TEXT BY 柴那典
■王道でありつつ、異端。日本のロックカルチャーにおける“特異点”
TK from 凛として時雨と稲葉浩志(B’z)。世代も活動領域もまったく異なる2組による、衝撃のコラボレーションが実現した。
3月16日にTK from 凛として時雨がリリースしたダブルA面シングル「As long as I love/Scratch (with 稲葉浩志)」は、日本を代表するロックバンドB’zのボーカリスト稲葉浩志をゲストボーカルに迎えた2曲を収録。事前に予想していた人はほぼいないだろう、意外性に満ちた組み合わせだ。しかし、届いた楽曲を聴くと、不思議なほど互いの個性がフィットしている。王道でありつつ、異端。昨年にソロ活動10周年を迎えたこれまでのTKの歩みの延長線上にありつつも、確実に今まで聴いたことのないタイプの興奮を感じるナンバーに仕上がっている。
どのようにしてこのコラボが生まれたのか。日本のロックカルチャーにおける“特異点”とも言うべき両者の出会いにはどんな意味があるのか、読み解いていきたい。
コラボを持ちかけたのはTKの側だ。シングルの制作は、自身のソロプロジェクト10周年を締め括るコラボ企画として稲葉にデモ音源を送ったことから始まったという。その背景には、ギターを手にした学生時代から自分自身の音楽的なルーツのひとつになったB’zに対してのまっすぐなリスペクトがあった。TKはコラボにあたってこうコメントしている。
自分の部屋に篭りながら、無我夢中で弾いていたB‘z。誰もが魅了されるそのサウンドに僕も例に漏れず衝撃を受けました。
夢の様なコラボレーションの中で、稲葉さんは僕のどんな些細な要望にも目を向け、耳を傾けてくれました。それはあまりにもリアルで、制作に携わって頂いた時間のすべての瞬間が僕の新たな音楽のDNAとして刻まれていきました。すぐそばで聴いた歌声は、あの頃よりも更に輝きを増していて、より届かない場所から大切な何かを降り注いでくれてるかの様でした。
音楽への扉を開けてくれた存在が、今も圧倒的な存在として心を震わせ続けてくれる悦びに満たされたコラボレーションでした。この曲が多くの人の傷跡として宿り続けます様に。
来年でデビュー35周年と長いキャリアを持つB’zだが、稲葉浩志が他のアーティストとのコラボレーションに参加したことは、決して多くはない。スティーヴィー・サラスとタッグを組んだ“INABA / SALAS”名義では『CHUBBY GROOVE』(2017年)、『Maximum Huavo』(2020年)と2枚のアルバムをリリースし、他にもガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュのソロプロジェクトに参加した「SAHARA~feat. 稲葉浩志」(2009年)など、海外のハードロックのレジェンドギタリストと共作することはあったが、今回のように国内アーティストの楽曲にゲストボーカルとして参加した例は稀だ。なぜ稲葉浩志はTKのオファーを受けたのか。プレスリリースにはこんなコメントがある。
お話をいただいた時はTKと一緒にどんなものを作れるか自分でも予想がつかず、とにかくお互いに納得できる面白いものができたなら発表しましょうという前提でスタートしたプロジェクトでした。そして最初に彼から送られてきたデモを聴いた瞬間に迷いのようなものは消え去り、あとはTKの創作欲の勢いに身を任せて完成まで突っ走った、という感じです。
TKは非常に耳が良く、頭も柔らかく、アイデアも豊富で、何より楽しい会話のできるミュージシャンです。素晴らしい音楽体験ができたこと、感謝しております。
そして出来上がった作品は、もちろん最高です。
やはりポイントはTKから送られてきたデモ楽曲にあったようだ。
そして、おそらくは、B’zとして昨年に数々の新たな試みに踏み出していたタイミングの影響もあったのだろう。昨年5月には全楽曲をサブスクに解禁し、9月には自身がオーガナイザーを務める初のロックプロジェクト『B’z presents UNITE #01』を大阪城ホールと横浜アリーナにて開催。コロナ禍で音楽業界全体が大きな打撃を受けるなか、久々となる有観客ライブにてMr.Children、GLAYという日本の音楽シーンを牽引してきたロックバンドとの初共演を実現させた。
また、稲葉は3月18日公開の映画『SING/シング:ネクストステージ』で声優に初挑戦している。個性的な動物たちのキャラクターが登場する『SING/シング』(2017年)の続編で、稲葉は伝説のロックスターであるライオン、クレイ・キャロウェイ役を担当。こうして、これまでの活動領域にとどまらず次々と新たなチャレンジを繰り広げてきたここ最近の活動の一環として今回のコラボがあったのだろう。
