2018年に現在の名義でデビューして以降、その楽曲や活動を通して多くの話題を振りまいてきた神山羊が、ついに1stフルアルバム『CLOSET』を完成させた。
ここ数年はアニメやドラマのオープニングテーマや劇伴でもその存在感を発揮してきた神山だが、本作は“アルバム”という表現形態だからこそ体感することができる、神山の表現者としての本質と人生観が刻まれている。
神山羊が“神山羊”になる以前──ボカロP“有機酸”での活動よりも前の幼少期からの記憶をも掘り起こし、結び付け、魅惑的なポップアルバムに昇華してみせた『CLOSET』。ここに込められた想いと、なぜ、神山はポップスを求め、他者を求めるのか、その根源にあるものを本人にじっくりと聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY 天野史彬
PHOTO BY 冨田望
■自分の現在地はつねにクローゼットの中
──フルアルバム『CLOSET』は現時点での神山さんの集大成的な作品と言えると思いますが、同時に、“クローゼット”という言葉は1曲目「YELLOW -CLOSET ver.-」の歌詞にも出てきているし、アルバムの最後はまさに「CLOSET」という曲で締め括られていて、すごくコンセプチュアルなものも感じました。アルバムを作るにあたって、青写真はありましたか?
おっしゃっていただいたように、“神山羊”として最初に発表した「YELLOW」(2018年)という曲の歌詞に“クローゼット”という言葉は入っているんですけど、僕にとっての“クローゼット”って、自分が音楽をやっていくうえでのいちばん安全な場所というか、自分がいることに唯一違和感のない場所なんです。僕、今でもクローゼットの中でギターを弾いたり、曲を作ったりしますけど、そもそも上京してきて最初に住んだ部屋が、4畳もないちっちゃい部屋で……。
──失礼ですが、ちっちゃいですよね(笑)。
当時はお金が全然なかったので(笑)、2.8畳くらいの部屋に住んでいて。4畳ないと間取りが“○LDK”とかじゃなくて“スタジオ”という表記になるんですけど(笑)、東京に出てきてすぐの頃は別の仕事をしながら、そんなクローゼットみたいな部屋で生活していたんです。今はもうその部屋からは出ているんですが、自分の狭い空間で作った曲を、インターネットを使って人に届けていく──それを繰り返したことで、今回のアルバムまで辿り着いた感覚が僕にはあって。自分の現在地はつねにクローゼットだし、クローゼットの中で暮らしている自分が誰かと繋がる方法が、音楽だった。それは今も変わらないし、それを強く自覚しながら作ったのが「YELLOW」でもあったんですよ。なので、“この感覚を1枚のアルバムにしよう”ということは「YELLOW」を作った頃から考えていて。
──その頃からすでにアイデアがあったんですね。
あと、幼稚園くらいの頃に出会った『おしいれのぼうけん』という絵本がすごく好きで。アルバムを作り始めた頃、その絵本の世界観を表現できたらなという気持ちもあったんです。お母さんに怒られた子供たちが押し入れに閉じ込められて、その押し入れから別世界に行っちゃって、そこを冒険するっていう。“自分がやっていることって、これだな”と思ったんですよね。その物語は主人公が弟と一緒に押し入れに閉じ込められるんですけど、僕は小さい頃に母親が働いていて、ちょっと年の離れた弟とふたりで母親の帰りを待っていることが多くて。僕自身も弟と一緒に家にいたので、絵本と重なる部分もあったんでしょうね。
──なるほど。
当時、学校をサボることも多くて。学校をサボって家のリビングで夜になるまでずっとゲームをしていたんですけど、その頃の自分は隔離感のようなものをすごく感じていたんですよね。誰とも関わっていない感じがしていた。それはシャボン玉の中にいるような時間だったんですけど、その感覚と似ているのがクローゼットの中で。そう考えると、小さい頃も今も、僕はそんなに変わらないのかなと思って。小さい頃に母親の帰りを待ちながら、“人と繋がりたい”“人と話したい”と思っていた……そこにあった欲求と近いものを、今でもずっと持ち続けている。
■扉の先にいる人たちとコミュニケーションするような感覚で、音楽を作ってきた
──「YELLOW」が公開されたのが2018年で、その後、神山さんはメジャーデビューもしたし、多くのタイアップ曲も手がけてきた。それでも、“クローゼットの中にいる”という感覚はずっと変わらないんですね。
そう思います。メジャーデビューしてからは特に、タイアップをいただいて曲を作ることが増えましたけど、そのたびに、自分がいるクローゼットに新しい扉が現れて、その扉の先にいる人たちと会話するための言語や服装を用意するような感覚で、音楽を作ってきたなと思うんです。例えば「群青」だったら、アニメ『空挺ドラゴンズ』という扉の先にいる皆さんとどうやったら握手できるか、仲良くできるか、そういうことを考えながら楽しんで曲作りをやってきた。特に、編曲や歌詞はそういう部分が大きくて。ただ、扉を開けたあとは、自分はクローゼットに帰ってきているんです。なので、自分はつねにクローゼットの中にいる。そういう感じはすごくありますね。
──なぜ、ご自分にとって扉を開くことができるものが音楽だったのだと思いますか?
