SawanoHiroyuki[nZk]として約1年10ヵ月ぶりに届けられる5枚目のアルバム『V』。各楽曲にフィーチャーされるボーカリストはLacoやmizukiといったおなじみの面々に加え、河野純喜&與那城奨(JO1)、たかはしほのか、XAI、ReN、suis(from ヨルシカ)、秦 基博、そして澤野弘之が敬愛してやまないASKAと超豪華なラインナップとなっている。ダンスミュージックに接近する自身の今のモードが注ぎ込まれた本作。その全貌について澤野本人に話を聞いていく。
■去年は新たなやりがいを見出せる、新たなスタートの一年
──2022年の澤野さんは劇伴や[nZk]の活動に加え、プロデュースワークを活発化させましたよね。
そうですね。SennaRinのプロデュースだったり、また別のところでNAQT VANEというプロジェクトがスタートしたりもして。年齢的に42歳になり、[nZk]もある程度年数が経ってきたことで少し落ち着いてきた部分もあるんですけど、でもそういう新しいプロジェクトがスタートすることで自分の気持ちがまたワクワクしてくるんですよね。そういう意味で去年は新たなやりがいを見出せる、新たなスタートの一年になったような気がします。
──アウトプットの場が増えたことで、ご自身のクリエイティブ面でも新たな色を意識されることもありますか?
そこはあまり変わらないかもしれないですね。例えば[nZk]とプロデュースワークに関しても、しっかり棲み分けをして違うことをやろうという意識はそんなにないんですよ。あくまでも、その時々の自分がやりたいこと、作りたいと思う音をそれぞれの楽曲にぶつけていく感じなので。もちろん時期ごとに影響を受ける海外のサウンドの違いはあるので、その中でいろいろ自分なりに試しながら作っていくことで生まれる変化みたいなものはあるとは思いますけどね。
■とにかく今は楽しいことをしていようっていう感じのモード
──その変化も意図的というよりはナチュラルに生まれるものなんでしょうね。
はい。大きく言えば、とにかく今は楽しいことをしていようっていう感じのモードなんですよ。これまでは自分の尊敬している人と比較したり、自分の楽曲に対しての反応を見て“まだまだだな”って思うこともあったんです。そう思うこと自体は別に悪いことだとは思ってないんですけど、でもその感覚を持ち続けていると、自分の作った作品に対して本当の意味で喜べないままキャリアだけが進んで行っちゃうというか。だから僕は自分の楽しいと思う気持ちに対して素直にのっかっていったほうがいいなって今は思っているんですよね。そう思えるようになったのは、ある映画を観たことがきっかけなんですけど。
──気になりますね。何という映画なんですか?
僕の好きなマシュー・マコノヒーが主演をしている『ビーチ・バム まじめに不真面目』という映画なんですけど。簡単に説明すると、昔にヒットを出した詩人が落ちぶれて無一文になってしまい、またそこから這い上がっていく話。普通の感覚からすると、這い上がるためにめちゃくちゃ頑張る展開を想像するじゃないですか。でもね、この主人公は全然頑張んなくて、ずっと変わらないクズっぷりなんですよ(笑)。で、その人が言うんです。「人はただ普通に生きるだけでも山あり谷ありなんだから、それ以外のことを楽しんで生きなきゃもったいないじゃん」って。
■ふと聴き返したときにイヤな思い出ではなく、楽しい記憶が蘇ったらいいなって思う
──シンプルな考え方ではあるけど、そういう気持ちで生きるのって結構難しかったりしますよね。
うん、難しいですよね。だからすぐに全部が全部そういう考え方で生きられるわけではないんですけど、でも例えばムダなことに対してイライラするのではなく、楽しいと思えるところに視点を向けて生きて行くほうがいいなって僕はすごく思ったんですよね。変にストレスを抱えることなく、自分が楽しいと思えるところに進んでいきたいなって。音楽って人の記憶とリンクするものじゃないですか。それは自分の作った曲も同じなので、ふと聴き返したときにイヤな思い出ではなく、楽しい記憶が蘇ったらいいなって思いますしね。
──その通りですね。多くの人を楽しませる音楽を作り続ける澤野さんらしい考え方だと思います。あともうひとつ、昨年のトピックで言うと映画『ONE PIECE FILM RED』の劇中歌「Tot Musica」を手掛けられたことも印象的でした。
あの映画ではいろいろな方々が劇中歌を手がけられていましたけど、自分が担当した曲は物語においてすごく重要な意味を担うものであったり、他の曲と比べると少し劇伴的な使われ方をした曲でもあったので、自分としてもすごくいい機会をいただけたなと思いましたね。
──澤野節全開な曲ですよね。曲の意味的にも、使われるシーン的にも、澤野さんが求められた理由が明確ですよね。劇場で聴いた瞬間、感動しましたよ。
あははは。ありがとうございます。自分も最初の打ち合わせの段階で、自分が呼ばれた理由がわかった感覚はありましたね。“なるほどな”って(笑)。映画自体、めちゃくちゃヒットしたので、「映画観ましたよ」「曲、聴きましたよ」って声をかけていただく機会も多くて。そういう意味でもすごくうれしかったです。
■打ち込みのシンセサウンドのほうに寄っていった感覚
──そして2023年を迎え、SawanoHiroyuki[nZk]として一発目のリリースとなるのが5枚目のアルバム『V』。先ほどのお話で言うと、本作には今の澤野さんのどんなモードが反映されたと感じますか?
