TEXT BY 新谷洋子
■アデルが姿を見せたのは、美しい夕焼け空が広がる黄昏時
昨年11月にリリースされるなり世界20カ国以上のチャートで1位に輝き、わずか50日の間に世界で500万枚を売り上げて、2021年のベストセリング・アルバムとなった『30』。過去3作品に引き続き、6年ぶりの新作を大ヒットさせたアデルは、その後2月に開催されたBRIT賞ではアーティスト・オブ・ジ・イヤー、アルバム・オブ・ジ・イヤー、ソング・オブ・ジ・イヤー(「イージー・オン・ミー」)の主要3部門を独占。ソロ・アーティストとしては史上初の3枚連続のアルバム・オブ・ジ・イヤー受賞を果たし、改めて現代ポップ・ミュージック界のクイーンっぷりを見せつけている。となると次は当然ツアーへの期待が高まるわけだが、現在の彼女のライヴ・パフォーマーとしての実力は果たしていかほどなのか? そのクエスチョンに答えるのが、7月24日(日)午前1時~ NHK BS プレミアムで放送される『アデル ワン・ナイト・イン LA 2021』<(原題)ADELE ONE NIGHT ONLY>だ。ちなみに回答はずばり、“100点満点”である。
『30』の発売を5日後に控えた昨年11月14日にアメリカのCBS局が放映し、以来世界各地でオンエアされてきた『アデル ワン・ナイト・イン LA 2021』は、タイトル通りに一夜限りのコンサート(収録は10月24日)の模様を伝える特別番組。会場には、全米を制覇したアーティストに相応しく、ハリウッドのてっぺんからロサンゼルスの町を一望できるグリフィス天文台が選ばれた。しかもカメラが次々に捉えるオーディエンスは、リゾにドレイク、チャイルディッシュ・ガンビーノ、メリッサ・マッカーシー、レオナルド・ディカプリオ、ジェームズ・コーデン、シェフのゴードン・ラムゼイ…と、ドレスアップしたセレブリティばかり。ステージに見立てた天文台のエントランスを取り巻くようにして見守る彼らの前に、スキャパレリによるマーメイド・シェイプのブラック・ドレスをまとったアデルが姿を見せたのは、美しい夕焼け空が広がる黄昏時だ。
■200〜300人のオーディエンスの前で10曲を披露
思えば前回彼女がステージに立ったのは17年夏、サード・アルバム『25』(15年)に伴うツアーの最終公演で、地元ロンドンのウェンブリー・スタジアムにて10万人近くのファンの前で歌った。他方で、限りなくインティメートな今回のオーディエンスは200~300人程度。久しぶりのライヴだけに、自分を安心させてくれる親しい人たちを集めたのだという。そのせいなのか、或いは野外の開放的なロケーションのせいなのか、見るからにリラックスしているアデルは、3人のバッキング・シンガーを含む9人編成のバンドとオーケストラを従えて、最初の3枚のアルバムから厳選した5つの代表曲に、同名の007映画の主題歌「スカイフォール」、そして『30』からの4曲(うちシングル曲の「イージー・オン・ミー」以外は当時世界初公開だった)を加えた計10曲を披露。ごく控えめな伴奏によって、威厳と包容力とあらゆる色相のエモーションを包含するあの歌声の威力が最大限に引き立てられ、4年ぶりとはとても思えない、堂々たるパフォーマンスを堪能させる。すっかり日が落ちた後半になると天文台の壁面に映像が映し出され、美しい夜景と共にダイナミックなヴィジュアル演出を添えていたが、彼女はセットの途中で1組の一般人のカップルを招いてこのマジカルなシチュエイションを分かち合い、プロポーズの場を提供。ボブ・ディランのカヴァー「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」をふたりに捧げて、祝福する場面も…。
そんな粋な一幕もさることながら、やはり注目すべきは『30』の収録曲だろう。そもそもこのアルバムは、家族を持つことに長年憧れていたアデルが、ちょうど30代に突入した頃に離婚という人生最大の試練に直面し、自分の心の内を整理して、かつ息子アンジェロ(この夜初めて母のコンサートを体験したという)に事情を説明するために制作した作品。基本的に実体験を曲作りの題材にしている彼女の基準に照らしても、かつてなく生々しく自身の葛藤が投影されていた。スタンダップ・コメディアン並みのユーモアあふれるトークで有名な人だけに、パフォーマンス中のMCではたびたび爆笑を誘っていたが、だからこそ余計に「イージー・オン・ミー」の憂いや「アイ・ドリンク・ワイン」の無力感は、鮮烈に伝わって来る。また、映像を見ていて気付かずにいられなかったのは、土星を象ったユニークなイヤリングと腕のタトゥーだ。これらは、アデルがアルバム発表に際してSNSで触れていた“土星回帰”に因んでいるのだと思われる。土星の回転周期が約29年であることから、人間は30歳前後に人生の転機を迎えるとする占星術のコンセプトであり、彼女にとっては『30』のシンボルみたいなものか?
■きっと『30』をもう一度聴きたくなるだろう
とはいえ、同アルバムでは新しい恋についても歌って、次の一歩を踏み出したことも印象付けていたアデル。最もつらかった時期に生まれたという「ホールド・オン」でさえ微笑みを浮かべて力強く歌い、『30』のフィナーレでもあるシネマティックな1曲「ラヴ・イズ・ア・ゲーム」でセットを締め括った彼女は、ステージをあとにする前に次のようにオーディエンスに告げた。「私が得た最大の教訓は、自分でコントロールできることなんか何ひとつないんだから、流れに身を任せて楽しめばいいってこと!」と。このパフォーマンスを見て、この言葉を噛みしめれば、きっと『30』をもう一度聴きたくなるだろう。
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リリース情報
2021.11.19 ON SALE
ALBUM『30』
アデル OFFICIAL SITE
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