TEXT BY 森朋之
■SNSやプラットフォームを使って発信するスタイル
2020年の春から始まったコロナ禍は、世界中に甚大な被害を与えた。特に大きいダメージを負ったのが、音楽業界。あらゆるフェスやイベント、コンサートが中止や延期に追い込まれ、ご存知の通り、2年経った現在も試行錯誤の時期が続いている。
パンデミックは当然、次世代のアーティストにも様々な影響を与えたが、それは決して負の部分だけではない。“フェスやイベントに出演して知名度を上げ、有力な音楽事務所やレーベルとタッグを組んで活動を広げる”という従来のやり方だけではなく、アーティスト個人で楽曲制作やMVを手がけて、SNSやプラットフォームを使って発信するスタイルがさらに広がったのだ。
idom(イドム)もそのひとり。兵庫県生まれ、岡山県在住の23歳の気鋭のアーティストだ。大学でデザインを専攻していた彼は、2020年の春からイタリアのデザイン事務所に就職する予定だったが、コロナ禍によって断念。人生を大きく左右されるような事態に見舞われたidom──相当なショックを受けたことは想像に難くない──が自粛期間中に始めたのが、音楽制作。その直後に最初の楽曲「neoki」を発信したことを皮切りに、オリジナル曲、カバーなどを次々にリリース。トラックメイク、ラップ、映像制作からイラスト制作までを自ら担う新世代型マルチクリエイターとして少しずつ注目を集め、2021年7月に「Awake」が[ソニー Xperia 1 III CMタイアップソング]、そして2021 年10月には「Freedom」が[TikTok CMタイアップソング]、そし11月に「Moment」が[ソニー Xperia 5III CMタイアップソング]に抜擢され瞬く間に注目度を高めた。
そして2月25日に1st EP『i’s』をリリース。これまでに発表された3曲に加え、新曲「帰り路」、リミックス作品等を収めた本作によってidomは、その存在感をさらに強めることになるだろう。
「Awake」は、idomの存在がクローズアップされるきっかけとなった楽曲。美しい透明感をたたえたシンセ、濃密なグルーヴを描くビートとともに壮大なスケールを感じさせるメロディ、ラップが響くこの曲は、彼の音楽的ポテンシャルの高さを明確に示していた。精神的な覚醒をテーマにした歌詞を含め、idomの最初の代表曲と言っていい。
「Moment」はシンガロング必至のコーラスからはじまるミディアムチューンだ。深いリバーブがかけられたトラック、大らかに響く旋律は完全にスタジアム級。体幹の強さを感じさせるラップ、繊細な表情が伝わるファルセットを自由に行き来するボーカリゼーション、そして、“僕たちが生きているこの瞬間こそが宝物なんだ”という思いを刻んだリリックも魅力的だ。
快楽的なスピード感に貫かれた「Freedom」には、際立ったポップセンスと強いメッセージが刻み込まれている。思わず身体を揺らしたくなるビート、“この一瞬を謳歌/解き放って”に象徴されるキャッチーな言葉がひとつになり、リスナーに強いインパクトを与えると同時に、“ここではないどこか”へ進むパワーを感じてもらえるはずだ。
■idomのソングライティング・センスの高さを証明
新曲「帰り路」は、idomが持つ言葉の力、歌の魅力を存分に感じられる、新機軸と呼ぶべき楽曲。軸になっているのは、音数を抑えたトラック、生楽器の響きを活かしたサウンドメイク。そのなかで彼は、ある日の帰り路で感じた思いを、どこかノスタルジックな雰囲気をまとったメロディとともに紡ぎ出している。嘘ばかりがはびこり、個人の存在がないがしろにされている世界のなかで、それでも人々はどうにか自分を保って生きている。コロナ禍によって露わになった数限りない問題を孕んだ社会を映し出しつつ、“受け流す 世の罵声 孤独なこの街で 壊れた心抱いて 歩いてる”というラインに結びつけるこの曲は、idomのソングライティング・センスの高さを証明していると思う。蛇足かもしれないが、「帰り路」の背景にはおそらく、彼自身の経験──コロナ禍によってキャリアの変更を余儀なくされた──もあるのだろう。
さらに「Freedom- PLANET ver. 」「Awake- BACHLOGIC Remix 」「Awake- Seiho Remix」も収録。現在のシーンの先端を代表するクリエイターのリミックスにより、原曲のオルタナティブな魅力を堪能できる。
これまでのキャリアと新たな方向性をコンパイルした1st EP『i’s』によってidomの活動は、次のフェーズに向かう。たとえば藤井風、Vaundyがそうであったように、純粋に楽曲の力によって音楽ファンの心を掴み、一気にオーバーグラウンドの真ん中に進む──そんな光景がすぐそこまで迫っている。
リリース情報
2022.02.25 ON SALE
EP『i’s』
idom Twitter
https://twitter.com/baedongk