これまでのアルバムでは割とロックな部分を押し出した曲があったりしましたけど、今回はどちらかというとよりEDMというか、打ち込みのシンセサウンドのほうに寄っていった感覚がありますね。よりダンサブルなサウンドに自分の気持ちが集中していたところがあったんだと思います。
──アルバムはインスト曲「IiIiI」で幕を開けます。ここでのサンプリングっぽい使われ方をする声ネタはちょっと新しい雰囲気ですよね。
あぁ、そうかもしれないですね。最初は完全にインストの曲として作っていたんですけど、ミックスの途中で“やっぱり声を入れとこうかな”と思って。あの声は次の「FAKEit」の歌からもってきているんですよ。リバースさせて、ちょっと声質を変えたりして使いましたね。
■海外の映画の劇中やエンディングで流れるような、ちょっとアグレッシブなものを作りたいなと思った
──サウンドの雰囲気的にも2曲目に心地よく繋がっていく流れになっていますよね。Lacoさんが歌う「FAKEit」は、今夏放送予定のTVスペシャルアニメ『Fate/strange Fake -Whispers of Dawn-』のテーマソングとなります。
アルバムのモードとしてEDM寄りになっているというお話をしましたけど、1曲目の「IiIiI」は生のサウンドですし、この「FAKEit」もわりかしロック寄りのアプローチを持った曲になっていますね。海外の映画の劇中やエンディングで流れるような、ちょっとアグレッシブなものを作りたいなと思ったんですよ。そこにLacoさんの声が入ったことで、『Fate』という作品の持つ戦いというテーマにふさわしい力強さが出たと思いますね。Lacoさんの歌はライブでのパフォーマンスを想起させてくれるところも大きくて。会場での盛り上がりを想像できる楽曲にもなったと思います。
──続く「LEMONADE」は昨年12月からNetflixで公開されている映画『七つの大罪 怨嗟のエジンバラ 前編』の主題歌になっているアッパーなダンスナンバー。初の顔合わせとなるXAIさんがボーカルで参加されています。
アップテンポな曲というオーダーがあったので、アルバム用のストックの中から選んだものでした。歌詞的に英語のグルーブがメインになると思ったので、それをカッコ良く歌ってもらえる人として、以前から気になっていたXAIさんにお声がけさせてもらって。ちょっと息遣いを感じさせながら歌うAメロやBメロと、バーンと一気に力強くエモーショナルに広がるサビのコントラストがすごくいい仕上がりになりました。XAIさんは今後もまたぜひご一緒したいボーカリストですね。
──続く「B∀LK」もダンスチューンですが、「LEMONADE」とはだいぶアプローチが違いますよね。
そうですね。「LEMONADE」の方はギターを入れたり、ちょっと生寄りに作っていったんですけど、「B∀LK」はより打ち込みを強く打ち出しています。
■聴く人ごとにいろんな映像を思い浮かべられる楽曲に
──こちらはヨルシカのsuisさんがボーカルを担当されていますが、人選はどういった理由から?
