番組のコンセプトは「この東京の瞬間を選曲で表現」──選曲はアーティスト自身がすべて行い、トークもその日、その時、心と頭で感じていることを短く──そんなシンプルかつ“豊かな”ラジオ番組が、4月からJ-WAVEでスタートした。いや、帰ってきた──『THE UNIVERSE(ザ・ユニバース)』。
2008年に終了した番組が装いも新たに、進化し帰ってきた。毎週月~木 27時~29時(深夜3時~5時)、夜明けを待つ東京に、アーティストがこだわってセレクトしたグッドミュージックが流れるこの番組が、早くも話題だ。月曜/安藤裕子、火曜/大橋トリオ、水曜/大貫妙子、木曜/岸田繁(くるり)という人気アーティストがナビゲーターを務める。
この番組の復活の陰にはひとりのラジオマンの熱い想いが存在している。これまでJ-WAVEで様々な番組やイベントを手がけてきた廣阪拓也氏(J-WAVE MUSIC取締役)が、久々に現場で陣頭指揮を執っている。廣阪氏にこの番組を今復活させた理由、狙いを聞いた。
■番組復活のきっかけは、J-WAVEに求められてるものってなんだろうという思い
──まず「THE UNIVERSE」を復活させた理由から教えてください。
廣阪拓也(以下、廣阪):これまでいろいろな番組を作ってきて、番組と映像を連動させたりラジオの可能性を自由に、アグレッシブに追求してきました。ご存知の通りネットメディア、サブスク、配信が台頭してきた昨今、コロナ禍も経て、ふと今ラジオに、ラジオの音楽番組に、もっというとJ-WAVEに、求められてるものってなんだろうって思ったのが2年ぐらい前でした。これは批判でもなんでもなく個人的な考えですが、今の若い人たちが年を取ったときに思い出として強く残っている曲って、果たしてどれくらいあるんだろうと思って。僕も含めて僕らの世代は、その曲を聴くと思い出が鮮やかに蘇ってくる昔の良曲がたくさんあって、もちろん今の若い世代の人にもそういう曲はあるかもしれない。でももう少しちゃんと、という言い方が合っているかどうかわかりませんが、僕らが大切にしていた音楽を、ちゃんとラジオで流して、何かを残したいなと思い始めました。
──コロナ禍で、実態としてのコミュニティが欠乏している時代を経験し、またradiko(ラジコ)の普及もあり、近年は若い世代のラジオコアユーザーが増えているという調査結果もありますが、そういうリスナーにもっともっと良質な音楽を届けたい、気づいてほしいというラジオマンとしてのシンプルな思いですか?
廣阪:民放ラジオという立ち位置でのビジネスを考えたときに、当然若い層のリスナーを狙っていくべきかもしれないですが、でも一方で果たしてそうなんだろうかという思いもあって。年齢で切るより、属性でアプローチするのも良いのでは?と思ったり…。これはJ-WAVEの人間だから思っていることかもしれませんが、J-WAVEを聴いている人は“音楽民度”が高い人が多いと思っているので、その民度に合わせたプログラムを作って発信したいという気持ちがだんだん強くなってきました。
■構成作家は入れずに、ナビゲーター(アーティスト)がすべて選曲して、トークの内容も決める、という最低限のルール
──このミュージックステーションしかできないコンテンツは何か、と。
廣阪:そうです。そう思ったらいても立っていられなくなって、一年位の仕込みの時期を経て、端っこのほうでちょっとやってみようかなと思いました。だから深夜3時~5時という時間帯なんです。企画を立ち上げるとき、企画書が最初のキャンバスになりますが、今回は白いキャンバスではなく透明なキャンバスでいいと思いました。構成作家は入れずに、ナビゲーター(アーティスト)がすべて選曲して、トークの内容も決める、という最低限のルールだけ決めて、そのうえでどうアレンジするかは委ねる。こういう番組ってありそうで意外とないんです。
──確かにナビゲーター(アーティスト)の感性だけで2時間番組を作るというのはあまり聞いたことがないです。
廣阪:もうすべてお任せしています。トーク部分のルールは、自分が感じたたこと、見たこと、体験したこと、考えたこと、直接的な一次情報だけでお願いしますとお伝えしました。原稿も用意しません。だから月曜日から木曜日までナビゲーターが違うので当たり前ですが、見事にバラバラで、それぞれのカラーがあります。
──月曜/安藤裕子、火曜/大橋トリオ、水曜/大貫妙子、木曜/岸田繁(くるり)という人気アーティストが顔を揃えていますが、選考にあたってどんなポイントがあったのでしょうか?
