなりにやってみたいなって。いつもよりギターを重ねたり、歌詞の韻を意識したり、いろいろと挑戦している曲ですね。
──そして「白河夜船」は、アコースティック感とサイケ感が混ざり合ったサウンドになっていて。
塩塚:「白河夜船」という映画があって、すごく好きなんです。その映画のイメージで、20歳くらいのときに書いた曲ですね。ずっと眠ってしまう女の子が出てくるんですけど、その姿が自分の中で“家”の印象と結びついて。
河西:「BlUE.ep」という自主盤に入っていた曲で、私もすごく好きで。弾き語りの曲なので、歌の息づかいや歌詞がスッと入ってきて、聴いてて気持ちいいです。
フクダ:“今日も朝から晩まで眠り続けます”という歌詞があるんですけど、確かに“家”のイメージだなと。このEPに入れる意味がある曲だなと思います。僕も映画の「白河夜船」がすごく好きで。安藤サクラさんが主演なんですが、最後の花火のシーンがきれいなんですよ。
──映画「白河夜船」の原作は、吉本ばななさんの小説ですよね。ばななさん、高校生のときにずっと寝てたみたいですよ。
塩塚:え、そうなんですか? そう言えば私も、大学生のときずっと寝てました(笑)。考え事をすると、眠くなっちゃうんですよ。
河西:考え事してると寝ちゃうって、ホントにそうだよね(笑)。
塩塚:この前、大学のときの友達に会ったんですけど、「ずっと寝てたよね」って言われました(笑)。今も結構寝ちゃいますね。“この日は曲作りをしよう”と決めても、ちょっと作っては寝て、またちょっと作っては寝て(笑)。
──(笑)フクダさんもよく眠れてますか?
フクダ:寝るのは好きですね、インドア派なんで。
塩塚:フクダって、こうやって座ってても、ぜんぜん動かないですよ。髪型がこうなので、起きてるかどうかわからない(笑)。
河西:たまに寝てるよね。
フクダ:いやいや、さすがに起きてるよ(笑)。
■疾走感があるし、曲のカラーもキラキラした青みたいなイメージ
──5曲目の「夜を越えて」も素晴らしいです。美しく歪んだギター、憂いのあるメロディ、タイトなリズムセクションなど、羊文学らしさがしっかり出ている楽曲だなと。
河西:私もそう思います(笑)。
塩塚:イントロのギターから作った曲なんですけど、たしかに好きな感じですね。疾走感があるし、曲のカラーもキラキラした青みたいなイメージで。
フクダ:初期衝動を感じる曲というか。eastern youth、bloodthirsty butchersが好きなんですけど、バンドっていいなと思いながらドラムを叩きました。ドラム自体はすごくシンプルなんですよ。3点(ハイハット、バスドラ、スネア)を中心にして、ハイ・タム(高い音のタム)を使ってなくて。フレーズもすごく気に入ってるし、早くライブでやりたいですね。
河西:すごくストレートだし、バンドらしい曲ですよね。仮タイトルが「いい曲」だったんですよ(笑)。
塩塚:そうだった(笑)。
河西:最初はEPに入れる予定じゃなかったんですけどね。ギリギリになって、やっぱり収録しようということになって。
──出し惜しみしないで聴いてもらおう、と。
塩塚:いい曲だから出し惜しみしたい気持ちもあったんですけど(笑)、その後の曲(6曲目の「マヨイガ with 蓮沼執太フィル」)があまりにもカッコよくて、「これを迎え入れるためには、『夜を越えて』が必要だ」ということになったんです。
──なるほど。「マヨイガ with 蓮沼執太フィル」、たしかにカッコいいですよね。どういう経緯で実現したコラボレーションなんですか?
塩塚:蓮沼執太フィルの曲(「HOLIDAY feat. 塩塚モエカ」)で歌ったり、コンサートに出演させてもらったり、関係はかなり深くて。「マヨイガ」はもともと“オーケストラ・アレンジが合いそう”と思ってたし、個人的に“フィーチャリングやコラボレーションをもっと身軽にやりたい”という気持ちもあって。お願いしたら、快く引き受けてくれました。
──なるほど。現代音楽的なアプローチもありつつ、原曲の歌の良さはしっかり活かされていて。素晴らしいアレンジですね、ホントに。
塩塚:そうなんです。蓮沼さんが打ち込んだデモが送られてきた時点でめちゃくちゃカッコ良くて。
フクダ:ドラムのアレンジも(原曲とは)まったく違うアプローチで。サビのパートで手数を減らしていたり、“こういうやり方もあるんだな”って勉強になりました。
河西:コードも変わってるのかな?
