奥田民生がまたまたユーモアたっぷりの音楽企画を実現。それは軽自動車に録音機材を詰め込んで、日本のどこかを巡りながらご当地ソングをレコーディングしていくというもの。用意されたのはOTカラーのオレンジ色に塗装された“トツゲキ号”で、トレーラーも付いていて、なんとドラムまで録れてしまうのだ。
『ドーロムービー “トツゲキ!オートモビレ”』は2022年秋、東京から京都までを旅しながらのレコーディングの模様をしっかり収めている。さてどんな旅になったのか、早速インタビューしてみた。
■所さん家に見せに行きますねっていうだけの話だった
──今回の旅のテーマソング「録音カー in 世田谷区です」はメチャクチャ楽しいですね。もともと所ジョージさんに曲を頼もうと思っていたんですか?
いや、最初は“トツゲキ号”ができたから、所さん家に見せに行きますねっていうだけの話だった。
──見せに行ったら所さんが「もう歌を作っといたよ」って。
うん、頼んだわけじゃないのにね(笑)。「所ジョージさんをトツゲキ!世田谷ベース編」の動画の通りですよ。俺らはとりあえず車を見せに行って、曲を作るならそこで作るし、どんな展開でもいいからなんか録音して帰ろうぐらいの気持ちだったの。べつに曲ができなくてもよかったんですよ。
──しかもこの曲が“トツゲキ号”にとって初レコーディング、それこそファースト・レコーディングなわけでしょ。
そうそう。
──それなのにOTじゃなくて所さんが歌ってる(笑)。
しかも録音機材を持って行ってるのに、使ってるのは所さんの機材だからね(笑)。楽器も全部そうじゃん。リズムボックスも全部、所さんのだからさ。
──あはは、確かにそうだ。
そうですよ、曲も作ってくれてて。
──そういう意味では“トツゲキ号”を作ってよかったんですね。
あれ、軽自動車だっていうのがでかいんですよ。やっぱり所さんの持ってる車たちの中に入っていくとしたら、あんなんしかないんですよ。でっかいバンのほうがレコーディングはやりやすいに決まってるんだけど、軽なのがポイントだから。「せま~!」って言いながらやるのが(笑)。
■軽でもできるから他の人もできるよ、みたいなこともあるでしょ
──不自由さを求めている感じなんだ(笑)。
うん、そうっすね。「なんで軽にしたん?」っていう空気もあるなか、軽でもできるから他の人もできるよ、みたいなこともあるでしょ。
──誰でもやってみたいと思えば、簡単にできるよっていうメッセージ?
そう、簡単よ。
──でも、そもそもそんな必要あるのかな(笑)。
ないか(笑)。所さんは「なんならもう一曲作ろうか」って言ってたから、近々、もう一回トレーラーを見せに行こうと思ってて。そのときに「実はもう一曲作ってんだよ」って言われたら、そこで俺がドラムやりながら一緒にできるしなと思って。そんなことも考えてます。
──所さん、きっと喜びますよ。
楽しそうだったもんね。あんないい車、めっちゃいっぱい持ってんのにね。
■どこでもできるようなのがいいなと思って、“じゃあ、車好きだし、車とからめてみよう”って
──公開宅録の『カンタンカンタビレ』を始めたときから、車でもやりたいなって思ってたんですか?
いや、思ってない。『カンタンカンタビレ』は、アナログを使ってレコーディングしてみたかった。それをアナログにちょっと興味ある人に見てもらおうかなっていう。それをひと通りやって“次、なんかあるかな?”って思ったときに、もうちょっと誰にでもできるような機材で、どこでもできるようなのがいいなと思って、“じゃあ、車好きだし、車とからめてみよう”って。そんでネット見てたら軽のキャンピングカーが出てきたのよ。屋根が開いて、そこで寝れますみたいな。「あ、上が開くんだ」、ってことは立って演奏もできるんだと思ってね。すぐ買っちゃったの。
■キャンピング的なものを全部捨てて、録音機材を入れてオレンジ色に塗って
──中古で買ったの?
そう。で、キャンピングカーみたいに改造してある車の中身を全部引っ剥がして。ソファーが付いてたり、流し台とか付いてるのを買って、キャンピング的なものを全部捨てて、録音機材を入れてオレンジ色に塗って。風に弱くてめっちゃ揺れるから、タイヤも替えて足回りを強化した。レーサーの脇阪寿一くんが知り合いなので、彼の紹介で椅子もレカロシートになってる。
──それでどこでも録音できるようになった。
と思いきや、どっかに出かけてレコーディングするっていっても、実はそんな簡単じゃないのよ。例えばそのへんの駐車場でやろうとしても許可とらなきゃいけない。思ったより難しいんですよ。
──でも誰も来ないような田舎道だったらできるんじゃないの?