廣阪:選ぶというよりは僕の独断でパッと決めました(笑)。やっぱり普段からのお付き合いで、“この人本当にいろいろな曲を知っているな”とか“音楽の知識が半端ない”とか、“この人のお喋り聴きたいな”とか、ラジオにとって重要な部分をいつも感じさせてくれる人にお願いをしました。例えば飲み屋さんの隣ですごく面白い話をしていて、つい聴きたくなる…そんな話術も重要だったり…。今回お願いした方は、皆さんそういうタイプの方ばかりです。独断とはいえ、もちろん明確な理由があって、J-WAVEのおなじみのアーティストで、自身も新旧洋邦問わず音楽を聴きこみ知識が豊富で、素敵な声で語り口が優しいことです。安藤さんは新しい音楽もよく知っていて、女優という違う側面もあって声が凄く魅力的です。大橋トリオさん、岸田さんはその音楽が多くの人に支持されていることはもちろん、ふたりとも音楽に対する造詣の深さは誰もが認めるところです。大貫さんとは前回お世話になったこともあって、もう一度一緒にやりたかったんです。
■自由に、好きなようにやってください
──皆さんにオファーしたときはどんな受け止め方でしたか?
廣阪:直接言われてはいませんが、皆さんそんな深い時間帯なの?我々はそんな扱いですかと思っていると思います(笑)。でも自由に、好きなようにやってくださいと伝えると、快諾してくれました。
──大貫さんが第1回目のオンエアで「選曲が大変」と言っていました(笑)。
廣阪:大貫さんはサブスクを使っていないので、CDを一枚一枚聴いてセレクトしているので、頑張っていただいています(笑)。でも情報過多の時代そういう作業ってすごく大事なことだと思っていて、大貫さんがそうやって選んでくださった曲は、きちんとリスナーに届いているはずです。
──深夜帯こその自由度で、しかもどんな曲をかけてくれるのかが楽しみになるナビゲーターで、リスナーといい音楽とが出会う場、そんなステーションとして大切なスタンスを体現する番組ですね。
廣阪:少ないかもしれないけど、その音楽を偶然聴いた人がハッとする。ラジオで音楽に出会うときの喜びってそうだと思うんですよね。ネットやデジタルは目的メディアなので検索しないと出てこない。もちろんその関連でいろいろな音楽をオススメしてくれますが、ラジオには音楽との予想外、予定調和ではない出会いがあって、そこで聴いた音楽は心に深く浸透してくる感覚があります。できればリアルタイムで聴いてほしいんです。今はradikoがあって、再放送やアーカイブで聴けるので、そこがいちばん大きな票田にはなると思いますが、生放送で偶然グッドミュージックに出会っちゃった、というリスナーの記憶に残ってほしくて、そこまで頑張って起きて聴いてくれている人に向けてやっています。
──27時という街も人も寝静まったあの空気の中で聴くと“伝わり方”が違いますよね。
廣阪:深夜ラジオですよね。スタジオの真ん中に机があって、ピンスポが当たってマイク1本でひとりでお喋りしてハガキ読んだり、そんなイメージがあるじゃないですか。まさにそれをやりたいなと思いました。皆さんブースでひとりのディレクターに向かってしゃべって、ディレクターの声は乗らないようにしていますが、頷いたり、笑ったりひとりのリスナーとして、ナビゲーターと、番組と向き合っています。
ここでたまたまJ-WAVEに打ち合せに来ていた大貫妙子さんが、急遽インタビューに参加してくれることになり、番組がスタートしてからの感想や思いを聞くことができた。
──曲選びが大変だと第1回目のオンエアでポロっとこぼしていらっしゃいました。
大貫妙子(以下、大貫):すごく時間をかけて、毎回大体30曲を曲の並びや繋ぎを、試行錯誤しながらでやっているので大変といえば大変ですが、でも楽しんでいます。逆に好きに選んでいいので全然ストレスはないです。70年代からたくさんの素晴らしいアーティストが作ってきた音楽を聴いてきているので、そういうものをないがしろにできないという思いがあります。
■J-WAVEは音楽に特化しているというイメージが昔からあったので、『THE UNIVERSE』はそういう気概を感じさせてくれる番組
──台本もなければ2時間分の選曲は全部やってくださいと言われたときは、カロリーが高いなと感じませんでしたか?最初はこの企画を聞かされたときはどう思いましたか?
