B’zのボーカルとして35年に渡り活躍を続け、ドラマ『あなたがしてくれなくても』の主題歌「Stray Hearts」と挿入歌「ダンスはうまく踊れない」(井上陽水の名曲をカバー)を歌う稲葉浩志。また、最近では『THE FIRST TAKE』出演でも大きな話題を集めた彼のすごさや魅力を、ソロワークスをもとに振り返る。
■B’z、INABA/SALAS、ソロ…稲葉浩志の音楽遍歴
稲葉浩志(読み:いなば こうし)
・生年月日:9月23日
・出身地:岡山県
・ソロデビュー:アルバム『マグマ』(1997年1月29日発売)
・OFFICIAL SITE https://en-zine.jp/
・OFFICIAL SITE(B’z)https://bz-vermillion.com
・Twitter(B’z)https://twitter.com/Bz_Official
・Instagram(B’z)https://www.instagram.com/bz_official_insta/
・facebook(B’z)https://www.facebook.com/bz.official
・YouTube (B’z) https://www.youtube.com/@bz7117
稲葉浩志は、今さら言うまでもないが、B’zのボーカリストである。
1988年、ギターの松本孝弘が稲葉のデモテープを聴き、その声に惚れ込んだ。その出会いから35年。日本の音楽シーンにおいて欠かすことのできない大きな存在だが、B’zを離れたソロとしてもコンスタントに活動してきた。
1997年1月29日にアルバム『マグマ』でソロデビュー。2002年、自らのプライベートスタジオの名前をタイトルにした2ndアルバム『志庵』をリリースするが、この2枚のアルバムは、収録曲にシングルやタイアップがなく、パーソナルな側面が強い。また、ハードロックをベースにしたものではなく、内省的な曲が目立つ。つまり、稲葉にとってのソロ活動は、B’zという巨大なロックバンドから離れ、自分自身を見つめ直す場所でもあった。そこには力強さや自信ではない、寂しさや孤独、弱者からの視線が映し出されている。
その後も、2004年『Peace Of Mind』、2010年『Hadou』、2014年『Singing Bird』と、その時々の自分を映し出したアルバムを形にしている、稲葉浩志。その流れのなかで、楽曲には徐々に彼が影響を受けてきたハードロックやギターサウンドが、素直に顔を覗かせてくるようになり、2009年にはスラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼス)のソロプロジェクトに参加し、盟友スティーヴィー・サラスとは『Peace of Mind』のレコーディングの後、2017年にINABA/SALASを結成。2枚のアルバムをリリースしている。
ソロは自分を見つめ直すと同時に、稲葉にとってあらたな挑戦の場ともなった。
2020年、木村拓哉のアルバム『Go with the Flow』収録曲の「One and Only」を作詞、昨年はTK from 凛として時雨のシングル「As long as I love/Scratch(with 稲葉浩志)」に参加したことは記憶に新しい。
▼稲葉浩志が作詞提供した「One and Only」
▼稲葉浩志がボーカル、作詞に参加した、TK from 凛として時雨「As long as I love (with 稲葉浩志)」
▼TK from 凛として時雨「Scratch (with 稲葉浩志)」Trailer
また、アニメ映画『SING/シング:ネクストステージ』の日本語吹き替え版では、伝説のロック歌手、クレイ・キャロウェイの吹き替えを担当(ちなみにオリジナルの声はU2のボノ)。
