TEXT BY 桒田 萌
■ストリートライブから始まった3ピースバンド
繊細な情景や感情を緻密に表したリリック。R&Bやヒップホップ、ジャズ、シティポップから多大な影響を受けた、ピアノとベースとドラムによるこだわり抜いて作られたサウンド。聴く者を自然と引き寄せる感傷的なメロディ。ギターレス編成の3ピースバンド・Omoinotake(読み:オモイノタケ)が奏でるのは、そんな音楽だ。
藤井レオ(Vo、Key)、福島智朗/エモアキ(Ba、Cho)、冨田洋之進/ドラゲ(Dr、Cho)が2012年に結成したOmoinotakeは、渋谷のスクランブル交差点でのストリートライブがキャリアを始めた。
訴求力のある旋律だけでなく、楽曲内のそこかしこに散らばる魅力的なエッセンス。そこを通り掛かって、思わず振り返ってしまうリスナーが多くいたことは容易に想像がつく。
■魅力的なエッセンスを楽曲に詰め込むOmoinotake
サウンドメイキングに加えて、Omoinotakeの魅力はその“詞”にもある。
ありきたりな単語が表面をなぞるように並ぶのではなく、ミルフィーユのように丁寧に紡がれるのは血肉の通った言葉。音楽を抜きにしても、歌詞だけで一種の文学作品が浮かび上がるようだ。
藤井レオは綴られた言葉を訴えかけるように歌い、声を特別に“飾る”ことなく、あるがままの思いを赤裸々に吐露するような生々しさがあるのもまた印象的である。
サウンドと言葉の二軸で唯一無二のポップソングを手がけてきた彼らが掲げるのは、“踊れて泣ける音楽”。
ブラックミュージックの名作の数々に受けた薫陶に飲まれることなく、独自の手法と言葉で自分たちの音楽として昇華していく。
誰かを恋焦がれる心に沸き立つ闇に踏み込んだ「モラトリアム」、 青い日々の葛藤を思わせる「EVERBLUE」、誰かと過ごす日々の幸福と苦悩の瞬間を表裏一体に歌い、その尊さを描いた「心音」など。彼らはこれからポップルカルチャーを先導していき、より多くのリスナーの耳に音楽が届いていくのだろう。そう思わせるに値する爪痕を、着実に残してきた。
■ストレートで強い感情を歌う「空蝉」
そして、7月27日にあらたに産声を上げたのが「空蝉」(読み:うつせみ)である。
心のうちに秘めている思いと、“僕”と“君”の関係性と情景を蝉の様子と紐づけた秀逸な歌詞だ。
隠しきれない気持ちが喋々と繰り広げられたかと思えば、肝のポイントで“君が好きだって 本当に好きだって”と息の長いフレーズで高らかに歌ったりするなど、心の揺らぎがダイレクトに反映されているのが興味深い。
これはピアノトリオならではの特徴だが、この楽曲はバンドならではのヘビーな響きが控えめだ。打ち込みを思わせるほどの着実さとメリハリの効いたリズムワークを繰り出すドラムと、沈着だが求心力のあるベース、ミニマムなピアノやシンセの動きは、“君が好きだ”というストレートで強い感情を浮かび上がらせるためのものかと、勝手に想像が捗る。
■ひとつの感情を違う角度から照らした『With ensemble』
そんなオリジナル版から、『With ensemble』ではピアノとベース、パーカッションのトリオに、クラリネットとファゴットとのアンサンブルに変身。あまり他では見ない編成である。これまで『With ensemble』では弦楽器との共演が多かったOmoinotakeが、木管楽器との共演でどんな一面を見せたのか。
ベースとパーカッション(カホン=箱の形をした打楽器)が楽曲の骨格を担うのはオリジナルと変わらない。
しかし、その中でボーカルがひと際目立っていた原曲とは打ってかわり、『With ensemble』では、リズム隊以外の楽器がボーカルに敏感に呼応している。まるでボーカルとピアノ、クラリネット、ファゴットによるポリフォニー音楽のようだ。
独立した旋律が互いに依存しあい、ひとつの音楽を作り上げていく。“ボーカルが主役”という平易なスタイルに留まっていない。
冒頭に鳴らされるのは、オリジナル版から引き継がれたピアノによるコードラインと、それに加わるクラリネットとファゴットによるクラシカルなフレーズ。楽器による短いイントロダクションを経て、声を潜めるように歌い出される“蝉が鳴き止んだ 僕ら駆け出した 天気予報はまた外れた”。ラップのような巧みな言葉遊びに、“君”に想いを募らせる様子が頭に浮かぶ。
思いが吐き出されるうちに、クラリネットとファゴットの温度感は徐々に高まり、静かな高揚感を醸し出す。ボーカルのいない中間部や2番以降は、徐々にクラリネットやファゴットの存在感が増し、より即興的かつジャジーになるシーンも。瑞々しさの残るオリジナル版にはない粋な施しが、よりシックな情緒を漂わせる。
情の溢れる藤井レオの歌声に、いっそうの人間味を感じたのも、空気感を知る『With ensemble』との共演ならではだろう。
ある種の機械的な側面で、詞の内容とは裏腹にかろうじて冷静さが残っていたオリジナル版に対して、ライブレコーディングならではの張り詰めた空気と、アコースティックの楽器ならではの素朴な音たちが、歌声に感情的なリアリティを上乗せしているように思う。相手を好きでいる切なさや、それに対する答えを知ることへの恐れ。直球型ではなく、内省型。同じ詞を歌っているはずなのに、違うように聴こえる面白さがある。
偽りのないニッチな言葉が、“自分のことだ”と大衆に思わせ、多くの耳に届く。本当のエモーショナルな音楽とは何かを教えてくれるのが、Omoinotakeだ。そんな彼らの魅力をさらに思い知った、『With ensemble』だった。
Omoinotake OFFICIAL SITE
https://omoinotake.com/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble
『THE FIRST TIMES』OFFICIAL YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCmm95wqa5BDKdpiXHUL1W6Q