■世界を席巻するアーティスト
ファンは着々と増えてはいるものの、Maluma(マルーマ)という名前を聞いても、日本ではまだ馴染みの少ない人が多いのではないかと思う。
だが、当のマルーマはと言えば、「前世では日本人として生まれたんじゃないかと思うくらい、日本のカルチャーに関するあらゆることが好き」と宣言する親日家。すでに世界を席巻しているその魅力で、日本での状況を一日も早くひっくり返したいと願っているだろうことは想像に難くない。
何しろ彼は、バッド・バニーやJ・バルヴィンと並んで、今やグローバルな影響力を誇るラテンポップ界を牽引するミュージシャンのひとり。自身の曲で、あるいはスティーヴ・アオキからジェイソン・デルーロまで様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションシングルで続々ヒットを放ち、中南米各国のチャートに加えて、全米ビルボードのラテン系チャートの上位の常連であり、ヨーロッパ全域でも絶大な人気を誇っている。
■マルーマのすごさ
本名はフアン・ルイス・ロンドニョ・アリアス、1994年にコロンビア第二の都市メデジンで生まれ、幼い頃からレゲトンを愛し、10代の頃から曲作りに夢中だった彼。父と母と姉の名前の最初の2文字を並べた“Maluma”の名義でデビューしたのは、2011年のことだ。
まずは地元でブレイクした後、国外に活躍の場を広げ、これまでに5枚のアルバム『Magia』(2012年)、『Pretty Boy, Dirty Boy』(2015年)、『F.A.M.E.』(2018年)、『11:11』(2019年)、『Papi Juancho』(2020年)を発表。
うち、『Pretty Boy, Dirty Boy』『F.A.M.E.』『11:11』の3枚は全米ビルボード・トップ・ラテン・アルバム・チャートで1位に輝き、17年のワールドツアーではラテンアーティストとして最多のチケットセールス(100万枚以上)を記録して、Instagramのフォロワー数は6,200万人を数える。
https://www.instagram.com/maluma/
また、『F.A.M.E,』で第19回ラテン・グラミー賞の最優秀コンテンポラリー・ポップ・ヴォーカル・アルバム賞を受賞し、グラミー賞で『11:11』で第62回のラテン・ポップ・アルバム賞、昨年6月に送り出した最新EP『The Love & Set Tape』(2022年)で第65回のムジカ・ウルバナ・アルバム部門の候補に挙がったことも記憶に新しい。
ちなみに、昨年あらたにカテゴリーが設立されたそのムジカ・ウルバナ(ラテン・アーバンとも称される)こそ、マルーマの音楽志向を総括する言葉だ。
ラテンポップから派生したムジカ・ウルバナは、レゲトンを筆頭にダンスホールやヒップホップといったストリート発のサウンドのミクスチュアであり、歌詞はもちろんスペイン語。殊に彼の曲は時にポップにも傾き、徹底してロマンティックで、情熱的なだけでなくセンシティヴな側面を持つ男性像を打ち出す。恐らく、女性アーティストたちにマルーマが愛される理由はそこにあるのだろう。
■マドンナ、ジェニファー・ロペスも虜に
大物アーティストたちとのコラボレーションも多く、例えば、マドンナはアルバム『マダム X』(2019年)で2曲のゲストに彼を起用し、昨年4月には逆にマルーマが彼女をメデジンに招き、5万人収容のスタジアムでの凱旋公演で一緒にステージに立った。
▼Madonna, Maluma – Medellín
同郷のシャキーラとも度々コラボレーション曲を発表しているし、ジェニファー・ロペスとは映画『マリー・ミー』(2022年公開)で共演。
▼Shakira – Trap (Official Video) ft. Maluma
▼映画『マリー・ミー』予告編
同作はマルーマにとって役者デビュー作となり、最近ではほかにも独自のファッションブランド“Royalty By Maluma”を展開するなど、他分野への進出にも意欲的で、メデジンでは子供たちに音楽を通じて自己表現する機会を提供するチャリティ財団El Arte de los Sueñosを主宰している。
とはいえ、音楽活動をスローダウンしたわけではなく、2023年に入ってからすでに3曲のシングルを発表。このうち3月8日の国際女性デーに合わせて発表した「La Reina(=女王)」は、女性たちのありのままの美しさを讃える曲で、主に母と姉に育てられたために、女性たちと強いコネクションを感じるというマルーマらしい一曲だった。
▼Maluma – La Reina (Official Video)
■聴くべき代表曲5選
そんな彼が『THE FIRST TAKE』に登場するにあたって、10年間のキャリアを5つの代表曲でおさらいしてみよう。
「Hawái」
そもそも『THE FIRST TAKE』とは、余計な演出を一切せずに、一発撮りのライブパフォーマンスでアーティストの自然体な魅力を映像に封じ込めるYouTubeチャンネル。マルーマにとっても新鮮な体験だったと思うが、彼は演目に、ほかでもなくキャリア最大のヒット曲「Hawái」を選んだ。
