TEXT BY 原 典子
■表情豊かな歌声を持つ、20歳の少女Anonymouzとは?
ここ数年、素顔を明かさずに活動する覆面アーティストが多く登場しているが、Anonymouz(アノニムーズ)もそのひとり。“Anonymous=匿名、名前のない”という言葉をもじったアーティスト名からも伝わるように、素顔どころか名前さえない。オフィシャルサイトのプロフィールには「ある日突然自分の名前を失った20歳の少女・・・。」からはじまる短い文章があるのみ。それでも、一度聴いたら忘れられない表情豊かな歌声が、彼女の存在感を際立たせている。
2019年から、RADWIMPS、Official髭男dism、宇多田ヒカル、藤井 風、YOASOBIなどJ-POPの人気曲を英語でカバーした歌唱をYouTubeに投稿し、またたく間に注目を集めた彼女。歌詞の英訳も自身で手がけ、そのクオリティの高さにはRADWIMPSの野田洋次郎も賛辞を贈ったほど。日本語ならではの微妙なニュアンスをくみ取り、さらには韻まで踏んで見事に歌いこなすAnonymouzとは一体何者なのか?
This is great.
Should I copy? https://t.co/VjKN8Xg0z9— Yojiro Noda (@YojiNoda1) April 24, 2019
■ロック、バラードからラップまで…多彩な表現力
その生い立ちや経歴は明らかにはされていないが、メディアへのインタビューで語ったところによると、外国人の母のもと日本で育った彼女は、日本語と英語が入り混じった日常生活を送ってきたという。クラシック音楽やディズニーミュージカルに幼い頃から親しみ、やがて海外や日本のポップスに出会い、シンガーソングライターを目指すように。カバーと並行して、オリジナルの楽曲作りにも早くから取り組んできた。
2020年4月には全曲オリジナルによる1st EP『No NAME』をリリース。これまでに4枚のEPを発表してきたが、それぞれで異なるテイストの音楽と歌唱を聴かせている。
例えば、『No NAME』では孤独を抱えた少女の尖った感性で、傷ついた心の痛みを吐露する。2nd EP『Addiction』ではサウンドがさらに多彩になり、ソニーXperia 5 IIのCMソングに起用された「Eyes」のように優しく温かなバラードも。3rd EP『Greedy』は明るく力強い印象で、「足りないよ」の語りかけるような素朴な日本語が新鮮だった。さらにカバー曲をまとめた4th EP『Essence』では、冒頭に収録されたオリジナル曲「Lips」でラップまで披露している。
英語と日本語をボーダーレスに行き来し、ビートのあるロックからバラード、ラップまで自在に乗りこなすAnonymouzのマルチタレントぶりには驚くばかり。けれど、裏を返せば“本当の彼女”がどこにいるのか、まだ我々には明かされていないということか…。
■Anonymouzの“心の素顔”に近づける『With ensemble』
そんなAnonymouzの“心の素顔”をこれまででいちばん近くに感じられるのが、このたび発表された『With ensemble』での「Unbreak」かもしれない。
原曲は東京都美術館で開催される『フェルメールと17世紀オランダ絵画展』のテーマソングとして書き下ろされたもので、失ったばかりの恋の痛みを“Unbreak(治す)”する心情が歌われている。原曲もピアノとストリングスをメインにしたアコースティックなサウンドだが、With ensembleバージョンのよりシンプルなアレンジにより、Anonymouzの歌声がリアルな感触を伴って迫ってくるのである。
歌とピアノだけで紡がれる1コーラス目、“強がって 言い聞かす 大丈夫だって”と歌うAnonymouz。わずかな揺らぎを含むその声は、歌詞とは裏腹に己の弱さを隠していない。目元こそマスクで覆われているが、そのかわりに白く美しい手が、歌に合わせて表情豊かに語りかける。ストリングスが加わったサビの終わりに入るサックスのやわらかい音色が、恋の黄昏を感じさせる。
■歌で描かれる喪失と再生の物語
2コーラス目はピアノ、ストリングス、サックスが、歌の描く風景を水彩画のように淡い色合いで彩っていく。2回目のサビの終わり、“壊れたままでも 生きていける きっと”という歌詞に続くサックスのソロ。そして、ストリングスがたっぷりと歌いながら盛り上がっていく間奏を経て、再び歌が入る展開部。ふっとストリングスの音が消え、静けさからAnonymouzの声が立ち上がる。そこからラストに至るまでの力強さは、失恋の痛みで固くなった心を、自身と世界を受け入れ、愛することで癒し、立ち直っていく過程そのものを表しているかのようだ。
「光の画家」と呼ばれたフェルメール。原曲のラストは、ぱっとあたり一面が光に満たされ、様々な音が入って高揚感で終わるものだった。それに比べてWith ensembleバージョンは抑制がきいているだけに、Anonymouzの声の透き通る高音が、窓からすっと差し込む一筋の光のように感じられる。歌で描かれる喪失と再生の物語を、ぜひお聴きいただきたい。
Anonymouz OFFICIAL SITE
https://anonymouz.jp/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble
『THE FIRST TIMES』OFFICIAL YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCmm95wqa5BDKdpiXHUL1W6Q