■大きな反響を呼んでいる22年ヴァージョンの「Beautiful」の新たなMV
昨年アニバーサリーを迎えた数々の名盤の中に、目下絶賛リバイバル中のY2Kを象徴する、1枚のアルバムがあった。世界合計で1,200万枚のセールスを記録した、クリスティーナ・アギレラの『ストリップト』である。彼女はさる10月にその20周年記念エディションをするにあたり、全米チャート最高2位を記録した同作からのセカンド・シングルにして、自身の代表曲でもある「Beautiful」の新たなMVをお披露目。これが、オリジナル・ヴァージョンに勝るとも劣らない大きな反響を呼んでいる。
■素の自分をさらけ出そうとしていたクリスティーナには、打ってつけの1曲
第46回グラミー賞で最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞に輝いた「Beautiful」はそもそも、当時P!NKとのコラボで脚光を浴びていた、元4ノン・ブロンズのリンダ・ペリーが作詞作曲を担当。人間はありのままで充分に美しいのだから、自分に自信と誇りを持とうと訴えかけるメッセージ・ソングだったわけだが、当時まさに、それまで表に出せなかった素の自分をさらけ出そうとしていたクリスティーナには、打ってつけの1曲だったと言えよう。
■幼い頃から自慢の喉を聞かせ、デビューと同時に華々しくブレイク
幼い頃から歌のコンテストやオーディション番組で自慢の喉を聞かせ、ディズニー・チャンネルのバラエティ・ショウ『ミッキーマウス・クラブ』にレギュラー出演したのち、1998年公開のディズニー映画『ムーラン』の主題歌「Reflection」でデビューした彼女。翌年送り出したファースト・アルバム『クリスティーナ・アギレラ』からいきなり3曲の全米ナンバーワン・シングルが誕生し、第42回グラミー賞新人賞に輝いて、華々しくブレイクしたことはご存知の通りだ。
■「レディ・マーマレイド」で、アーティスト像の刷新に向けた第一歩を踏み出す
続いて00年にはスペイン語アルバム『ミ・リフレホ』(クリスティーナはエクアドル生まれの父を持つ)とクリスマス・ソング集『マイ・カインド・オブ・クリスマス』が相次いで大ヒット。滑り出しは申し分なかったものの、彼女はふつふつと不満を募らせていた。思えば、『ミッキーマウス・クラブ』の同期だったライバルのブリトニー・スピアーズは、トレンディなダンスポップを志向し、お馴染みのスクールガール・ルックも相俟って「私はイノセントじゃない」と仄めかしていたのに対し、クリスティーナのイメージは言わば“スイートで可愛いポップ・プリンセス”。音楽的にも万人受けするポップスに寄っていたが、これは本人の意思を反映したものではなかったという。そこで彼女はマネージャーを変え、クリエイティヴな主導権を握って一念発起。まずは「レディ・マーマレイド」で、アーティスト像の刷新に向けた第一歩を踏み出す。ラベルの74年発表の曲のカヴァーで、映画『ムーラン・ルージュ』(01年公開)のために録音されたメガヒット・シングル「レディ・マーマレイド」で、クリスティーナはP!NK、マイア、リル・キムと共演。それまで聴かせたことがなかったソウルフルでダイナミックな歌を披露し、セックス・ワーカーたちにインスパイアされた曲だけに、けばけばしいランジェリー・ルックの乱れ咲きとなったMVも相俟って、ファンとメディアを仰天させるのである。
■デビュー当時のクリスティーナからは想像もできなかった、驚くべきアルバムが生まれた。それが『ストリップト』
