TEXT BY 原 典子
■多彩な声のパレットを持つ、声優であり、歌手の楠木ともり
1999年生まれ。2017年に声優デビュー、2019年には『第十三回声優アワード』にて新人女優賞を受賞。早くからその演技力と表現力で注目されてきた、楠木ともり。
「声優と歌手、どちらも本業」と語るほど、音楽活動にも精力的に取り組んでおり、2020年8月には自身がヒロインをつとめたTVアニメ『魔王学院の不適合者〜史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う〜』のエンディングテーマ「ハミダシモノ」を収録したEPでメジャーデビュー。
音楽好きな両親のもと、3歳からピアノを習い、小学生になると、金管楽器(特技はトランペット)にも触れた。そして、高校では軽音楽部に入り、キーボードを弾きながらボーカルを担当。こうして彼女の経歴を紐解くと、音楽がいつも身近にあったので、アーティスト活動はごく自然な流れだったのかもしれない。
楽曲づくりを始めたのはデビューしてからだが、自身で作詞・作曲を手がける曲も多く、歌詞をスマホに書き留め、鼻歌で作ったメロディをボイスメモで録る作曲法で自身の想いや表現の世界を広げている。
サウンドにおいても豊かな感性と多彩な引き出しを持っており、自分が抱くサウンドのイメージやリクエストをアレンジャーに伝えながら曲を作っていくという。
■様々な仕かけを忍ばせたアレンジとたしかな表現力
そんな楠木が、このたび『With ensemble』で選んだのは、デビュー曲の「ハミダシモノ」。原曲はソリッドなギターロックだが、これがピアノ、弦楽四重奏、コントラバスという編成でどのようにアレンジされるのか?
まず一聴してまったく異なるのは、楠木の声である。
原曲では力強く張って歌っていた声が、『With ensemble』ではより息を多く含ませ、繊細で儚げな表情をたたえている。特にサビの“ハミダシモノの声よ響け!”でのファルセットに近い高音が印象的である。“弱さ”にフォーカスすることで、それでも屈せず前を向いて進んでいく“強さ”が浮かび上がってくるようだ。
多くの人気ミュージシャンと共演してきた注目のピアニスト・作曲家の和久井沙良によるアレンジは、弦楽器の特性を活かした流麗なサウンドが美しい。
エッジのきいた縦ノリのビートを軸にした原曲に対し、こちらは弦楽器の弓の動きに合わせて横へと広がっていくイメージ。コントラバスも、指でリズムを弾くジャズのベースではなく、弓を使ったクラシカルな奏法でアンサンブルに加わっている。
それでいて、キメのフレーズでは縦の線をバッチリ合わせてくるところが、クラシックの活動だけにとどまらないこのアンサンブルの腕達者たる所以だろう。
“咲いていた噂話の香りは”と歌う箇所では、歌詞の内容に合わせて弦楽器が不穏な和声を奏でる。花びらがはらはらと舞い落ちるような間奏をはさんで、2コーラス目のサビでは和久井自身が演奏するグラマラスなピアノが弦楽器の間をぬって駆け巡る。
そして、最後のサビに入る直前、ピアノが紡ぐ流れを断ち切るように、視界に切り込んでくる弦楽器の鮮やかな切り口といったら! 一見クラシカルなテイストの中に様々な仕かけを忍ばせたアレンジは、聴くごとに発見があって面白い。
アニメのエンディングテーマとして書かれた「ハミダシモノ」に関して、楠木はアニメの世界観やメッセージを考えながら作詞したと語っていたが、この『With ensemble』バージョンでは、より自身の表現として歌っているように聞こえる。
今回の収録を終えての感想で「歌っている間、今まで見たこともないような景色が見えた気がしました」という彼女の言葉のとおり、リスナーにもあらたな景色を見せてくれた『With ensemble』だった。
楠木ともり OFFICIAL SITE
https://www.kusunokitomori.com/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble
『THE FIRST TIMES』OFFICIAL YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCmm95wqa5BDKdpiXHUL1W6Q