塩塚:たぶん。あと、3人のもともとの演奏も活かされてるんですよ。最初に聴いたときは、私も気づかなかったんですけど(笑)。
■いろんな人と関わっていけたらいいなと思ってます
──こういうコラボレーションは今後も続けたい?
塩塚:やりたいなと思ってます。バンド以外のところで歌わせてもらう機会もあるんですけど、そのたびに自分の声の可能性に気づけるので。アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の「触れたい 確かめたい」(塩塚がボーカルで参加)のSeihoさんのリミックス・バージョンもすごく良かったし。今は風の時代なので(笑)、どんどん新しいことをやっていきたいですね。
河西:そうだね。
塩塚:今回のEPは、アートワークも気に入っていて。田中せりさん(アートディレクター)にお願いしたんですけど、制作期間が短かったおかげで(笑)、直接やり取りして、そのなかで深いトークもできて。そういう感じで、いろんな人と関わっていけたらいいなと思ってます。
──CDのアートワークには、メンバーのみなさんの小さい頃の写真が使われていて。
河西:そうなんです。家には写真がいっぱいあるんですけど、奥のほうにしまってて、一部しか取り出せなくて(笑)。赤ちゃんの頃の写真を使ってもらいました。
フクダ:僕はドラムを叩いてる写真ですね。
河西:いいよね、あの写真。
塩塚:あれはかわいい(笑)。
フクダ:お父さんがドラムをやっていて、家にドラムセットがあったんです。僕も小さいときから触れてたし、おもちゃのドラムセットを買ってもらって、遊んでました。
──どんな子どもだったんですか?
フクダ:“あぶい”(危ない)が口癖だったみたいです(笑)。あまり行動力がなくて、人見知りだったし、人と会っても目を隠しちゃうような子どもでしたね。
塩塚:(笑)昔からそうだったんだ。
──そのまま大人になったというか(笑)。河西さんは?
河西:お兄ちゃんがいたので、外で男の子みたいな遊びをしてましたね。秘密基地とか、サッカーとか。
──塩塚さんは読書好きの少女?
塩塚:いや、ぜんぜん(笑)。まあ、ちょっとは読んでましたけど…ジャケットの写真、ちょっとおちゃらけてるじゃないですか。
河西:ポーズ取ってるよね。
塩塚:普段からこんな感じだったんですよね。結構ガリ勉だったんですけど(笑)、チョケてるというか、ふざけたポーズしたり。今も、カメラを向けられるとすぐピースしちゃうんですよ。
──歌ってるときのイメージとちょっと違うかも(笑)。
塩塚:そうですよね(笑)。
■久しぶりに気持ちよく歌ってますね
──9月には東名阪ツアー「Tour 2021“Hidden Place”」を開催。新作はもちろん、アルバム『POWERS』の楽曲を聴けるのも楽しみです。
河西:『POWERS』の曲、結構ライブでやってるんですよ。(セットリストの)スタメンになりつつありますね。
フクダ:難しい曲もあるんですけど、だいぶ馴染んできて。いい感じです。
塩塚:(アルバムの表題曲)「POWERS」という曲も、最初は難しいなと思ってたけど、だいぶ安定してきました。曲を書いたときに“ライブでこうなったらいいな”って想像してたことが形になってきて。本当はお客さんにも一緒に歌ってほしんですけど、それはもうちょっとガマンですね。
──「マヨイガ」もライブでやってるんですか?
河西:何度かやりましたね。
塩塚:サビが気持ちいいんですよ、歌ってて。音数が少ないから緊張もあるんだけど、サビはとにかくドカーン! って感じで……語彙が(笑)。
──(笑)思い切って歌える曲だと。
塩塚:そうなんです。羊文学は、声を張って大きく歌う曲が少なくて。久しぶりに気持ちよく歌ってますね。
プロフィール
羊文学
ヒツジブンガク/塩塚モエカ(Vo&Gu)、河西ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)からなる、繊細ながらも力強いサウンドが特徴のオルナティブロックバンド。
2017年に現在の編成となり、これまでEP4枚、フルアルバム2枚、そして全国的ヒットを記録した限定生産シングル「1999 / 人間だった」をリリース。
2020年8月19日にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)より「砂漠のきみへ/ Girls」を配信リリースし、メジャーデビュー。
2020年12月9日にニューアルバム『POWERS』リリース。
2021年3月のonline公演を皮切りに、9月に東京・名古屋・大阪3都市にて有観客公演Tour 2021“Hidden Place”を開催。8月22日にはFUJI ROCK FESTIVAL’20に出演。しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。
リリース情報
2021.08.25 ON SALE
EP「you love」
ライブ情報
Tour 2021 “Hidden Place”
09/03(金)梅田CLUB QUATTRO
09/10(金)BOTTOM LINE
09/24(金)USEN STUDIO COAST
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