■今回の50周年記念盤は、大滝の当初の構想をもとにリリース
大滝詠一が、はっぴいえんど在籍中の1972年11月25日にベルウッド・レコードから発表した1stソロアルバム『大瀧詠一』の50周年記念盤『大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition』が、発売からちょうど50年後の2022年11月25日にリリースされた。コンポーザー、アレンジャー、プロデューサー時や、はっぴいえんど在籍時のアーティスト名として使われている「大瀧詠一」名義で発表された1stソロアルバムは、最初の企画ではシングル盤6枚をリリースして、それを集めた作品集として計画され、アルバムタイトルも当初は『オムニバス』となる予定だった。今回の50周年記念盤は、大滝の当初の構想をもとにリリースされる。
■“日本のポップス界の巨人”・大滝詠一の、まさに原点
昨年発売された『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』は、オリコンデイリー・アルバムランキングで1位を獲得し、同8月にリリースされた7インチシングル「夢で逢えたら」も、レコードとしては異例のオリコンデイリー・シングルランキングでTOP10入りするなど、時代と世代を超えて多くの音楽ファン、そしてアーティストから絶大な支持を得ている“日本のポップス界の巨人”・大滝詠一の、まさに原点ともいえる作品が『大瀧詠一』だ。
『大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition』は実は、10年前の40周年のタイミングで、大滝本人が再発盤を企画し、曲順まで決まっていたが、当時、諸事情によりリリースできなかった。今回はオリジナル・マスター・テープから最新マスタリングされ、アルバム曲のシングル・バージョンやインスト・バージョン、別ミックスなどの未発表の貴重な音源集になっている。
■“はっぴいえんどfeat.大瀧詠一”という佇まいを感じさせてくれる
1stソロアルバム『大瀧詠一』は、はっぴいえんど在籍時に作られたということもあり、その延長線上ともいうべき風情が、アルバム全体からいい薫りとなって漂ってくる。日本的情緒を丁寧に、繊細に掬い上げた、松本隆が手がけた歌詞を歌う日本語ロックと、大滝がもともと好きだったオールディーズ系ポップスやソウル、カントリーロック的、スワンプロック(米南部の土の匂いを感じさせる泥臭い白人ロックサウンド)的なフレーバーを楽曲、演奏から感じることができる。演奏陣も細野晴臣・松本隆・鈴木茂と、はっぴいえんどのメンバーがクレジットされていて、さながら“はっぴいえんどfeat.大瀧詠一”という佇まいを感じさせてくれ、新しい時代の新しい音楽が、A面6曲、B面6曲、合わせて30分もない作品の中で“放熱”しているようだ。
数多くの大滝作品にピアノ、キーボード、アレンジで参加している音楽家・井上鑑は、今作について<大瀧さんには何度驚かされることでしょうか?ロンバケが出た時分、僕は大瀧さんが変わったと思いましたが、今「水彩画の町」を聴き直してそんな浅はかな反応を深く深く陳謝いたします。ここに全てが揃っていますね。叙情性、音楽性、物語性、メロディーもハーモニーも後のヒット作の源流が。しかも「びんぼう」のスワンプぶりやエルビスごっこをにんまりとやっている人と同一人物とは思い難いのがまさに師匠の貫禄ですわ。さすが。>と語っている。
さらにオカモトコウキ(OKAMOTO’S)は<全キャリアの中で最もロマンチックかつロックンロールな作品。この機会に今作を聴き直し、このファーストアルバムにはその後のキャリアに繋がる全ての要素が詰まっていると改めて気づかされ感動しました。10の要素を感じたらそのバックボーンには実は100、いや1000の情報量がある大瀧先生。表現者であると同時に研究家でもある音楽オタの最高峰で、一生リスペクトすべき対象です。ナイアガラよ永遠に!>と語り、この作品が名実ともにアーティスト大滝詠一の“基点”となっていると証言してくれている。
■新しい世代のファンのための入門編、従来のファンも充分に楽しめる作品
この作品ははっぴえんどのメンバーの他に、林立夫、松任谷正隆、布谷文夫、鈴木慶一、吉田美奈子、シンガーズ・スリー、駒沢裕城、野地義行、上村律夫、池田光夫、ジミー竹内、原田政長、佐野博美、佐野正明、福島照之という錚々たるミュージシャンの名前がクレジットされていて、大滝の迸る才能を、当時最高のミュージシャンがクリエイトした。そして録音やミックスといった技術面、さらにジャケットなどのアートワークに至るまで、大滝のいい意味で“狂気”ともいえるこだわりが、日本の音楽史を大きく塗り変えた作品に仕上げた。その後の数多くのミュージシャンに影響を与えてきた、この歴史的名盤の魅力を余すことなくコンパイルしたこの50周年記念盤『大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition』は、新しい世代のファンのための大滝詠一入門編として、もちろん従来の大滝詠一ファンも充分に楽しめる作品になっている。
サンボマスターの山口隆は<大瀧さんはロックンロールでファンキーで。ユーモアがあって、んで、センチメンタルな部分もあって、音楽のアイディアをたくさんたくさんポケットに持ってらして。僕はこのアルバムをはじめて聴いたのはずいぶん昔なんだけど、聴きはじめの、そのはじめっからとっても素敵でした。はじめっからずっと、僕にとっても優しくしてくれたんだ。夜中にうかんで来ても優しかったんだぜ。>と、大滝が持つ音楽のアイディアの源泉を抱きしめ、抱きしめられ、大きな影響を受けていると語っている。
