TEXT BY 原 典子
■歌が大好きな少女から思いを届けるシンガーへ
等身大の日常や恋愛を歌い、同世代の共感を呼んできたシンガーソングライター、足立佳奈。
2014年、中学3年生でLINE×SONY MUSICオーディションに参加。12万5094人の中からグランプリを獲得。その後、Twitterに投稿した15秒の動画「キムチ~笑顔の作り方~」が中高生を中心に大きな話題となり、2017年に同曲を収録したシングルでメジャーデビュー。
それから5年、デビュー時に高校3年生だった彼女もすっかり大人の女性になった。その成長は、リリースしてきた作品のジャケット写真の表情や歌声の成熟から感じることができる。あどけなさの残る声で精一杯のエールを送っていた少女は、今や様々な感情や表現に合わせて声を自在にコントロールできるシンガーへと変身した。
こう書くと、シンデレラストーリーのように見えるかもしれない。たしかにデビュー時からメジャーで活動し、順調にキャリアを積み重ねてきた。けれど、2020年には20歳を迎えて初のツアー目前で緊急事態宣言が発令され、公演は中止に。自宅にこもっていた期間中は孤独と向き合い、ポジティブだけではない、ネガティブな感情も歌にしていった。
移り気な世の中で、ずっとメジャーで活動し続けるアーティストならではのプレッシャーもあるだろう。それでも足立は、ブレずに自身の日常生活のふとした瞬間や、その時々の自身の気持ちを大切に、音楽を紡いできた。
■まだ見ぬ世界の景色を広げた『With ensemble』
このたび『With ensemble』に取り上げられた「Me」は、デビュー5周年を記念した毎月連続配信の第2弾としてリリースされた楽曲。プロデューサー・ギタリストのShin Sakiuraをアレンジャーに迎えて制作され、足立いわく「だらけた自分も、欲張りな自分も、全部肯定してあげられるような曲を作りたいと思って作った」とのこと。ミュージックビデオでカラフルな街を軽やかに歩く彼女は、アフターコロナの新しい時代に飛び込んでいく“新しい自分”を映し出しているようだ。
原曲がエレクトロをベースにしたアップテンポな曲だけに、アコースティックな楽器による『With ensemble』バージョンがどのようになるか想像がつかなかったが、和仁将平のアレンジによって、ファンタジーに満ちた作品に仕上がっている。楽器編成は弦楽四重奏(バイオリン2名、ヴィオラ、チェロ)、コントラバス、ピアノ。弦楽器が指で弦をはじくピッツィカートで奏でられるイントロは、はずむ心そのものである。
Aメロではベースとなるシンコペーションのリズムの合間に、弦楽器が合いの手を入れるように細かいパッセージが挿入される。足立の歌は原曲より少し落ち着いたトーンだが、“眠いから起きれないわ”“私から誘えないわ”という語尾の“わ”が、ふわんと空中に漂い、空気を多めに含んだやわらかい声質と相まって不思議な浮遊感を生み出している。サウンドによって発音の仕方、表情の作り方をここまで巧みに、それでいて自然に変えてくるシンガーは、彼女の年齢ではなかなかいないだろう。
サビでも、これまでの世界に“グッバイ”して“ニューマイ世界”に旅立とうと歌う足立の背中を押すように、弦楽器が美しいパッセージで後を追いかける。アップになる彼女の笑顔からも、自分のすべてを肯定し、抱きしめるポジティブな感情が伝わってくる。続く“動き出す my way“のメロディは、イントロでピッツィカートが奏でていたメロディと同じ。足立は小学校の頃に入っていた合唱団で歌の楽しみを知り、歌手を志すようになったというが、ここでの彼女はアンサブルと一緒に合唱しているかのよう。一体感から生まれるグルーブが心地よい。
階段を一段ずつ降りていくように下降するフレーズで間奏に入り、2コーラス目のAメロからは、ジャジィなピアノがきらびやかに彩りを添える。サビの最後、“思うままに飛び込んでみよう”と歌いながら、飛び込むようなジェスチャーをする姿を見て、水の中を自由に泳ぎまわる彼女を想像した。原曲の舞台がカラフルな街だとしたら、『With ensemble』バージョンの舞台はカラフルな熱帯魚が泳ぐ海なのかもしれない。
“不恰好でも 進みたいのよ”と歌う部分での、チェロからはじまるフレーズをヴィオラとバイオリンが追いかけていくクラシカルなサウンドも美しい。ラストでは再びピッツィカートで奏でられる“動き出す my way“のメロディと、サビの歌のメロディが重なる。“生涯旅行さ”というフレーズで歌が終わった後、アウトロでチェロが歌うのがことさら印象的。その先に、まだ見ぬ世界の景色が広がるかのような余韻を残して曲が終わる。
足立佳奈というシンガーの、等身大の“今”が投影された『With ensemble』であった。
足立佳奈 OFFICIAL SITE
https://www.adachikana.com/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble
『THE FIRST TIMES』OFFICIAL YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCmm95wqa5BDKdpiXHUL1W6Q