なぜなんでしょうね……。今まで生きてきた中で、人と深く関わってきた経験が全然ないんですよね。中学も高校も大学も、ひとりも友達が残っていなくて。自分が場所を点々としてしまっているというのもあるんですけど、昔の繋がりというものがないんです。就職した会社での人の繋がりもないし。なので、もう人間関係がない、ゼロっていう感じで(笑)。しかも何も続かなかった。そんな中で唯一辞めなかったことが音楽なんですけど、その唯一辞めなかったことでしか、上手に会話ができないというか……残っていたのが、音楽での関わりだけだった。なので自分の中では、音楽を“選んだ”という意識はなくて、音楽しか残っていなかったということですね。
──繋がった先にいる人が、自分の音楽によってどうなってほしいとか、そういう想いは神山さんの中にありますか?
自分の音楽で人が救われてほしいとは思えないんです。音楽は大好きだし、すごく聴いてきたけど、音楽で救われたかというと、そういうことではなくて。あくまでも、逃げ場というか。なので、「自分の作品が誰かの“好き”になればいい」なんて言えればいいんですけど(苦笑)、そうじゃないんですよね。
──なるほど。
……まあ、逃げ場にはなればいいのかな。ひとりで、誰とも会話ができないような状態になったときに、何をしよう、音楽を聴こう、神山羊を聴こう、くらいになってくれればいい(笑)。そういう感じになれば最高だなって思います。
■自分の作ってきたものをちゃんとまとめておかないといけない
──アルバムの最後を締め括る「CLOSET」は、神山さんにとってどのような曲ですか?
自分の本質的な部分を音楽にしたいと思って作ったのが「CLOSET」ですね。この曲は……何というか、クローゼットの外に出まくったんですよ、このアルバムに至る過程で。そこに関しては、手応えがあって。2014年から“有機酸”名義で活動を始めて、ボーカロイドというジャンルを通して多くの人と関わってきたこともそうだし、その先で2018年から“神山羊”としてやっていることもそうだし。クローゼットの中から扉を開けるための作品を作り、人と繋がってきた。ここ数年は海外の人に聴いてもらえることも増えましたし、そこに関しては“やってきたな”と思えている。ただ、扉の外に出るたびにその先にいる人たちと仲良くなってきたんだけど、別の扉の向こう側にいる人たちからすると、“そっちの扉の人なんだ”と思われたりもするんですよね。
──ああ、なるほど。
扉の外の世界って、意外とそれぞれが繋がっていなくて。そういう中で、“神山羊らしさ”というイメージを、それぞれの人の中で作られている感覚があったんです。でも、明るい曲もあれば暗い曲もあるけど、どれも僕にとっては自分自身だし、嘘は一個もないんですよ。だから、自分の本質的な軸になる曲を作ることで、自分の作ってきたものをちゃんとまとめておかないといけないなという感覚があった。それで作ったのが、「CLOSET」という曲ですね。
──「CLOSET」が最後に配置されていることで、このアルバムは大団円的な終わり方をしないですよね。どちらかというと、すごく小さな場所で終わっていく感覚がある。それは、神山さんにとってこの曲が“帰る場所”だから、ということですよね。
そうですね。外に出ていくための曲を最後に置く必要はなかったんです。“行くぜ! 未来へ!”みたいな曲は必要なくて。だって、どうしたって、自分は外には出るから。それよりも、自分の本質をちゃんと表現しておきたかった。
──お話を聞いて感じたのは、神山さんは今作で、今の時代に“アルバム”というフォーマットだからこそできることをやろうとしたんだな、ということ。もうひとつは、やはり神山羊という人は強烈に“ポップスの人”なんだなということです。扉の外側と内側の往復を繰り返しながら表現を突き詰めていくというのは、やはりポップスに強い想いを抱いていないとできないことだと思うんです。
それはありますね。ポップスがすごく好きです。ポップスって、人と繋がりたい、人と話したい……そういう、自分が求めていたことをするために、すごくいい触り心地のものだったんです。ポップスと仲良くすれば、みんなと仲良くできるような気がした。
──「CLOSET」は扉がノックされるような音から始まりますけど、今回のアルバムを聴いていても改めて思うのは、神山さんの音楽にはいろんな音が入っていますよね。楽器の音でなく、環境音がコラージュされるように入ってきたりする。
もともとインスト曲を作るほうが好きだったので、変わった音を探すことがほとんど趣味みたいなもので。J-POPって、どうしても型のようなものがあるけど、型通りの脳みそになってしまうのは面白くないなと思うんですよ。なので、誰にも伝わらないようなものでも(笑)、自分の好きな音は必ず自分の音楽には置いておきたいんですよね。それは、自分の印として。
──「好きな音は何ですか?」と訊かれて、パッと思い浮かぶのはどんな音ですか?