そういうとこで静かにやってたら大丈夫だろうなと思っていたけど、とりあえず車ってことだから、まず所さん家に行って。
──見せびらかしに行って(笑)。
そう。是非を問うみたいな。
──できればアドバイスをもらったり。
なんか使える機材ないですかみたいな(笑)。そしたら所さん、マイクをくれた。
──(笑)立派なマイクだったよね。
うん、立派なマイクくれたよ。
──今回、実際に車でレコーディングしてみて、納得した部分と予想外だった部分はどんなことですか?
まあ、車でレコーディングは全然できるんですよ。当たり前だけど、家でやってんのと一緒っちゃ一緒だから。
──ちょっと狭くて、下にタイヤが付いてるだけで(笑)。
そう、部屋が狭いだけの話なのよ。でも電源が問題だった。照明とかカメラがあるから、録音の電源とかぶってノイズが出るんですよ。試行錯誤して、モバイルバッテリーを何個か積んで解消しましたね。
──駐車場問題は?
それも最初は時間がかかったけど、クリアできた。
■めちゃめちゃ好きなんですよ、東京タワー
──駐車場レコーディングは、東京タワーから始まりました。
俺、めちゃめちゃ好きなんですよ、東京タワー。ときどき回り道して見ながら帰ったりする。かっこいいじゃないですか、夜は光って。で、色が“トツゲキ号”に似てるでしょ?“トツゲキ号”ができて、まだ撮影してないときに東京タワーに行って、車を下に停めてながめてたら“なんて似合うんでしょう”と思って。でも東京タワーを管理する会社の車にしか見えないよね(笑)、色が同じだから。
──そうだね(笑)。
で、東京タワーが見えるところで録音できたらいいなって言ってたら、「駐車場でやっていいですよ」って話になって。まずそこから始まった。
──「タワー」をそこで録った。
タワーの下で録るっていうことで、曲も作ったしね。ドラム用のトレーラーが出来上がって、最初にやってみたのが「タワー」だった。お試しでやってみて“いける!”ってなって、それで旅に出るみたいな。
──どうしても東京タワーに行かなきゃいけなかったんだ。
そりゃそうですよ。
■なんかやってんなって見てるけど、寄ってこない
──次は富士山の見える駐車場だった。
あそこは駐車場じゃなくて、「ふもとっぱら」っていうすごい有名なキャンパーの聖地。クソ広い広場なんですよ。そこにそれぞれがテントを建ててキャンプしてんの。そのいちばん端っこでやらせてもらった。ただ周りの人は何やってるのか、よくわからなかっただろうね。なんかやってんなって見てるけど、寄ってこない。キャンプの人ってさ、孤独を楽しみたかったりするじゃん。キャンプの聖地で2000人ぐらいいるけど、それぞれ、個なのよ。逆に外を見たくないわけ。ここに2000人もいるんだっていうのが嫌なわけ。ホントはひとりっきりで居たいわけで。だからこっちの方を全然見ないの(笑)。
──そうなんだ(笑)。その広場で「富士さん」をレコーディングして、大自然のオーラをもらえたんですか?
やっぱりそこに富士山がいるからさ、なんかよかったですよ。天気もよかったしね。今回は全ヵ所、天気だけはよかったね。
──そして焼津で「みなとのよこ」を録った。
焼津港はね、マグロ漁船が入ってきてた。冷凍マグロを積んで入ってくる。それをベルトコンベアーみたいなのでグワーって船から上げるわけよ。冷凍でカチカチだから、バコバコバコってすげえ音がする。ちょっと離れたとこで録音してたんだけど、すげえ音がしてる中、やりました(笑)。風も強くてね。しかも埠頭の真反対の広いところで、白バイが練習してるのよ。ブルルルルル~って。こっちではバコバコいってて、「どこが海やねん」と思いながら(笑)。
──じゃあ、「みなとのよこ」は海の影響じゃなくて、白バイとカチカチマグロの影響を受けてるわけだ。
あー、でもこれ、なかなかいい曲なんですよね。
──実際に焼津に行って歌詞の修正はしなかったの?
