TEXT BY 森 朋之
■“その耳と目で、この音楽世界を味わってほしい”という強い意志
その歌詞の世界は壮大な神話のようでもあり、混迷する現代社会の写し鏡のようでもある。フォークロア、エレクトロニカなど様々な要素が溶け合うサウンドも、現行のグローバルポップに重なりつつ、普遍的としか言いようがない魅力を放つ。
根底に流れているのは“情報に頼らず、その耳と目で、この音楽世界を味わってほしい”という強い意志だ。
“Siip”と名義されたアーティストから、1stアルバム『Siip』が届けられた。
2020年12月24日に配信された「Cuz I」で突如音楽シーンに現れたSiipは、作詞、作曲、アレンジ、ボーカル、演奏、プロデュースをすべて自身で手がける“シンガーソングクリエイター”──ということはアナウンスされているが、その他のプロフィールはまったく公開されていない。
つまり、我々がアクセスできるのは本人の経歴や人となりではなく“音楽そのもの”だけだ。
すべての情報が伏せられたまま、今年2月には「2」、さらに6月には「πανσπερμία」を発表。
色彩豊かなメロディライン、温かさと鋭さを併せ持ったサウンドメイク、壮大な世界観を感じさせる歌詞がひとつになった音楽性によって、早耳の音楽ファンの話題を集めると、“宇宙汎種説”(地球の最初の生命は宇宙からもたらされたという説)を表わすギリシャ語を冠した「πανσπερμία」が“エピソード0”、「Cuz l」が“エピソード1”、「2」が“エピソード2”に位置づけられることが明かされたことで、謎解き的な興味も加わり、Siipの注目度はさらに向上。Spotifyの有力なプレイリストに楽曲が入ることで、国外のリスナーにもリーチした。
サウンドミックスは、ケイティ・ペリー、チャーリー・プース、カミラ・カベロ、HAIMなどの作品を手がけたChris Galland(Overseen by Manny Marroquin)が担当。その音像はまさに世界標準である。
■Siipが紡ぐ物語が見えてきた『Siip』
そして、本作『Siip』は、このアーティストのストーリーが本格的に始まったことを告げる作品だ。
オープニングは、神話的物語を想起させるプロローグ的楽曲「Saga」。
続いて「πανσπερμία」「Cuz I」「2」が時系列に並び、本作を貫く世界観の全体像が少しずつ見えてくる。
点と点が繋がることで深みを増していくストーリーライン、まるで近未来SF映画の劇伴にようにも響くサウンドメイク、語り部としての役割と音楽的なダイナミズムを兼ね備えた歌声…最初の4曲を聴くだけで、Siipのプロダクションのすごさを実感してもらえるはずだ。
その後に続く新曲もきわめて興味深い。
クラシカルにして重厚なストリングスを取り入れたトラック、バロック音楽的な旋律、“終焉の日まで/楽しむの”という刹那的なフレーズが共鳴する「Walhalla」。日本語の響きを活かした心地よいフロウとともに、ピュアな性愛の在り方を描いた「来世でも」。
穏やかで美しい音像から始まり、“叶わない夢を見てる”というフレーズから爆発的なスケール感を獲得する「オドレテル」。“全部シナリオ通りに進んでる”世界のなかで、それでも愛しさを抱えながら生きる姿を想起させる「scenario」。
全8曲が織り成す世界は、古代から伝わる壮大な叙事詩であると同時に、現代の社会を照らし出すリアリティも備えている。
■圧倒的な映像美と深遠なストーリー性を共存させたMV
また、楽曲に伴う映像の質の高さもSiipの特徴。
「πανσπερμία」「Cuz I」「2」のMVは、Siipという“存在”にフォーカスを当てるわけではなく、サウンドや歌詞、その中に込められた物語に即している。圧倒的な映像美と深遠なストーリー性を共存させたSiipのMVはアルバムのリリース後、さらに発展することになりそうだ。
前述した通り、Siipのプロフィールは一切明かされておらず、音楽と映像だけが提示されている。それはもちろん“表現だけを受け取ってほしい”というSiipの意志の表れであると同時に、リスナーの感性に対する信頼、そして問いかけでもあるのだろう。
音楽に限らず、映画、文学、絵画などあらゆる表現が一過性の情報に変換されてしまう現代において、純粋にアートフォームとしての音楽を追求しようとするSiipのスタンスは本当に素晴らしい。
あとはただ1stアルバム『Siip』の世界を我々が存分に味わうのみだ。
リリース情報
2021.10.27 ON SALE
ALBUM『Siip』
Siip OFFICIAL SITE
https://siip.studio/