この人の可能性の泉は一体どこまで深く、進化の道行きはどこまで果てしないのだろうか。約3年5ヵ月を経て届けられた西川貴教名義として2作目のアルバム『SINGularity II -過形成のprotoCOL-』を聴き込むにつけ、つくづく目をみはらずにはいられない。オリジナルTVアニメ『ブッチギレ!』のオープニング・テーマでもある最新楽曲「一番光れ!–ブッチギレ-」を筆頭に、『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』主題歌「Crescent Cutlass」や映画『KAPPEI カッペイ』の主題歌にしてももいろクローバーZの参加も大注目された「鉄血†Gravity」など話題の楽曲が目白押し。また、抑制を効かせてスタイリッシュなバラード「慕情」やヒップホップテイストが新鮮な「Dominant Animal」など新境地と呼びたいアルバムならではの名曲たちも。さまざまなクリエイター、アーティストとのタッグによって開かれた彼の新しい扉とは。西川貴教にじっくりと話を聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY 本間夕子
PHOTO BY 大橋祐希
■いい意味でカタログ的要素のあるアルバム
──約3年5ヵ月ぶりのアルバムリリースとなりますが、このスパンは西川貴教というプロジェクトとして予定通りのものですか。
いや、本来ならもっと早く出したかったんですけど、ホントようやく出せるっていう気持ちです。でも、お待たせしたぶん、この期間の活動の中でも特に厚みのある部分、例えば映画の主題歌だったりアニメ作品のオープニングテーマ、CMソングといったタイアップ楽曲もたくさん詰め込むことができましたし、いい意味でカタログ的要素のあるアルバムになったと思っているんですよ。『SINGularity II -過形成のprotoCOL-』というタイトルに関している通り、今作は前作『SINGularity』のシリーズ第2章みたいなもので。
──なるほど、シリーズだったんですね。つまり『SINGularity』はアルバムタイトルというだけでなく、このプロジェクトに寄り添った壮大な物語でもあるということですか。
そうですね。“singularity=特異点”というものを迎えるため、それを掴み取るための物語というか。このワードに含まれている“SING=歌うこと”によって自分の可能性をさらに追求してみたいという想いが僕にはあって、西川貴教というプロジェクト自体、そういうところからスタートしてるんですけど、要は自分が先頭に立って旗を振るのではなく、ある意味、フリー素材みたいなものとして、いろんなアーティストやクリエイターの方に僕の声を使っていただくことで自分も知らなかった世界をどんどん発見していきたい、未知の領域をもっと旅していきたいっていうものなんですね。そういう営みを総称したのが『SINGularity』だと僕は捉えていて。ただ、まだ2章目に突入したばかりの物語なので、今後どういう変化につながっていくかはまだまだわからないですけど。とりあえず今回、『II』が出たことで、やっとシリーズものなんだって種明かしがされたっていう(笑)。
──そういった構想って最初からイメージされていたんです?
