■音楽の道を諦めてかけていた時に、自分を奮い立たせるために書き上げたのが「ファイト・ソング」
リリースから9年、レイチェル・プラッテンの名曲「ファイト・ソング」が日本で改めて脚光を浴びている。ご存知の通りリバイバル・ヒットの理由は、テレビ番組の主題歌や挿入歌に使われたとか、SNSでバズったとかいろんなケースがあるのだが、「ファイト・ソング」の場合は幾つもの要因が絡んでおり、非常に興味深い現象だと言えるのかもしれない。
▼Rachel Platten – Fight Song (Official Video)
では、「ファイト・ソング」とはそもそもどんな曲で、レイチェル・プラッテンとは何者なのか?これまでに4枚のアルバムを発表している彼女は、米国ボストン出身のシンガー・ソングライター。子どもの頃から音楽に親しみ、政治学を学んでいた大学時代にミュージシャンを志そうと決心して、卒業後はニューヨークを拠点にアルバイトをしながらライヴ活動に励んでいたという。しかし、ヒットに恵まれないまま30代に突入。音楽の道を諦めてかけていた時に、自分を奮い立たせるために書き上げたのが「ファイト・ソング」だった。
■テイラー・スウィフトの耳を捉え、コンサートにレイチェルを招いてステージで一緒に歌ったことも
カナダ人の売れっ子プロデューサーであるジョン・レヴィーン(デュア・リパ、ベンソン・ブーン)と録音し、のちにサード・アルバム『ワイルドファイア』に収録される「ファイト・ソング」は2015年2月に発売され、じわじわと支持を集めてチャートを上昇。あのテイラー・スウィフトの耳を捉え、彼女が自身のコンサートにレイチェルを招いてステージで一緒に歌ったことも追い風となり、全米チャートで最高6位を記録。米国内だけでトリプル・プラチナ・セールス(300万)を達成すると共に全英チャートではナンバーワンに輝き、1年間でPVの再生回数は1億5千万回を突破するなど、満を持して大ブレイクを果たした。また2016年の米大統領選挙では、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が「ファイト・ソング」をテーマ曲にセレクト。イベントで繰り返しプレイされ、同候補を支えるセレブリティたち(ジェーン・フォンダやイディナ・メンゼルほか)がこの曲をアカペラでカヴァーする映像が公開されて、さらなる認知度アップにつながった。
■メロディの高揚感そのものが、英語が分からなくても歌詞の内容を雄弁に示唆
ここ日本でも当初からヒットを博し、彼女は第31回日本ゴールドディスク大賞「ベスト3ニュー・アーティスト」(洋楽部門)賞を受賞するのだが、日本のリスナーは元から「負けるな」「がんばれ」と励ましてくれる曲に強く共感する傾向があるだけに、現在も「ファイト・ソング」がファンを増やしていることは何ら不思議ではない。そう、ピアノの伴奏で穏やかにスタートし、そこにビートが加わってどんどんテンションを上げて、サビで一気にエモーションを解放──というドラマティックな展開は透明感溢れる歌声を引き立て、分かりやすいタイトルも相俟って、メロディの高揚感そのものが、英語が分からなくても歌詞の内容を雄弁に示唆している。
■いしわたり淳治が手掛けた素晴らしい日本語訳を添えたPVが公開
もちろん、レイチェルが実体験に基づいて綴った歌詞も、まさにリアルであるがゆえに説得力満々だ。“海に浮かんだ小さなボートだって/大きな波を立てることができる/たったひとつの言葉だって 心の扉を開けることができる/だから1本のマッチしかなくても/私は大きな爆発を起こしてみせるわ”というオープニング然り、“これは私のファイト・ソング/人生はやり直せるって/まだ自分はできるって/証明するための歌”と力強くリピートされるサビ然り。YouTubeの公式チャンネルでは、いしわたり淳治が手掛けた素晴らしい日本語訳を添えたPVが公開され、日本での曲の人気に一躍買ったことも指摘しておくべきだろう。
▼Rachel Platten – Fight Song (Japanese Subtitles)
「ファイト・ソング」日本語ヴォーカルカバーVer.(日本語詞:いしわたり淳治)
そのPVのコメント欄には実際、多くの受験生、就活中の学生、いじめに悩む人、病魔に襲われた人、恋人と別れた人……と、様々な事情で精神的に辛い状況にあったり、心に傷を負った人たちが、真摯な感想や感謝の意を寄せている。「何度も救われてる曲。まだ私は頑張れる。」「私にとって人生を大きく変えてくれた歌。」「洋楽でこんなに泣いたのは初めて」「この曲聞くとなんでも出来る気がする」「この曲神」といった具合に。彼らが「ファイト・ソング」と出会ったタイミングは様々だが、最近になって曲のファンが増えたこともそこから確かに見て取れる。
■「ファイト・ソング」とスポーツのコネクション。日本のあちこちで「ファイト・ソング」にまつわるエピソードが報じられた
何しろここ数年間、日本のあちこちで「ファイト・ソング」にまつわるエピソードが報じられた。特に多かったのはスポーツ界。「ファイト・ソング」とスポーツのコネクションは、2016年のMLBオールスターゲームでレイチェルが米国国歌とこの曲を披露した際に始まったと言えなくもないが、わが国でもスポーツに絡めたプレイリストにしばしば掲載され、アスリートたちに愛されてきた。例えば、サッカー日本代表の田中碧は「試合前によく聞く曲」に挙げ、水泳選手の今井月やプロ・ゴルファーの河本結も自分を元気付けるために愛聴し、河本にいたっては自ら曲を歌う映像も公開。野球選手なら、福岡ソフトバンクホークス時代の内川聖一、東京ヤクルトスワローズ時代の奥村展征らが登場曲に用い、北海道日本ハムファイターズは“ファイト”つながりで、2023年シーズンを通じて本拠地エスコンフィールドで勝利した際には、試合のダイジェスト放映の背景で「ファイト・ソング」を流したものだ。
■INIのメンバーの木村柾哉が「気合いを入れる時に聴く曲」として「ファイト・ソング」を推薦
他方で2024年に入ってからは、INIがホストを務めるラジオ番組『From INI』の中で、メンバーの木村柾哉が「気合いを入れる時に聴く曲」として「ファイト・ソング」を推薦し、TOKYO FM放映の『三菱重工presents永野芽郁 明日はどこ行こ?』では永野本人がこの曲に白羽の矢を立ててオンエア。その都度注目を集め、新たなリスナーを獲得し、夏になると今度は大成建設グループのテレビCM「地図に残す仕事。」篇にフィーチャーされると共に、エスエス製薬による女性のキャリアを応援する新企画『BeliEVE PROJECT』の紹介動画(菜々緒が出演)のBGMとしても流れている。思えば今年はスポーツ関連の話題が多い上に、またもや女性候補が立っている米大統領選が11月に控え、出産を経て音楽界から遠ざかっていたレイチェル自身も7年ぶりの新作を携えてカムバック。いろんな意味で再評価の条件が揃っていると言えなくもないし、まだ「ファイト・ソング」を知らない人がいるなら、今こそ試しに聴いてみてほしい。いつかこの曲の応援を必要とする時が来ないとも限らないのだから。
TEXT BY 新谷洋子
リリース情報
ALBUM『ワイルドファイア』
https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?cd=SICP-4752