そして02年9月、レッドマンをフィーチャーしたニュー・シングル「ダーティー」で彼女は、ファーストでの自分と差別化するべく“Xtina”なるペルソナを掲げて、ブロンドだった髪を黒く染め、露出度の高い過激なファッションに身を包み、挑発的なスタンスをまとってカムバックする。その翌月届いた『ストリップト』では、スコット・ストーチを始め当時の人気ヒップホップ・プロデューサーや、リンダやグレン・バラードといったロック系のサウンドメイカー/ソングライターたちとコラボ。R&B、ヒップホップ、ダンスホール、ラテン、ハードロック…と、ジャンルの枠に縛られず音楽的な自由を謳歌すると共に、実体験に基づいたリアルな恋愛、セクシュアリティ、女性のエンパワーメント、自分を抑圧する力への抵抗といったテーマを取り上げ、“裸”というタイトルに相応しい言葉を綴り、ますます迫力の増した声で命を吹き込んだ。曲によっては幼い頃に父が振るった暴力について歌うなど、長年抱えてきたトラウマとも向き合い、自分を解放して、そうすることで聴き手をも鼓舞し、癒しやカタルシスを与えるという、デビュー当時のクリスティーナからは想像もできなかった、驚くべきアルバムが生まれたのである。ちなみに、リリースから間もなく発売されたアメリカ版『ローリング・ストーン』誌の表紙を彼女はほぼヌードで飾り、添えられていた見出しは“ポップ・プリンセスのダーティー・マインドの内側”だった。
■様々なコンプレックスや秘密を抱え、多数派からはみ出ているために排除される人々を赤裸々に描写したオリジナルMV
そんな『ストリップト』において「Beautiful」はまさに深いカタルシスを与えてくれる王道のバラードだったが、この曲が多くの人に愛された理由は、ジョナス・アカーランドが撮ったMVのインパクトにもあった。彼は、同性愛者であるがゆえに偏見にさらされていたり、いじめにあっていたり、拒食症に苦しんでいたり、様々なコンプレックスや秘密を抱え、多数派からはみ出ているために排除される人々を赤裸々に描写。自分らしく生きることができない彼らが自信を回復していく姿を織り交ぜて、曲のメッセージをヴィヴィッドに浮き彫りにしていたのだから。
■22年ヴァージョンのMVは、世界メンタルヘルス・デーに公開
あれから20年、ソーシャル・メディアが途方もなく大きな影響を持つようになり、セルフイメージを歪めてコンプレックスを助長するという側面が問題視される中で、このMV共々「Beautiful」の自己肯定のメッセージが改めて脚光を浴びたことは不思議ではない。2022年ヴァージョンのMVはまさに、このソーシャル・メディアとインターネット・カルチャーという新たな文脈でアップデートされたものだ。監督には、かつてミュージシャンとしても活動していた、英国人の気鋭の映像作家フィオナ・ジェイン・バージェスを起用。完成した映像は、世界メンタルヘルス・デー──世界精神保健連盟がメンタルヘルス問題に関する世間の意識を高め、偏見をなくし、正しい知識を普及することを目的に定め、世界保健機関の協賛のもとに制定された正式な国際記念日──に当たる10月19日に公開された。
■アーティスティックで示唆に富む映像
特に今回のMVには、“すべての人の心の健康と幸福を世界的な優先事項にする”という世界メンタルヘルス・デー2022の目標を反映させたといい、思春期の精神科病棟で演劇やアートの指導にあたった経験を持つフィオナは、携帯電話越しに世界を眺め、自分を眺め、インターネットを介して膨大な情報にさらされて、いびつなジェンダー感や美の基準を押し付けられている、子どもたちにフォーカス。アーティスティックで示唆に富む映像を作り上げた。そこに映し出される、携帯電話を常時手放さない子どもたちの不気味さと、呪縛を解かれたあとの無邪気さのコントラストはあまりにも鮮烈で、究極的には20年前と変わらぬ苦しみに苛まれながらも、ここにきてまったく異なる世界に生きていることを思い知らされる。
■現在のクリスティーナの眼差しが間違いなく感じられる
また20年前との差と言えば、今のクリスティーナが、14歳の息子と8歳の娘を持つ母親であることだ。オリジナル・ヴァージョンと違って、2022年ヴァージョンには彼女は登場しない。しかしここには、現在のクリスティーナの眼差しが間違いなく感じられるのである。
TEXT BY 新谷洋子
楽曲リンク
リリース情報
2022.10.21 ON SALE
DIGITAL ALBUM『Christina Aguilera “Stripped” (20th Anniversary Edition)』
クリスティーナ・アギレラ OFFICISL SITE
https://www.sonymusic.co.jp/artist/christinaaguilera/