「As long as I love(with 稲葉浩志)」は、パワフルなドラムと鋭角的なギターフレーズが印象的な、高揚感に満ちたロックナンバー。TKが作曲と編曲を手がけ、作詞は稲葉とTKによる共作となっている。次々と畳み掛ける曲展開に乗せて稲葉とTKがハイトーンボイスで互いに歌うエネルギッシュな一曲だ。改めて痛感するのはふたりの声の記名性の高さ。B’zの節回しやサウンドとは明らかに違う曲調であっても、稲葉の芯の太い歌声には一度聴いただけで納得させられるロックボーカリストとしての説得力が宿っている。ファルセットを駆使するTKの歌声もそこに並び立っている。“真実はどれだけあるの 数えりゃキリがないくらい”“変われる?変われない? 変わったほうがいいんですか?/明日もどうにかなっちゃうの? さあ見当もつかないよ”と、コロナ禍から戦時下へと至り混迷の真っ只中にある今の時代、人々が捉える事実や信じる対象がバラバラになりつつあるポスト・トゥルース以降の社会を活写したようなリリックも鮮烈だ。
「Scratch(with 稲葉浩志)」は、作詞、作曲、編曲をTKが手がけた壮大なバラード。ピアノとストリングスに加えて轟音のギターサウンドがドラマチックな音空間を作り上げ、やはりふたりが代わる代わる歌う。単にゲストボーカルとして稲葉を迎えたということだけでなく、それぞれが対称的な声質を響かせながら掛け合うように歌うことでどんどん劇的になっていく展開を持った一曲だ。中でも聴きどころは中盤のギターソロだろう。稲葉のシャウトと掻きむしるようなTKのギターが、まるでバトルしているかのように響く。
こうして異色のコラボが実現したわけだが、TKとしてはコラボレーションは珍しいことではない。むしろ、これまでのソロキャリアの中では旺盛にコラボに取り組んできたほうだ。3ピースバンドである凛として時雨と違い、サウンドの制約のないソロではピアノやストリングス、アコースティックギターをメインにするなど幅広い発想で叙情的な音風景を多く描いてきた。おそらく、他者との出会いや共作も、新たな発想を生み出すための刺激になってきたのだろう。
ソロ活動10周年を記念して昨年10月にリリースされたベストアルバム『egomaniac feedback』には、これらのコラボの数々も収録されている。CHARAとの「Shinkiro」、Salyuをボーカルに招いた「moving on」、ヨルシカのsuisを迎えた「melt(with suis from ヨルシカ)」など、個性的な歌声を持ったシンガーとの共作の数々が並ぶ。また、ベスト盤には4曲の新曲も収録されたが、そのうち3曲も「Super bloom(with 阿部芙蓉美)」、「Future Tone Bender(with milet)」、「掌の世界(with 斎藤宏介 from UNISON SQUARE GARDEN)」というコラボナンバーだ。
また、ボーカリストだけでなく異業種のクリエイターとの共作にも取り組んできた。ベスト盤にも収録されている「彩脳 -Sui Side-」は、アニメ『東京喰種 ト-キョーグール』の原作者である漫画家の石田スイが作詞を担当。TK from 凛として時雨としては2014年に「unravel」をアニメ『東京喰種トーキョーグール』のオープニングテーマとして書き下ろしているが、単なるタイアップという枠組みを超え、互いに認め合う両者によるクリエイティブな結びつきに繋がっている。
そして、この「unravel」はリリースから8年経った今も大きな広がりをもたらしている。先日にはSpotifyでの累計再生回数が2億回を突破。昨年11月にSpotify日本上陸5周年の節目に発表された各種ランキングにおいては「過去5年間で海外でもっとも再生された日本の楽曲ランキング」で1位を獲得した。日本のみならず、北米、欧州、アジア圏にファンやリスナーを増やしている。
こうして振り返ってみると、独創的な作風を貫きつつ、他者との交わりによって様々に表現の幅を広げてきたTK from 凛として時雨の10年のキャリアがあってこそ、今回の稲葉浩志とのコラボに結びついたということも言えるだろう。
この2曲が世界中にどんなふうに届いていくのか、楽しみだ。
リリース情報
2022.03.16 ON SALE
SINGLE「As long as I love/Scratch (with 稲葉浩志)」
TK from 凛として時雨 OFFICIAL SITE
https://tkofficial.jp/s/n150/?ima=1005
B’z OFFICIAL SITE
https://bz-vermillion.com/