石井竜也のニューアルバム『LOST MESSAGE』(9月7日発売)のテーマは“忘れ去られた教え”だ。過去を生きた先人から現代へ語り継がれてきた、大切な言い伝え、伝言を全世代に伝えていく──稀代のエンターテイナーが60歳を超え、今歌うべきことを追求し、辿り着いた答えだ。インタビューでは、エンタテイメントの世界における石井流の仕事の流儀をたっぷりと聞かせてもらった。米米CLUB・カールスモーキー石井として、ソロ・石井竜也として、シーンの最前線で戦ってきた男から、後輩たちへの“伝言”とは?
INTERVIEW & TEXT BY 田中久勝
■「これは大事だよ」ということぐらいは歌ってもいいんじゃないか
──『LOST MESSAGE』の“忘れ去られた教え”というテーマは、やはりコロナ禍でいろいろなことを見つめ直す時間ができたこと、そこで感じたことが元になっているのでしょうか?
そうですね、この3年は本当につらかったですね。そんな中で曲は書けていましたが、歌詞が出てこない、書けませんでした。例えば2011年の東日本大震災の時もかなりショックを受けましたが、あの時はライブがなくなるということはなかったので、逆に歌をなくしてはいけない、被災者の人たちを力づけたいとか、そういう想いが多くのミュージシャンは持っていたので、みんなで立ち上がって行動に移しました。ミュージシャンとしてはある意味やり甲斐があったというか。
──そうですよね、被害者を元気づけたい、義援金を集めて被災地に送ろうという強い気持ちで動いていましたよね。
そうなんです。だからそういう歌もたくさんできました。でもこの新型コロナウィルスという目に見えない恐怖は、人の気持ち自体を変えてしまいます。世界的に人の動き、交流、経済もストップしちゃったし、こんな時代になってしまうと何を言っていいのか、何が言っちゃいけないのかって萎縮してしまうというか。メロディは出てくるのに、その先に行けないというか。
──そういう感覚はアーティスト人生の中では初めてですか?
初めてです。でもそんな時代のアーティストとして、ただ単に40年近くステージに立ってきたわけではないので、そこで何を歌うべきなんだろうかって思ったときに、もう自分とそれより上に世代に向けてはいい、下の世代の人に何かメッセージとして伝えたいこととか、こういうときに歌わなきゃいけないことって何だろうってずっと考えていました。それで行き着いたのが、「こういうこと、やっちゃ駄目だぞ」って、おじいちゃんが言っていたことがあったし、そういうことを、俺たちはあまりにも忘れちゃったんじゃないかという思いがあって。自分も60代になって、もうじじいですよ(笑)、はっきり言って。だから、後世に、これから続いてくる子たちに説教じゃないけど「これは大事だよ」ということぐらいは歌ってもいいんじゃないかって。それで『LOST MESSAGE』という、英語としては間違っていると思いますが、日本人にはそのニュアンスが伝わるかなと思ってタイトルにしました。
■ラブソングを歌ってるような雰囲気の中に人生ソングを
──直接的ではなく、日常や恋愛のシーンを描くことでメッセージとして昇華させている歌が多いと感じました。
あまり堅いことを歌っても逆にみんな聴いてくれないし、心に届かないと思ったので、まるでラブソングを歌ってるような雰囲気の中に人生ソングを入れていきました。「いろいろなこと、あるよね、つらいこともあるよね、でもこれを乗り越えたときに、何かきっといいことあるよねとか、そういうことをラブソングとして歌っているので、聴く人によってはまるでラブソング集のように感じるかもしれません。
──そんな中でも「ひざしのいろ」と「INVISIBLE」はシニカルな言葉が芯をついているというか。
そうなんです。それはやっぱりこの時期に出すアルバムの中に、この嫌な時代を忘れさせようとか、なかったことにしようとか、そういう内容の歌は自分には歌えないと思いました。やっぱり、このアルバムを聴くたびに、この状況を乗り越えた暁には“ああ、こんなとき、あったっけな”とか、“あんとき、つらかったっけな”とか思ってほしいし。どの曲にもその歌詞の裏側にはなんとなく今の時代背景みたいなものは感じるようにしてるんです。例えば「寺町花吹雪」も、そこにはふたり以外がいないんです。桜の季節は人がたくさん繰り出すのに、でも密になっちゃいけないから、人の気配がないんです。なんでこんな寂しげな情景の中でラブソングを歌ってんだろうって感じてほしいんです。
