TEXT BY 長谷川誠
■「シャッター」の普遍性。歌の中で描かれているドラマにある余白
名曲はたくさんの人に共有されることによって、大きく育っていくことがある。カバーされたり、映像化されたりすることで新たな解釈が加わり、共有する人がさらに増えていくケースがあるからだ。ストリーミング1億回再生を突破している優里の「シャッター」も、そうした楽曲のひとつと言えるだろう。
そして、「シャッター」のミュージックビデオ(以下、MV)が、3月30日21時にプレミア公開された。MVに登場する恋人カップルを演じているのはMV初出演となる田中みな実と藤原季節のふたり。監督はドラマ、映画、MVなどで活躍している映像ディレクターの山岸聖太である。
もともと「シャッター」という曲は、優里がYouTubeチャンネル「優里ちゃんねる【公式】」の企画として、友人であり、チャンネルのメンバーであり、カメラマンであるJUN MIYASAKAのために書き下ろした楽曲だ。“シャッター”というモチーフが描かれているのは、おそらくJUN MIYASAKAがカメラマンだからなのだろう。
その後この曲は、優里の初ワンマンツアー『優里 TOUR 2021 〜御伽噺のようなハッピーエンドへ向かって〜』でセルフカバーされ、2021年7月7日にはデジタルリリース、そして23冠を達成して大ヒット中の1stアルバム『壱』(2022年1月リリース)にも収録されている。
また、1,800万回再生を超えている『THE FIRST TAKE』では、優里は「友達のために書いた曲です」と楽曲紹介してから歌い始め、歌の主人公に寄り添っていくようなエモーショナルな歌声が深く染みてくるパフォーマンスを見せていた。
「シャッター」はこのほかにも優里が曲を作った相手であるJUN MIYASAKA自身が歌い、出演し、制作しているMVもある。様々な形で共有されてきた楽曲なのだ。
今回出来上がったばかりの「シャッター」のMVは切ない恋愛映画を観たような余韻の残る作品となっている。恋愛初期のエピソードや、ふたりの関係が終わりを迎えつつある瞬間など、ドラマチックなシーンが数多く描かれている。
ハッとさせられたのは、1コーラス目のサビの“シャッターが落ちるみたいに”というフレーズのところで、田中みな実演じる女性の泣き顔が映し出されて、左の目から涙が流れ落ちていくシーンだ。“シャッターが落ちる”というフレーズと、涙が落ちる場面とがシンクロしている。彼女は何か言葉をつぶやいているから、これはふたりの別れ話のシーンということになるのだろう。優里の歌声が切なさを増していくところで、MVでも緊張感の漂うシーンが映し出され、主人公である“僕”の現実=痛みが突きつけられるようだ。
後半の歌詞には、“心のアルバムに全部/そっとためこんでさ”というフレーズがある。このMVはカップルの“心のアルバム”を映像化したような作品でもあるだろう。公園で男性が貯水池に突き落とされるシーン、その後、電気量販店で濡れたコートをドライヤーで乾かされるシーン、バッティングセンターでのシーンなど、ふたりの思い出の場面が断片的に描かれている。
このMVでポイントになるのは、田中みな実の表情と仕草だろう。それこそが藤原季節が演じている男性の心のアルバムの中にある映像だと考えられるからだ。田中みな実はこのMVの中で多彩な表情を披露している。泣き顔、笑顔、ふざけた顔、そして物憂げな表情などなど。笑顔のシーンが多いだけに、悲しげな表情をしているシーンが際立つ。彼女のリアルな演技にはグッと引きこまれてしまう。なぜ彼女はそんな表情を浮かべているのか。観ているこちらまで考えさせられる瞬間があった。
一方、藤原季節は朴訥としたキャラクターをさりげなく演じている。田中みな実の表情がめまぐるしく変わるのに対して、藤原季節は戸惑ったり、困惑したりする場面が多い。ひとりただうつむいているシーンからは、じんわりと悲しみがにじんでいる。何が良くなかったんだろうかと、彼と一緒に考えてしまいそうになる。歌詞の中でもMVの中でもふたりが別れた具体的な原因や直接的な出来事は描かれていない。しかし、ふたりがテーブルを間にして対面しているときの、男性が浮かべる気の弱そうな笑顔が象徴的だ。
このMVで描かれている物語と似た経験をした人もいるだろう。恋人同士の思い出のエピソードがシャッフルされて映し出されていく中で、ラスト直前に気になるシーンがある。歌の最後のサビの後半の2行に該当する部分だ。歩道橋の上でふたりが歩み寄る場面で、田中みな実が演じる女性が涙を流しながら笑顔を浮かべる。彼女のこの表情はどんな気持ちの表れなのだろうか。これはどういうシチュエーションなのだろうか。実際にあったシーンなのか、それとも“こうだったら良かったのに”という主人公の男性の願望を描いたシーンなのか。いろいろと考えさせられるところにも、このMVの面白さがあると言えそうだ。
優里の「シャッター」という曲がここまで多くの人から支持されているのは、普遍性とドラマ性を備えているから。そしてまた、歌の中で描かれているドラマに余白があるからだろう。特に秀逸なのは、主人公の男性の痛みや切なさを描くだけでなく、別れる原因となったことを暗示している点にあると思うのだ。“見映えのよいものばかりが/インスタに残った”“カメラじゃ/映せないものが/君と僕の間にあって”といったフレーズが鮮烈に響く。
「シャッター」は“大切なものを大切にするために必要なこととは?”というテーマを内包した歌でもあるのかもしれない。人と人との距離はどれくらいが正しいのか。どこまで踏み込むべきなのか。どこで引くべきなのか。距離が合わないと、シャッターを切っても写真はピンボケになってしまう。「シャッター」とは、失恋ソングであると同時に、人と人との向き合い方について描かれた作品という解釈も成り立ちそうだ。
MVを観ることによって、歌そのものについても再発見がある。感じる作品、そして考える作品だ。やはり「シャッター」は大きく育っていく曲ということだろう。
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