そうですね……雨の音かな。昼間、家にいるときに聴こえている雨の音が好きです。今は木造の一軒家に住んでいるんですけど、ちゃぷちゃぷ聴こえてくるんですよ。ソファーに寝転がっているときに聴くと、“いいですねえ”ってなります(笑)。
■僕には音楽しか繋がる手段がない
──アルバムの他の曲たちについても伺いたいんですけど、まず、先行シングルとして配信された「セブンティーン」。日本の成人年齢が変わったので、17歳ってある意味、社会的に“子供”として見られる時代の最後の年齢とも言えるわけですけど。この曲はどのようにして生まれたんですか?
17歳の頃の自分のモヤモヤや悩みと、今の17歳の子たちのモヤモヤや悩みって、もはや根本的な部分で違うと思うんですよ。それはコロナ禍っていうのも大きいんですけど、今の17歳くらいの子たちって、一緒に修学旅行も行けていないし、一緒に遊べていないじゃないですか。それってめちゃくちゃ寂しいけど、もはや人と会わずにネットでやりとりするのが当たり前だとも思うし、僕らとは違う繋がり方をしながら過ごしている。そう考えたときに、彼ら/彼女らの新しい悩み、新しいモヤモヤがきっとあるんだろうなと思ったんですよね。ただ、僕らが17歳だった頃ほど、衝動の爆発のさせ方がイマイチ解らないと思っていて。そもそも、人に会っていないから。「セブンティーン」は、そういう子たちに聴いてほしいなと思いながら作りました。なので、あえてライブやフェスで映えるような曲調にしたんです。今、(ライブが)なかなかできないから。
──人と出会うことが衝動を爆発させることに繋がるというのが神山さんらしい考え方だなと思いますね。神山さんは、ライブお好きですか?
ライブ、好きですね。全然できていないんですけど。僕にとって音楽と人との繋がりって、ライブ抜きで考えると、バーチャルなものなんです。聴いている人がどんな顔をしていて、どんな声で喋っているのかが解らない。こちらが一方的に喋っているだけだから、相互のコミュニケーションではなくて。でも、ライブは唯一それができる場所だと思っています。
──10代くらいの若者に向けて音楽を作るという視点は、他の曲にも反映されていたりしますか?
いや、年齢で分けることはそこまで考えたことはなかったです。それに「セブンティーン」も、“17歳”という年齢に限定して届けたいというよりは、その“状態”に届けたかったので。そういう状態に陥ってしまっている人たち……それは17歳でなくてもよくて。今って、みんなが謎の閉塞感に襲われていると思うんですよね。みんなが謎の地獄にいるというか。僕も、17歳じゃないけど“セブンティーン状態”になっているし。
──今、神山さんを“セブンティーン状態”にしているものって、何だと思いますか?
何なんだろう……。今月は結構平気なんですけどね(笑)。
──(笑)。
半年前や1年前はしんどかったですね。さっきも言ったように、僕には音楽しか繋がる手段がないんです。でも、コロナで音楽を奪われてしまっている感覚になってしまって。ライブも止まるし、制作やリリースも思うように進めることもできなくて……“ヤバい、俺終わった”みたいな。これから渡って行こうと思っていた橋を全部下ろされて、謎の崖にいる、みたいな感覚の時期がありましたね。でも、そういう気持ちになった人って僕だけじゃないと思うんですよ。せっかく学校に入学して、友達いっぱい作って楽しもうと思っていたのに誰にも会えなくなったり、せっかく頑張って大学に入ったのに一回も行ってないとか……そういう人たちがたくさんいて。
──例えば、2020年の9月に配信された「Laundry」にも、神山さんの“セブンティーン状態”が出ているとは言えませんか? この曲には飢餓感や、何かを切望する感覚が刻まれていると思ったんです。
それこそ「Laundry」は、コロナ禍でライブもできなくて、精神的に底辺にいた頃に作った曲だったんです。なので、“飢餓感”っていうのはまさにそうだと思います。もう、曲作れないかと思っていましたもん。でも、案外作れるんですね、人って、曲を(笑)。
──そこで曲を作れたことで、何か発見はありましたか?