──先ほど収録を観させていただきましたが(某音楽番組の収録の合間にインタビュー)、変わらずエネルギッシュで若々しいですね。
こうして若い人たちと並んでいても、僕って必ず、その人たちよりも「バカだな、こいつ」て言われたいタイプなんですよ(笑)。「よっぽどこの若い人たち方がしっかりしてるな」て言われていたいんです。
──40年近く第一線で歌い続けてきている石井さんだからこそ許される、ジョークやギャグは、観ているほうはとても面白いです。
番組からすると僕は飛び道具なんだと思います(笑)。もうひと盛り上がり欲しいなっていうときは「石井、呼べ」みたいな、そういう面白おじさんみたいな感じになってるのはたしかですよね(笑)。そうやって利用されるうちが華だと自分でも思ってるし。もうプロデューサーも含めてみんな年下なわけですよ。そういう人たちに変に威張った態度をとっても仕方ないです。
──ご自身で飛び道具っておっしゃっていますが、そういう姿を見れば見るほど、逆にこういう音楽、石井さんの歌が身に染みますよね。
そうなんですよ。そこが僕が言いたかったところで。やっぱり冗談半分でちゃらちゃらやっているように見えてるやつが、こんなことを歌っているということの方が、真面目そうで育ちがよさそうな人たちが「♪君の言葉~」って歌うよりも、よっぽど真実味があったりするわけですよ。
──たしかに。
このエンタメ業界では、なんというか自分を下げておくことが大事なんですよね。だから、マチャアキ(堺正章)さんしかり、もちろんお笑いの方もそうですけど、なんだかんだいってやっぱり“強い”じゃないですか。僕がライブでいつも思うのは、お客さんの顔を見たときに、みんな僕よりよっぽど立派で、自分がいちばん最低だって思ったほうが、楽に歌えるんです。“俺はたいしたもんだ”なんて思ったら、その瞬間に、絶対間違えるんですよ(笑)。
■グイグイいけない人なんですよ、意外と(笑)
──それは昔から変わらないんですか?
変わらないですね。性格がやっぱり強くなれない、グイグイいけない人なんですよ、意外と(笑)。グイグイいけるように見えているかもしれないけど違います。だから、自分がいちばん最低な人間だなって思ってたほうが、楽じゃないですか。
──ヒット曲をあれだけ作って、しかもアートの世界でも評価されているにも関わらず、そういう気持ち変わらないですか?
だってもっとすごい人をいっぱい見てるから。神がかってるなという人をたくさん見てきて、そういう人ほど偉そうじゃない。すごい人ほど低頭だし、優しい。だから“立派な人”なんて絶対信用しないですよ(笑)。
──ライブでもテレビでも、石井さんが何か“やらかしてくれ”るんじゃなかって、いつも期待してしまいます。
自分の役割分担をちゃんと理解することが大切ですよね。どんな現場でも自分の、石井竜也のニュースを、ちょこっと入れておくと、それって意外と波紋として残っていたりするんです。文字通り波紋ってこんなに広がるもんかって思うほど広がるから、だから、ふと、“石井さんあのとき、あんな面白いこと言ってたっけな”って思い出してもらえると思うんです。
──いい意味での“異質”とか“違和感”としての存在。
違和感(笑)。でもちょっと違和感って思ってもらえるぐらいがアーティストとして生き残る価値があると思います。“この人変わってるけど歌ってる内容はいいんだよな”って思ってもらえると勝ちですよ。
■“やっぱり俺と同じだ。みんな必死になってやってるんだな”って
──このインタビューは「石井竜也のプロ論」というタイトルになりそうですね。
真面目な話をすると、結局僕らはニュースなんですよ。ニュースじゃないと、つまらないですよ、生ものだから。コンサートも生物=ライブって言うじゃないですか。それは生きているからです。立体で生きていて、そこに歌い手がいて、つかめる音楽がそこにあって、みんな必死に汗かいて歌い、演奏していて、それを見ている人が感じて、“ライブっていいな”って思ってもらえるんです。“やっぱり俺と同じだ。みんな必死になってやってるんだな”っていうその共感じゃないですか。だからそれを忘れるとダメなんです。「アーティストです」みたいに偉そうにしていては(笑)。
──『LOST MASSAGE』は、現在に立って過去を振り返って、先人たちから“引き継ぐ”ものは引き継いで未来に伝えるアルバムですが、次の構想はもうあるのでしょうか?