大貫:すごくいいと思いました。私は車を運転するときは必ずJ-WAVEを聴いていますが、仕方ないのかもしれないけど、流れてくる音楽は最近のものばかりで、いまひとつ納得していなくて(笑)。70年代とかもっといい曲あるのになってもやもやしていて、J-WAVEらしくないなって思っていました。昔、私も番組をやらせていただいていたので、愛着があるステーションだし、やっぱり音楽に特化しているというイメージが昔からあったので、『THE UNIVERSE』はそういう気概を感じさせてくれる番組なので、微力ながら協力させていただきたいと思いました。
──大貫さんが「J-WAVEらしくない」ということをおっしゃっていますが、廣阪さんは長年J-WAVEに在籍していて、J-WAVEらしさってなんだと思いますか?
廣阪:個人的にはどこにもなかったいいものを、いち早くやるという先取性がJ-WAVEらしさだと思っています。だから逆に今、喋っている人が曲を自分で選んで、その曲について喋ったり、自分の日常を喋るというシンプルなものがいいのかもしれないと思いました。幕の内弁当ではなく、日の丸弁当のようなシンプルな番組って今あまりないと思います。だから『THE UNIVERSE』のような番組は逆に新しいんじゃないかな、と。時代が変わる、音楽が変わるといっても、音楽を聴いたときにどう思うかとか、ラジオを聴いているときに感じる安心や心地よさって変わらないと思います。おかずが変わっても、そのお弁当を食べてお腹を満たすことには変わりはないですから。
■「教えなければというより、一緒に聴いてほしい」という選曲
──第1回、2回の放送では、大貫さんの作品のアレンジをずっと手がけていた坂本龍一さんを特集していましたが、SNSなどで選曲が最高というコメントが飛び交っていました。
大貫:YMOの時代を含めて初期の頃からみんなが知っているような曲を中心にして、でも私が好きな曲も混ぜつつという感じでした。坂本さんには昔からよく怒られていたので、例え天国に行ってもどこかで聴いているとまずいなと思って、真剣に選曲しました(笑)。
廣阪:大貫さんを始め皆さんこの曲をみんなに聴いてほしい、知らない人には知ってほしいという思いがすべてだと思います。
大貫:教えなければというより、一緒に聴いてほしいんです。
──喋りの部分はいかがですか?
大貫:坂本さんの特集のときは、CDを選びながら当時のことや思い出したことをメモしましたが、ほとんど考えないでスタジオに入って比較的思いつきで喋っています。だから何を喋ったのか覚えていないんです(笑)。
廣阪:例えば大貫さんがジェイムス・テイラーのライヴを観た感想とか、ああいうことが聴きたいし重要だと思うので、構えずにスタジオに来て話をしていただくのがいちばんです。
大貫:ジェイム・ステイラーのライヴを観たら、百戦錬磨のバックミュージシャンで、余計なことは一切しないんですよ。ただシンプルに支えてるだけ。それがやっぱり風格を感じさせてくれるし、感動しました。やっぱり最近の音楽って結構音数が多いというか、音楽ってもともと4リズムぐらいで成立するものだったので、もう少し減らしてもいいんじゃないかなって彼のライヴを観て改めて感じました。
廣阪:これまで素晴らしい作品をたくさん作ってきた大貫さんから、そういうお話を聴けるのってうれしいじゃないですか。そういうお話や大貫さんが日々感じていること、それがネットにない情報なんです。それから大貫さんは我々が見たことがない、例えばそのアーティストが業界内だけに配ったような貴重なCDを持ってきてくれたり、たくさんの音源を持っていらっしゃるので、リスナーはもちろん我々も毎回選曲を楽しみにしています。基本はフルコーラスで聴いていただいていて、それってひと番組分のプレイリストになるわけじゃないですか。今は分かりやすい記号としてプレイリストという言葉がよく使われますが、でもやっぱり“選曲”なんです。選んだ人が込めた“思い”も一緒に伝わると思います。だから普通ならホームページに曲目リストを載せますが、この番組に関してはやっていません。もちろんいろいろ考えてのことです。
大貫:大変ですけど、やっぱり音楽が好きなので楽しみながらこれからも頑張ります。
(ここで大貫さん退席)
■パーソナリティやナビゲーターが自分で表現するというのが理想的な番組作り
──4月からスタートして約2ヵ月経ちましたが、想像していた形と比べていかがですか?