今年の5月29日には、これまで紡いできた作品のアーカイブに加え、“言葉”をテーマにしたロングインタビューとビジュアルで、稲葉浩志という人間が、個人として形にしてきた表現をまとめた作品集『シアン』を発売。つねに音楽と誠実に向き合い、自身のペースでその活動の幅を広げている。
■年齢を重ねるほどに魅力を増す“最強”ボーカリスト
◎唯一無二の歌声と圧倒的なパフォーマンス
稲葉の魅力は間違いなくその声にある。
声域が広く、ロングトーンでも裏声になることがまずない。ただ叫ぶだけではなく、高い表現力を持つ声。加えて、きれいなだけではなく、ちょっと震えてざらついた声も出せる。
それは稲葉自身が声に対して細心の注意を払っているからである。もちろん、生まれついて持っていた才能でもあるが、同時にそれを活かすための努力を日々重ねてきた。
そして、ここ最近の歌に顕著だが、経験や年齢を重ねた“今の自分”を表現しようとしているところが良い。特にソロではその部分がより強く出ている。
◎心に響く、言葉の力
稲葉浩志のソロ活動の始まりは“B’zとしてではなく、自分だけのアイデアを形にしたらどうなるだろう”という素朴な興味からだった。それゆえ、歌詞はそのフィルターから離れ、“稲葉浩志”という人間を見つめたところが特徴である。背伸びせず、共感を求めるでもなく、どこまでも自分自身と向き合い、自らの心の奥にある気持ちを描く。その“嘘のない誠実さ”が、一人ひとりの心に響くのだろう。
◎人間性が滲み出た、カッコ良さ
近年では、歳を重ねることを楽しむように、ありのままの魅力を醸し出すようになった。これも歌詞やソロにおけるスタンスと同じで、背伸びをせず、そのままの自分自身を出そうとしているからだろう。
そしてそれがカッコ良いのは、その生き方が誠実で、ブレがないところ。5年前のB’zのライブツアーで、明らかにコンディションの良くない日があったが、それを隠さず、声の出ない自分をそのまま、その日の全力で表現しようとする姿があった。上っ面だけではない。人間性が滲み出た、その誠実さこそが彼のカッコ良さだ。
現在発売中の稲葉浩志作品集『シアン』にも、そんなリアルな彼の魅力が詰まっている。
■『THE FIRST TAKE』で披露した「Stray Hearts」と「羽 feat. DURAN」
5月26日から配信がスタートした「Stray Hearts」は、フジテレビ系木曜22時ドラマ『あなたがしてくれなくても』の主題歌。挿入歌として、稲葉がカバーした井上陽水の名曲「ダンスはうまく踊れない」がオンエアされていることも含め、大きな話題となっている。
稲葉は「Stray Hearts」について“登場人物の心の彷徨を歌にできたら”とコメントを寄せていたが、お互いの心のすれ違いを絶妙に描いている。どんなに行き場をなくしても、何かを信じていたいという“ねがい”。恋愛だけではない、人と人の関係性を思いながら歌っていることがよくわかる。
▼稲葉浩志 – Stray Hearts / THE FIRST TAKE
シンプルな白いスタジオに表れ、ヘッドフォンをつける。マイクは稲葉がよく使用しているソユーズのコンデンサーマイク。軽くフェイクを入れ、リップロールをする。「よろしくお願いします」とスタッフに声をかけたあと、雰囲気が変わり、ボーカリストの顔になる。「Stray Hearts」を唄う姿、初披露はこの『THE FIRST TAKE』だった。
わかってはいたが、このシンプルなスタイルで歌う姿に触れると、稲葉浩志というボーカリストのすごさに圧倒される。抑え込んだ感情が、“教えて、あとどのくらい”とサビで溢れ出てくると、心が揺さぶられる。マイクの前に置かれたポップガードが、時折、声の圧で震えるのも印象的だった。
曲のアウトロが聴こえるなか、息を吐き、それまでのボーカリストとして張り詰めていた表情が緩み、普段の顔に戻っていく。そんな姿が垣間見えるのも『THE FIRST TAKE』ならではである。