今どんどん曲が湧いているときなので、もう次のアルバムのために向けて動いています。『LOST MESSAGE』の次は例えば『MAKE THE MESSAGE』とか、俺たちがメッセージを発信するという感じのものにしたいという構想はあります。だから今回のコンサートタイトルはただの『MESSAGE』にしています。歌って、いつの頃からかメッセージになったんですよ。フォークソングの時代辺りから、そのメッセージを伝える手段として歌を利用しようという人たちが現れて。それがロックになったりファンクにしてやってみたりして、ある意味パンクは、いい例だと思います。過激なことをやってるように見えるけど、でもやっている人たちはみんな頭がいいですよ。自分たちが反体制派側になるというのを声高に叫ぶというのは、それなりに根性がないと言えません。だからパンクをやっているミュージシャンのファッションも、あれはやっぱり防護服なんです。だから、僕の防護服はジョークなんですよ(笑)。
──なるほど。
いちばん柔らかい防護服なんです。アーティストなんて少しバカなほうがいい。「それしかできないんだ、こいつ」っていうぐらいのほうがいいと思う。自分は「ミュージシャンです」とか恥ずかしくて言えないし(笑)。なりたいと思ってなれたわけじゃないので、だから申し訳ないです。
■極論を言ってしまえば自分のこと
──常に冷静に自分を見ていらっしゃるんですね。現場でも。
そうそう。“どうせ浮いてんだから”って感じ(笑)。でもものを作る人間で何がいちばん大事かというと、作っているときは自分に真面目になって作らないとダメなんですよ。自分に真面目になれないんだったら作らないでって、僕は言いたい。自分のことも知らないで、自分のことも掘り下げないで、人のことを掘り下げないで、ということです。だから歌って、極論を言ってしまえば自分のことなんです。自分のことを歌って、共感してもらえる歌は共感してもらえるし、共感してもらえなかったら、それは仕方ない。自分の勉強不足だし、ごめんなさいと言うしかなくて。だからアーティストとして、僕はいろいろなことに興味を持つし、なんでも多少なりとも勉強してみようとします。バカをやるにもスマートにいきたいじゃないですか。
──スマートにふざけるために、自分のことを自分が深く理解する必要がある、と。
そうです。自分をちゃんと掘り下げるというか自分をよくわかっておく必要があります。それを見ているもうひとりの自分は向こう側にいて、自分をその中に入れてみる、そういう目線が大事だと思います。それはやっぱり経験や失敗を繰り返した結果できることだと思うので、若いミュージシャンにそれを押し付けるのはよくないと思います。音楽なんて、若い人たちが文化だと思うし、そこに僕みたいなおっさんが入っていくときは、やっぱり僕がいちばんバカになったほうがいいんですよね。そうすると、みんなが幸せというか。だから自分に真摯であれというのが僕の持論というか、親父、じいちゃんに教わってきたとこです。
■何かヒントを与えたり、手を添えてあげることができただけでいい
──それを今度は石井さんが若い人たち伝えていくんですね。
それを説教臭くなく伝えていけるのがこの分野だし、ポップスだと思います。何かにぶつかっている人が“ああ、そういえばあの歌があったな”って、聴いてくれてたりしたらそれで僕はいいと思うし、それ以上のことを求めちゃダメだと思う。「あの歌の意味が今になってやっとわかりました」って言ってくれる人がいて、「あ、僕の歌はこの人を助けることができた」って思えると、作った甲斐があったなって思えるし。その人に何かヒントを与えたり、手を添えてあげることができただけでいい。逆に「おい、しっかりしろよ!」みたいな感じでやられたほうが、「今そういう気持ちじゃないから」という話になりそうだし。だからアーティストはあまり望まないほうがいいんです。アーティストってそこまでの仕事じゃないんですよ。
リリース情報
2022.09.07 ON SALE
ALBUM『LOST MESSAGE』
ライブ情報
TATUYA ISHII SPECIAL CONCERT TOUR 2022「MESSAGE」
9月17日(土)/埼玉・戸田市文化会館
9月28日(水)/千葉・市川市文化会館 大ホール
10月1日(土)/東京・東京国際フォーラム ホールC
10月7日(金)/愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
10月9日(日)/大阪・東大阪市文化創造館Dream House 大ホール
プロフィール
石井竜也
イシイタツヤ/茨城県出身。高校卒業後、’85年米米CLUBとしてデビュー。楽曲の作詞・作曲、ステージ、衣装など総合的にプロデュースし、多くのヒット曲をリリースする。その芸術的なライブ・パフォーマンスから稀代のエンターテインメント・バンドとしてその名を轟かせるかたわら、映画監督としても活動の場を広げる。’97年の米米CLUB解散後(’06年再始動)、ソロ活動開始。
石井竜也 OFFICIAL SITE
https://www.t-stone.com