■2023年の新作だというのに8cmのCDシングルというフォーマットが逆に新しい
夜半ともなれば涼しく感じるようになってきたが、それでも日中はうだるような暑さは続く2023年晩夏。まだまだこんな音楽が有効だなと思いながら、短冊ケースから8cmCDシングルを取り出し、CDラジカセにセットする。ん?今は90年代なのか? でも、聴こえてくる音楽は70年代サウンドではないか。しかしアートワークはわたせせいぞうだ。本当は80年代ではないのか? 頭が混乱してきたぞ。きっと、暑さのせい…。
ついついこんな気分にさせられるのが、この夏リリースされた大滝詠一の『暑さのせい EP』だ。いわゆる企画物といってもいいかもしれないが、実にユニークな作品である。まず、2023年の新作だというのに8cmのCDシングルというフォーマットが逆に新しい。アナログが姿を消しつつあった80年代末に登場し、90年代末までのおよそ10年間の主流だった8cmCDではあるが、実はここ数年人気が再燃している。中古市場では高額で取引される貴重盤があるらしいし、8cmCDのコレクターも増えているようだ。そんな中、敢えて8cmCDでリリースされた本作は、ヴァージョン違いやコレクターズアイテムを多数残し、メディアやフォーマットにもこだわっていた大滝詠一らしい。ちなみに、大滝詠一が生前発表した8㎝CDは、1997年にドラマ主題歌のタイアップで大ヒットした「幸せな結末」のみであり、こちらもこの7月に同じフォーマットで再リリースされている。
■「ポカリスエット」のCMソングに使われたというのも、大滝詠一の音楽が普遍的な魅力を湛えている証拠
今回発表された『暑さのせい EP』は、全9曲入り。曲数だけ見るとアルバム並みだが、実際には短い楽曲が多いので、収録時間も22分弱と非常にコンパクト。しかし、非常に濃密な内容になっている。冒頭はタイトル曲である「暑さのせい」の30秒ヴァージョンと15秒ヴァージョンが並ぶ。この曲は3月にリリースされたノベルティソングを集めた企画盤『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK / NIAGARA ONDO BOOK』で初出となった未発表曲。1972年の名作ファースト・ソロ・アルバム『大瀧詠一』に収録された「あつさのせい」を改訂し、1975年にCMのプレゼン用として作られたという。チャカポコとなるリズムマシンをバックに歌うデモテープ的な仕上がりだが、そのロウファイ感が逆に今っぽい。しかも、この曲がこの夏の「ポカリスエット」のCMソングに使われたというのも、大滝詠一の音楽が普遍的な魅力を湛えている証拠だろう。
「暑さのせい」の2ヴァージョンが本作のメイントラックだとすれば、残りの収録曲はボーナストラック的なものといっていいかもしれない。「あつさのせい(もうメロメロ編)」は、ライヴ・テイクをエディットしたもの。「暑さのせい」になる前のオリジナル曲が、ヴァージョン違いとはいえこうやって並べて聴けるのは非常に面白い。歌詞もメロディも異なるが、楽曲が持っているちょっと気だるい空気感は同じだ。続く「Summer Lotion」は資生堂のCMソング。大滝詠一は70年代から80年代にかけて膨大なCMソングを残しているが、この曲もそのひとつ。ユーモラスな歌詞と、クライアントの「資生堂」を連呼するコーラスのアンサンブルが楽しい。「Hankyu Summer Gift」も同じくCMソングで、涼しげなペダル・スティールの音色を効果的に使ったアレンジが耳に残る。ここまでの前半部分は、先述した『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK / NIAGARA ONDO BOOK』のアウトテイク集といった趣だ。
そして、後半の4曲は、大滝詠一のサマーソングの名曲が続く。「Velvet Motel」は1981年の大ヒット名盤『A LONG VACATION』収録曲だが、ここでは「Strings Mix」という未発表ヴァージョン。リズム・セクションを省き、ストリングス・メインのアレンジに乗せたクラシカルな仕上がりは、この曲のどこかノーブルな味わいを引き立たせている。『ロンバケ』を聴き込んだファンはぜひ確かめていただきたい。続く「夏のペーパーバック」は、来年が発売40周年となる1984年のソロ作『EACH TIME』収録曲。リゾートを舞台にした松本隆の歌詞も含め、夏のイメージを美しく昇華した極上ポップスだ。「夏のリビエラ」はタイトルでピンと来るだろうが、1982年に森進一に提供してヒットした「冬のリヴィエラ」のセルフ・カヴァー。英語詞で歌っていることもあって、オリジナルと印象がずいぶん変わる。そしてラストは『ロンバケ』以前の夏歌スタンダードで、もとは1977年の『NIAGARA CALENDAR』に収められていた「真夏の昼の夢」。ここでは「Velvet Motel」と同じく未発表の「Strings Mix」を採用し、しめやかに締めくくるのだ。
■テーブルの上に『ロンバケ』のレコードが置かれているというシチュエーションが話題になった
まさに夏を意識した『暑さのせい EP』だが、忘れちゃいけないのがアートワークだ。今作は『ハートカクテル』で知られるわたせせいぞうのイラストを使用。しかも、2021年に『A LONG VACATION』40周年記念盤のポスター用として書き下ろされた作品で、テーブルの上に『ロンバケ』のレコードが置かれているというシチュエーションが話題になった。このイラストのフルサイズ版を使用しており、これもまたファンにとっては嬉しい。そして、音楽だけでなくジャケットのイラストや8㎝CDというフォーマットも含めて、ひとつのアート作品になっている。見ても聴いても手に取っても楽しい『暑さのせい EP』。例年以上の猛暑だったこの夏の想い出に浸りながら、残暑を味わうにはもってこいの一枚なのである。
TEXT BY 栗本斉
リリース情報
2023.8.30 ON SALE
EP『暑さのせい EP』
大滝詠一 音楽ストリーミングサービス
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