ぼんやりとは。ただ、果たしてそれで本当にいいのかな?っていう自問もあるにはあって。あの、これは本当に偶然の産物なんですけど、今年の2月から4月にかけてツアー(『Takanori Nishikawa LIVE TOUR 2022 “IDIOSYNCRASY”』)をやったじゃないですか。実はニューアルバムを持って回るつもりでスケジュールを押さえていたんですよね。でも、コロナ禍の影響でいろんな予定が後ろに倒れて、ツアーだけ単体で行うことになって。そのときに、これは一つの分岐だなと思ったんですよ。アルバムリリースがあって、それを受けてのアルバムツアーっていう流れが本筋のストーリーだとするなら、あのツアーはその流れの中で生じた別の分岐、“IDIOSYNCRASY”という別の世界線とも考えられるなって。
■12の分岐がこの一枚の世界に同時的に存在している
──面白いです。しかも“SINGularity”は“特異点”、“IDIOSYNCRASY”は“特異性”って意味も似て非なるものっていうのが示唆的でもありますね。
そう思ったときに自分の中で点と点が紐づけられる感覚があったんですよね。そういう発想でアルバムを眺めてみたら、まさに世界線がいくつもに分かれているような作品だと思えたんですよ。それぞれの曲がそれぞれの世界線として一線上に横並びになっていて、全部で12曲…Overtureを入れれば13曲ですけど、つまり12の分岐がこの一枚の世界に同時的に存在しているっていう着想が生まれて。だからこそ「一番光れ!-ブッチギレ-」のMVもパラレルワールドを具現化したような映像になったんですけど。
──「一番光れ!-ブッチギレ-」の世界線に並行して「Crescent Cutlass」「天秤-Libra-」「Eden through the rough」も同時に存在しているというMVのコンセプトに驚かされました。
あまた分岐する世界線の中でそれぞれが存在していて、別にお互いを意識し合ってはいないんだけど、でも俯瞰で見たら実は横並びで、しかも同じタイミングで同じことを思い、同じことを歌うんだ瞬間があるっていうね。実はそれぞれの世界がすぐそばで隣り合っていることを映像で表現してみたんです。
──今回のアルバムもたしかにそういう作品になっていますよね。歌っているのは西川貴教だけど、タッグを組んだクリエイターやアーティストによって浮かび上がる景色や肌触りがまるで異なっていて、でも、しっかり共鳴し合ってもいる。あと、前作以上に自由度が増した印象もあります。
出会いも大きいでしょうね。今回初めてご一緒した草野華余子さん(「一番光れ!-ブッチギレ-」作詞作曲、「The Barricade of Soul」作曲)はたまたまバラエティ番組で共演したのがきっかけだったりしますから(笑)。
■人が人を呼んで、その出会いからまた世界が広がって
──それはまた意外な。
『ダウンタウンDX』だったかな。そこでお会いしたときに、以前からずっと非常に熱を持って僕の活動とかを応援してくださっていたことを知ったんです。そんなふうに思ってくださる方が今の僕にどんな曲を歌わせたいんだろう、この人とだったらどんなものが生まれるのかなと思って声を掛けさせていただいて。そしたら今度は彼女が堀江くん(堀江晶太:「The Barricade of Soul」編曲)とか、新しい才能を連れてきてくれたり。人が人を呼んで、その出会いからまた世界が広がって…そこにもまた分岐があるっていうか。一方で例えば、ゆっぺ(ゆよゆっぺ:「一番光れ!-ブッチギレ-」編曲、「Life’s Anomalies」作曲編曲、「鉄血†Gravity」作曲編曲)とかそうですけど、これまでの付き合い以上にさらに深くまで突き詰めていくような関係性を築けたり。
──先ほどご自身をフリー素材とおっしゃいましたけど、今作を聴いていると、クリエイターのみなさんが西川貴教という素材をどう料理してやろうか、ワクワクしているのが伝わってくる気がして。
それこそ草野さんなんかはクリエイターとして活動を始めるずいぶん前から勝手に僕に曲を当て書きしてくれてたんですよ(笑)。それを今回、「どうしても歌ってほしい」って持ってきてくれたのが「The Barricade of Soul」で。当時の僕に当てているから、めちゃくちゃ時代感のあるデモだったんですよ。それを堀江君がブラッシュアップしてくれて、今の時代にすごくしっくりくる楽曲に仕上がったんですけど。
──すごくいいエピソードです(笑)。
ゆっぺにしても僕にこういうことを歌ってほしいっていうリリックを持っていたりとか。歌詞で言うと、エンドケイプさん(「Judgement」作詞、「The Barricade of Soul」作詞、「慕情」作詞、「鉄血†Gravity」作詞)もすごく面白くて、彼自身はバンドとか組んでないのに、空想で自分のバンドがもしアルバムを出したらって想定して1枚分の曲タイトルと歌詞を自分で書いていたりするんです。つまり僕はエンドさんの空想の中にあるパズルの1ピースにとなって、彼が表現したいこと、人に伝えたいことを届けてる、みたいな。
──でも、これだけ個性豊かな楽曲を見事に歌いこなせているからさすがですよね。R&Bタッチでスタイリッシュなバラードの「慕情」やクールなヒップホップテイストの「Dominant Animal」などもとても新鮮でした。
たしかに「慕情」や「Dominant Animal」は、これまであまりしてこなかったようなサウンドアプローチですよね。これも一つの分岐だと思うんですけど。ただ、「Dominant Animal」をヒップホップと言っていいものかどうか…もともと僕にその要素はないですから(笑)。それを自分でわかったうえで、歌ものとしてどういうふうに捉えていくかっていうところですよね。だから、もしこれを新鮮に感じて楽しく聴いてもらえるんだとしたら、そういうアプローチのアルバムを作ってみるっていうのも面白いのかなとは思いますけど。
──ぜひ聴きたいです!