グローバル・ポップ界きっての売れっ子であるメキシコ出身のソングライター=エドガー・バレラと共作した、アルバム『Papi Juancho』からの2ndシングルで、マルーマならではのメロディックなレゲトンソングだ。全米ビルボード・ホット・ラテン・ソングス・チャートでは実に9週連続1位を独走し、コロンビアやスペインでもナンバーワンを獲得。後にザ・ウィークエンドをフィーチャーしたリミックスバージョンがリリースされると、さらなるヒットとなり、全米ビルボードHOT100では彼にとって最高記録の12位まで上昇した。「『Hawái』はどこの国の人でも聴けばグッとくるサウンドだった。そういう音楽を作るのが僕のゴールであり、これからも成長するために努力を惜しまないし、まだ始まったばかりだよ」とは本人の弁だ。
タイトルは言うまでもなく、スペイン語表記によるハワイ。元恋人がSNSに投稿した、新しいボーイフレンドとハワイで休暇を楽しむ写真を目にして嫉妬に苦しみ、“幸せそうに見せているけど君は自分を偽っているんじゃないかい?”と問う歌詞がなんとも切ない。『THE FIRST TAKE』でのマルーマもハワイを意識してかアロハシャツぽい装いで、スタジオ音源よりリラックスしたヴァージョンの「Hawái」を披露。甘くも深い歌声の響きが強調されている。
「Borró Cassette」
“消されたカセットテープ”を意味するタイトルからして好奇心をそそるこの曲は、アルバム『Pretty Boy, Dirty Boy』からの2ndシングルで、デビュー当初からコラボしているプロデューサーデュオ、ザ・ルードボーイズと共に作り上げた。コロンビアのチャートで初めてナンバーワンを記録し、マルーマにとって最初の世界的ヒットシングルと化した。
ミュージックビデオに描かれている曲のストーリーはちょっとユニークで、彼とパーティーと出会って一夜を過ごした女性が、翌日にはまるで何もなかったかのように振る舞っていて主人公を困惑させる――というもの。当時21歳、ラップも交えて歌うちょっと生意気なマルーマの佇まいは、それなりの貫禄が備わった今の彼と比較すると、少々懐かしいくらいだ。
「Felices los 4(Featuring Marc Anthony)」
アルバム『F.A.M.E.』からカットされた「Felices los 4」で、マルーマは初めて全米ビルボードHOT 100にチャートイン。つまり、メインストリームへのクロスオーバーを実現させた記念すべき曲であり、第18回ラテン・グラミー賞で最優秀レコード賞及び楽曲賞候補にも挙がった。そのサルサ・バージョンがこちら。
ニューヨークのプエルトリコ系コミュニティが生んだサルサ界のスーパースター、マーク・アンソニーをゲストに迎えてアレンジを刷新し、マークの華のある歌を加えることで洒脱に進化させ、リスナー層を広げる結果となった。
ミュージックビデオでも共演したふたりは、揃いのサングラスでキメて歌とダンスを披露し、マルーマもそれまでとは異なる大人の魅力を振りまく。そこに描かれている通り、パートナーを交換し合う二組のカップルの奇妙な関係を示唆する歌詞も、なかなかアダルト。
ちなみにマークとは今年初めにリリースされたサルサ・スタイルのシングル「La Fórmula」でもコラボレーションを行ない、相性の良さを見せ付ける。実はマルーマは、マークが伝記映画『エル・カンタンテ』で演じたプエルトリコ出身の伝説的サルサ・シンガー、エクトル・ラボーを敬愛しており、一方ならぬサルサ・ファンと見ていいだろう。
「Pa’ Ti」
この「Pa’ Ti」もコラボレーションの賜物、前述した映画『マリー・ミー』のサントラの収録曲で、全米ビルボード・ラテン・エアプレイ・チャートでナンバーワンに輝いた、ジェニファーとのデュエット曲である。
彼女とマルーマの役どころはミュージシャンとあって(ジェニファーはスーパースター、マルーマはその婚約者である新進アーティスト)、サントラはふたりのデュエット曲・ソロ曲の数々で構成されているのだが、中でもジェニファーとマルーマが自らソングライティングにも関わった「Pa’ Ti」は、格別に献身的なラブソング。タイトルは、英語で“for you”を意味する“para ti”の短縮形だ。
ミュージックビデオも必見で、『マリー・ミー』とはまったく異なる内容のミニムービーに仕立てられている。ジェニファーは大富豪、マルーマはそのボディガードを演じており、意外な展開を見せるストーリーの続きは、もうひとつのデュエット曲「Lonely」のビデオでチェックあれ。
「Junio」
2022年9月末にビルボード・ラテン・ミュージック・アワードにてお披露目された「Junio」は、『Love& Sex Tape』発表後初めてのニュー・シングルとあって、次のアルバムに向けた第一声と受け止めることも可能なのだろう。ここでもエドガー・バレラと組んだマルーマは、彼曰く「ピュアなレゲトン」にこだわった『Love& Sex Tape』の路線から一転、ポップロック仕立ての軽快なサウンドを取り入れて、新境地を開拓。全米ビルボード・ラテン・エアプレイ・チャートでは22曲目のナンバーワンを獲得している。
メデジンで撮影し、活気に満ちた町の魅力を前面に押し出したミュージックビデオでは、聴覚障害を持つ女性との恋物語を描いているが、コロンビアのスラングも盛り込んだ曲そのものも、とことんロマンティックなラブソング。“Junio”というタイトルはスペイン語で6月を指し、“君といるとまるで6月に真夏が来ちゃったかのような熱気を感じる”と歌う、サビのフレーズにちなんでいる。
TEXT BY 新谷洋子