TEXT BY 金子厚武
■メッセンジャーであり、ジャンル横断的な現代版ミクスチャーを生み出す新たな世代の担い手
3rdアルバム『ONE MORE SHABON』をリリースし、地元・栃木での初のホール公演『一鬼一遊 PRE TOUR Lv.3』を終えたばかりの秋山黄色。彼の魅力を語るうえでは、“ふたつの顔”を知ることが重要であるように思う。
ひとつは、DTMで楽曲を制作する偏執的なポップ職人としての顔。今年の1月に『ヒャダ×体育のワンルーム☆ミュージック』(NHK)にゲスト出演し、“ギターが弾けなくてもできる、音楽制作ソフトを駆使した曲作り方法”を披露したことを覚えている人も多いだろう。秋山はDTM世代らしく自らの部屋で楽曲を制作し、緻密に構築されたリズム、何本もボーカルを重ねたコーラス、大胆な転調やエディットなどを組み合わせ、オルタナティブロックを基調としながらもジャンル横断的な現代版ミクスチャーを、日夜生み出し続けている。
そして、もうひとつはメッセンジャーとしての顔。「やさぐれカイドー」でキャリアをスタートさせ、『From DROPOUT』でメジャーデビューを果たした秋山は、器用に生きられずにやさぐれて、ドロップアウト寸前のところから、音楽を頼りに外へと飛び出し、ミュージシャンとしての成功を掴もうとしている。そんな彼の生き方そのものが、同じような生きづらさを抱える人たちに対しての、メッセージとなっているのだ。
2019年に『SONGS』(NHK)の尾崎豊特集に出演し、「シェリー」のカバーでテレビ初歌唱をしているのは、そんな彼のメッセンジャーとしての側面がピックアップされたから。コロナ禍で発表された昨年の『FIZZY POP SYNDROME』では、社会の変化を受けて、より直接的に聴き手へと向けられた言葉の数々が印象的だった。
“メッセンジャー”と言うと、ひと昔前ならシンガーソングライターがアコギで切々と言葉を紡ぐか、あるいは仲間とスタジオに入って、想いをバンドの熱量に変換するのが普通だった。しかし、その表現の発露がDTMベースであるというのはやはり現代的であり、ボカロPや歌い手が活躍する近年の状況を思えば、それが新たなスタンダードになったとも言えるだろう。
そんなふたつの顔の対比で言うと、『ONE MORE SHABON』は『FIZZY POP SYNDOROME』でのメッセージ性の高まりを経て、再びポップ職人としての才気が爆発した作品である。プログラミングによるイントロから始まり、様々なリズムパターンが展開され、ピアノを部分的に挿入して転調を際立たせつつ、あくまでサビはキャッチーにという膨大な情報量が3分半に落とし込まれた1曲目の「見て呉れ」は、まさに秋山の真骨頂だ。
全体的にはギターの代わりにピアノの割合が増えていて、ストリングスやホーン、さらにはマリンバやマンドリンの音色を用いるなど、ロックというよりもポップスとしての完成度がグッと上がっているが、フレーズと配置の面白さで聴かせるピアノのあり方は、やはりDTM的。音源には手練れのミュージシャンたちが参加し、秋山のデモを基に生演奏に置き換えているが、ダンストラックの「Night park」は秋山ひとりで完結している楽曲で、作風の幅を印象付けるとともに、プログラミングの腕がさらに上がったことを感じさせる。
中でも特にインパクト大なのが、ジャズを背景にやはりジャンル横断的なポップスを聴かせるCRCK/LCKSのリズム隊で、それぞれ様々なアーティストのサポートも務めるドラマーの石若駿とベースの越智俊介が参加した「アク」と「シャッターチャンス」。「アク」は5拍子を基調としたアグレッシブなナンバーで、2分ちょっとの間に手数の多いリズムがうねりを生み出し、そこにピアノやコーラスも重ねられたアレンジが見事。同じくCRCK/LCKSから小田朋美もピアノで参加した「シャッターチャンス」は、オルタナ感とパーティー感の共存するジャズ×ヒップホップな曲調に仕上がっていて、本作随一の名曲だ。
キャリアの初期は“ネット発”という言葉で語られることも多かったが、もはやその言葉で括る必要性もないだろう。例えば、物思いに浸りながら夜の公園をひとり歩く情景を歌った「Night park」は、サカナクションの「アルクアラウンド」をフューチャーベースで更新したようであり、ラップ調のボーカルも聴かせる「シャッターチャンス」は、InstagramやTikTokで使われて、SNS時代におけるくるりの新たな代表曲になった「琥珀色の街、上海蟹の朝」とのリンクも感じられる(石若は近年くるりのサポートも務めている)。それはつまり、秋山が新たな世代の担い手であると同時に、この国のポップシーンでジャンル横断を体現してきた先達と接続する存在であることを意味し、それは本作の大きな意義であるように思う。
もちろん、本作にもメッセンジャーとしての顔は含まれているが、聴き手に直接言葉を投げかけた『FIZZY POP SYNDROME』に比べると、秋山自身の脳内における観念的な思索が強く感じられる。アルバムを締め括る「白夜」の“幸福で死にたくないっていうのは/この地球上で一番の不幸だね”というラインに表れている独自の死生観は非常に秋山らしい。
このように観念的な部分が強く出たのは、やはりコロナ禍でライブの回数が制限されたことに起因していると考えられる。となれば、先日の地元でのライブを経て、4月から開催される全国ツアー『一鬼一遊 TOUR Lv.3』で『ONE MORE SHABON』の楽曲たちがオーディエンスの前で鳴らされたときに、また秋山の次のモードが見えてくるはずだ。フラストレーションを叩きつけるような激しいパフォーマンスで“DTM世代のロックスター”を体現するステージにも、さらなる進化を期待したい。
リリース情報
2022.03.09 ON SALE
ALBUM『ONE MORE SHABON』
秋山黄色 OFFICIAL SITE
https://www.akiyamakiro.com/