それこそこのアルバムには12の分岐があるので、皆さんが「こっちの分岐に行ってみてほしい」と言って下さるなら、それを一回、突き詰めてみてもいいかなって。そういう意味でもカタログ的要素が強いアルバムだと思っているんですよ。前作ももちろん、そういった色合いの濃い作品でしたけど、どちらかと言えば名刺代わりみたいなところもありましたし、ぼんやりとした構想はあったとは言え、まだまだこれからどうしていくものか、自分でもまだ見えてない部分もやっぱりありましたしね。ツアーやイベントで西川貴教として歌唱する機会を徐々に増やしながら「西川貴教のこういう部分を面白いと思ってくれているのかな」っていうところを探って、少しずつ今の形になってきているので。
■非常にたくさんの化学反応が起きている
──今作を聴いたクリエイターの皆さんは前作以上に興奮するんじゃないでしょうか。「こういうこともやっていいんだ、やってくれるんだ」「だったら自分はこんなこともさせてみたい」って。
そうなるといいな。僕自身もいろんなクリエイターとご一緒することで新たな外的要素を取り込み、それによっての進化もあるでしょうし、そうして出会った楽曲や歌を通して自分の内なる部分とより向き合えるでしょうしね。もちろん、ASCAやももいろクローバーZといったアーティストとの接触によっても楽曲やアプローチがまた違ってくるし、それもすごく楽しめているんですよ。ホントこのアルバムだけで非常にたくさんの化学反応が起きているので。そういうのを全部含めて“-過形成のprotoCOL-”というタイトルに行き着いたわけですけど。
──“過形成”とは“外的要因によって細胞が正常を保ったまま過剰に増殖すること”で、“protoCOL”すなわち“プロトコル”はIT用語でもありますけど“複数の者が対象となる事項を確実に実行するための手順”とか“仕様”などという意味の言葉ですよね。どうやってこの言葉たちが出てきたのか、すごく興味があるのですが。
僕にもよくわからない(笑)。ただ、“protoCOL”は意識してたんですよね。今回のジャケットって、ポッドに僕が転送されてきたようにも見えるんだけど、もしかすると3Dプリンターみたいなものかもしれなくて。ガワだけ作っちゃって、中身に入る魂というか記憶はダウンロードすればいい、みたいな。そうすればどの次元でもどのタイミングでも西川貴教として振る舞えるわけで。だから「一番光れ!-ブッチギレ-」のMVにしても、実は3Dプリンターみたいなものでそれぞれの場所に西川貴教というまったく同じものが同時多発的に形成されて、それぞれが接触した外的要因によって少しずつ違っていったと考えることもできるんですよ。MVの最初に登場する黒い素体が、ある種、出力されたての状態っていうか。
■日本語の持つ雰囲気とかニュアンスみたいなものを残しておきたい
──まさに“-過形成のprotoCOL-”ですね。ちなみに「Dominant Animal」は西川さんご自身もリリックを手掛けられていますよね。それは曲を聴いてこの曲に自分の詞を乗せてみたいみたいと思われたからなんでしょうか。それとも書きたいテーマが最初からあって、それに向けて曲作りをしていったということですか。
いや、全然そういうことではなく。基本的に僕、どんな曲でも歌詞には日本語の持つ雰囲気とかニュアンスみたいなものを残しておきたいと思ってるんですね。そこは西川貴教っていう個性を考えたときの、一つポイントじゃないかと考えていて。この曲のクリエイター陣は外国の方々なんですけど、聴いたときにやっぱりそういう要素をもう少し入れられたらいいなと思って、じゃあ、ちょっと自分でも書いてみよう、と。で、書いていくうちに、その面積がどんどん増えちゃった(笑)。結果的に英語詞のほうも触っちゃったりしたので、気づいたら僕がかなり書いてたっていう。
──かなり攻め込んだ歌詞ですよね。人間のエゴ的な部分を暴きつつ、それを推進力とするような。