また、スカート 澤部渡も<『Omnibus』を聴いて、思ったよりもこのアルバムが「ぼんやり」していない気がして少しだけ驚いてしまった。大学生だった頃、『大瀧詠一』をはじめて聴いたときの第一印象は「なんてぼんやりしたアルバムなんだ」というものでした。もちろん悪い意味ではありません。(私は今でも事あるごとにその「ぼんやり」がどこから来るのか自分なりに整理していっているのですが)その「ぼんやり」にひとつの美を見いだし、大学生だった私はファースト・アルバムになる『エス・オー・エス』にたどり着いたような気がしています。」と、大滝のクリエイティヴに貫かれたその圧倒的な美意識に感化され、それが自身の記念すべき1stアルバムにつながっていると教えてくれた。
■シティポップの世界的な流行の中で、大滝詠一の音楽は必須のものとして改めて高い評価を得ている
収録曲の「指切り」は、シュガー・ベイブや田島貴男在籍時のピチカート・ファイヴに歌い継がれ、そのルーツとして海外のCITY POPコンピレーション盤にも収録されるなど、シティポップの世界的な流行の中で、大滝詠一の音楽はそのシーンの中で必須のものとして改めて高い評価を得ている。そんな流れの中で、不朽の名盤『A LONG VACATION』や、CMから流れてくる「君は天然色」といった曲を聴いて、大滝の音楽に触れた若いファンも多いはずだ。先述したように、そんな若いファンにも『大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition』は楽しめる作品になっている。
平成生まれのアーティストにも熱狂的な大滝詠一音楽ファンが多い。その中の一人、BEYOOOOONDS 島倉りかは、今作を聴いて<大滝詠一さんとの出会いは、父のCD棚で見つけた『DEBUT AGAIN』。聴いたその日からナイアガラ・サウンドの虜になりました。大滝さんの楽曲を聴いて、たくさんの音があることを知りました。活動を通して出会う楽曲においても、歌詞やメロディだけでなく、ひとつの音楽として大切に向き合うことができるようになりました。発売とは逆の順番で楽曲を遡った私にとって、はっぴいえんど時代の大瀧詠一さんとその後の「大滝詠一」さんが繋がったように感じるアルバムでした。日常に寄り添うような情緒漂う楽曲、かき氷の結晶のように様々な音の重なりから生まれたキラキラした楽曲。平成生まれの私ですが、新鮮さと、どこか懐かしさを感じました。>と語っている。「はっぴいえんど」から「大滝詠一」へとつながる、センスとユーモアの感度が極めて高いこの作品は、新鮮さと懐かしさを湛えて輝き続けていることを改めて教えてくれる。
■「空飛ぶくじら」、「いかすぜ!この恋」も、堂々のオリジナル・ミックスで収録
気になる『大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition』の中身だが、Disc-1は1972年に発表されたオリジナル・アルバムをベースに、大滝が2012年に構想した新たな曲順となっている。当時シングル盤のみでリリースされ、人気曲ではあったが、はっぴいえんどやロックの時代に受け入れられるには早すぎると、あえて外された「空飛ぶくじら」や、カセットテープの音色に変えてまで趣味性をカモフラージュしていたラスト曲の「いかすぜ!この恋」も、堂々のオリジナル・ミックスで収録。サウンド面もオリジナル・マスターテープより 最新マスタリングされ本人が望んでいた音色となっている。
■今回初公開される貴重な未発表音源。大滝自身による選曲&曲順と感心させられる仕様に
Disc-2には、アルバム曲のシングル・バージョンや別ミックスに加え、今回初公開される貴重な未発表音源、「乱れ髪(アウトロ・ストリングス・バージョン)」、「びんぼう(ハニホレ・バージョン)」、「あつさのせい(インスト・バージョン)」、「あつさのせい(リハーサル・バージョン)」、「おもい(UNDUBBED VERSION TAKE 1-4)」などを収録。それも単なるレア音源集ではなく、”アナザー・サイド・オブ『大瀧詠一』”として、単独のアルバムとしても楽しむことができ、さすが大滝自身による選曲&曲順と感心させられる仕様になっている。
このアルバムを聴いた作家/クリエイターのいとうせいこうは<五十年……。私は三十六年前の話をする。1986年。その年か前年に、私は自分とタイニーパンクスの名義でソロアルバムを作っており、高橋幸宏さんに一曲のプロデュースをお願いしていた。その名も『なれた手つきでちゃんづけで』という、いわゆる音楽およびテレビラジオ業界の雰囲気を揶揄したポップスで、ありがたいことに分厚いサウンド全体を構成して下さったのが岡田徹さんであり、ギターは鈴木茂さん、ドラムはもちろん幸宏さんだった。そこで私は「では大瀧節で」とあの唱法をふざけて披露した。みな大喝采であった。で、そのまま録音することになってしまった。その時私は、大瀧唱法で歌うと不思議に音程がぶれなくなることに気付いたのだ。今から考えてようやく、あれは倍音をより強く出し、複数の音程をオーケストラ的にコントロールする方法ではないか、などと思っているが、そうした方法論をすでに五十年以上前から、大瀧師匠は確実にご存知だったのである。>とコメントを寄せている。改めて大滝詠一という名の圧倒的な才能に脱帽し、さらにリスペクトの念を強くしたようだ。
■どこからどう切っても、納得かつ斬新な“大瀧印”
どこからどう切っても、納得かつ斬新な“大瀧印”が保証されている50年前のこの傑作アルバムの50周年記念盤を、じっくり堪能したい。
TEXT BY 田中久勝
リリース情報
2022.11.25 ON SALE
『大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition』
大滝詠一 OFFICIAL SITE
https://www.sonymusic.co.jp/artist/EiichiOhtaki/