以前、岡野昭仁さんに楽曲提供したときに、歌詞をn-bunaさんが書かれていて。そのときは間接的にお仕事をご一緒した形だったので、今回はせっかくだからしっかりコラボしたいなと思ってsuisさんにお願いしました。ヨルシカの曲は聴いていたので、“suisさんが歌ったらこうなるだろうな”というイメージは持っていましたけど、実際に歌っていただくと予想以上のボーカルを響かせてくださって。聴く人ごとにいろんな映像を思い浮かべられる楽曲に仕上がったと思いますね。
──ちなみにこの曲のギターは…。
そうそう。この曲ではギターでn-bunaさんにも参加してもらうことができて。今までのギタリストとは違う、n-bunaさんらしいファンキーなアプローチをしてくださったことで、よりダンサブルで広がりのあるサウンドにしてもらえたと思います。結果的にヨルシカのおふたりとコラボできたことはすごく感謝していますね。
──5曲目「7th String」ではシンガーソングライターのReNさんがフィーチャーされていますね。ギターのアルペジオが印象的な1曲です。
実はこれ、20代の中盤ぐらいに作った曲で。いつか使いたいなと思ってあたためていたんですよね。今回、ReNさんに参加していただけることが決まったときに、“この曲が合いそうだな”と思って選びました。ReNさんのことは3、4年くらい前に有線で流れてきた曲を聴いてすごく印象に残っていたんですよ。海外のアーティストみたいなことをやっている方だなぁって。
──英語のグルーブ感が素晴らしいですよね。
ご自身の曲では英詞をバリバリ歌うわけではないらしいんですけどね。でも彼の歌にはそういうリズム感みたいなものを強く感じていたので、それをいい形で表現してもらえたと思います。
■昔やっていたことを今の自分としてまた試してみるのもあり
──20年近く前にご自身から生まれた曲を今回あらためて形にしてみたことで何か感じたことってありました?
はい、ありました。最近はわりかしシンプルなコードで突き進んでいくことが多いんですけど、この曲は結構転調していくコード進行になっていて。あの頃の自分はいろんなことを試そうとしていたというか、いろんなコード進行にこだわりをもっていたんだなって思い出したりしましたね。そういう部分に面白さを感じたし、あらためて刺激になったところもあって。昔やっていたことを今の自分としてまた試してみるのもありかもなって思ったりしました。
──10曲目「COLORs」を歌っているのは秦 基博さん。これ、言われなかったら秦さんだって気づかない人もいるかもしれないですよね。それくらい面白いコラボになっていると思います。
サウンド的にもご自身が普段歌われる曲とは違いますからね。僕も秦さんの歌声からは斬新な印象を感じました。“あ、こういう歌い方のアプローチもされるんだな”って。感動しちゃいましたね。今回のコラボに関しては、『ONE PIECE FILM RED』の楽曲提供で間接的に作品をご一緒したことがきっかけだったんですよ。僕の「Tot Musica」を聴いて興味をもっていてくださったみたいで。お会いするのも今回が実は初めてでした。
■秦さんが歌ってくださったことで、いいポップさを注ぎ込んでもらえた
──レコーディングはどんな風に進みました?
秦さんは僕みたいにべらべらしゃべる方ではないので(笑)、グッと集中して歌っていただけた感じで。歌い方についてはご自身でいろいろ考えてきてくださっていたので、こちらからはもう何も言うこともなく、パートごとに素晴らしいアプローチをしてくださいました。一回、録り終えたものを聴いたうえで、「ここはこうしたほうが楽曲にとってよりよくなるんじゃないですか?」っていうアドバイスをいただけたのもありがたかったですね。この曲はアルバムの中で言えば比較的爽やかなサウンドではありますけど、結構ロック的な勢いがあるとは思うんです。それを秦さんが歌ってくださったことで、いいポップさを注ぎ込んでもらえたような印象もありましたね。
■対談させていただいたことがきっかけになって実現したコラボ
──そして、歌モノ曲として本作ラストとなるのが、「地球という名の都」です。ボーカルは、澤野さんが敬愛してやまないASKAさんです。
去年のライブで作ったパンフレットの中でASKAさんと対談させていただいたことがきっかけになって実現したコラボです。そのときに「若い人たちとコラボしようと思っているから、何か一緒にやろうよ」とASKAさんから言っていただけたので、今回のタイミングであらためてお願いさせていただいた感じですね。
──[nZk]の曲は基本的に楽曲がまずあって、そこに合うボーカリストを選んでいくスタイルだと思うのですが、この曲はもう完全にASKAさんへのあて書きだったんじゃないですか?
