■話題となっている「夏歌」「青い珊瑚礁」は今から44年も前のいわゆる懐メロ
あ~わた~し~の~こ~いは~♪
今年もっとも話題になっていると言ってもいい「夏歌」の一節である。「いやいや、冗談でしょ」と思ったあなたは、おそらくオーバー50ではないだろうか。この曲は、松田聖子がまだデビュー間もない1980年7月に発表し、アイドルとして大ブレイクしたきっかけとなったセカンド・シングル「青い珊瑚礁」。今から44年も前のいわゆる懐メロだ。それが今、音楽ストリーミングサービスで驚くべき再生回数を稼いでいるという、なんとも不思議な現象が起こっている。
松田聖子は若い世代からもそれなりに認知はされているだろうし、彼女のヒット曲や代表曲はストリーミングにおいてこれまでも比較的よく聴かれている。この「青い珊瑚礁」も、すでにコンスタントに1日3、4万回程度の再生数を稼いでいる人気曲ではあった。しかし、今年の6月27日に一気に10万回の大台に乗り、6月29日には過去最高の19万回越え。以降も1日につきおよそ15万回のペースで聴き続けられているのだ。
▼「青い珊瑚礁」再生回数
■NewJeansが巻き起こした“青い珊瑚礁現象”によるストリーミング再生回数の増大
ここまで急激に多くの人に聴かれるようになったのは、当然理由がある。今やK-POP最大のスターとなったNewJeansが、6月に2日間に渡って東京ドームで公演を行った際に、メンバーのハニがソロコーナーでこの「青い珊瑚礁」を歌ったのである。この時、竹内まりや「プラスティック・ラヴ」、Vaundy「踊り子」の2曲も他のメンバーによってカヴァーされたが、ハニの聖子ちゃんカットに似た髪型や、80sテイストの白とブルーのボーダーシャツなども合わせて「青い珊瑚礁」の反響が最も大きく、X(Twitter)をはじめとするSNSで話題が沸騰。しかもこの時の動画が拡散されたことで、日本だけでなく韓国でも「青い珊瑚礁」がトレンド入りするほどの結果となった。ストリーミングの再生回数が増大したのは、NewJeansが巻き起こした“青い珊瑚礁現象”によるものなのである。
松田聖子と言えば、いわゆる「夏歌」の名曲が多いことで知られている。「白いパラソル」「渚のバルコニー」「ピンクのモーツァルト」「ボーイの季節」などシングルヒットだけでも枚挙に暇がないし、「小麦色のマーメイド」や「セイシェルの夕陽」などはシティポップの観点からも高く評価されている。それにもかかわらず、流行りのシティポップ的な楽曲ではなく、最初期のアイドルらしいキャンディポップの「青い珊瑚礁」だけが突出して聴かれるようになるとは、おそらく誰も予想していなかったはずだ。しかも、従来聴いていた5、60代のリアルタイム世代ではなく、アーリー’80sの音楽にはまったく接点が無かったであろう20歳前後のZ世代にリーチし、再生回数が激増したのである。「赤いスイートピー」や「あなたに逢いたくて~Missing You~」などがここ最近の上位人気曲だったが、これを機に2024年の夏以降、「青い珊瑚礁」は彼女の数ある代表曲の筆頭になると同時に、「夏歌」の大定番になっていくことだろう。
この“青い珊瑚礁現象”は少し極端な例かもしれないが、ここ10年ほどで「夏歌」の定番の地図が大きく塗り替えられていることをご存じだろうか。世代によって「夏歌」の好みや捉え方が違うので一概に言えないが、この数年でめきめきと頭角を現しているのが、Whiteberryの「夏祭り」(2000年)と、ZONEの「secret base〜君がくれたもの〜」(2001年)だ。前者はJITTERIN’JINNのカヴァー、後者はバンドのオリジナルという違いはあるが、いずれもリリースされた時期が近いうえに、「ガールズバンド」「ドラマ主題歌」「紅白出場曲」という共通項を持っており、それぞれの代表曲に数えられている。
この2曲は、発表された当時にすでにヒットした楽曲なので、「夏歌」の定番になっていくことに関してそれほど疑問はない。ただ、発表後20数年の間に多くのカヴァー・ヴァージョンが生まれたり、新たにドラマやCM、さらにはTikTokなどのSNSで使用されたりと、発表された当時以上に楽曲の人気や評価が高まっていったという印象を受ける。実際、テレビの歌番組でも「夏歌」特集があればこの2曲は必ずと言っていいほどフィーチャーされることが多く、その流れでストリーミングの再生回数も毎年夏の時期にピークが来て、秋になると徐々に減っていくという明確なグラフを描いている。一昔前ならサザンだ、タツローだ、TUBEだと言っていたように、今では「夏祭り」と「secret base〜君がくれたもの〜」が夏に欠かせないものになっているのである。
▼「夏祭り」再生回数
▼「secret base」再生回数
■新しいリスナーを獲得する新定番的な「夏歌」が好まれる傾向
サブスク時代に入ってからは、こういった新しいリスナーを獲得する新定番的な「夏歌」が好まれる傾向はさらに強まっている。フジファブリックの「若者のすべて」(2007年)も顕著な一曲だ。この曲も発表当時はそれほど騒がれることはなかったが、バンドのヴォーカリストである志村正彦が2009年に急逝し、Bank Bandが2010年にカヴァーして話題になり、さらにドラマやCMのタイアップが付くといったことがあり、楽曲自体が独り歩きして広まっていった感が強い。大ヒット曲でもないのにYouTubeのMV再生回数が、5千万回を超えているというのも驚きだ。音楽雑誌「ミュージック・マガジン」8月号で行われた「2000年代Jポップ・ベスト・ソングス100」という特集のランキングでは、堂々の10位にランクインするなど、もはや「夏歌」の範疇を超えた名曲として評価されている。
「青い珊瑚礁」と同じく、80年代の「夏歌」ということで言えば、杏里の「Remember Summer Days」(1983年)も注目すべき一曲だ。彼女最大のヒットシングル「悲しみがとまらない」のB面だったこの曲は、オリジナル・アルバムには未収録ということもあって、コアなファン以外にはそれほど知られることはなかった。しかし、昨今のシティポップ・ブームのなかで再発見され、杏里の代表的な一曲として国内外で評価が高まり、イリーガルではあるがリミックスやサンプリングなどで使用されることも増えたのである。杏里のヒット曲と言えば、「SUMMER CANDLES」や「ドルフィン・リング」など「夏歌」として再び評価されそうな楽曲は多数あるが、その中でなぜか「Remember Summer Days」がピックアップされ、最も再生回数の多い楽曲になっているというのが面白い。
■いつ何時どんな曲が「夏歌」の新定番としていきなりバズるかなんて誰も予測できない
このような動きを見ていると、あらためて、時代や国境に縛られずに先入観抜きで音楽を楽しむ時代が来たのだと痛感させられる。サブスクを使ってワンクリックでどんな音楽でも簡単にアクセスできるとなれば、いつ何時どんな曲が「夏歌」の新定番としていきなりバズるかなんて誰も予測できないだろう。逆に言えば、どんな楽曲でも状況さえ整えば、時空を超えて大ブレイクする可能性がある。ほんの少しのきっかけで、これからも何度でも“青い珊瑚礁現象”が起こり、新しいヒットやシーンを生み出してくれるはずだ。
TEXT BY 栗本斉