修正は食べ物ぐらいかな。
■海鮮丼を食ったら、めっちゃうまかったのよ。それで詞を変えて
──“生しらす”とか。
そうだね(笑)。海鮮丼を食ったら、めっちゃうまかったのよ。それで詞を変えて。最後にマグロ船の人が汽笛を鳴らしてくれるっていうから、マイクを持って「ブオー」って鳴るのを待ってたら、「プ~」みたいな音で。あら、かわいいって(笑)。
──「はんなりドライブ」は、屋敷豪太さんと八芳園の駐車場で録りました。
まだ“トツゲキ号”がない頃に“ドライブシリーズ”っていうのを、浜ちゃん(浜崎貴司)とかトータス(松本)とか(斉藤)和義くんとかとやってた。それぞれの出身地を題材にしてね。豪太くんとの「はんなりドライブ」はその流れなんですけど、“トツゲキ号”が出来上がったんで、「じゃあ、車でやりましょう」と。豪太くんはドラムも叩かないし、歌だけだからね。で、八芳園は東京だけどちょっと京都っぽい。いいとこが借りれたでしょ(笑)。
──京都での「今日は京」はイベント会場でのレコーディングで、盛り上がりましたね。
だって(伊藤)大地もいるし、唯一、お客さんがいるレコーディングだったし。
──どんなイベントだったんですか?
「ソニーパーク展」。前に銀座のソニービルで、俺がひとりで録音したことがあったじゃん。それと同じスタッフが「京都でイベントをやるんですけど、そこでやりませんか?」って言ってくれて。レコーディングは一日だけだけど、そのまま車を何日か展示してくれませんかって。
──それでお客さんがいたんですね。
そう。車で録るんだけど、観客がいるっていうね。たまたま大地が別のライブで京都に来てたから、ドラムを叩いてもらった。
──あそこが旅の終着点だった。
京都では車本体の中では全然やらなくて、外でやったから狭い感じもないわけ。なので趣きがちょっと他とは違う。周りを気にして小さい音でやらないと、みたいなのはなかったですからね。
──大地さんが「音がいいね」って絶賛してました。
ドラムの音とか、なんかいいんですよ。京都のときは外から電源をもらえたから、そこは全然問題なかった。ただそうなると、車でやってる感が減っちゃってるけどね(笑)。
■最初に思ってた素朴な感じを軽く越えてしまった
──この『ドーロムービー “トツゲキ!オートモビレ”』には「旅」と「車」と「録音」っていう、OTの好きな3大要素が詰まってます。
(笑)そうっすね。ただ俺としては、もうちょっと素朴なものを想像してたの。なんならひとりで行って、ひとりでぶつぶつ言いながらやって、「よし、終わった。帰ろう」みたいな。でも今回、Blu-ray出すことになったから、一気に人が増えたわけよ。関わる人数がYouTubeでやってたものの3倍ぐらいになった。違うんだけどな…とちょっと思いましたけど(笑)。トレーラーを追加して、そこでドラムを録るみたいな話になってくると、一気に機材も増えるしさ。セッティングにも時間かかるでしょ。だから俺が最初に思ってた素朴な感じを軽く越えてしまった。
──ドラムを使わない曲をひとりでやれば?
まあね。カメラの機材をもうちょっと習えば、ひとりきりでもできる。
──映像を撮らなくてもいいんじゃないの?
なんでよ?なんのために行くのよ。
──「旅」と「車」と「録音」を素朴に楽しみに行けばいいじゃん(笑)。
いや、仕事もからめずそんなことする人いる?(笑)。「なんのためにやってんすか」って言われるよ。
──この旅に向かってどんな準備をしたんですか?
