TEXT BY 原 典子
■多くの人を惹きつける、中島美嘉の歌声
聴けばすぐにわかる、その歌声。
2001年、レコード会社に送ったデモテープがきっかけでデビューして以来、20年以上にわたって日本のポップシーンの最前線を走る、中島美嘉。多くの人々を惹きつける、中島美嘉の声とは何なのか? その問いに対するひとつの答えが、今回の『With ensemble』かもしれない。
「ORION」に続き、『With ensemble』2度目の登場となる曲は「信じて」。今年5月にリリースされた、キャリア初となるセルフプロデュースアルバム『I』に収録されたバラードである。
ちなみに、中島美嘉は昨年10月に「SYMPHONIA」というシングルをリリースしている。同曲はクラシック音楽を題材にした、スマホアプリゲーム『takt op. 運命は真紅き旋律の街を』主題歌およびTVアニメ『takt op.Destiny』のエンディングテーマとして書かれたもので、壮大なオーケストラサウンドをバックに歌うのは、彼女にとっても貴重な経験だったようだ。同じクラシック楽器でも、今回の『With ensemble』ではオーケストラよりもコンパクトな編成のアンサンブルと共演する。
■キャリアのすべてが詰まった、深い表現力
まず、その楽器編成を見て興味を惹かれた。バイオリン、チェロ、ピアノのほかに、『With ensemble』シリーズでは初めてとなるイングリッシュホルンとハープが入っている。
イングリッシュホルンとはオーボエの仲間の管楽器で、哀愁を帯びた音色が特徴的。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第2楽章に登場する有名なメロディを吹いているのがイングリッシュホルンだ。
アレンジャーは、これまでの『With ensemble』でもたびたび秀逸なアレンジを聴かせてくれた須原 杏。クラシックの室内楽でもあまりない編成で、どんな世界を見せてくれるのだろうか。
照明を落とした部屋に、青いドレスを着た中島美嘉が佇んでいる。イントロでサビを歌ったあとに続くAメロは歌とハープのみ。深海の底のような静寂に包まれ、いつ止まってもおかしくないほどスローなテンポで、優しい時間が流れていく。
Bメロで入ってくるハープの細かい下降音型は、幸せなはずの心をよぎる不安や焦燥を表しているかのよう。人間の声に近い音色を持つイングリッシュホルンが、ボーカルとかけ合いをしながら“もうひとつの声“として歌を紡ぐ。
サビではストリングスが入って、ドラマティックに感情が高まっていく。
原曲では厚みのあるコーラスが入っているが、ここではアンサンブルと中島美嘉の声一本。巧みなブレスコントロールから生み出されるタイム感、地声とファルセットを境目なく切り替えながら、高音ですっと抜ける声の透明感。そして、テクニックだけではない深い表現力――。中島美嘉が20年あまりをかけて築いてきた歌のエッセンスが、ここに詰まっている。
イングリッシュホルンからバイオリンへと受け渡されていく間奏も美しい。愛したいのに、不安に駆られて揺らいでしまう心を見つめ、自分と対話する。そんな内省的な世界を描くには、クラシック楽器の繊細な色彩のグラデーションがよく似合う。
クラシックで歌といえば、絢爛豪華なオペラをイメージされるかもしれないが、“歌曲(リート)”というジャンルでは、親密な空気のなか、ピアノなどのシンプルな伴奏とともに歌手が心の内を吐露する。
中島美嘉の歌を聴いているうちに、ふとそんなリートを聴いているような気分になった。
続く2コーラス目では、すべての楽器が入り、クライマックスへと向けてサウンド全体が力強さを増していく。不安に揺れる弱さから、信じることを知った強さへ。
特に“いつでも会えるなんて傲慢で”からはじまるサビでは、涙に濡れたような声で歌うピアニッシモから、“今も大切な人”と歌い上げるフォルティッシモに至るダイナミクスの変化に目を見張る。そして、暗闇にさっと光が差すような転調。力の限りに歌うラストのサビは、中島美嘉の声以外には考えられない。
今回の『With ensemble』は、一つひとつ個性の違う楽器によるアンサンブルが特徴的だった。ともすれば、バラバラな印象を与えてしまうかもしれないアンサンブルを見事にまとめ上げていたのは、ほかでもない中島美嘉の歌声だった。
思うに彼女の声には、あらゆる楽器の成分が含まれているのではないだろうか。弦楽器のビブラート(揺らぎ)、管楽器の息遣い、打楽器のグルーヴ…それらすべてを人間の“声“だけで表現できるシンガー。それが中島美嘉の声の魅力であり、多くの人を惹きつける引力なのかもしれない。そんなことを考えさせられた歌唱だった。
中島美嘉 OFFICIAL SITE
https://www.mikanakashima.com/
『With ensemble』
https://www.youtube.com/c/Withensemble
『THE FIRST TIMES』OFFICIAL YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCmm95wqa5BDKdpiXHUL1W6Q