廣阪:皆さんが独自で解釈してやってくれるというのが理想だったので、想像通りになっています。岸田さんは国内外の駅をテーマにしたり…。
──クラシックから演歌、歌謡曲、フォークといろいろな音楽を聴くことができます。
廣阪:旅をする音楽家として、その風景を音楽で紹介しているので、ジャンルは関係なく新鮮な選曲で楽しませてくれるし、大学で教鞭を執られていた経験もあるので、話も素晴らしくてきちんと“伝えて”くれます。安藤さんは先ほども出ましたが、ミュージシャンとしてだけではなく女優という違う側面もあって、声がとても魅力的です。テーマも面白くて、大橋トリオさんもミュージシャンとしての視点でいろいろな音楽を紹介してくれたり、先日の放送では、様々なアーティストがカバーしている「Time After Time」だけで1コーナー作ったり、大貫さんは70年代を中心に邦洋の素晴らしいアーティストの音楽を教えてくれます。皆さん遊んでくださっています(笑)。でもそれでいいんです。結局ディレクターの考えや、作家さんが書いた原稿というのは、突きつめるとその人のエゴでしかなくて。もちろん放送としては正しくて、でもそういうベースがあったうえで咀嚼して、解釈してパーソナリティやナビゲーターと呼ばれる人が自分で表現するというのが理想的です。自分が年齢を重ねたせいかもしれませんが、なんでも枠にはめないほうがいいなって素直に思います。
■その日、その時の東京の気分や空気を克明に残す。あくまでもラジオで、生放送でその時間を共有していたという事実が重要
──27時~29時という時間帯の自由度に逆に意味を持たせている番組になっていると思います。
廣阪:ナビゲーターの皆さんには、生放送を意識してくださいといつもお願いしていて、グローバルって、ローカルがあってのグローバルじゃないですか。ローカルを世界に伝えるのがグローバルだから、ローカルな部分がないとダメなんです。だからこの番組は深夜3時から5時にやっているという形がないといけないんです。通勤時間帯にradikoで聴くのがいいという人もいますし、仕事や料理をしながら聴いても、邪魔をしないのでピッタリだと思います。でもそこは混同しないように、あくまでも生放送ということを軸にして作ってくださいとお願いしています。その日、その時の東京の気分や空気を克明に残していきたいんです。たしかに今ラジオの再放送を意識して番組を作ろうという方針もあったりします。でもそうではなくて、あくまでもラジオで、生放送でその時間を共有していたという事実が重要なのではないでしょうか。
──FMラジオとはということを、その存在意義も含めて考えさせてくれる番組でもありますね。
廣阪:この番組を初めて、改めて勉強になっています。何年か前まではJ-WAVEを入社志望する学生は、音楽ものの深夜番組を聴いてJ-WAVEを志望しましたという人が結構いました。でも最近そういう学生はいません。だからラジオ局志望の学生さんや、僕も含めて、J-WAVEや他のFM局、AMラジオ局の現役プロデューサーやディレクターもこの番組を聴いてくれるとうれしいです。
INTERVIEW & TEXT BY 田中久勝
プロフィール
大貫妙子
オオヌキタエコ/シンガーソングライター。東京生まれ。1973年、山下達郎らとシュガー・ベイブを結成。75年にアルバム『SONGS』をリリース、76年に解散。同年『Grey Skies』でソロ・デビュー。現在までに27枚のオリジナル・アルバムをリリースしている。1987年サントリーホールでのコンサート以降、バンド編成とアコースティックのライブを並行して継続中。著作では、エッセイ集『私の暮らしかた』(新潮社、13年)ほか多数出版。CM・映画・TV・ゲーム音楽関連作品も多く、映画「Shall we ダンス?」(監督:周防正行、96年)のメイン・テーマ、「東京日和」の音楽プロデュース(監督:竹中直人、98年/第21回日本アカデミー賞最優秀音楽賞受賞)ほか数多くのサウンドトラックを手がける。
THE UNIVERSE OFFICIAL SITE
https://www.j-wave.co.jp/original/universe/