TEXT BY 藤井美保
■メランコリックでありながら心をたぎらせる歌声が世界に羽ばたく
聴覚の快感領域の細胞レベルまで染み込んでくるようなエアリーなエンジェル・ボイス。一陣の風が起こす木々のさざめきを浴びているような完璧な周波数的心地よさだ。その魅力に甘んじることなく、歌い手は声に感情の深層を繊細に織り込んでいく。メランコリックでありながら心をたぎらせる歌声。それがLMYKの「0(zero)」(TVアニメ『ヴァニタスの手記』のエンディングテーマ)を聴いた第一印象だった。
ドイツ人の父と日本人の母を持ち、大阪で生まれ育ったLMYKは、マイノリティであるという意識ゆえ内向的な少女時代を送ったという。変化が訪れたのはニューヨークの大学に進学してからだ。多様性が当たり前の世界で、自分もまた受け入れられていると感じた彼女は、ある日ある店のオープンマイクで歌う。すると、自身の中に存在していた音楽のドアが開き、にわかに自作曲の制作に没頭するようになった。
やがてその曲と歌声はジミー・ジャム&テリー・ルイスの元に届き、ふたりは即座に自らプロデュースを申し出たという。かつてLMYK自身がマイノリティと捉えていた”ハーフ”という出自が、世界に出ていくときには”ダブル”という翼になりえたのだ。
2020年11月に配信されたシングル「Unity」は、映画『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)ぼくが選ぶ未来』の日本語吹替版主題歌となり、LMYKは国内外のアニメファンの間で“謎の新人”として話題になる。
■日本発の完全なる二刀流シンガーソングライターの誕生
日本語と英語が何の不思議もなく溶け合う「Unity」や「0(zero)」の歌詞の在り様を目の当たりにすると、日本人には日本語で、海外には英語でといった差別化を論ずることすらもはやナンセンスだと思う。日本語であれ英語であれ、いいものはいい、好きなものは好きとシンプルに感じていい時代。それが垣根なくできる時代。LMYKの音楽に触れて、まずそこを強く実感した。
9月8日にリリースされた「0(zero)」のシングルパッケージには、「Unity」とともに、TVアニメのED曲に抜擢された日本語バージョン(とはいえサビはほぼ英語)の「0(zero)」と「0(zero)-English version-」が収められている。聴き比べてみて驚いたのは、どちらのバージョンも楽曲の味わいやイメージが変わらないこと。これは非常に珍しいことだと思う。おそらくそれは、本人の中に絶対的に存在する楽曲の軸(細かい譜割りなども含め)が、使う言語によってブレてしまうことがないからだ。つまり、言語の違いによる違和感や戸惑いを感じることなく、リスナーはどちらのバージョンもひとつの楽曲としてフェアに味わえる。あとはより自分の耳にフィットするほうを選べばいい。
そういう楽曲の提供の仕方ができるのがLMYKの強み。日本発の完全なる二刀流シンガーソングライターの誕生と言っていいだろう。それが証拠に、「0(zero)」は先行配信と同時に台湾やカナダでもチャートイン。また、LMYKの公式YouTubeチャンネルで公開されている「0(zero)-English version」のMVにも、「一度聴いたらやめられない!」、「うっとりするような声にヤラれた」、「アニメと深くリンクする歌詞に感激」、「日本のアニメに英語曲って珍しいけど大好き」などといった熱いコメントが、海外から多く寄せられている。
■海外の人の耳にもいわゆるJ-POPと響くであろう哀愁のメロディ
もちろん、それだけ「0(zero)」という楽曲自体に魅力がある。微かに漂うシンセストリングスに柔らかくこだまするディレイピアノ、ランダム・アルペジオ。この短い導入部だけで聴き手はふっと別世界に引き込まれる。響いてくるのは冒頭述べたとおりの歌声。このAメロは3連を基調にした12/8と捉えられるが、リズム楽器はなくほぼアカペラである。Bメロになるといわゆる808系のマシンリズムが登場するが、刻んでいるのはAメロの半分のテンポの大きなノリ。同時にブリッとしたシンセベースが超ロングトーンで鳴り始めるから、どこか沈鬱でミステリアスな雰囲気に。声質も相まってアンビエントと呼びたいサウンドだ。
が、突如異次元にワープしたようにダンスホールの世界に。根底を流れるテンポの縦軸は変わらないのだが、セクションごとに景色が変わっていき、ここで一気にグルーヴが疾走。そこに乗るのは、海外の人の耳にもいわゆるJ-POPと響くであろう哀愁のメロディだ。斬新なのは、グルーヴの推進力を担うのが基本808系のバスドラだけという点。サウンドの主役は、何層にも重なったLMYKの声のレイヤーだ。サビ全面に施された地ハモは音量的には小さいが、宇宙的倍音の美しさをもたらし、メインボーカルを引き立てている。
息遣いを伝う感情のウネリに身を任せていると、忘れられない人を時空を超えて思う歌詞の世界がヒリヒリと胸に迫る。コード感を微妙に開閉するストリングスのカウンターとロングトーンのシンベが絡まると、これはもう途轍もなく中毒的。LMYKの声を最大限に活かして、他はあえて抑制を効かせて品のある今風のラテンに仕立てるあたり、さすがジャム&ルイスなのである。彼らにインスピレーションを与えたLMYKもまた、計り知れないパワーの持ち主と言えるだろう。
ちなみに個人的にその中毒性によりハマったのは「0(zero)-English version-」。英語詞にたった一度出てくる“Meguri meguru toki no naka”というエキゾチックな響きが忘れられなくなった。この夏似た感覚を味わったばかりだったのでちょっと驚きもした。現在世界的ヒットとなっているバッド・バニーの「Yonaguni」(スペイン語詞に“与那国”や“どこにいますか?”という日本語が混じる)だ。スペイン語は日本語と同じく母音が強いので、最初耳にしたときは“日本語みたいだけど幻か”と思ったが、いつしかクセになった。それとまったく同じ感覚ではないにしろ、海外の人々が「0(zero)-English version-」でたった一度聴こえる日本語のエキゾチックさに惹かれ、楽曲の中毒性にハマっても不思議じゃない。
国内外での反響、ジャム&ルイスとのコラボの今後、人柄を含めたアーティストとしての存在感など、様々な角度で気になって仕方がないLMYK。徐々に見えてくるはずの“謎の新人”の素顔を、楽しみに待っていたい。
リリース情報
2021.09.08 ON SALE
SINGLE「0(zero)」(期間生産限定盤)
LMYK OFFICIAL SITE
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