『THE FIRST TAKE』では、ギタリストのDURANとともに「羽」も披露している。同曲は、2016年1月13日にシングルとしてリリース、テレビアニメ『名探偵コナン』のために書き下ろされた楽曲だ。
▼稲葉浩志 – 羽 feat. DURAN / THE FIRST TAKE
ギターには、稲葉の憧れでもある高崎晃(LOUDNESS)が参加。“大丈夫 僕は君を忘れない”という言葉は、新しい世界に飛び込もうとする人たちの背中を押すメッセージだが、それは同時に、稲葉が自分自身に投げかけているものでもある。
マイクの前に立ち、ヘッドフォンをつけ、軽くフェイクを入れる。「じゃあ、よろしくお願いします」と口にして、声を出した瞬間の圧倒的なボーカルと、その生々しさに鳥肌がたつ。
原曲はエレクトロやEDMの要素が加わっているが、『THE FIRST TAKE』では、そのアレンジを削ぎ落とし、稲葉のバンドメンバーでもあるDURANのギターをフィーチャリングしている。そのため、この楽曲の持つメッセージが、よりダイレクトに伝わるものとなった。
そして、稲葉の声はもちろん、息遣い、フェイクが、生々しく情熱的なアコギに乗り、ヒリヒリした彼の体温を感じさせる。ラストのロングトーンは圧巻である。
■語り継ぎたい名曲5曲
「BANTAM」
2023年1月に行われた『Koshi Inaba LIVE 2023 ~en-eX~』で初披露され、その翌日に配信リリースされた楽曲。蔦谷好位置がサウンドプロデューサーとして初めて参加し、DURAN(Gu)、日向秀和(Ba/ストレイテナー)、玉田豊夢(Dr)という布陣が重厚感あるバンドサウンドを鳴らしている。あらたなことに挑戦し、今までの自分を越えていこうとする稲葉の姿勢が感じられる。
「遠くまで」
1998年12月16日リリース。この2年前にリリースされた1stアルバム『マグマ』の流れを感じさせる楽曲。冒頭からストリングスが導入され、内省的な歌詞が際立っている。“遠くまで僕らはゆける 失くしても傷ついても”というメッセージは、彼の中に一貫してあるもので、後の「羽」にもそれは強く感じられる。そういう意味では、稲葉浩志ソロの原点にある曲のひとつ、と言えるだろう。
「念書」
2014年2月にリリースされた初の配信限定シングル(後にアルバム『Singing Bird』に収録)。ドラム、鍵盤、ベースが不安を煽っていく、ヘヴィでずっしりとしたサウンドだが、弱い自分に打ち勝ち、本気で今を生きろ、後悔しないと心に刻め、と唄われている内容は、これまで同様、自分に言い聞かせているような一曲。そんな不安を彼はつねに抱え、それをバネにステージに立つのだ。
「水路」
ピアノとアコギから始まり、ゆっくりと優しく、ギターとドラムが折り重なっていく名バラード。元々水路だったという道を歩きながら、時の流れを想像し、昔ここにあったものが今はもうないけど、自分は10年後、ここをどんな姿で歩いてるんだろう、と想像した、稲葉の実体験が元となっている。刹那的な視点が彼らしいが、やってくる未来への不安を感じながらも“明日を手繰り寄せる今を始めるしかない”という一節は、彼が見つけた光のようなものなのだろう。
「正面衝突」
3rdアルバム『Peace Of Mind』に収録されたこの曲は、スティーヴィー・サラスとのセッションから生まれたグルーヴィーなバンドサウンド。歌詞はエロティックな側面もあるが、頭で考えず本能で向き合えというメッセージは、これも彼のソロにずっとあるテーマと一致する。イントロのブルースハープ、それに続くボーカルに圧倒される。2年後、サラスのアルバムにこの曲の英語バージョンが、稲葉参加で収録された。
■飽くなき挑戦を続ける、稲葉浩志
2023年はB’z、35周年のアニバーサリーと同時に、ソロでのライブ、リリースも精力的に行っている稲葉浩志。彼のパーソナルが刻まれた楽曲を、ぜひ体験して欲しい。
TEXT BY 金光裕史(音楽と人)