5ヵ所に行くっていうんで、行く前の2日間で5曲をなんとなく考えて、歌詞も考えて、用意してった。“トツゲキ号”でちゃんと録音できるのがわかったし、ツアー先の許可が全部取れたし。富士山と港と湖畔には、行けば自由にできるなというので始まったんです。
■リモート会議する人が、わざわざ旅行に行って旅行先の温泉の部屋でやったりする。あれみたいなもの
──「都会を逃れてレコーディングしよう」みたいな考えはあったんですか?たとえば70年代の初頭のロックって、わざわざ農家の納屋でレコーディングしたりしてました。
今でも田舎にスタジオ作ったりするミュージシャンはいっぱいいるよ。別に都内の立派なスタジオじゃなくていいし、小屋なら小屋なりのいい感じの音が録れる。これから先はそっち方向に進む人がいっぱい出てくると思うんですよ。どうせ今はみんな、家で録ってんだからさ。リモート会議する人が、わざわざ旅行に行って旅行先の温泉の部屋でやったりするじゃん。あれみたいなもんよ(笑)。
──そう言われれば、そうですね(笑)。
やることは一緒なのよ。いつも同じスタジオに通って録ってっていうんじゃなくて。
──「旅」と「車」と「録音」の他にOTの大好物と言えば「食べ物」がありますが、『ドーロムービー “トツゲキ!オートモビレ”』には食べ物のシーンがないですね。
食い物のシーンはないよ。食い物のシーンを入れると、キャンプしてるみたいになるじゃん。
■スタッフがコーヒー沸かしたりしてたけど、絶対映すなって(笑)
──それが嫌だったんだ(笑)。
今回のツアーはレコーディングするためで、キャンプではないっていうことですから。実際、富士山でやってるとき、スタッフがコーヒー沸かしたりしてたけど、絶対映すなって(笑)。
──徹底してる(笑)。
富士宮焼きそばとかもやっちゃってるの(笑)。それはスタッフのひとりが暴走してやってるだけだっていうことでね。「何やってんだ、お前は」と。でも俺も食ったけどね(笑)。
──そうだったんだ。
食べ物を入れると、ほんとにキャンプしながらみたくなってくから。
──でも焼きそばはうまかったんでしょ(笑)。
いや、店で食うほうがうまいよ。俺はそう思うよ。
──あはは。普通の食べ物屋に寄ったりはしなかったの?
寄ったよ、焼肉屋(笑)。当たり前じゃない、泊まるんだから。スタッフみんなで焼肉屋行きましたよ。なんで全部、車でやんなきゃいけないのよ。今回、そこはいらないんですよ。
──以前、その場でレコーディングするツアー『ひとりカンタビレ』がありましたけど、今回との違いは?
旅してってことは同じでね。でもあれは、その場所場所の曲ではないよね。最初に用意してた曲をその場所に振り分けただけで。北海道の曲を北海道でやるんじゃなかったもんね。
■ゲストが来ると面白いから、人を呼んで面白がってやりたい
──今後も“トツゲキ!オートモビレ”は続けていくんですか?
車があるからやるよ。もうちょっとシンプルに戻りたいんだけどね。今回みたいに大規模じゃなく、ポツンポツンとできたらいいな。あとはゲストが来ると面白いから、人を呼んで面白がってやりたいね。なんなら、その人の家に“トツゲキ号”で迎えに行って(笑)。
──拉致ですか(笑)。
お互いのタイミングもあるけど、たとえば浜ちゃん(浜崎貴司)と俺とふたりで車に乗ってやるとかね。ヤック(八熊慎一)を拉致して、拉致したはいいけどなんも用意してなくて、ふたりでなんか考えてみたいな。そういうのができたらいいと思うんですよね。ABEDONとかもいいな。
■還暦になったら赤に塗り替えようかな(笑)
──きっとそうこうしてるうちに、OTは還暦になるんでしょうね。
還暦まではあの車は走るでしょ。還暦になったら赤に塗り替えようかな(笑)。
──どうもありがとうございました。
INTERVIEW & TEXT BY 平山雄一
PHOTO BY 関信行
楽曲リンク
リリース情報
2023.1.25 ON SALE
Blu-ray+CD『ドーロムービー “トツゲキ!オートモビレ”』
ライブ情報
奥田民生2023 ラビットツアー ~MTR&Y~
https://okudatamio.jp/live/
プロフィール
奥田民生
オクダタミオ/1965年広島生まれ。1987年にユニコーンでメジャーデビュー。1994年にシングル「愛のために」でソロ活動を本格的にスタートさせ、様々なアーティストとのコラボレーションや、プロデューサーとしての才能もいかんなく発揮。バンドスタイルの「MTR&Y」、弾き語りスタイルの「ひとり股旅」、宅録スタイルのDIYアナログレコーディング「カンタンカンタビレ」など活動形態は様々。テレワークでゲストと繋がりトークや演奏を繰り広げる「カンタンテレタビレ」やバーチャル背景で演奏する「カンタンバーチャビレ」などをYouTubeにて次々と公開。その独自の活動でリスナーのみならずミュージシャンからも愛されている。2022年5月よりお出かけレコーディング新企画「トツゲキ!オートモビレ」をYouTubeでスタートさせ、2023年1月25日にBlu-ray+CD「ドーロムービー“トツゲキ!オートモビレ”」をリリースする。
奥田民生 OFFICIAL SITE
https://okudatamio.jp