同じことを知り合いにも言われました(笑)。でも実際は決してそうではないんですよ。それには理由があって。僕がASKAさんが歌うことを意識して作ったら、100%ASKAさんの影響が出た曲になってしまうと思ったんですよ。せっかくコラボするのであれば、それでは意味がないなと。なので気負うことなく、自分がいいと思って作った曲をいくつかお渡しして、そこからASKAさんに選んでいただいたんですよね。
■リズムの取り方ひとつ変わるだけでもASKAさん的なメロディになるんだなって発見も
──なるほど。聴き心地はASKAさんのレパートリーにあってもおかしくない雰囲気ですよね。それだけボーカルのインパクトが強いということだと思いますけど。
それは僕も思いました。今回は歌詞をASKAさんが書かれていますし、それに合わせてリズムが若干変わったところもあったので、よりASKAさんを感じる曲になったんだと思います。逆に言えば、リズムの取り方ひとつ変わるだけでもASKAさん的なメロディになるんだなって発見もあって、それには驚いたんですけどね。
──とは言え、楽曲には澤野さんの個性も存分に詰め込まれていることは間違いないですよね。ASKAさんもそこを感じ取ってくれたようですよね。
そうですね。「自分だったらこういうシンコペの取り方はしない。そこが澤野くんらしさなんだよね」っておっしゃっていただいたり。あとはラスサビ前の構成に関して、「1回終わったと思わせて、また来るっていうのが面白い仕掛けだよね」とか。レコーディングは本当にうれしくて幸せな時間でした。「今、ASKAさんと一緒にいるんだな」って気持ちがふと湧き上がってグッと緊張する瞬間もありましたけど(笑)。
──ASKAさんの今の思いが注がれた歌詞も素晴らしいですね。
事前に「どういう歌詞がいい?」って聞かれたんですけど、そこはASKAさんがこの楽曲に対して書きたい歌詞を書いていただくのが一番だと思ったので、完全にお任せしました。言葉の選び方や表現の仕方には、自分がこれまで背中を押してきてもらったASKAさんの楽曲に通ずる部分もあったので、本当に感動しましたね。今回の制作を通して何度もお会いしてはいましたけど、MV撮影のときにはちょっとウルッとしてしまう自分もいて。衣装をバッチリ着たアーティスト・ASKAさんと一緒にカメラの前に立っている自分を想像すると、ちょっと信じられない感覚になったりもしました。
■そろそろ自信を持って、堂々と胸を張って「アーティスト活動やってます」と言えたら
──本作のリリース後、2月4日には「SawanoHiroyuki[nZk]LIVE 2023」が開催されますね。それも含め、今年も精力的な活動に期待しています。
今年、ホール規模でやる[nZk]名義のライブはこの1本の予定なんですよ。だから自分としても思いきり楽しみたいと思っています。基本的には「今どうするべきか」を大事にしているので、あいかわらず先のことまでは考えていないんですけど、来年は[nZk]として10周年ですからね。そろそろ自信を持って、堂々と胸を張って「アーティスト活動やってます」と言えたらいいなって思います(笑)。
INTERVIEW & TEXT BY もりひでゆき
PHOTO BY 大橋祐希
リリース情報
2023.1.18 ON SALE
ALBUM『V』
ライブ情報
『SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2023』
2月4日(土) TACHIKAWA STAGE GARDEN
プロフィール
SawanoHiroyuki[nZk]
サワノヒロユキヌジーク/ドラマ・アニメ・映画など映像の音楽“劇伴”を中心に活動する澤野弘之によるプロジェクト。劇伴にボーカル楽曲を積極的に取り入れてきた澤野弘之が、よりボーカル楽曲に重点を置く形で展開する。2014年春より始動。これまでに、Aimer、LiSA、西川貴教ほか、豪華ゲストたちが参加。
SawanoHiroyuki[nZk] OFFICIAL SITE
https://www.sh-nzk.net