あくまで『SINGularity』っていう物語は始まったばかりで、ここからどうやって上を目指していくかっていうところしか見ていないんですよ。だから書こうとすると、やっぱりそういうマインドのものになっていくんですよね。僕が書いていなくとも、それは「Life’s Anomalies」や「The Barricade of Soul」にも反映されていると思うんですけど。やっぱり、自分がまだまだ足掻いている様を見てもらうべきだと僕は思っているので。
──だからこそ、この音楽がストレートに響いてくるんでしょうね。さて、8月17日からは今作を引っ提げたツアー『TAKANORI NISHIKAWA LIVE TOUR 002“SINGularity II -過形成のprotoCOL-”』がスタートします。意気込みはいかがですか。
並行してT.M.Revolutionのツアー(『T.M.R. LIVE REVOLUTION’22 -VOTE JAPAN-』を行いながら、まったく新規のステージを今、制作しているわけで、ちょっともうね、ちぎれそう(笑)。
■全部がつながっているし、どれも欠くことのできない活動
──なんでそういう無茶をするんですか(笑)。
なんでだろう?(笑)でも、よく「西川はT.M.Revolutionに飽きたから西川貴教としての活動をしてるんじゃないか」って言われたりもするんだけど、僕の中ではそういう後ろ向きな要素はまったくないんですよ。T.M.RevolutionはT.M.Revolutionとして僕にとってもすごく大切なもので、きちんとその老舗の味を守りながら、西川貴教としてまだまだ一皮も二皮もめくれていきたいなっていう気持ちでいて。いろいろヤキモキされる方もいらっしゃるかとは思うのですが、僕の中では全部がつながっていますし、どれも欠くことのできない活動なんですよね。だから物理的には非常に疲労困憊なんですが、それぞれのアーティストとして同時にツアーを行うことは精神衛生上は非常に良いので。
──そんな西川貴教を楽しめるツアーでもある、と。
はい。ぜひご堪能ください!
リリース情報
2022.08.10 ON SALE
ALBUM『SINGularity II -過形成のprotoCOL-』
ライブ情報
TAKANORI NISHIKAWA LIVE TOUR 002
SINGularity II –過形成のprotoCOL-
8/17(水) 東 京 Zepp DiverCity(TOKYO)
8/20(土) 大 阪 Zepp Namba(OSAKA)
8/26(金) 神奈川 KT Zepp Yokohama
8/27(土) 神奈川 KT Zepp Yokohama
9/7(水) 愛 知 Zepp Nagoya
イナズマロック フェス 2022
9/17(土)・18日(日)・19(月・祝)
滋賀県草津市 烏丸半島芝生広場 (滋賀県琵琶湖博物館西隣 多目的広場)
プロフィール
西川貴教
ニシカワタカノリ/1996年5月にT.M.Revolutionとしてシングル「独裁 -monopolize-」でメジャーデビュー。「HIGH PRESSURE」「HOT LIMIT」「WHITE BREATH」など数々のヒット曲をリリースした。2008年には「滋賀ふるさと観光大使」に任命され、翌2009年から大型野外ロックフェス『イナズマロック フェス』を開催。俳優、声優、MCなど幅広い分野で精力的に活動している。2018年から西川貴教名義での音楽活動を本格的にスタートさせ、2022年8月には2ndアルバム『SINGularity II -過形成のprotoCOL-』をリリース。現在、T.M.Revolution47都道府県ツアー『T.M.R LIVE REVOLUTION ’22 -VOTE JAPAN-』を開催中。8月17日から西川貴教名義のライブツアー『TAKANORI NISHIKAWA LIVE TOUR 002 “SINGularity II -過形成のprotoCOL-”』もスタートさせる。
西川貴教OFFICIAL SITE
https://www.takanorinishikawa.com