自分の精神状態が作曲にリンクしていると気づいたのが、「Laundry」(2020年)を作った頃だったと思います。それまで、そういうことは関係ないと思っていたんですよ。人から求められれば、自分の精神状態は切り離して曲を作れると思っていた。でも、思った以上に音楽は自分から出ている。その自覚が、それまでの自分にはなかったんだなと思いましたね。なので、「Laundry」以降は自分の心と向き合う時間も増えたし、曲の作り方も変わっていったような気がします。昔は読書と映画鑑賞を軸としたエッセンスからテーマを決めて、そこに作曲と編曲を膨らましていく感じだったけど、「Laundry」以降は、自分の生活や心の変化に神経を尖らせていくようになったし、あくまでも自分の衝動や感動を中心に曲を作るようになりました。
──その変化によって、曲作りの難しさも変わりましたか?
作りづらくはなりましたね。自分の心次第なので。めちゃくちゃになりました(笑)。
──そういう“めちゃくちゃ”さがいい意味で出ている曲たちがありますよね。例えば、6曲目の「煙」とか。
「煙」は依存者の曲なんですけど(笑)、自分にとってのアルコールが、ものすごく依存性を持っていた時期があって。酒を飲まないと曲が作れない、みたいな。その頃に作ったので、千鳥足感のある曲ですね(笑)。薬にも毒にもなるなと思いました、お酒は。あとこの頃、友達で『APEX』に依存している人が周りに多くて。何が依存物になるかって解んないですよね。
■繋がりたいけど、“繋がりたい”とは言えない。でも伝えたい
──4曲目「Girl.」はどうですか? 「セブンティーン」と同様、タイトルはポップミュージックの根源的なテーマを表しているような気もしますが。
自分が男なので、女性の心情にすごく興味があって。女性って、男にはない面白さがあると思うし、それを自分の作品にしてみたいと思ったんです。なので、視点としては女性視点で書いたんですけど、意外とすんなり書けましたね。女性の少女性、女性が大事にしているもの……そういうものって解らないけど、解らないなりに想像すると、面白いなって思う。
──わからないものの視点で書いてみる、というのが面白いですよね。神山さんは一貫して他者に興味があるんだろうなと思います。
そう思います。自分には全然興味がないんですけど、他人には興味がめちゃくちゃあります。
──アルバムの中盤に「O (until death) YOU」というタイトルのインスト曲が入っていますが、このタイトルはどういった意味なのですか?
……喋ろうかどうか迷いますけど、これ、僕からリスナーへのメッセージが隠されていて。
──そのメッセージが重なるのがこのインスト曲だったのは、どうしてだったんですか?
このインストって、スーパーファミコンのサウンドをモデリングしていて。それが、最初に言った、弟とふたりでずっとゲームをしながら母親の帰りを待っている頃の感覚に繋がっているんです。子供の頃は、人と繋がりたいけど、“繋がりたい”とは言えなかった。それは今もどこかでそうなんです。メッセージとしていちばん伝えたいものは、ここにあって。だから、この曲をアルバムの真ん中に置こうと思いました。
──神山さんが音楽を作るとき、そこに“自分みたいな人はどこかにいるんじゃないか”という視点はあると思いますか?
そうだな……たしかに、そういうことを考えるときはあります。今は音楽が扉の外に連れて行ってくれますけど、子供の頃は、僕にとって外の世界がゲームの中で。スーファミでFF(ファイナルファンタジー)やドラクエ(ドラゴンクエスト)をやっているときの世界が、扉の外側だった。その子供の頃って、何というか……“外に人がいる”と思っていたんですよね。でも、誰もがずっと外にいるわけではないんだよなって、最近思うんですよ。みんながそれぞれのクローゼットを持っていて、そこから外に出ているのかなって……。そういうことを、大人になってからは感じている気がするんですよね。
──たしかに、外に居続ける人というのはいないですよね。人それぞれに、どこかしら帰る場所があるわけで。
そう、みんなきっとスイッチや電池が切れる瞬間があると思う。ずっと外にいる人なんていないんじゃないかと、最近は思います。
──そういう意味でいうと、神山さんにとって音楽を発信することは扉を開くだけでなくて、自分のクローゼットと他者のクローゼットを繋いでいくものである、という可能性もあるわけですよね。それはさっきおっしゃっていた、“逃げ場になってほしい”ということでもあると思うんですけど。
そうですね、そうなったらうれしいなと思います。
リリース情報
2022.04.27 ON SALE
ALBUM『CLOSET』
プロフィール
神山羊
カミヤマヨウ/2018年11月にYouTubeに投稿した楽曲「YELLOW」で“神山羊”として活動をスタート。TikTokをはじめSNSで拡散、爆発的な再生数を記録する。2020年にTVアニメ『空挺ドラゴンズ』オープニングテーマに抜擢された楽曲「群青」でメジャーデビュー。ネット、ストリート、アート、アニメなど様々なカルチャーを横断した表現を行う新時代のサウンドクリエイターとして注目を集めている。
神山羊 OFFICIAL SITE
https://www.yohkamiyama.com/